急に静かになったな と四郎は思った。
公園で遊ぶ子供たちの歓声、カフェにあふれる人々のお喋りは彼の耳には遠く感じられた。
サーシャとユキが席をはずした後に取り残された四郎と進。
2人は冷めてしまったコーヒーをひたすら黙ってすすっていた。
沈黙を先に破ったのは進の方だった。
「楽しそうだな」
「そうですね。おぉ〜〜!あの芸人凄い技やってますよ!ユキさんもサーシャも手を叩いてますよ。」
目の前の公園に目をやって四郎が答えた。
「サーシャって呼ぶんだな。」
「え?えっと・・その」
急にそんな事を言われて四郎は少しどぎまぎした。
そんな四郎を無視して進は続けた。
「・・・そうじゃなくてお前が楽しそうだと言ったんだ。」
一瞬四郎はどういう反応していいのかわからなくなってしまった。
今日は、進やユキと一緒の行動だとサーシャから聞かされた時少し残念に思ったのは事実だ。
(だからこそ、勝手な行動ではあったがサーシャと2人になりたくて寮まで迎えに行ってしまったのだが)
進がヤマトでは上司で(たとえ冗談を言い合ったり出来る上司であっても)、しかもサーシャの叔父とあれば、
まったく緊張がないとはいえない。
しかも、今日の進はすこぶる歯切れが悪い。ヤマトを降りてからも(仕事がらみではあるが)
たびたび進と会う機会があった四郎だったが、こんなに落ち着かない、機嫌の悪い(!?)
進を見るのは初めてだった。
多分自分とサーシャの関係のせいだと四郎は思った。
昔のような兄妹感覚の付き合い方とは微妙に違う今の2人の関係。
その微妙さに進が気がついてしまったのだろう。
はっきりと告白したわけでもない。気持ちを確かめ合ったこともない。
サーシャが自分を嫌ってはいないらしいのは分かっているが
この世に誕生して2年にも満たないサーシャのことを思うと四郎は今一歩踏み込めないのだった。
そんなこんなで少なからず緊張を強いられている四郎だったが、
だからといってまったく楽しくないのかといえば、それは間違いで
四郎なりに今日のデートを楽しんでいたのだった。
「そう見えますか?天気もいいし、仕事以外で外へ出たのは久しぶりなんですよ。」
と様々な思いを飲み込んで四郎は言った。
「加藤・・・十分わかってはいると思うがサーシャは・・・」
その時、四郎がガタンっと音をたてて勢いよく立ち上がった。
「サーシャ!!」
言うが早いか四郎は公園へと飛び出していった。
あっけにとられていた進だったが、四郎の行く手にある光景を見て青くなった。
「ユキ!!」
進も四郎に続いて公園へ駆け出していった。






サーシャはほっとしていた。
そしてユキに感謝していた。
四郎の事を想い、今日はどうなることかと内心ドキドキでいていたのだったが
ユキや進が一緒にいてくれたお陰で程よく緊張が解け、
四郎を兄と慕っていた以前の頃のように、スムーズに彼と接する事ができた。
いろいろな話をして、仕事でたまった心の疲れが取り除かれた気がしていた。
それに四郎は、今日は一度もあの視線を自分に向けてこなかった。
それにもサーシャはほっとしていた。
あれはどうにも自分を落ち着かなくさせる。
しかしほっとしているのと同時にどこかぎこちなさも感じていた。
そして今まで決して感じたことのなかったかすかな不安も。

こうして四郎君と今日は逢っているけれども、
四郎君にとって私はどういう存在なんだろう
私たちはずっとこのまま、一生この関係が続くのかしら?
もしも四郎君が誰かと将来結婚する事になっても?
ずっと・・・?

