予感





あ〜〜〜!
ユキさん!危ない!!

サーシャははっとして目が覚めた。
額は汗でぐっしょりだった。
防衛軍女子寮のサーシャに割り当てられた個室の中はまだ真っ暗だった。
枕元の目覚ましを見ると針は午前4時をさしていた。
ノドがからからに乾ききっていたサーシャは起き上がると、
部屋の片隅に備え付けられている小型冷蔵庫を開け
冷えた水のボトルを取り出しコップに注いで一口飲んだ。

ふぅ・・・
今日はせっかくユキさん達とお出掛けなのに・・・・
嫌な夢だったわ・・。
スケートボードに乗った男の子がユキさんに向かっていって・・・・。
あの夢は何かの警告なのかしら????

一瞬、今日はやめにしようとユキに連絡しようかという考えがサーシャの頭の中をよぎった。
もしもユキに危険が及ぶのなら・・・。
だがこれは単なるサーシャの見た夢にすぎない。
いくらか未来を見る力があるといっても、それはおぼろげなものだったし、
夢の話をしても信じてもらえるとも思えなかった。
第一、サーシャ自身これはそうだという決定的な自信が持てないのだった。
それに、これはサーシャの身勝手な想いなのだが---------
今日のサーシャは、ユキと進 それに四郎と一緒に街へくり出す事になっている。
サーシャは四郎に逢いたくてたまらなかったが、2人だけで逢いたくはなかった。
どうしてもユキや進が一緒にいてもらわなくては困るのだった。
どうしても・・・・・。
やっぱりお出掛けを中止にはしないわ。
サーシャは決心した。

いいわ。なんとでもなるわよ。
あんな場面に、もしも、もしもよ、遭遇したら、私がなんとしてもユキさんを守ればいいだけのことだもの。

もう一口水を飲むとサーシャは再びベッドにもぐりこんだ。



******************************************



「寂しいなんて思って損した気分よ。」
四郎は月面基地から、再び久里浜勤務になった。
寮の管理人室の隣にあるボックスに設置されたビジフォンを通して、
久しぶりに四郎と連絡を取り合ったサーシャの第一声がこれだった。
「四郎君が一年も向こうへ行くって聞いたから、私ひどく寂しいなって思ったのよ。
なのに一ヶ月で帰ってきちゃうんだもの。」
「俺、帰ってきちゃいけなかったのかな、サーシャ。」
「そ、そうじゃなくって・・・」
「なんだか、前にもらったメールでも君は怒っているみたいだったけれど、どうして?俺怒られるような事、君にしたっけ??」
「四郎君がたった一ヶ月で帰ってきたのがしゃくにさわるのよ。」
「???」
「こんなに早く連絡取れるなんて。寂しいなんて思って無駄に疲れちゃったわよ。」
「くく・・・・」
「何がおかしいの??」
「い、いや・・・ではどうしたら許していただけるのでしょうか、姫君。」
「・・・・。こほん。じゃあ、約束通り今度のお休みに、お買い物に付き合って。」
「了解」
モニターの向こうから四郎がサーシャを見つめてきた。
あの時と同じまなざしだ とサーシャは思った。
防衛軍の食堂で四郎に手を重ねられた、あの折の自分にむけられた四郎のまなざし。
深くて吸い込まれてしまいそうだった。逃げ出してしまいたい・・!サーシャの心が震えた。
こんなことは、叔父に恋していたあの頃にはなかった事だった。
思わず視線をそらすと、じゃあまたね とビジフォンをそそくさと切った。
どうしよう。約束はしたけれど、あのまなざしを向けられたら、私はどうしていいかわからない・・・。
考えた末、サーシャはユキに連絡をとった。
「まぁ、サーシャちゃん、加藤君が月面基地から帰ってきて久しぶりに会うんでしょう?
だったら私なんてお邪魔虫よ。2人でゆっくりデートしてきなさいな。」
サーシャの気持ちを知らないユキはビジフォンのモニターの向こうで明るくそう言った。
「でも、でもね、ユキさん、私、四郎君と会うのが・・・」
おや、とユキは思った。
ユキを姉とも叔母(!)とも慕っているサーシャは、それこそ様々なこと・・
地球で疑問に思ったことやら、友達のこと、仕事のこと、もちろん四郎のことなどをユキに話していた。
しかし、今のサーシャは何かを言いよどんでいる。
しかも彼女が四郎のことを名前で呼んだのをユキは初めて聞いた。
これは・・・・。
「わかったわ。じゃあこうしましょう。この次の日曜日だったわね。
丁度古代君もお休みなのよ。みんなでデートしましょ。2人きりより4人の方が楽しいわよきっと。
古代君ね、前から可愛い〜自分の姪をどこかへ連れて行ってやりたいって言ってたの。
あなたったらずっと加藤君とばかりお出掛けしていたものね。
ちょっと拗ねていたのよ古代君。でも丁度いい機会だわ。
ね、ね、それでどこへいきましょうか。もちろんお買い物はするわよねぇぇ〜。」

