その青き星にて   ― (1) ―  







      ・・・・ 空気が ・・・ 騒いでいるわ。

その朝、 目覚めてすぐに気づいた。
いつもの清明な大気が さわり、と揺れていた。

      なにか あったのね
      それも 哀しいことが ・・・・

女王スターシアは寝台からゆっくりと身を起こした。
夜着の裾をひいたまま、部屋を横切り天井まで届く窓をあけた。

 ― 朝の風が 今朝一番の風がこの星の女主人に挨拶をしに飛び込んでくる。
 ・・・ その流れる風が 今朝はほんの少しだけ重たい。 

     これは ・・・  哀しみの重さだわ

「 おはよう。  ・・・ そう、 また・・・生命の炎 ( ほむら ) が消えていったのね。
 そう・・・ ではこの母なる大地に還してあげましょう ・・・ 」
スターシアは重い足取りで帳に陰に入った。




「 ・・・ 海岸の方なのかしら。  」
スターシアは数体のアンドロイドを引き連れ マザータウンを望む海岸まで降りてきていた。
この星に住まう人間は最早女王スターシアただひとり。
生活上のさまざまな使役はアンドロイドと工作マシーンが担っている。  
そしてまた これからの作業もアンドロイドの重要な使命なのだ。

     イスカンダルの海は 穏やかだった。

「 どこかしら・・・  ああ ・・・この方角・・ あれね。 」
彼女は手元の小さなマシンを覗きこみつつ、アンドロイドたちに指図した。
渚からすこし離れたところに 焼け爛れ損傷甚だしい宇宙艇が あった。
「 ・・・ また ガミラスの ・・・。  それならば生存者は ・・・ 無理ね。
 付近の宙域で戦闘があったのかしら。  いえ ・・ まだそんなはずはないわ。 」
この星・イスカンダルには 時折ガミラスの宇宙艇が墜落してくることがある。
勿論 それは彼ら・ガミラス人にとって死を意味するから稀なことであったけれど・・・
「 ・・・ わたくしを連れていって。  そう、あの残骸まで。 」
アンドロイドたちは丁重に彼らの女主人を運んでいった。

浅瀬に転がっている艇にはもはや動くものもなく、朝の光の中に無残な姿を曝していた。
大破した艇の中を スターシアは静かに見回り指示をだしてゆく。
「 ・・・ 皆 まだ若い兵士たちなのに ・・・ 眠りの谷に弔ってあげてね。
 この船は ・・・ 戦闘艇ではないみたい  」
数体の遺骸がブリッジにころがっていた。 そっと瞑目し、彼女は奥へと進んでゆく。
「 ・・・ あら ・・・?  これは ・・・ 」
ブリッジと離れた場所にとてもクルーの居室とは思えないスペースがあった。
ひどく狭苦しい、ベッドとほんの僅かなスペースがあるだけだった。
「 ここは・・・?  まあ ・・・ ここにも兵士が ・・・  え ・・? 」

ベッドの中には  彼女と同じ肌の色をした人間  が横たわっていた。

「 ガミラス人・・・ではないわ・・・ 可哀想にどこか他の星の人間なのかしら 」
彼女はそっと手を伸ばし ―  顔の周囲に散らばる破片を取り除く。 
「 ・・・ あら・・?  」
その煤と血に汚れた頬に当てた掌には まさに命の温もりが感じられた。

「 ・・・・う ・・・・ ううう ・・・・ 」

その人間は微かに呻き ほんの少しだけ身じろぎをした。
「 ・・・ 生きているわ!  この人は 生きている・・・! 
 お前たち、 早くこの方を運んで! 」
スターシアは すぐにアンドロイドに命じ瀕死の怪我人をクリスタル・パレスに運ばせた。



        ―  ある晴れた朝    そのひとはやってきた




自分以外の人間が同じ空間に居る ―  それは本当に久し振りの感覚だった。
妹・サーシアを遠い彼方の星に送り出して以来のことだ。

     サーシア   ああ サーシア  ・・・・
     貴女はいま どうしているの 

     イスカンダルの神々よ ・・・ 妹をどうかお護りください

女王は朝に夕に祭壇に祈りを捧げているが 星も風も黙しているだけだ。
  そして  またひとつ。  彼女の祈りに加わったこと・・・

     あの地球人が 一日もはやく回復しますように

泉の水を捧げ 白き花を手向け彼女は祈り続けていた。
  ― 地球人 ・・・
そう、墜落・大破していた宇宙艇の中でただ一人生存していた青年 ・・・
ガミラス艦に残された記録によると 彼は地球の若者、それも戦艦に乗り組んでいた士官だという。
虫の息だったその青年を クリスタル・パレスに運ばせた。
ひどい怪我と宇宙放射線病の末期だった。

「 ・・・ これは・・・!  このままでは・・・! 」

スターシアはすぐに彼を医療ブースに収容し、イスカンダル最新の治療を施した。
「 治りますように・・・  あなたの同胞がこの星にやってきたときに
 一緒に笑って還れることを祈っています  ・・・ 」
半透明な医療カプセルの中で昏々と眠り続ける青年に彼女は付き添い祈っていた・・・
彼の同胞は彼女のメッセージを解析し やっとこの星目指して出発したらしい。
しかし この星に辿りつくのは何時になるやら ―  それは彼女にもわからない。

      このひとが はやくよくなりますように ・・・!