そんな想いがサーシャの頭の中を掠めた。
四郎は独身主義者ではないし非常に子ども好きらしい。
おそらく機会があれば彼は誰かと結婚するだろうと今までの付き合いの中からサーシャは感じていた。
彼が結婚してしまえば、いくらお互い防衛軍という同じ括りの中で仕事をしていたとしても
今のように頻繁に連絡を取る事は出来なくなってしまう。
ましてや二人きりで逢うことなど考えられない事だ。
四郎のいない日々・・・・
そこまで考えてサーシャは愕然とした。
やがてそんな日々を迎えるのだろうか?
四郎と知り合ってまだそんなに経ってはいないが
それでも今まで一緒に笑い、悩み、多くの事を四郎と分かち合ってきた。
そのような事が一切自分の生活の中から閉め出されてしまうのだ。
心の中が急にがらんどうになってしまったかのようにサーシャには思えた。



わぁ〜〜
っと歓声があがってサーシャははっとなった。
目の前で芸を披露していた芸人が、3回転して空中にあるすべてのピンを自分の手で受け止め、フィニッシュを決めると
周囲の観衆から大きな拍手が起こった。
「すごかったわねぇ〜〜!」
拍手をしながら少し興奮気味のユキがサーシャに話しかけてきた。
芸が終ったので、輪になって集まっていた人々は散りはじめていた。
「そうですね。」
とサーシャは曖昧に笑った。
実のところ芸人は確かにサーシャの目に映ってはいたが、彼女は芸を見ていなかった。
そんなサーシャを見透かすようにユキが言った。
「サーシャちゃん。今日はあと少ししてからみんなとディナーっていう事になっていたでしょう。
でね、急で悪いのだけれど、私も古代君も大事な用事が入ってしまって一緒に行けなくなってしまったの。
予約してあったレストランにはもう人数の変更を伝えてあるから、加藤君と2人で楽しんできてね。」
サーシャはあわててしまった。急にそんな事を言われても・・・
「ユキさん!あの、あの私・・・どうしても叔父様とユキさんはダメなの?」
「そうよ。いいじゃない、久しぶりなんでしょう?加藤君に逢うのは。最後は2人きりで・・ネ。」
「ユキさん私・・・・私・・・」
サーシャは泣き出しそうだった。
「サーシャちゃんは加藤君が嫌いなの?」
サーシャうつむいてかすかに首を横にふった。
ユキは一言一言かみ締めるように、ゆっくりと続けた。
「サーシャちゃん。自分の気持ちを大切にしなさい。」
「私の気持ち?」
「そうよ。あなたの気持ち。
私も古代君も、いつまでも今日みたいにあなたと加藤君には付き合えないのよ。
2人きりでゆっくり話をして、きちんと自分の気持ちに向き合った方がいいわ。」
まったくユキの言う通りだった。
いつかは、サーシャはまっすぐに四郎と自分自身に向き合わなくてはならないのだ。
「・・・そうですね。」
顔を上げたサーシャだったが、その瞳はまだ不安に揺らめいていた。
「大丈夫よ。」
ユキはサーシャの瞳を覗きこんでにっこりと笑った。



にわかに周囲がざわめきだした。
「きゃっ」というびっくりしたような短い悲鳴が次々にあがった。
「止まらない!」「どいて!」
という声、声、声、声!
だんだんとサーシャとユキに近づいてくる。
サーシャは あっ と思い咄嗟にユキを突き飛ばした。

ユキは最初何が起こったのかわからなかった。
いきなりサーシャに突き飛ばされた。
次の瞬間、ユキはスケードボードに乗った男の子がサーシャにぶつかり
サーシャがバランスを崩して噴水の中へと落ちてゆくのを
スローモーションのように目撃した。



