(7)彼女の長い髪



  
 ・・・ う  ん ・・・・  あら・・・ ここは ・・・?

ぼんやりと天井が見える、けれどそれは見慣れた木目模様ではない。
「 ・・・ あら  わたし ・・・ 寝室のベッドで寝なかったのかしら ・・・ 」
スターシアはしばらくそのままぼ〜っと真上を眺めていた。

   ― ピピピピ ・・・・・

低いアラームが鳴りだした。
「 え・・・ 目覚ましの音とは ちがう ・・・わよねえ     あ。  」

   ― 突然 思い出した。  そう ここは ・・・

スターシアは がばっと起き上がり枕元の携帯のアラームをとめた。
「 ・・・いっけない。 わたし、今朝は早番なのよね。 皆さんを起こしてしまうわ・・・ 」
彼女は手早く身支度を整え 簡易ベッドから降りた。
同じ部屋には4人のスタッフがまだぐっすりと眠っていた。

  ― ここは防衛軍所属の託児所の一室。  
あの突然の侵略の日以来、 彼女はこの施設に留まっている。
彼女は正式な職員ではなく単なるボランティアなのだが ・・・
「 古代さん。 しばらくここに避難なさってください。 」
「 所長さん ・・・ 」
全員が固唾を呑んで過していた夜に 託児所の所長が彼女に囁いた。
「 占領軍は軍関係の施設を軒並み攻撃しているそうです。
 お住まいの官舎は危険ですよ。 」
「 でも わたしがここにいてはご迷惑では ・・・ 」
「 とんでもない。 皆が大好きな <ひかりせんせい> がいてくださったら
 子供達は大喜び・・・ 不安な気持ちも紛れるでしょう。 」
「 はい、それではお言葉に甘えて・・・ でも一度家に帰って着替えを・・・ 」
「 それは危険です。 」
「 所長さん。  占領軍は一般人を迫害する様子はない、と皆さんおっしゃっていますわ。
 避難した方々も 帰宅しはじめているようですし ・・・ 」
「 古代さん、いえ スターシア陛下。 」
託児所の所長さんは きりっと表情を改めた。  彼女は防衛軍の衛生士官なのだ。
「 陛下は < 一般市民 > ではあらせられません。
 占領軍が陛下を捜しているという情報も入ってきています。 ここにいらしてください。 」
「 ・・・ でも それではこちらに ・・・ 」
「 ふふふ・・・ お任せください。 私はこれでも現役の軍人です。
 陛下のことは必ずお護りいたします。
 それに 陛下は正式の職員ではありませんから登録もされていません。
 誰も陛下がここにいらっしゃるとは思いませんよ。 」
「 ありがとうございます。 それではお世話になります。
 あ・・・ どうぞ皆さんと同じに扱ってくださいね。わたくしはただのボランティアのオバサンですから。」
「 まあ  陛下・・・いえ 古代さんったら。
 はい それじゃ子供たちのこと、よろしく。 お荷物は当直室へ。 」
「 はい、 了解しました。 」
スターシアはエプロンの紐を結びなおし、しっかりと頷いた。
その日から彼女は他の職員たちと寝食を共に過している。

 ― カタン ・・・ ベッドから降りる。
「 そ〜っと ・・・ 皆さん、まだ起床時間までには間がありますよ・・・ 」
部屋の隅にある鏡の前で髪を梳いた。  はらはらと黄金の髪が流れる。
「 ・・・ 邪魔ねえ ・・・ 仕事をするには長すぎるわ。
 洗っているヒマもないから汚れているし・・・  やはり切りましょう ・・・・ 」


