(8)星の海にて その1


「お兄さま、どうぞ。」
「これはこれは姫君、どうもありがとうございます。」
加藤四郎はうやうやしくアタマを下げるとサーシアからココアの入ったカップ
を両手で受け取った。
「まぁ、お兄さまったら・・」
うふふ・・・あはは・・・
イカルス天文台の展望室に二人の笑い声が響いた。
日曜の午後のひととき、四郎とサーシアはベンチに座ってのんびりと過ごして
いた。四郎達だけではない、今日は訓練校は休みなので訓練生はみな思い
思いに貴重な休日をゆったりと過ごしているのだった。
「ねぇ、お兄さま、訓練学校のお勉強は大変?」
「うーーーーん、どうかなぁ。大変だけど大変じゃないよ。」
「なぁに?それ。答えになっていないわ。」
「はは・・・そうだね。
確かにやらなきゃならない課題は沢山あるからなぁ・・・・、でも自分で選んで入
った道だから、大変なのは当たり前って思ってる。だから大変じゃないのさ。」
「ふーん。」
「サァちゃん??」
「あたし、あともう2ヶ月もすると、そろそろ成長も落ち着いてくるでしょうってマ
リ先生やお母様がおっしゃるの。」
マリ先生とはサーシアのかかりつけのドクターだった。
彼女は 新城マリ といって、古代守、スターシア夫妻が地球へやってきてか
らずっと佐渡医師と共に、夫妻の、特にスターシアの健康を見守り、サーシア
が生まれてからは彼女の健康管理もしていた。イカルスにも同行し、スターシ
ア、 サーシア母娘の健康管理と同時に、天文台の職員、訓練学校の職員、生
徒の健康管理もしているのだった。
「もう来週には中学で習うことをお勉強するって真田のおじさまが言っていた
わ。」
そう言って四郎を見上げるサーシアは見た目10歳前後の少女だったが、見
かけとは裏腹に、彼女の体の中ではものすごい速さで変化がおこっているの
だろう。
「だから・・・ネ、そろそろ将来のことも考えなくてはならないのよ。」
四郎にとっては見かけ通りの少女のサーシアが、少し背伸びしてすました顔で
話す様子が、四郎はなんともおかしくなって口元が緩んでしまった。
「あら、お兄さま、笑い事じゃないわよ。」
「ごめん、ごめん。」
「お父様もお母様も、あたしの成長がおちついたら、イカルスにいる間は訓練
学校のみんなと一緒にお勉強したらっておっしゃるの。地球で暮らすための準
備運動みたいなものだって。あたしもそれしかないかなって思うんだけど・・・。」
「けど?」
「お兄さまやお姉さま方にまじってお勉強なんて、あたしにはとても無理よ。」
「そうかい?その頃には君は今よりももっとおっきくなっているんだろ?俺たち
と同じぐらいにさ。」
「・・・・そうね、多分。」
「待ってるよ。サァちゃんが訓練学校にやってくるのを。一緒に勉強しよう。」
「お兄さま・・・。」
「そうして地球で暮らすようになったら、今度は本当に自分で勉強したいことを
みつければいいんじゃないのかい?」
「・・・!そうね、そうよね。ありがとうお兄さま。」
サーシアはそう四郎に言ったが、それでも少し不安げに窓の外に目をやった。
「・・・・。お兄さまはどうして宇宙戦士になろうと思ったの?」
「そうだなぁ・・・・、どこから話そうかな・・・。」
四郎は手にしたカップから一口ココアを飲むと話しはじめた。
「俺のすぐ上の三郎兄さんとは小さなころから仲がよくてね、よく二人して遊ん
でいたのさ。ガミラスからの攻撃が始まって、みんなが地下都市へ逃げ込んで
生活をしていた頃、その三郎兄さんが宇宙戦士訓練学校へ入ったんだ。兄さ
んが宇宙戦士になるんなら、俺もって思ったんだよ。兄さんは凄腕のパイロッ
トになった。俺もそんな風になりたかった。だから・・・」
「だから訓練学校へ入ったのね」
「まぁね。」
「三郎お兄さまは?」
肩を抱き合い笑っている少年が二人、こちらを見ているイメージがサーシアの
脳裏に飛び込んできた。二人とも目元がよく似ていた。一人はあきらかに四郎
だった。もう一人は・・・
   ああ、四郎お兄さまのお兄さまだわ。
   これはお兄さまが大切にしているお写真のイメージね。
次に、四郎と四郎の家族らしい人たちにむかって ぴっと敬礼をしている四郎
の兄の姿と何故か現在改修中のヤマト艦載機格納庫の風景、最後にサーシ
アの叔父・進の悲しそうな表情が見えた。
なぜ叔父なのだろう、なぜヤマトなのだろう・・?
サーシアの頭の中ではイメージがぐるぐる回っていたが、やがて一つの答え
が浮かび上がった。
   三郎お兄さまは・・・もしかして・・・・
四郎が発するイメージでサーシアの胸は悲しみでいっぱいになった。