四郎と進が駆けつけた時
サーシャは噴水の中にずぶぬれになって倒れこんでいた。
その噴水の前ではユキが尻餅をついて呆然としていた。
そのユキから数メートル離れた場所で一人の男の子が、これまた尻餅をついた状態で
目を丸くして固まっていた。
何事か とがやがやと人が周囲に集まりはじめていた。
「サーシャ!」
四郎が声をかけると、のろのろとサーシャは起き上がった。
「四郎君・・」
「大丈夫か?」
四郎は濡れるのもかまわず、ばしゃばしゃと噴水に入り込み、サーシャに手を差し伸べて彼女を助け起こした。
「私は大丈夫。それよりもあの子は・・!?ユキさんは??」
サーシャは首をめぐらせてあたりを見回した。
「大丈夫よ。」
進に手を添えられて立ったユキが答えた。
「ぼく・・・ぼく?大丈夫?」
尻餅をついた状態の男の子に気がついたサーシャが、噴水の中からその子に声をかけた。
「ぼく、怪我はしなかった?・・・っ・・・痛っ」
男の子に近づこうと歩き出したサーシャは顔をしかめた。
「どうした?大丈夫かサーシャ。」
四郎が心配そうに言った。
「ちょっと足をくじいたみたい。でも大丈夫。」
さらに四郎が何か言おうとした時
ざわめく野次馬をかき分けて一人の少女が現われた。
「カズキ!!」
その少女はずんずんと男の子に近づいていった。
「馬鹿!探したんだよ!あんなにここでスケボーやっちゃダメっていったじゃん!
決められた場所でやるんだよ!!」
「おねえちゃん!ごめんなさい〜〜。勢いがあって止められなくて・・・グス・・」
男の子-カズキの目に涙が浮かんだ。
「泣くな!怪我はない?っていうより誰かにぶつからなかった?迷惑かけなかった?」
少女はカズキを助け起こしてからあたりを見回すと、噴水の中に一人の女性が立っていることに気がついた。
「も、もしかして・・・」
カズキを放り出し、青くなった少女はサーシャに一目散に向かって行った。
「もしかして、もしかしてカズキがおねえさんを・・!」
少女は泣き出しそうだった。
そんな少女にサーシャは優しく微笑んで言った。
「私は大丈夫。それよりカズキ君は大丈夫?」
「お、おねえさんは?」
「あぁ、私?これは私がドジしちゃったのよ。運動神経にぶくて噴水におっこちちゃったの。気にしないでね。」
「ごめんなさい!おねえさんごめんなさい。カズキも謝って!」
少女は鬼のような顔でカズキにせまった。
カズキは小さくなってサーシャに近づくと、泣くのを必死にこらえながら
「ごめんなさい」と言った。
「カズキ君。怪我がなくてよかったね。今度からは気をつけてね。」





「ふふふふふ・・・・・」
少女とカズキが申し訳なさそうに立ち去った後
なんだかおかしくなってしまってサーシャは笑った。
「どうしたの?」
四郎はこの状況で笑っているサーシャを不思議に思った。
「だって、あの子達、私のことを おねえさん だって。
私よりうんと年上なのにね。うふふふふ。
私もカズキ君のことを ぼく なんて呼んじゃって・・・ふふふ。」

野次馬は何時のまにかいなくなっていた。
クシュン
かわいいくしゃみをひとつすると、寒い!とサーシャは思った。
いくらなんでも水浴びをするには季節を外れすぎていた。
「サーシャ、とにかく病院へ行こう。」四郎がサーシャを抱き上げようとした。
「な、何をするの!歩けるわよ!それに病院だなんて!」
サーシャは抵抗をした。
「サーシャちゃん。今佐渡先生に連絡をとったわ。足を診てもらった方がいいわ。」
ユキが横から口を挟んだ。
「車拾って加藤君と一緒に佐渡先生の処へ行って。私も古代君と後から荷物持って行くから。
そうそう、佐渡先生の前に、着替えもしたいでしょ。あのカフェのマスターに話をしておいたから、従業員室へ行って。
冬物のお買い物しておいてよかったわ。」
「ユキさん、いつの間に・・・」
「あ、待って!ちょっと私今そこのお店まで行って来るから帰ってくるまで少し待ってて」
そういうとユキはなにやらサーシャに耳打ちした。サーシャは少し赤くなってユキに返事をかえした。





