その青き星にて ― (3) ― トン トン トン ・・・・ 今朝も あの密やかなノックが聞こえてくる。 守は重い頭を抱えゆっくりと身を起こした。 昨夜は全く眠れなかった ・・・ 一晩中まさに輾転反側 、寝返りができるようになっていたことにどれほど感謝したことだろう。 お蔭で寝床はぐしゃぐしゃ、今朝は体裁を整えるのにかなりの時間が掛かってしまった。 トン トン トン ・・・・ 再び ノックが響いてきた。 彼女は決して勝手にドアを開けたりはしない。 「 おはようございます。 お目覚めですか。 」 ドアの外で いつもと同じに静かで優しい声が聞こえた。 ・・・ スターシア ・・・ ! 君の声を聞くのが 俺の毎朝の楽しみ ・・・ いや俺の生きる支えだった・・・ 君の微笑みが 俺を癒してくれた ・・・ 君の存在が 俺に生きる力を与えてくれた・・・ だが ― 君のその身体には ガミラスの血統が ・・・・ ガミラス! 俺の、家族の 仲間の、部下たちの いや 地球の人々の全てを奪おうとするヤツラの血! 憎んでもなお余りある ― 敵! 俺はヤツラを殲滅するために 命をかけていた・・・! 許せん!! 許すなどありえん。 あの微笑 あの優しい声の中に ・・・ ガミラスが混じっているのか ・・・ いっそ心底憎めたら どんなに楽だろう・・・! しかし ・・・ああ しかし・・・! く ・・・ くそ ・・・ なんだって俺は ・・・ 彼女を 想い切れないんだ・・・! ああ あああ! 俺はそんな俺自身が許せない・・・! 死んでいった者たちに 顔向けができない・・・ 守は上掛けの下でぐ・・・っとにぎり拳を固める。 そして努めて冷静な声を絞り出した。 「 失礼しました。 どうぞ。 」 「 お早うございます ・・・ 」 静かにドアが開き、 彼の女 ( かのひと ) が入ってきた。 「 ・・・ お早う ・・ 」 「 よくお休みになれまして? ベッドの位置は如何ですか。 ああ ・・・ 眩しくはありませんか。 」 「 ・・・ い いや ・・・ 」 守は視線を合わせない。 じっと自分自身の手を見つめている。 その手は ― ぎゅ・・・と上掛けを掴んだままだ。 「 こちらのボタンで紗が下りますわ、 ほら ・・・ 」 スターシアがベッドサイドにあるスイッチを押すと 天井までの窓に紗の幕が下りた。 麗らかな朝の景色は ぼんやりとくぐもった。 「 この方が落ち着かれるでしょう? それともべッドは元の場所に戻しましょうか。 」 知ってる ・・・?! 彼女は俺が動揺しているのを知っているんだ ・・・! カ ・・・ッ と何かが守の内で爆ぜた。 彼は く・・・っと身体を起こすと真正面からスターシアをみつめた。 「 守? ああ 急に起き上がって大丈夫ですか。 」 「 スターシア。 いや スターシア女王陛下。 」 「 ・・・・ はい? 」 うってかわった守の硬い口調に スターシアの笑みが消えた。 「 なんでしょうか。 」 守は ひた、と彼女を見つめたままだ。 スターシアもまたまっすぐに彼に向きあっている。 「 俺を 引き渡さないのですか。 」 「 引き渡す? どこへですか。 」 「 あの星 ・・・ ガミラスへ。 俺はもともとヤツらの捕虜だったから。 イスカンダルの女王として、そうするべきなのではないのですか。 」 「 守。 あなたはこの星、イスカンダルが保護をしたイスカンダルの客人ですわ。 引き渡す必要などありません。 これは女王としての判断です。 」 「 スターシア。 同情なら結構ですよ。 」 「 同情なんてしておりませんわ。 自分の国に怪我をした人がやってくれば保護して治療するのは人間として当然のことです。 それにこのイスカンダルとガミラスは 友好国同士ではありません。 」 「 ・・・え? しかし 昨夜貴女は ・・・ 」 「 はい、大昔、二つの星は本当に <双子星>、人々の交流もさかんでした。 ですから人々は交じり合い共に暮らし共に生きていました。 」 「 俺は・・・ いかなる理由によっても両国の間をより険悪にするつもりはありません。 」 「 守。 この星とガミラスは ― 現在では行き来は絶えています。 万が一のために双方の星の統治者の間にホット・ラインは敷設してありますが・・・ それもここしばらくは使っておりません。 」 「 ・・・ 国交はないのですか。 」 「 はい。 ここ数世紀、わたし達の生存環境は大きくちがってきてしまいました。 お互いに相手の星では生存は不可能なのです。 」 「 環境 ・・・・ ? 」 「 はい。 そう・・・ よろしければしばらく守の時間を頂けませんか。 」 「 どういうことです。 」 「 ご説明しますわ、 いえ ・・・ ああ どうか聞いてください。 はるか昔には交流が盛んだった双子星の歴史を ・・・ そして 現在の姿を。 