その青き星にて  ― (2) ― 




   タ  タ  タ   タ ・・・・・

軽やかな足音が近づいてくる。  ひそやかに、しかし確実に ―  ああ もうドアの前だ。
次に聞こえるのは とても軽い、静かなノック。  小鳥がつつくみたいな可愛らしい音・・・
そして そして  ドアが開いて ―  彼の女 ( かのひと ) の微笑みが現れる。

「  ―  ああ ・・・・  」
毎朝 その時を待ち焦がれているのか ・・・ 恐れているのか 守には自分にもわからない。
ただ まだ自由にはならない身体を懸命に動かそうと全力を振り絞る。
昨日から腕の動く範囲がすこし広くなった。 かなり悪戦苦闘して上掛けから腕を伸ばし寝床を整えた。
寝乱れた様子を見せるのはイヤだった。 
「 ・・・ これで身体を起こすことができればなあ・・・ 」
腕だけでもまだまだ重く、思うままに動かすことはできないのだ。

      彼女に心配をかけたくない ・・・
      一日も早く ・・・ 復帰しなければ ・・・

      あの鳶色の瞳は いつでも微笑んでいてほしい
      心配顔は させたくない

守は自分自身の身体の調子よりも彼女のことが気になるのだ。 なぜか・・・わからないが。

      早く回復を・・・! せめて この脚が動くようにならんと!

思い通りに動かない脚をひとつ ふたつ殴りつけたくなった。
なにをそんなに焦っているのか  ― 守はふっとそんな自分を嗤ってみる。
「 だらしないぞ、古代守。  オタオタするな! 己を律することができずになんの宇宙戦士か!
 ・・・ と言いたいところなんだが  ・・・ 」
  カサ ・・・  それでもすこしだけ身体の位置をずらすことができた。

      俺は  俺は  ・・・ 恐いんだ・・・
      俺自身が ・・・ 恐い。

          ―  スターシア !

      だめだ、 彼女は ・・・ この星の女王なんだ
      俺を拾って助けてくれた命の恩人 だぞ。

彼女の笑顔に  彼女の声に  彼女の心に   そして 彼女の全てに ― 
古代守は ぐんぐん惹き付けられてゆく。  
く・・・っと決意を飲み込んで、守は真正面からドアに向き直った。


   ―  シュ ・・・・    微かな空気の振動と共にドアが開く。
「  おはよう まもる   今朝のお目覚めは いかが? 」
足元に余る金の髪をひき、彼女が立っていた。

       ・・・ ああ  ・・・ 女神 だ・・・ 俺の女神 ・・・!


「 まもる? 」
怪我人は 微動だにせずこちらを見つめている。 スターシアの心はざわめく。

      このひとの眼 ・・・ この深い眼差し
      こころの奥まで 注ぎこんでくるわ ・・・

震える脚をふみしめ ふみしめ彼女は進む。  その瞳に引き寄せらてゆく。
「 あの ・・・ ご気分が悪いのですか?  カプセルに戻ったほうがいいのかしら。 」
「 あ ・・・ 大丈夫・・・ おはよう すたーしあ 」
「 まあ よかった。  その笑顔がでれば安心ですわ。  朝食をいかが? 」
「 ・・・ ありがとう。  いただきます。 」
「 うふふ・・・ 随分 この星の言葉が堪能になりましたね。  すごいわ。 」
「 すたーしあ。  きみのおかげです。 」
「 まもる ・・・ 」
「 ・・・・・・・・・・」
見つめ合う視線が 離れない。  離れずに絡みあいしっかりと結びつく。
二人は 声もなくただただ見つめあう。
静かなイスカンダルの朝  ―  二人が口を閉じれば宮殿の奥の間にも波の音が聞こえた。
そのとおい潮騒の音は  余計に周りの静寂さを際立たせる

     ここには  わたし達 ・ 俺たち ふたりきり・・・
     ふたり   二人 ・・・ だけ ・・・

     ―  だめ  だ・・・!

     ・・・  いけないわ ・・・!

二つの視線は ほぼ同じ時に逸らされた。
「 ・・・  あ  いただきます ・・・ 」
「 ・・・ ああ  ご ごめんなさい・・・  今 ・・・ 」
カチャ ・・・  スターシアはあわててトレイをベッドの脇に寄せた。




守の意識が戻ったときから スターシアは少しづ彼にイスカンダルの言葉を教えていった。
お互いの名前から始まって ごく簡単な単語を並べてゆく。

「 ・・・ いすかんだる ・・・? 」
「 ・・・・! ・・・!   イスカダル。  」
彼女は大きく頷き天を地を指し、ぐるり・・・と大きく腕を回した。
「 いすかんだる・・・  この星の名前だろうか・・・ 」
「 ・・・ イスカンダルのスターシア。  スターシア。 」
「 ああ そう・・・ そうだね。  君は  いすかんだる  の  すたしあ 」
「 ・・・ !  ・・・ !  」
こくこくと頷くたびに 彼女の裾までも届く長い黄金の髪がゆれる。
「 そうか。 君は いすかんだる  の  すたしあ  なんだ・・・
 俺は  地球の古代 守  」
「 ・・・ ま も る?   こ・・・だ い  まも  る? 」
「 そうだ。  そして君は  いすかんだる  の すたしあ。  」
「 ・・・・! 」
頷いた彼女の顔に ぱあ・・・・っと微笑の花が広がってゆく。
彼女の笑みはどんな薬よりも守の心を身体を癒し
彼の笑顔は スターシアに生きる喜びを運んできた。

       この笑顔を ・・・ 護りたい・・・!