「ま、一週間もあればよくなるじゃろう。たいしたことない、ない。だが、酷使するなよ〜〜。治りが遅くなるぞ。」
小さな目をくりくりさせて佐渡医師がサーシャの右足首にぺたんと薬を貼った。
「ありがとうございます。」
とサーシャ。
彼女は、あれからユキが大急ぎで買ってきてくれたタオルで体を拭き、
同じくユキが買ってきてくれた下着と昼間買った新しい服を身に着けて
さっぱりとした様子で佐渡の診療所の医療用ベッドの上で足を伸ばして座っていた。
その横で四郎は安堵のため息をついた。
「よかった」
その様子を見て佐渡は ふん と鼻をならすと
「古代とユキがここに到着するまで、しばらく2人してこの部屋で待ってなさい。わしは隣で休んどるからの。」
そう言って診療室から出て行った。
まったく、日曜なのにわしを働かせおって とかなんとかぶつくさ言いながら。
しかし、サーシャも四郎もそのぼやきが佐渡の本心からの言葉でない事を十分に承知していた。
ユキと進が到着するまでこの診察室にはサーシャと四郎の2人きりだ。
突然のアクシデントのために無我夢中だった2人は、急につきつけられた2人きりの空間に少し戸惑い、緊張した。





サーシャと四郎を拾ったタクシーに乗せると、ユキは う〜〜ん と一つ伸びをした。
「さて古代君、これからお食事に行きましょう。」
そのユキの言葉に進はびっくりした。
「え?どうして?え?え?だってサーシャーは??」
「ふふふ。いいのよ。うんと時間を潰してから佐渡先生の所へ行けばいいわ。」
「サーシャのことが心配じゃないのか?」
「大丈夫よ。加藤君がついてるし、子どもじゃないんだから。」
「まだ1歳なんだぞ!」
「うふふふふ。いいのよ。私たちがお食事をしている間の時間ぐらい、本当はもっとだけど、
それぐらいの時間があの2人には必要なのよ。」
「・・・・ふん。そうか。」
「そうふてくされないの、叔・父・様♪」
「・・・ユキ・・!」
「私だって古代君とデートするの久しぶりなのよ。2人きりになりたいわ。」
少し甘えた調子の声のユキに進はハイハイと観念したように手を挙げた。
「それで、話してくれるんだろ?何故サーシャは加藤の前で緊張しなきゃならないんだ。
だいたいのところは察しがつくけどな。」
「ええ、ゆっくりとね。」





「四郎君・・・・足、濡れちゃったね。」
サーシャが思い出したように言った。
「あ、ああ、コレはたいしたことないよ。君にくらべたらね。」
四郎は肩をすくめた。
「ふふ、でもよかった。ユキさんは噴水に落ちなくてすんだし。あのカズキ君も怪我がなくてよかったし。」
独り言のようにサーシャは言った。
「これってユキさんを守ることに成功したってことなのかな・・ふふふ たまにはこんな私の予知の力も役にたつのね。」
この言葉に四郎は激しく反応した。
「どういう事なんだ?」
四郎の少しキツイ口調にびっくりしつつも、サーシャは答えた。
「あ、あのね。私今朝夢を見たの。
そう、さっきのカズキ君がスケートボードに乗ってユキさんにぶつかりそうになった夢。
その夢の通りになったってわけなの。」
「どうして、話してくれなかったんだ」
「え?だって、まさか本当になるとは思わなかったし・・何かの警告か予知夢かもって思ったことは思ったわ。
でも夢の話なんて信じてもらえるなんて思わなかったし、
それに本当になったとしても私がユキさんを守ればいいってそう思ったの。」
「だから、君はあの時あんなにすばやく、知っていたからすばやく反応出来たんだな!」
「そうよ」
「ユキさんを守って、そして君はずぶぬれになって、足首を捻挫した!」
「・・・・・・。」
「・・・れは信じる。」
「え?」
「俺は信じるから、頼むから今度から何か気にかかることがあったら話してくれ。」
サーシャの両手を取り、四郎は真剣に訴えた。
「四郎君?どうしたの?今日のはただの些細な夢よ。おぼろげな。
私の見る夢がいつも予知夢だとは限らないのよ。それほど私の予知能力は頼りないものなのよ。」
「それでも、俺は信じる。今日はたまたま君とぶつかったのが子どもだったからよかった。
もしもこれが通り魔だったら?もしも戦闘の最中で、敵が君を襲ったのだったら?
君の見る予知は命の危険にもかかわってくる重大なことかもしれないじゃないか・・!」
「そんな、大げさな・・」
「大げさだって言えるか?じゃあ、前回のデザリアムの時はどうなんだい?」
そう言われてサーシャは言葉が出なかった。
「俺は、君を守りたいんだ。君を失いたくないんだ。お願いだから、俺は信じるから話してくれ。
今日だって、君が噴水に落ちて行くのを見て心臓が凍った。最初は本当に通り魔かと思ったんだ・・!!」
四郎はサーシャの肩に両手をのばし、ぎゅっと彼女を抱きしめた。
サーシャは心臓が口から飛び出るほどびっくりした。
自分は今四郎に抱きしめられている。
きつく息ができなくなるほどに・・・・!
だが彼女は抵抗しなかった。
しばらくの間サーシャは四郎の腕の中で抱きしめられるがままになっていた。
「苦しい、四郎君」
四郎ははっとしてサーシャを抱きしめる腕を緩めた。
「ご、ごめん。その・・」
思わずとってしまった自分の行動に四郎は少し後悔した。
サーシャの気持ちを考えもしないで自分は・・・・
しかし・・・・
驚いたことにサーシャは彼女の頭を四郎の胸にもたせかけてきた。
「サーシャ・・・・」
再び四郎はサーシャを抱きしめた。今度は優しく。
「ありがとう。」
「え?」
「信じると言ってくれてありがとう。」
涙が一筋サーシャの頬を伝い落ちた。
特殊能力を持ち、イスカンダルの末裔でもある自分を好奇の目で見る地球人は少なからずサーシャの周りにいた。
もちろん、ヤマトの仲間や、数少ない地球の友達はサーシャを理解してくれていたが
心のどこかで、いつも孤独感をいだいていたサーシャだった。
だから、こんなにも頼りない自分の力ではあったが、まっすぐに信じると言いきった四郎の気持ちがサーシャには嬉しかった。
ある意味今まで、四郎にさえサーシャは距離を置いてきたのだった。
四郎の胸は広く暖かだった。サーシャはいつまでもその暖かさに包まれていたいと思った。
瞬間、サーシャは悟った。