」 「 ・・・・・・ 」 スターシアは 守のベッドサイドの椅子に腰をおろすとゆっくりと語り始めた。 それは ・・・ある種の歌にも似ていた。 昔 ふたつの地はひとつでございました ・・・ 澄んだ歌声が イスカンダルの空気を震わせ木々の葉を揺らしていた。 ほう −−−−−− ・・・・! 長い物語がしずかに終ったとき、 守の深い吐息がゆっくりと部屋に満ちていった。 「 ・・・ おわかりに なりましたか ・・・ 」 スターシアの声は長い語りのあと、少し掠れていた。 「 ・・・ わかった ・・・ それでヤツらは ・・・ 遊星爆弾を ・・・地球に 」 「 はい。 ― それが ガミラスの人々の生きてゆくための術なのです。 彼らは滅び行く故郷から新たなる移住先を探しています。 二つの星は滅んでゆくのですから。 」 「 ・・・ 君たち、 イスカンダル人は その・・・未来を黙って享受するのですか。 」 「 ― それが運命ですもの。 」 「 ・・・・・・・・・ 」 「 長くなってしまいましたわ。 あら ・・・ お食事をお持ちしなければ ・・・ 」 スターシアは静かに立ち上がった。 「 スターシア。 君は 君自身はそれでいいのか。 その運命を甘んじて受けるのか。 」 「 ― 私はこの星の、イスカンダルの女王です。 この星と共に生きるために生まれました。 」 「 ・・・・・・・・・・ 」 「 今度、外に出てみませんか。 宮殿の庭、散歩なさったら気持ちもいいし・・・ 体力もつくと思います。 」 「 ・・・ あ ああ ・・・ 」 にっこり笑みを残すと スターシアは守の部屋から出ていった。 守はドアを見つめ続けている。 スターシア ・・・ スターシア スターシア・・・! 俺は 俺は どうしても どうしても ― 君を恨むことも憎むこともできない・・・! しかし 俺はガミラスを ヤツラを赦すことなど 到底無理だ。 ああ どうして君はイスカンダル人で 俺は地球人なんだ? コツ コツ ・・・・ 守はゆっくりと脚を運ぶ。 いや 彼としては最大限に脚を動かしているのだが・・・ どうしてもその歩みはおぼつかない。 「 ・・・ ふう ・・・ 」 「 そんなに無理なさらないで・・・ さあ どうぞ? 」 スターシアはすっと彼の隣に立ち 彼を支える。 「 ・・・ あ ありがとう・・・ すまんです。 」 「 いいえ・・・ ああ こっちにゆけばベンチがあります、すこしお休みしましょう。 」 「 ・・・ うむ ・・・ 」 櫟にも似た茂みを回ると ― 高台に出た。 広く飛び出した石舞台から目路はるか広がる街が見下ろせる。 そこここには石のベンチが置いてあり、展望を楽しむ設えになっていた。 「 ・・・ ふう ・・・ 」 「 楽に座れましたか。 ああ クッションを持ってくればよかったわ・・・ 」 「 大丈夫、そんなに気にしないでくれ。 」 「 でも ・・・。 」 「 ここは気持ちがいい ― この星の風はいつも爽やかだな。 」 「 イスカンダルの気候は温暖ですが 今はとりわけ穏やかな季節なのです。 ああ でもご気分がよくなってよかった・・・ 」 「 うん ・・・ 汗がいっぺんに引いたよ。 」 守は石のベンチから背を伸ばし眼下に続く街並みを眺めた。 イスカンダルの市街は 王宮と同じに陽にきらきらと光る素材が多く使われていた。 地球のチューブ・カーに似た交通機関もあるらしい。 街並は整然とし、騒音も喧騒も聞こえてはこなかった。 ― ただ風の音だけがさわさわと市街地を吹きぬけていた。 「 静かな街なんだな。 この星の人々は静寂を好むのかな。 」 「 ― 誰もおりません。 」 「 え・・・ な んだって ・・・? 」 「 誰も このイスカンダルにはおりません。 私が最後にイスカンダルの人間です。 」 「 ええ ・・・!? 」 「 お話しましたでしょう・・・ この星は滅び行く星 ・・・ そして私達イスカンダル人も滅び行く民族なのです。 これは運命です。 」 「 そんな ! それでは君は・・・たった一人でこの・・・この星に? 」 「 私が幼い頃には まだいくらかの人々がいました。 ・・・ 両親を送り 国民たちを見送り ・・・ その後は妹と二人きりでしたわ。 」 「 ・・・妹さん は ・・・ 」 「 守、 あなたの星に、地球に行きました。 私からのメッセージを持って。 」 「 メッセージ? 君からのメッセージ ? 」 「 はい。 私たちの星は滅んでゆきますが、生きよう! と望む人々を見殺しにはできません。 そのために何か手助けになればと思いまして。それに ・・・ 」 彼女は口を閉じ、 守をじっと見つめた。 「 大丈夫ですか。 顔色がお悪いわ。 熱が上がってきたのではありませんか。 」 「 ・・・ い いや ・・・ 大丈夫です。 」 守は ぞくり、と背を這い登る悪寒を懸命に堪えていた。 「 ご無理なさらないで。 