イスカンダルの女王  スターシア   ―  彼女は足元にも余る黄金の髪を持っていた。
暗い宇宙をバックに彼女の揺れる長い髪は 人々の憧憬の的でもあった。
それは彼女が夫とともに地球に来てからも変わらなかった。   
  そころが ・・・
「 守。 髪を切って下さらない? 」
「 え  なぜだい。 」
「 なぜって ・・・ だってこれから赤ちゃんの世話をしてゆくのに邪魔ですもの。 」
「 う〜ん ・・・ どうしても、かい? 」
「 ええ。 洗うのも面倒ですし ・・・それにすぐに伸びるわ。 」
「 ・・・ う〜ん ・・・ しかし なあ ・・・ 」
「 お願い 守 」
「 ・・・ 仕方ない な ・・・ でも少しだけだぞ、少しだけ! 」
「 ばっさり、お願い。 」
「 た たのむよ〜〜 」
「 お ね が い します。 」
「 ・・・ むぅ ・・・ ! 」
出産を間近に控えたある日、 スターシアは渋る夫を説き伏せ長い髪を切った。
地球へと向かうヤマトの中でもある程度は切り落としていた。
しかしそれでもまだ、黄金の髪は豊かに波打ち彼女の膝をたっぷりと覆っていた。
その髪に再びハサミをいれたのだ。
切った、といっても腰に届く程度にしただけであるが・・・
「 う〜〜ん  ・・・ 落ち着いたらまた伸ばせよ、 な? 」
守は妻の髪をなでつつ、いかにも残念そうだった。
「 さあ〜  それはその時になったら考えますね。  
 ふう〜ん ・・・ふふふ ・・・いいわねえ、アタマが軽いわ。 シャンプーも楽そう♪ 」
「 頼む・・・! 俺がなんでもするから・・・ 赤ん坊の世話も家事も!
 だから この髪・・・! また伸ばしてください。 この髪 ・・・ この髪が好きなんだ ・・・  」
守は細君の髪に愛おしそうに顔を埋める。
「 まあ・・・ おかなしなお父様ねえ?  ねえ 赤ちゃん♪ 」
妻は大きくせり出したお腹を愛しそうに撫で くすくす笑っていた・・・
 その後 ― 出産に育児、そしてイカルスへの引越し ・・・ 目まぐるしい日々の連続となり、
のんびり髪の手入れをしているヒマもなくなってしまった。
・・・ 気がつけば彼女の髪は再び膝に届くまでになっていた。


スターシアは とりあえず三つ編みにしてくるり、と撒きつけた。
ベッドを整え 私物をロッカーにしまう。  その手に ― 温かい布が触れた。

   ・・・ 手袋 ・・・ 守の手袋 ・・・!

ロッカーの奥に手を入れ 引っ張り出した。  
夫の手袋  ― あの朝、たまたま忘れていったものを なんとなく持ってきた。
それだけのことだったのだが 今では彼女の大切な心の拠り所になっている。
彼女はそっと両手で持ち頬に当てた。
「 ・・・ 守 ・・・ 守。 わたしは大丈夫よ。  だから 守、生きて! 必ず生きぬいて! 」
子供達の前では涙はみせない。  涙は今だけ、この手袋だけが知っていればいい。
白いエプロンをつけて スターシアはぴん、と背を伸ばした。
「 さあ!  笑顔 笑顔。  ね、スターシア。 」
彼女は静かに当直室を出て 子供たちの部屋へと向かった。


占領軍は一夜にして首都を、そしてたちまち地球全土を制圧した。
軍関係の施設は滅茶苦茶に破壊され防衛軍指令本部も占拠され、多くの将校が処刑された。
しかし 一般市民には原則、乱暴狼藉を働かないという建前らしい。
首都の一部で起きていた火災も次第に収まり、一旦は避難した人々も徐々に自宅に戻り始めた。
しかし 当初の攻撃で住居を失ったものも少なくなかった。
かれらは自主的に各区の避難所に集まってきた。
スターシアが居る託児所も例外ではない。
また 子供を預けている親たちも不安がって託児所で過す夜も多かった。
職員たちの < 大忙し > はいつもと同じだ。
スターシアも 子供達の世話にてんてこ舞いだった。