       この方の微笑みをもっともっと見たいわ

守の容態が安定してきた後も スターシアは時間をみつけ、できる限り守の病室を訪れた。
スターシアも 守も その一時を心の内で待ち望んでいた。
 
病室で身近な小物から寝具やら服、と二人はそれぞれの星の言葉を教えあった。
そして それはいつしか二人だけの会話となっていった。

「 どうか無理をしないで ・・・ 」
「 大丈夫 ・・・  すこし無理をしないとね。 心配しないで。 」
「 しんぱい ? 」
「 ・・・・・ ・・・・・・  というきもち かな。 」
「 ああ わかりました。  しんぱい しません。 」
「 ありがとう。  早くベッドから離れられるようになりたい・・・ 」
「 守 ・・・ 確実に回復してきています。 焦らないで。 
 次の季節には この宮殿の庭を歩くことができますわ。 」
「 ・・・ そう願いたいものだ。  」
「 どうぞ この薬草のエキスを・・・ 大地の恵みはどんな薬にも優るのです。 」
「 ありがとう スターシア・・・ 」
守は差し出されたグラスを手に取った。 口に含めば知っている味にも思えた。
「 ・・・ 香ばしい・・・ 懐かしい香りがするな・・・ 」
「 そう? 守のふるさとにもこのような薬草があるのですか。 」
「 薬草、ではないけれど・・・ ああ でももう・・・ ないな。  
 地球には・・・故郷の星にはもう ・・・ 地上の緑は ない。 」
守は 視線をそらせ 広い窓から外を見やった。
細長く切り取られた空間には 青い青い空の下、どこまでも広がる緑の大地が望まれた。
「 この星は ・・・・ ほんとうに美しい ・・・ 」
「 あなたの故郷もそれは美しい星なのでしょうね。 」
「 そう・・・かつては あの爆弾が地に落ち始めるまでは ・・・ 」
「 ・・・ 守 ・・・ きっと 守みたいに暖かい星なのでしょうね。 」
「 スターシア ・・・ 君は ・・・ 」
守の手が思わず宙に浮き ―  ゆっくりと降ろされた。

        ・・・・ 守 ・・・?

「 そうだわ、 明日・・・ベッドを窓の近くに移させましょう。
 そうすれば・・・ 外の景色を存分に楽しむことができますでしょ。 」
「 ・・・ ありがとう ・・・ スターシア。 」
「 はやく元気になってくださいな・・・ 」
「 ・・・ スターシア ・・・ 」
「 あら 着替えをお持ちしましょう。 ちょっと・・・待っていらして・・・ 」
スターシアは裳裾を翻し 病室から出ていった。

   ―  頬が  ・・・ 熱い ・・・



    ふんふんふん ・・・・♪

気がつけば お気に入りの古い歌を口ずさんでいた。


今まで 彼女は全て滅び行くものばかり看取ってきた。
看取りの先には 必ず別れが ― 死が 待っていた。 それは運命だと想っていた。
父を送り 母を看取り 数すくなくなっていた国民たちを見送り  ― そして 妹を送り出した。


しかし   ― 今 ・・・ 元気を盛り返してゆく守のそばで過しつつ
彼女はその命が日々勢いを増してゆく熱さ・強さに圧倒されていた。

     命って なんて素晴しいの・・・!   

この宮殿でも花や薬草などの植物は育てている。 
それらは確かに育ってゆくが枯れるのもはやく 結局は短い生と死の繰り返しだった。
大木であっても 毎年蕾は花となりやがて散り枯れる。
そんなものばかりとを見てきた。  
今 ・・・ 青年の命は 消えかけていた命は 再び勢いよく炎を上げ始めている。

     ・・・ 命の炎 ( ほむら ) が燃え上がるのね

勢いを増し育ってゆくものは すべて愛しい。
それは 産み・育てる性 の、女性としての本能にちかいものかもしれない。
しかし  今  彼女のこころは急速に魅かれていた  ― あの異星の若者に。