こうして、今日の4人デートが決定したのだった。



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「あなたのナイトが先ほどから受付でお待ちよ。」
温かみのある婦人の声にエントランスホールを抜けようとしていたサーシャはドキリとした。
ホールの向こう、受付に目をやると、今ここにいるはずのない加藤四郎が立っていた。
寮に用のある者は必ず受付を通す決まりになっている。
四郎はサーシャの姿を見つけると軽く手をあげた。
「もう、千代さんったら〜違いますって!」
サーシャは真っ赤になりながら声の主、ホール脇の管理室の中にいる婦人に向かって抗議するように言った。
「あら、そうなの?心配しなくていいのよ。あなたのお父様には何にも話さないから。話すつもりもないけれど。」
サーシャの抗議など意に介さない様子で千代はのんびりと続けた。
そう、この婦人=寮の管理人は古代親子がイカルスで大いに世話になった大沢千代だった。
父親の守がこの寮にサーシャを入れたのは、この大沢千代が管理人をしていると知ったからだった。
守は可愛い娘に世間の海原へ「旅」をさせたかったが、同時にサーシャが心配で常に彼女を把握しておきたいと思っていた。
このフクザツな心境に大いに千代は応えてくれるだろうと守は踏んでいたのだったが
その期待は守の知らぬところで裏切られているのだった。
「だってあなたの個人的なことですものね。若い頃は大いに恋をして、遊ばなくっちゃ。それも勉強の一つよ。」
「千代さん、そうじゃなくって・・・」
さらに千代は続けた。
「今日は夕飯はいらないわね。デートですもの〜当然よねぇ。ああ、届けはいいわよ、わかっているから。
手続きしておきましょう。」
寮では平日は朝晩の2食、土日祝日は朝昼晩の3食、食事が出されており、
原則入居者は食堂で食事を取ることになっているのだが、全員が防衛軍に勤める社会人なので、
仕事の関係(残業や出張など)や個人のスケジュールの関係で食堂で食事を取る事が出来ない場合は
管理人に連絡を入れる事になっていた。
「楽しんでいらっしゃい。気をつけて・・」
「だから千代さん違うんですってば!」
「ふふふふふ」
「もう〜〜〜〜!行ってきます!!」
「はい、いってらっしゃい。」
千代はニコニコと手を振った。


「おはよう」
これまたニコニコと四郎がサーシャを迎えた。
「どうしてここにいるの。待ち合わせはM駅の5番出口付近に10時だったじゃない。」
不意をつかれた四郎の登場に少々うろたえたサーシャの声は上ずっていた。
「どうしても君を迎えにきたかったんだ。それにここの管理人さんが千代さんだって聞いてなんだか懐かしくて。
千代さんに顔をみせたかったんだ。」
「あ、そう。千代さんに逢いたかったわけね。
だいたい、何の連絡もなしに私を迎えにきたって、もしも私が寮を出た後だったらどうするつもりだったの?」
サーシャはツンツンして四郎につっかかった。
「あはは〜そんなこと考えもしなかったなぁ。ただ待ち合わせの時間から逆算して
君が寮を出る時間を推測したら、だいたいこんな時間かなぁ〜って。」
「もう、あはは〜じゃないわよ。」
「くくくく。でも大丈夫さ。もし君と入れ違いになっても十分時間はあるし、そのまま待ち合わせ場所に向かったさ。」
そうサラリと言ってのける四郎の横顔を見て、サーシャは心の奥がツンとするのを感じた。
その感情を押しのけるように
「もう四郎君ってば〜!」
とサーシャはわざと怒ってみせた。
「ところで、何が違うんだい?サーシャ。さっき千代さんに何か言っていただろう?」
「もう〜〜〜!なんでもないわ!」
ますますサーシャは怒って早足で四郎の前をずんずん歩いた。
その彼女の後姿を楽しそうに四郎は見つめるのだった。