「 ひかりせんせ〜〜 きて〜〜 」
「 はい えみちゃん?  どうしたの? 」
子供室に入ると、4歳くらいの女の子が半ベソで駆け寄って来て ぴたり、と抱きつく。
「 えみちゃん?  せんせいに教えて? 」
「 う ・・・ ん  あの ね、 たっくんとユウくんがけんかしてる〜〜 」
「 まあ〜  どこ? 」
「 こっち ・・・ 」
女の子はスターシアの手を引いて歩き出した。
子供室の真ん中で チビっ子が二人、半ベソで団子になっている。
「 ね けんかはダメでしょ?  ほうら ・・・ 仲良しがいいわねえ。 」
おとこのこ達はもつれあっていたけれど、 ひかりせんせい の声で動きをとめた。
「 ん〜〜〜 だってね たっくんがア〜〜 」
「 ユウがぶった 〜〜〜  ぶった ぶった 〜〜 」
「 ほら、いらっしゃい。 いっしょに花壇にお水をあげましょう? ね? 」
「 うわ〜〜い♪  ひかりせんせいと〜〜 」
「 ひかりせんせい〜〜 」
たった今 団子になっていたオトコノコたちはたちまち彼女の手にすがったてきた。
「 まあイイコね、二人とも。 それじゃ〜なかよしで花壇までゆきましょうね  いい? 」
「「 うん! 」」
「 あ〜〜 えみも えみも〜〜 」
「 はぁい えみちゃんもいらっしゃぁ〜い 」
「 うん! 」
慌てて後を追った幼女がスターシアのスカートを握った。
「 さあ〜 みんなで一緒にゆきましょ? しゅっぱ〜つ! チューブ・カー で〜す 」
「 ・・・っぱ〜つ♪ 」
にこにこ顔のこどもたちをつれ 彼女はテラスに出ていった。

「 ふう〜〜ん ・・・ いつもいつもすごいなあ〜 スターシア・・・じゃなくて古代さんは 」
部屋の隅にいた若者が溜息をつく。
彼は乾燥機からだした子供たちの衣類を畳んでいたのだが、スターシアのお手並みに
つくづく感心していた。
「 ふふふ そりゃあねえ・・・ どのコもみ〜んな ひかりせんせいと一緒に居たいのよ 」
「 あは ・・・ 違いないなあ〜 オレだっても さ ・・・ 」
あのヒトはすごいや・・・若者は呟くと手早く洗濯物を片付けた。
  ―  せめて あの女性 ( ひと ) のために居心地をよくするんだ! と張り切りつつ・・・

表面上はすこしづつ穏やかな日々が戻ってきたかに見えた。
子供たちの保護者も ぽつぽつと迎えにやって来始めた。 
ただし、そのまま避難所に逃げ込む人も少なくなかった。
なにしろ地球連邦の中枢は 完全に機能を停止しているのだ。
マスメディアは全て掌握され通信手段は一切使えない。
突然降ってきた敵軍は 用意周到に占領作戦を練り上げてきていた。
  ― いま 街は静かだ。
しかしみかけの平和がそうそう続くとは思えない。  占領軍は不気味に沈黙してる。