宇宙放射線病は緩解期間と発症期間を繰り返します。 ここまで回復しても油断していると ・・・ 」 「 いや。 少し歩きすぎたて疲れただけさ。 それよりも、 君の妹さんは ・・・ 」 「 ・・・ わかりません。 連絡は途絶えたまま・・・ どうか妹が使命を果たしあなた方のお役に立てれば・・・ そして あなたの星で生きいていてくれたら・・・と祈るばかりです。 」 「 そうなのですか・・・ スターシア ・・・ 君は いや 君達姉妹はなんという気高い ・・・! 」 「 そんな偉そうな気持ちじゃありませんわ。 私はこの星と運命を共にしますが せめて妹がどこかでイスカンダルの心を伝えて欲しい、 と思いますもの・・・ 」 「 それは当然の願いです、 ああ 君は ! 」 ぐらり、と守の身体が傾いだ。 「 ・・・! さあ もう部屋に戻りましょう。 風が出てきましたわ。 」 「 ・・・ うむ ・・・ 」 「 アンドロイドを呼びます、ちょっとお待ちになって。 」 スターシアは足早に宮殿の中に入っていった。 「 ・・・ なんという ・・・ 人たち なんという こころざし なんだ ・・・ ああ 君はやっぱり素晴しい人だ ・・・ スターシア ・・・ 」 守は熱っぽい身体を持て余しつつ、 熱い想いを募らせる。 「 ・・・ 君は ・・・! 君は。 ああ しかし ・・・! 」 ガツン・・・! と拳を下ろしたベンチは硬くひややかだった。 ― 夜 イスカンダルの海岸は波の音だけが聞こえていた。 この星の海はクリスタル・パレスの足元にまで浅瀬を広げている。 宮殿の中庭から外庭に出、しばらくゆくと足には砂地が感じられた。 その夜、守は海がみたい、とスターシアに言った。 熱っぽい身体を心配し、彼女はなかなか首を縦に降らなかったがとうとう根負けした。 夜の海岸に響くのは寄せては返す波の音だけ・・・ とおい水平線に漁火が瞬くこともなく、煌く星だけが唯一の灯りだった。 暗い海面はそのまま空へ 宇宙へと繋がってゆく。 守はしばしだまって海を 空を 見つめてた。 「 ・・・ 海 か ・・・! これは地球と ちっとも変わらないな・・・ 」 「 地球 ― 美しい星なのですね 」 「 ・・・ この星のほうが美しいです。 ああ・・・ 星たちがあんなに 」 「 守の故郷 、 銀河系はこちらの方角ですわ。 」 「 ・・・ 銀河系 ・・・! 」 夜目にも白い指が つ・・・っと一点の方角を示す。 目をどんなに凝らしても ― いく億の星々の彼方など見えるはずもない。 「 ・・・ 広い ひろいな ― この宇宙は ・・・ 」 「 ええ 広いです ・・・ 」 スターシアは低い声で 歌を口ずさむ。 ・・・・・ ・・・・・・ ・・・・・・ 意味は わからなかった。 しかし 守にはとても心地好く穏やかな歌に思えた。 星たちは あまねくその光を二人に降り注ぐ。 俺は どんなに足掻いても憎しみを捨てることは できない ・・・ しかし 俺には。 愛することができる 愛しむことができる そうさ 憎しみがなんだ 恨みがなんだ ― それを忘れられなくても 俺は その気持ち以上に ― 愛せばいいんだ・・・! この女性 ( ひと ) を なににも増して愛する・・・ 俺は それが できる! ・・・・ それで いい それで いいんだ・・・! ひとつ、 大きな星が天空を過ぎって流れた。 「 スターシア。 」 「 はい 」 「 この命 ― 助けてくれて ありがとう。 」 「 守 ・・・ 」 守はそっとスターシアの手を 握った。 いや ・・・ 彼女の手を両手で包んだ。 ― ほっそりとした華奢な手だった。 この女性 ( ひと ) は こんな小さな手で たったひとりで ・・・ この星の運命を背負ってゆく、というのか。 俺は ― 俺は このひとを 護りたい! 「 スターシア。 俺は君を 」 彼はそのまま彼女を抱き寄せようとした。 「 ― ヤマト という名を知っていますか? 」 「 ヤマト ・・・? 」 「 ええ。 妹が地球に向かったことはお話しましたわね。 私たちは 地球の人々にメッセージを送りました。 放射能除去装置 ― コスモクリーナー を 受け取りにきてください、と。 」 「 ・・・ コスモ クリーナー しかし地球の艦船はとてもここまでは 」 「 はい。 ですから波動エンジンの設計図をお送りしたのです。 ・・・ 妹はどこでどうしているか・・・わかりません。 でも 昨日 やっと情報を得ました。 」 「 え !? 」 「 ヤマト という艦がきます。 」 「 こ この星に地球の艦が ・・・!? 」 ザザザザザ ・・・・・ 潮が満ちてきた。 ********** おことわり スターシアさんが語る < 昔 この地は〜 > は 『 東の地平 西の永遠 』 ( 萩尾望都 ) よりパクりました、すみません〜〜 2011.5.13 BACK TOP NEXT |