祈りと看病の日々が過ぎてゆく。
 今日はすこし顔色がよくなった 今日は呼吸が安定してきた  今日は点滴がよく入る・・・
マシンが示すデータだけでなく 彼女は毎日その目でその手で・・・青年を看取り続けた。
それは彼女の日課、いや生活の大半を占めてゆく。

     あなたはどんな色の瞳をもっているの・・・・
     濃い栗色の髪をもつ人よ ・・・ あなたの瞳が見たいわ

一人の女性として ・・・ いつの間にか彼女の心は青年に寄り沿っていった。




        ・・・・  ここは ・・・・?

何もかもがぼやけていた。  薄く開いた目にうつる視界も耳に入る音も そしてアタマの中も。
古代守は ほんのしばらく目を開けていたがすぐに睡魔の手に絡めとられてしまった。
ゆら ゆら ゆら ・・・・  意識の底へ水底へと沈んでゆく・・・

      ・・・ そ ・・・ うか ・・・ 俺は ・・・・死んだのか・・・
      ・・・ ?  ああ  あれは  ・・・  天使 ・・・?

閉じかけた視界の隅に黄金の髪を揺らす女神が見えたがすぐにブラック・アウトした。
 

「 あ・・・!  意識が戻ったわ! ・・・・ ああ ・・・また目を閉じてしまった・・・ 」
スターシアはしばらく彼を見つめていたが、モニターに目を転じ数値を確認した。
「 そう ・・・ これならもう普通のベッドで大丈夫ね。  はやくあなたの瞳を見せてね。 」
看護アンドロイド達が てきぱきと作業を始めていた。
「 そうね、 この方は来賓用の寝室へ。  医療機器も一緒に運んで頂戴。 」
彼女は病人に付き添いゆっくりとクリスタル・パレスの階段を昇っていった。
地下の医療ブースから 光と風に満ちた空に近い部屋へ ―

      あなたが目覚めたとき ・・・ 一番に空と光が見えますように

広いベッドに横たわるひとに 彼女はそっとこころの中で呼びかけていた。


     
     ― ああ  夜明けなのか ・・・

自分自身の声がアタマの中で聞こえた、と守は思った。
そして次第に明るくなってゆく周囲に気付いた。   

     寝てる ・・・ 横になっているのか 

少しだけ首が動いた。 視界が変わった。  ・・・ だれか  いる・・?
「 ・・・ あ ・・・  れ。   服 ・・・ 制服 ・・・  」
見慣れた色の服地が 目に入る、あれは ― 艦長服 ・・・ 
膝の上に 制服を乗せて白い手が繕っている ・・・ 風に見えた。


     守、 また破いたのね?  乱暴はダメよ 制服は大切にしなくちゃ
     ねえ 進?  困ったお兄ちゃんねえ・・・

「 ・・・ かあさん ・・・ 」
ふと懐かしい声と笑顔が浮かび 彼はもう一度、首を動かしてみた。 
   ― カサリ  ・・・・    リネン類が軽い音をたてる。

「 ・・・・!  まあ よかったこと。  気がついたのね? 」
「 ・・・??? 」
ふわり、と金の髪が翻り、透き通るほど白い女性 ・・・と思われる顔が見えた。
「 ・・・ き きみ は 誰 ・・・? 」
「 ・・・・? ・・・・??   ・・・・・  ・・・・ 」
「 ここは ・・・ どこですか?  きみは ・・・ 」
「 ・・・・ ・・・・・ ・・・・・ ・・・・・ 」
守は 心配顔で覗きこむ美女の言葉はまったく理解できなかった。

     ここは ・・・ どこか異星なのか ・・・
     このひとは ・・・ ?   うん?

「 ・・・ シア。   すたーしあ  す た − し あ ・・・ 」
彼女は自分自身の胸に手を当て 何回も何回も同じ言葉を繰り返している。
「 うん?   なんだ?  え・・・  す  た  し あ ・・・? 」
こっくり頷き、彼女はぱあ・・・っと笑顔が広がった。
「 す た  し  あ ・・・? 」
「 ・・・! ・・・! 」
こくこくと頷くたびに 金の髪が振り零れ青い衣が揺れる。
「 ああ それがきみの名前 なのですか。  す  た  し  あ ・・・ 」
「 ・・・  ・・・   ・・・? 」
白い手が守に向けられ 彼女が首を傾げてみせた。
「 あ ・・・ 俺の名前を訊いているか。  まもる   ま   も   る 」
ゆっくりと手を上げ、彼は自分自身を指した。
「 ま  も  る 」
「 ・・・ ま  も  る ・・・? 」
「 そうです、   す  た  し  あ  」
         「 ま も る 」     「 す た し あ 」



          ―  ある晴れた朝   二人は巡り逢った

  
2011.4.16

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