時々、サーシアは人が発する強い感情を拾ってしまうことがある。
人の心の内が 見えて しまうことがあるのだ。
たとえ 見えた としても、それは相手のごくごく個人的な感情で、人は心の内
を覗かれることを嫌うものだから、人が嫌がることは口にだしてはいけないと、
サーシアは常々母から言われていたし、周囲の感情の坩堝から自分を守る訓
練も積んできていた。だからサーシアは今も必死に四郎の悲しみの感情の
前に壁を作り、耐えているのだった。だが、まだなだ子供のサーシアには流れ
込んでくる強い想いを完全に堰き止めることは出来なかった。とうとうこらえきれ
なくなってしまい、一筋の涙がサーシアの頬をつたった。
「サァちゃん?」
四郎はびっくりしてサーシアを見つめた。
「ごめんなさい。あたし・・・。」
ああ・・・と四郎は気がついた。
自分の今の気持ちをサーシアが敏感に感じ取ってしまったことに。
しょっちゅうサーシアと遊んでいる四郎は、もうずっと前からサーシアの感受性
の強さには気がついていた。
感じているのに、それを口に出さずに必死に耐えているサーシアの様子が、
四郎にはいじらしくてたまらなかった。
「サァちゃん・・・ありがと。」
「え・・・・?」
四郎の大きな手がサーシアの頭をやさしくなでた。
「お兄さま」
見上げた四郎の表情が穏やかだったのでサーシアは少し安心した。
「まぁ、宇宙戦士になろうとしたきっかけは亡くなった兄さんだったんだけど」
と四郎はさらっと続けた。ここは、いちいち説明せずに、兄の三郎が亡くなって
いることは、四郎とサーシアの二人の間ではすでに知っていることとして話を
進めた方がサーシアの気持ちの負担が軽いだろうと四郎が判断したからだっ
た。
「今はねぇ、兄さんが必死に守ろうとしていたものを、俺も守りたいと思って。そ
のために宇宙戦士になろうと思っているよ。沢山勉強して、訓練学校を卒業し
ようと思うんだ。」
「守りたいもの?」
「うん。さっきも話したけれど、三郎兄さんとは子供のころよく一緒に遊んでた
んだけど、一番の思い出は海で遊んだことかな。ばあちゃんによく連れていっ
てもらってた。」
「おばあさまに?」
「そう。母さんは俺が3歳のときに病気で死んでしまっていてね、俺には殆ど母
さんの記憶がないんだ。」
「まぁ・・・」
「そんなこんなで、俺たち兄弟はばあちゃんに育てられたようなものなんだ。
そのばあちゃんが夏になるとよく俺たちを連れていってくれたのが海だったの
さ。家からそんなに遠くなかったしね。ガミラスとの戦争の前は地球には豊か
な海が広がっていたんだよ。面白かったなぁ。貝ほりもしたよ。」
「貝?」
「うん、アサリという貝。お味噌汁に入れると美味しいんだよ。
海はなぁ、地球上の生きとし生けるもののみなもとだよ。 海を大事にしな。
ていうのがばぁちゃんの口癖。子供だった俺にはなんのことやらわからなかっ
たけれど、ガミラスの攻撃で海が干上がってからようやくばぁちゃんが言ってい
たことがわかった。海が干上がったおかげで雨は降らないし、地上の温度は
上がる一方、生き物は何も育たなくなったからね。地下都市で育てたものは人
の手によるものだったけれど、どれもひよわでもろかった。それでも人類はな
んとか命をつないでいたけれど・・・。」
「・・・・・。」
「ちょっと難しかったかな。」
「ううん・・・お兄さま、続けてくださいな。」
「そのガミラスとの戦いが終わって、君のお母さんのおかげで人類に有害な放
射能が取り除かれて、地球に緑が少しずつもどって海が復活してきた時は嬉
しかったなぁ。また子供のころ兄さんと遊んだように、海で子供たちが遊べるよ
うになるって思うとわくわくした。兄さんも同じように思っていたと思うよ。なにし
ろ俺たちはばぁちゃんのせいで海が大好きだったからね。ふたたび戻ってきた
海を、地球を、仲間を・・・兄さんは最後まで守りたかったんだと思うんだよ。俺
も兄さんと同じように守りたいって強く思っているんだ。」
サーシアの周りに青い波が寄せてきた。
透明な水がサーシアの足元に寄せてはかえす。
四郎の想いが重なってサーシアの心は穏やかに、
波と一緒に地球の海を漂った。
四郎の見せた海が彼女の海になった。
「あたし・・・あたしも守りたいな・・・お兄さまと一緒に・・」



2012.2.18
*****************************
今回、マイ設定てんこ盛りです(大汗)

TOP  BACK  NEXT
inserted by FC2 system