「 ?  あれ!?  ひかりちゃん?  ひかりちゃんじゃないかい?! 」
託児所の玄関に現れた女性が 驚きの声を上げた。
「 じゅんくん、 ほうら おばあちゃまのお迎えよ  ・・・ え? 」
幼児の手を引いてでてきたスターシアは 目を見張った。
「 ― まあ ・・・きみちゃんさん ?! 」
そう ・・・ あの南町の ふじみ屋 の常連だった <オバチャン> だ。
「 なあんだ〜〜 うちのジュンのお気に入りの  いかりしぇんしぇ〜 ってのは  
 ひかりちゃんのことだったのかい。 」
「 まあまあ きみちゃんさんこそ・・・ ご無事でなによりですわ。 
 ねえ じゅんくん? おばあちゃま〜〜って・・・ 」
「 おお おお ジュン〜〜 元気でよかった よかった ・・・ 」
「 おばあちゃん! 」
幼児は祖母の腕の中できゃらきゃらと笑っている。
「 ひかりちゃん! ありがとうね 本当にありがとうね〜〜 」
「 あら そんな。  きみちゃんさんこそ・・・ ご家族は? 」
「 うん、娘夫婦はなんとかね・・・ ひかりちゃんは!? サアちゃんはどうしてるんだい。
 あの男前の旦那さんは? 」
「 え ええ ・・・ サーシアは学校の寮に入っていますから皆で避難していると思いますわ。
 まもる・・・いえ 主人は ・・・ わかりません。 」
「 わからないって あんた!  旦那さんは防衛軍なんだろ? 」
「 ええ。  指令本部なんですけど ・・・ 」
「 え。 だってあそこは ・・・ うんにゃ。 ひかりちゃん、大丈夫だよ。 
 あんたの旦那さんは ぴんぴんしているさ。 」
「 だと ・・・ いいのですけれど。 指令本部は陥落した、と発表があったから・・・ 」
「 ふふん アイツら なんかそんなコトほざいていたよね。 
 けど ・・・ ここだけの話だけどさ。  親玉さんとお弟子さんたちは無事なんだと! 」
「 え??  ほ 本当ですか??  」
「 二度は言わない、これはこっそり回ってきた <かいらんばん> なんだ。
 だから ひかりちゃん。 あんた、安心して待っといで。 」
「 かいらんばん? 」
「 そうさ、 けど、 どこにも字はないけどね。 こうやって口伝えさ。
 大事なコトはみ〜んなこうやって知らせあっているんだよ。 」
きみちゃんは ばちん! と両目を瞑ってからにい〜っと笑った。
「 きみちゃんさん ・・・ 」
「 ほうら 笑って笑って! ひかりちゃん、あんたの笑顔にはね、私らみ〜〜ぃんなが
 勇気をもらえるんだ。 いつだってね。 だから ほら笑っておくれ。 」
ぱちん・・・! きみちゃんのまるまっちい手がスターシアの背中を叩いた。
「 ― はい。  じゅんくん? じゃあ また明日 ね。 」
「 うん!!  ばぁいばあ〜い いかりしぇんしぇ〜〜 」
「 ひかりちゃん。  ありがとうね。  」
「 いやですわ、きみちゃんさん。 御礼を言うのはわたしの方です。
 ・・・ かいらんばん ありがとうございました。 」
スターシアは きみちゃんに丁寧にアタマをさげた。
「 いやだよ、ひかりちゃんってば。 ホントになんていいコなんだろうねェ ・・・ 
 じゃあ  また明日!   ・・・ スターシアさん 」
「 え? 」
「 うんにゃ ・・・ なんでもないよ。  ほうら〜〜ジュン、それじゃ走ってくから
 ばあちゃんにオンブしな。 」
「 うん! 」
きみちゃんは孫をオンブすると 託児所から駆け出していった。

    きみちゃんさん ・・・ ありがとうございます・・・!
    ああ 司令長官はご無事なのですね ・・・

    大丈夫、 守も きっと。

スターシアは服の上から胸のペンダントに触れた。
義母から伝えられた真珠の指輪、 夫が贈ってくれた結婚指輪でもある。

    守。 わたしは大丈夫よ。  
    安心して どうか ・・・ どうか 任務を遂行してください

    守 ・・・ わたしの愛するただ一人のひと !