ワタシハ、シロウクンヲ、アイシテイル。

サーシャにとって四郎のいない生活などありえないのだ。
「泣いて・・いるの?どうして?」
四郎はサーシャの頬の涙を指でぬぐった。
「わからないわ。涙が勝手に出てくるのよ。でも・・」
「でも?」
「でも、嬉しいの。四郎君が・・」
四郎はそっとサーシャの唇に自分の唇を重ねた。
昼間の不安はどこかへ消え去り、サーシャに喜びが波のように押し寄せてきた。
サーシャは四郎の背中へ手を回し、しっかりと抱きしめた。
そして四郎の視線を真正面から受け止めた。
彼女はもう逃げなかった。その必要はまったくなくなってしまった。





進がノックをしても返事のない診療室に足を踏み入れた時、
四郎はイスに座り、壁にもたれて眠っていた。
サーシャは医療用ベッドの上で毛布をかぶって、やはりすやすやと寝息を立てていた。
サーシャの幸せそうな寝顔を見て進は安心した。
「加藤」
進は四郎の肩に手をかけた。
びくっとして四郎が目を開けた。
「古代さん。あれ?遅かったですね。もうこんな時間・・」
四郎は壁にかかっている時計に目をやりながら言った。
「悪かったな。ほら、これ食べろ」
そういって進はハンバーガーの入った袋を四郎に渡した。
「あの〜〜〜」
「今日はもう遅いからこれ食ったらお前帰れ。」
「いえ、サーシャを送っていきます。」
「ふふん」
進は不敵な笑み浮かべた。
四郎は怪訝に思ったが、それはほんの一瞬で消えてしまったので、そのことをすぐに忘れてしまった。
「まぁいいさ。ところで・・・」
といって進はある場所を指差した。
四郎がその指先を追ってゆくと、四郎のジャケットの裾をサーシャの手が握っているのが見えた。
「いったい何時の間に・・・」
そんなサーシャの様子に四郎は目を細め、進は軽くため息をついた。
「加藤・・」
「はい」
「お前にとってサーシャはどういう存在なんだ?」
きた! と四郎は思った。サーシャは眠ったままだったが、これはいい機会かもしれないと四郎は意を決して口を開いた。
「彼女は私の心の一部です・・・うまく説明できませんが・・・・」
「サーシャはまだ生まれてから2年とたっていないんだ。まだまだ知らなきゃならない世界が沢山ある・・・・」
そのことは四郎にも十分分かっていた。が、すでに一歩を踏み出してしまった。後戻りは出来ないのだ。
「はい、わかっています。私は彼女を待つ覚悟は出来ています。それほど私には彼女はなくてはならない存在です。
古代さん。サーシャ・・いえ、サーシャさんと友人としてではなく将来を約束する者として・・・・」
そこまで四郎が言ったところで、進がにやりと笑って遮った。
「そういうことは兄に言ってくれ。俺はサーシャの親じゃあない。」
「もちろん古代参謀にはキチンとお話するつもりではいますが、ですが古代さんは彼女の・・・」
進が手をあげて、さらに四郎を遮った。
「いいんだ、加藤。それより・・サーシャは特殊能力をもつイスカンダル最後の希望なんだぞ。」
「そうかもしれませんが、彼女は彼女です。私の心の支えである事に変わりがありません。」
ふぅ と再び進はため息をついた。
「なぁ、加藤」
四郎は居ずまいを正した。
「サーシャは俺にとって大事な肉親なんだ。」
「はい」
「かけがえのない姪なんだ」
「はい」
「だから、何があっても、大切にに守ってほしいんだよ。出来るか?」
「・・・・はい!」