傾きかけた午後の日差しの中、公園に面したカフェのテラス席に、ユキと並んで座っている古代進はなんだかもやもやしていた。
可愛い姪と出かけるのは、と〜〜〜〜〜っても楽しい。だが、どうしてこの楽しい場に四郎が一緒にいるのだ。
隣テーブルの四郎とサーシャを見て進はため息をついた。
彼としても姪には何かしてやりたいと常々思っていたことなので
ユキから今日の話を持ちかけられた時には、一も二もなくOKの返事をしたのだった。
もちろん、四郎が一緒だということは事前に聞かされてはいたが、なんとなく気に入らない。
四郎はあの三郎の弟で、口数は少ないが1を言えば10を知り、仕事を黙々と正確にこなす好感の持てる青年だ。
前回のヤマトの航海で一緒に仕事をしてみて、進は四郎の人となりを十分に理解し、絶大な信頼を寄せているのだが・・・
今日の四郎は、穏やかながら(いつも彼は穏やかだが)今まで進が見たこともないようななめらかさで
スラスターがどうの、安定翼がどうの
(これが女の子との会話か? そういえばサーシャは真田さんが育ててヤマトの整備もしていたんだっけな と進はぼんやりと思った。)
寮生活がどうの、月面基地がどうの、防衛軍本部ビル前に最近出没する屋台の鯛焼きがどうの
S駅ガード下の飲み屋がどうの、駅前広場の大昔のSLのレプリカがどうの、M地区にオープンしたアウトレット店がどうの
と楽しそうにサーシャと会話をしていた。
そう、進は四郎がサーシャと楽しそうにしているのが気に入らなかった。
思い起こせば、ヤマトでもこの2人は仲良くしゃべっていた。
そんな四郎を半分本気でからかったりもした進だったが、
あの頃の四郎はそんな進のからかいを、さして重要な事でもないかのように、ひらりとかわしていた。
ヤマトを降りた後も、サーシャと四郎がお互い連絡を取り合っているのは知っていたが、進は気にも留めなかった。
サーシャには出来るだけ多くの友人が必要だと考えていたからだった。
それに進のよく知る2人は、まるで兄妹のような雰囲気で今のような雰囲気ではなかった。
今のような?
はたと進は自分に問い返した。
今のような雰囲気とは?何かが違う、何かが・・・。
こと姪が絡んでくるとどうにも進は落ち着かなくなるのだった。
「サーシャちゃん楽しそうね。よかったわ」
ユキが進だけに聞こえるようにそっと言った。
「そうだな。うん?よかった?」
「サーシャちゃん、ちょっと悩んでいるみたいだったから。
こうしてみんなとデート出来てよかったわ。加藤君ともうまくいっているみたいだし。」
「何か悩み事があったのか?」
真剣な顔つきで進がユキにせまった。
「あ・・・あ〜〜〜〜その、なんでもないわ。サーシャちゃんも一人の女性って事よ。」
ユキはあわてて進をはぐらかした。
「????」
「それで、古代君。これからの予定なんだけど・・」
「え゛〜〜〜〜まだ買い物するのかい??」
空いている席に置いてある山積みになった荷物を見やって進はなさけない声をだした。
やってくる冬にそなえて、冬物を何ももっていないサーシャのために
あっちの店こっちの店と、ランチを挟んでユキはサーシャ(と他男性2名)を連れまわしたのだった。
ついでに、自分の買い物もちゃっかり済ませたユキだったが・・・
一方、いくら可愛い姪の為とはいえ、きゃあきゃあ騒ぎながら買い物をする女性達の行動に退屈しきっていた進は少々疲れていたのだった。
いや、一度だけ、サーシャにプレゼントだといって大きめのスカーフを、彼女の気にいったものを買ってやった時
「叔父様ありがとう」
とあふれるような笑顔で言われたあの瞬間だけは疲れを忘れていた。
「うふふふふ。もう古代君ったら〜〜。お買い物はこれでおしまいよ。
ここでもう少し休んでから、少し早いけれどディナーをみんなでってことになっているのだけれど」
「あ〜〜よかった。」
「ふふふ。私達と、サーシャちゃん達は別行動よ。」
「え?」
「せっかくの休日なんですもの。後は2人きりにしてあげましょうよ。」
「えええええ?そういう仲・・・・!」
「し〜〜〜〜〜!!」
いきなり大きな声を出そうとした進の唇に、ユキは自分の人さし指をあてて進を制した。
「いい、このことは直前までナイショ。でないと今からサーシャちゃんが緊張しちゃうから。」
「緊張って?ユキ、君は何を知っているんだい?」
「あとでゆっくりお話するわ。」
さっぱりわけのわからない進だったが、どうやら先ほど自分が感じたサーシャと四郎の雰囲気に関係がありそうだと、
それだけは分かった。
「どうしたの?叔父様?大きな声をだして。」
四郎との会話に没頭しているはずのサーシャが、進を不思議そうに見つめていた。
「あ、ああなんでもないのよ。サーシャちゃん。
あら、あそこで何かやっているみたいよ。行ってみましょうか?
じゃあ、ちょっと行って来るわね古代君。」
そう言ってユキはパチンとウインクをすると、男性2人を残し
サーシャと連れ立って公園の噴水前でジャグリングをしている大道芸人の方へ行ってしまったのだった。

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