「 そうですか。 かいらんばん が。  ・・・ それはよかった・・・! 」
託児所の所長さんは スターシアから <かいらんばん> の内容を聞くと
莞爾として笑った。
「 さあ これから忙しくなりますよ! 私達も <かいらんばん> を回します。
 情報も集まってきていますから。」
「 はあ・・・ 」
「 まあ 見ていてくださいな スターシアさん。
 地球人はこんなことくらいじゃ負けたりなんかしないんですよ。 」
「 かいらんばん ・・・とは 情報の伝達方法なのですか? 」
「 ふふふ ・・・ 侵略者どもは随分と地球のことを研究してきているようですけど
 見落としもあります。  佐々木君と上田さんを呼んできてくださいますか。
 あの二人に かいらんばん を頼みましょう。 」
「 はい、すぐに。 」
スターシアは子供室へ戻った。

 かいらんばん  ―  それは彼女が推測したとおり地球市民たちの情報伝達手段だった。
所謂 口コミ ウワサ話 の形をしているが実は極秘情報を伝えた。
10年にわたるガミラス戦を そして激烈なガトランティス戦を耐えてきた地球市民は
ある意味、実に狡猾で奸智に長けていた。
口コミ ― それは市民の武器だ。
監視兵の前、街中で堂々と雑談しつつその実、重要な情報を伝えあってゆく。
「 実家へ寄って来たんですけどねえ ・・・ 今度は果物でも持って行こうかと・・・ 」
「 それはお疲れでしたねえ〜 そうそう果物はいいですよねえ 」
  ・・・ 翌日には秘密裏にパルチザン本部に大量の食料が届けられる。
「 部長。  研修に参加したいのですが。 」
「 おう! 行ってこい。 しっかりたのむよ! 」
 ・・・ 数日後 トップ・メーカーの腕利き技師がパルチザンに名を連ねた。
< 親玉さんとお弟子さん達は元気 > という回覧板はまたたくまに首都から
地球市民達の間に伝わった。
程無くして抵抗組織・パルチザンの結成が かいらんばん でつたえられた。

    そうか!  よし、後方支援は我々に任せてくれ!

市民のほとんどが、老人子供までもが力強く頷いた。
地球人はそう簡単には諦めない ―  デザリアム側はじわじわと知る羽目になる。



  ― ちっ ・・・!
デザリアム占領軍総司令・カザンは モニターを見て舌打ちをした。
緒戦の華々しい戦果で完全に地球全土制圧に成功した ― はずだったのだ。 
  それなのに ・・・
「 ええい・・・! 一刻も早くこの忌々しいヤツラを討伐せねば ・・・ 
 防衛軍司令長官まで取り逃がすとは! 」
どさり、と豪華な椅子に座り込み、考えをめぐらす。

   ふむ ・・・ 容易い方からゆくか。  まずは ・・・ か。

カザンはふんぞり返ったまま、パネルを押す。
「 市中警備隊の連隊長をよべ。 」

   ふん ・・・ オンナ一人、すぐにでも ・・・ な。
   地球人め ・・・ 今にみていろ・・・!

ふはははは・・・・ カザンは低く笑い続けた。



「 ひかりせんせ〜 ・・・ とれちゃった〜 」
「 あらあら マアちゃん?  スモックのボタンがとれちゃったのね。 ちょっと待って・・・ 」
エプロンを引っ張ってきた幼女の前にスターシアは屈みこんだ。
「 今ね、せんせいが縫いつけてあげますからね〜 ほら チクチク・・・って 」
「 チクチク〜〜?  ちっくちくちく〜〜 」
「 あ・・・針をさわったらだめよ? お手々がイタイになるわ。 」
幼女を抱えそのままスモックのボタンを付け直す。

     ボタン ・・・  そうね あの日もこうやってボタンを縫い付けたわ・・・
     防衛軍の制服は生地が厚くて 縫い付けるの、大変だったのよ
     ・・・ くふ ・・・ あの時の守ったら・・・!