胸をはって返事をする四郎を見、四郎のジャケットの裾を握って眠るサーシャを見て、進は少しだけ寂しさを感じた。
この際つまらない感情は捨て去らなければならない。
四郎がサーシャを託す事の出来る人間であることを、進は重々、わかりすぎるほど分かっていた。
肝心なのは周囲の人間の想いではなく、サーシャの想い、2人の想いを尊重する事だ。
「ところで俺、来週久里浜に行くけど、よろしく頼むな。」
昼間の不機嫌さがウソのような、四郎のよく知っているいつもの進の表情がそこにあった。
「久しぶりに練習機に搭乗させてもらうけど、楽しみにしているんだ。」
進は続けた。
「待ってます。」
と四郎。

こんこん

控えめにノックの音がした。
「古代君。もうお話はすんだ?」
ユキがドアから顔をのぞかせた。
「ああ、いいぞ、ユキ。」進が答えた。
ユキが診療室に入ってきた。
「ユキさん、色々とありがとうございました。その、本当に色々。」
四郎が頭を下げた。
「ふふ。私は大したコトしてないわ。あら、サーシャちゃん寝ているのね。」
「ええ、疲れたといって。お2人を待っている間に眠ってしまいました。」
そう言ってサーシャを見つめる四郎のまなざしは限りなく優しかった。
その様子を見て、ユキはサーシャの悩みが解決した事を知った。
「加藤君、サーシャちゃんをよろしくね。」
「え?」
「わかるのよ、今のあなた方を見てるとネ。気持ちが通じ合ったのね。」
「・・・はい。」
一人の女性と心を通わす事が出来、誇らしげにしている四郎がユキにはまぶしかった。
古代君も、私の両親に挨拶をした時、こんな感じだったのかしら。夢中だったからあんまり覚えていないわ。
とユキはぼんやりと思った。
「私たち、帰るわね。ね?古代君?サーシャちゃんの具合も大したことないんでしょう?
そうそう、サーシャちゃんの荷物は寮に送るよう手配しおいたわ。」
それから といってユキは眠っているサーシャにかがみこんだ
「サーシャちゃん。今日はありがとう。お陰で私は濡れずにすんだわ。本当にありがとう。」
サーシャの髪をなでるとユキは立ち上がった。
「もう少し休んだら、サーシャを寮まで送っていきます。」
と四郎。
「そうね。それがいいわね。じゃあまたね。古代君いきましょう。」
ユキと進が部屋から出て行くのを見送ってから、四郎が振り返るとベッドの上でサーシャが目を開けて四郎を見つめていた。
「起きていたの?」
「ええ、少し前から・・」
「だったら・・・」
「だってなんだか恥ずかしかったんだもの。」
サーシャは赤くなって少し毛布を引き上げて顔を隠した。
「ねぇ、四郎君」
毛布の中からサーシャのくぐもった声が聞こえた。
「なんだい?」
「あのね、私、守られているだけっていうのは嫌よ。私も、四郎君やみんなを守るわ。」
「サーシャ・・・」
サーシャが毛布から顔を出した。
「ねぇ、四郎君・・」
四郎はサーシャがいとおしくなって、彼女の頬や髪をなでた。
「・・・・・うん。わかった。」
サーシャも四郎の手をとって自分の頬にあてた。
「そうだ、これ食べる?」
といって四郎は先ほど進が持ってきたハンバーガーの包みをサーシャに見せた。
「わ、食べる食べる!」
ゲンキンにもサーシャはベッドから跳ね起きた。
「おなかぺこぺこよ〜!」
「あはは。コレ食べたら寮まで送っていくよ」
「ありがとう。」
ハンバーガーを食べながら、
ユキさんには明日キチンとお礼を言わなくては
とサーシャは思った。