衣裳部屋に向かう途中で思いついて 回廊に出た。
宮殿から直接出られる奥庭には 沢山の薬草類が栽培されていた。
「 お早う ・・・  あら さっきちゃんと挨拶したわね。 」
スターシアは 薬草たちに声をかけつつ その茂みにずんずん入ってゆく。
「 今朝もありがとう・・・ 守は随分元気になったの。
 次は ・・・ なにが効くかしら。  え・・・ 薬草じゃないって・・・? 」
ゆらゆらと 青い草たちが揺れる。
「 なにがいいのかしら。 ・・・ ああ そうね、あなたを見れば気持ちも和むわね・・・  」
彼女は 薬草の畑の隅に群生してる白い花を数本摘み取った。
「 この星に来てくれたあのひとを ・・・ 歓迎しなくてはね。  
 イスカンダル ・ ブルーの恵みが 守にもありますように・・・ 」
裳裾を朝露で湿らせ 女王スターシアは奥庭を歩く。

     今朝もいいお天気ね ・・・
     
遠い影が イスカンダルの山の端からせり上がってきた。
やがてあれは中天に掛かる  ―  この星の双子星 ・・・
「 ・・・・・・・・・ 」
スターシアは しばらく佇みじっとその見慣れた光景を眺めていた。

「 ・・・あら。 いけない・・・!  守の着替えを・・・!
 衣裳部屋に お父様のシャツがまだ残っているはずだわ。 」
彼女はもう一度中天の星を一瞥すると 青い衣 ( きぬ ) を翻し宮殿内にもどった。


翌日 使役のアンドロイドが守のベッドを窓に近いところまで移した。
「 そうね ・・・ そこでいいわ。  ありがとう。
 じゃあ 今度は守をベッドまで連れていってあげて。 」
スターシアは長椅子で休んでいる守を振り返った。
「 スターシア。  ・・・ 歩けるよ。 」
「 え ・・・ 無理なさらないで・・・  」
「 いや。  歩いてみる。 」
「 ・・・ わかりました。  気をつけて・・・ 杖をお使いになって。 」
「 うむ。 」
守は長椅子に座っていたが 肘掛をたよりにゆっくりと立ち上がった。
窓の近くに移したベッドまで ほんの少しの距離、部屋を横切るのだが・・・

   コツ ・・・ ザ ・・・ コツ ・・・  ザ ・・・・

彼は全身の力をこめて傷ついた脚を運ぶ。  一歩  一歩  ・・・ 彼女のところへ。
「 ・・・・・・・・・ 」
「 く ・・・ そぅ〜・・・・ これしきの ・・・ 」
守の額に汗が滲む。  渾身の力をこめて怪我の、そして宇宙放射線病の癒えかけた身体を運んでゆく。
「 ・・・・ ふう 〜〜〜   あと 少し ・・・! 」
「 ・・・ 守 ・・・   あ・・・! 」
「  う・・・わ・・・!  」
あと一歩、というところで 彼の足が敷物に取られ、姿勢が崩れた。
スターシアは ベッドの脇から咄嗟に腕を差し伸べ 守はその手を掴んだ。

      あ ・・・ !

      ・・・  ああ ・・・!

そのまま彼は彼女を抱き締め ― 二人はまじまじと見つめあう。
「 ・・・だ 大丈夫 ・・・ですか ・・・ 」
「 ・・・ あ ああ ・・・ すまないね。 」
「 い  いえ ・・・・ 」
どちらからともなく身体を引いた。
スターシアは黙って守が横になる手助けをした。
「 お水 ・・・ いかが。 すこし薬草の葉を落としました・・・ 」
「 ・・・ ありがとう ・・・ 」
冷たいグラスが 守の火照った手に心地好い。
「 あの ・・・ ここからの眺めは  いかが? 」
「 ああ ・・・ 素晴しいな。  うん? おおきな影が・・・ 星 ・・? 」
守の視線は窓から見るイスカンダルの広い空に釘付けになった。
青く澄み切ったイスカンダルの空、 その中天にはくっきりと一つの星がみえる。
「 この星の衛星かい?  随分と近いのだな。 」


      「 守。 あれは ガミラスです。 」
      「 な ・・・・ ! 」

  ―  カシャ −−−−−−ン ・・・!

守の手からグラスが落ちた。
彼の顔色が一瞬で変わった。 眼は見開き言葉は出ない。
「 ガミラスです。 あなた方の星、地球を攻撃している星です。 」
「 ・・・・・・・・・・・ 」
「 このイスカンダルとガミラスは二連星 ・・・ 双子星なのです。
 そして 遠い昔から私たちの血筋は混じりあってきました。 」
「 ・・・ な ・・・ んだって・・・ 」
「 ここ数世紀、二つの星の間で行き来はありません。
 でも イスカンダル人とガミラス人は皆 どこかで祖先が血をまじえています。
 遠い昔 イスカンダル王家からガミラス王家にお輿入れした姫君もいましたし
 嫁いでいらしたガミラスの姫君もいらっしゃいました。 」
「 ・・・・・・・・ 」
「 ですから  わたくしにもガミラスの血は含まれています。 」
「 ・・・ !!! 」

  ―  波の音だけが 二人の間に響いていた。



2011.4.29

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