幼児用の柔らかい服地を針で拾いつつ、スターシアはそっと唇に笑みを浮かべた。


「 頼んでもいいかなあ。 」
夕食の片付けも終わり、和室で寛いでいると守が制服を持ってきた。
「 はい? どうなさったの。 あ〜 また破いたのでしょう? 」
「 また・・・って 俺、そんなに破壊的かなあ・・・ 」
「 うふふ・・・ スボンの裾やらジャケットの袖口に年中カギ裂きをつくっているでしょ。 」
「 あ〜 ・・・ まあそうかも・・・ 」
守はぽりぽりとアタマを掻いた。
参謀本部の人気NO.1、颯爽とした青年将校も 細君の前では形無しのようだ。
「 はい、どうぞ。  どこを繕えばいいの? 」
スターシアは彼の持つ制服を受け取った。
「 うん ・・・ ボタンをな、付け替えてほしいんだ。 」
「 付け替える? 」
「 ああ。  面倒で申し訳ないがジャケットのボタンを コレに替えてほしい。 」
守は小箱に入ったボタンを差し出した。
「 わかりました。  ・・・ あらキレイなボタンね。 」
「 よろしくお願いします〜 奥さん。  あ お茶でも淹れてくるな。 」
「 まあ 大サービスね・・・ ふふふ・・・ありがとう、守。 」
キッチンへ行った夫を見つつ、スターシアは針箱を持ち出した。
「 え〜と ・・・ ふうん? 新しいデザインなのかしら? ・・・ 普通より重いわねえ・・・
 あ そうそう ・・・ 千代さんにおそわったアレ、 あれができそう〜 」
ふんふんふん〜〜♪  ハナウタ交じりにスターシアはそのボタンを三つ手にとった。

「 ・・・ さあ〜〜 奥様? 美味しいお茶をどうぞ〜 」
カタカタ・・・トレイの音を立て、守がお茶を持ってきた。
「 まあ ありがとう、守。  ねえ・・・みて? わたし、三つでもできるのよ?
 ・・・ おてだま っていうのでしょ? 」
「 え? 」
「 ほら。 さっきのボタンで ・・・ ふん ふん ふん〜〜♪ 」
スターシアはハナウタを口ずさみつつ ひょいひょい・・・と守が持ってきたボタンを
宙に放り投げて受け取り、また投げている。
「 わわわ! や やめろ! あぶないっ !! 」
守はトレイを放りだし 妻の元に駆け寄り − 空中にあったボタンを受け止めた。
「 ・・・ 守 ?  な なあに? 」
「 だ 大丈夫 ・・・  衝撃を加えなければ ・・・ 」
しっかりボタンを握り締めた手を 彼はそう・・・っと広げてみせた。
「 衝撃? だってこれ・・・ただのボタンでしょう? 」
「 は・・・ 見かけはな。  実はこれ、真田が開発してくれたんだ。 」
「 真田さんが? ボタンを?? 」
「 ああ。 このボタンはな、 ただのボタンじゃないんだ。
 服から千切って床に叩きつければ、強烈に発光する。高性能の閃光弾なんだ。 」
「 ―  え??  せんこうだん・・?? 」
「 そうだよ。 今度の訓練でこれの作動試験をする。 そのために制服につけて欲しいのさ。 」
「 ・・・ ね ・・・ 触っても ・・・ 平気? 爆発・・・しない? 」
「 おいおい・・・ お手玉してた人が今更なにを言っているのか・・・ 
 大丈夫だよ。 真田が開発したんだ、安全性でも手をぬくヤツじゃないだろ。 」
「 そう ・・・ねえ ・・・  あ、このボタンがあれば守も安心ね。 」
「 うむ。 試技が巧くゆけば、全軍服に採用したいと思うんだ。 」
「 それがいいわ。  じゃ 縫い付けるわね。 」
「 よろしくお願いします、奥さん。 」
「 はい♪  もうおてだま、しません。 」
「 ・・・ おねがいします〜〜〜 」
 ふふふふ ・・・  はははは ・・・・  笑い合いつつボタン付けをした。