「ねぇ、古代君。加藤君にどんなお話をしたの?」
診療室をでて隣の部屋の佐渡に挨拶をしてから廊下を歩く進にユキは問いかけた。
「さあな。」
「うん、もう〜〜! でもよかったわ。サーシャちゃんも加藤君も幸せそうだった。」
「そうだな」
「それに・・・」
「それに?」
「あなた、2人の邪魔をするんじゃないかと内心ひやひやしていたのよ。」
「俺はそんなに心の狭い人間じゃあないよ。」
「そう?」
「ああ。そうだ。」
「そうよね〜〜。うふふ。とにかくよかったわ。あら?」
ユキは廊下の向こうからある人物がやってくるのに気がついた。
その人物は随分と動揺しているようだった。
「お義兄さん!」
ああ!とユキは思った。診療所へと向かう車の中で
熱心に進はメールを打っていたが、相手はサーシャの父親だったのだ。
古代守が大またでユキと進に近づいてきた。
「進!ユキ!どうなんだ、サーシャの具合は?」
「え?ええ、ああ大丈夫です。大したことないですよ。」
とユキ。
「ええ?そうなのか?進??」
「ごめん、兄さん。俺大げさなこと書いちゃったけど、本当に軽い捻挫ですんだんだ。」
「そうか〜。ほっとしたよ。でサーシャは?」
「そこの突き当たりを左にまがったところの部屋」
「そうか。」
「俺たちはもう帰るけど、あとは兄さん任せたからね」
「??そうか?ありがとな〜進」
そう言って手をあげ、古代守は角を左にまがっていった。
「こ〜だ〜い〜く〜〜〜〜ん!」
ユキがものすごい勢いで進にせまった。
「子どもの怪我を親に連絡するのは当たり前だろう?」
その言葉にグっとユキは詰まった。
「それに、遅かれ早かれ加藤は兄さんと対決しなきゃならないんだ。俺が君の両親にのぞんだようにね。」
進は真剣な表情でユキを見つめた。
「対決だなんて・・・」
「対決さ・・。兄さんを説得出来ないようなら加藤にサーシャをやらない。」
「やらないだなんて、サーシャちゃんはモノじゃないわ。」
「そうだな〜〜。でもわかってくれよ。俺にとっては可愛い姪なんだぜ」
これ以上進を責めるのをユキはやめた。
「ここに兄さんを呼んだのは、俺の最後のささやかな抵抗ってことで 許してくれよな、ユキ」



その後、診療室でどんな会話がなされたのか、知る由もないが
とにかくサーシャは捻挫をしてから一週間というもの父親のマンションからの通勤となった。
寮にもどってからのサーシャは以前と同じように四郎と連絡をとり、可能な限り四郎とデートをしていた。
どうやら、四郎は古代守との対決を見事に乗り切ったらしい。



おしまい

2006/11/20


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