  ― そうよ! あの朝、ボディ・スーツも着ていったし。 
    ジャケットにはあのボタンが付いているわ。

    守は大丈夫。  ええ 絶対に、よ。

スターシアは一針ごとに想いを強めていた。


「 おやおや・・・ ひかりちゃん、 今日はお裁縫かい。 」
にぎやかな声が子供室に入ってきた。
「 ? まあ きみちゃんさん・・・ じゅんちゃんのお迎えですか。 」
「 うん それもあるけど。  ちょいと かいらんばん を所長さんにもってきたのさ。
 ひかりちゃん。  お弟子さん達は頑張っているようだよ。 」
「 ・・・ まあ! そうですか。 よかった・・・ 
 あ あの・・・きみちゃんさん、お願いがあるのですけれど ・・・ 」
「 うん? なんだい。 アタシに出来ることかい。」
「 ええ。 あの・・・髪を切ってくださいませんか? 」
「 ―  へ?? 」


   シャキ −−−   ハサミの鋭い音がして ファサリ、と黄金の髪が落ちる。

「 ・・・ このぐらいでいいかい。 勿体無い気がするねえ・・・ 」
さすがのきみちゃんも少しばかり元気がない。
「 ええと・・・ もうちょっと切ってくださいな。  肩に掛かるくらいに。 」
「 え・・・ そ そうなのかい・・・  本当にキレイな髪なのに・・・ 」
「 いやですわ、きみちゃんさん。 髪なんてすぐに伸びます。 
 子供達の世話やお仕事をするのに邪魔なんです。 」
「 そう ・・・ かい・・・  そうそう サアちゃんもキレイな金髪だったねえ・・・ 」
「 ふふふ サーシアも髪を伸ばしていますよ。 」
「 ふうん ・・・ また会いたいねえ・・・ 学校の寮だって? 
 もうそんなに大きくなっちまったのかい。 」
「 ええ ・・・ 」
スターシアはきみちゃんが <知っている> ことに感づいていた。
そして きみちゃんもスターシアが気付いていることを知っている。
  でも それがなんだというのだろう。   
自分達は仲の良い友達  ― それだけでいい。   二人はそんな風に思っていた。


   ―  うわああ −−−−−ん  ・・・・!!   きゃあ 〜〜〜 

突然 子供の泣き声と悲鳴が響いた。
「 ? な なんだい?? 」
「 玄関の方ですわ。  きみちゃんさん、ちょっと子供たちをお願いします。 」
「 あ あいよ。 」
スターシアは さっと立ちあがると静かに子供室を出ていった。


「 ― なにごとですか。 」

託児所の玄関には 銃を構えた占領軍の兵士が立っていた。
たまたま親のおむかえを待っていた子供達が 怯えて泣き叫んでいる。
「 この中に 反抗分子が逃げ込んだと情報があった!」
兵士は、土足で上がりこもうとした。
「 待ちなさい。 」
「 なんだと!? 」
子供を抱いて立ち竦む若い職員を後ろ手に庇い、 スターシアはずい、と正面に出た。
「 子供の前です。 銃を収めなさい。 」
「 な なんだ お前・・・・ ひっこんでろ! 邪魔すると撃つぞ! 」
「 どうぞ。 しかし子供を怯えさせることだけは許しません。 」
スターシアはまっすぐに兵士を見据えた。
それは生まれながらの王者の眼差しだった。 統率し支配するために生まれたきたものの目だ。

   ― 女王が一兵卒をみつめる。

「 ・・・  !  」
武器を持つもののほうが たじろぎ後ずさった。
彼女の目は さらに相手を逃さない。
「 銃を降ろしなさい。 ここは避難所です。
 ここに居るのは一般市民、非戦闘員ばかりです。 そこに銃を向けるのですか。 」
「 く ・・・ ! 」
「 それが占領軍のやり方ですか。 恥を知りなさい。 」
その威厳に占領軍の兵士はたじたじとなり、
「  ― なんだ、 このオンナ ・・・ くそ・・・! 」
  捨て台詞を残し ― 及び腰のまま駆け去った。
「 ・・・ スターシアさん・・!! 」
「 さあさ ・・・ お部屋に戻りましょうね。  ほら もう泣かないの・・・ 」
スターシアはいつもの満面の笑顔で子供達を抱き、手を引き室内へ戻った。

2012.1.19

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