あぁ、目が・・・なんだか熱っぽい。

明らかに疲れすぎだとサーシャは思った。
地球にヤマトが帰還してから2週間あまり。休む間もなくヤマトクルーは復興に駆り出されていた。
サーシャとて例外ではなく、実の父親の守との再開の喜びもつかの間、科学局に舞い戻った
育て親である真田と一緒に、地上の防衛軍本部ビルで忙しく働いていた。
破壊された膨大なデータの修復、整理。その量の多さに、作業は永遠に終わらないのではないかと思うほどだった。
再来週には地下にもぐっていた防衛軍司令部も、本格的に地上の本部ビルに移動してくるという。
それにあわせて、来週中にはなんとか目処をたてたいと作業は急ピッチで続けられていた。

だめ、このまま作業を続けていたら、とてつもないミスをしてしまいそう。

端末を閉じると、なにやら部下と話をしている真田の背中にむかって、サーシャは声をかけた。
「すみません、真田さん、ちょっと外の空気を吸ってきたいのですが・・・?」
「あぁ、澪、わかった。? 大丈夫か? 顔色が悪い。」
「大丈夫です。少し休めば平気です。」
サーシャはにっこりと笑ってみせた。
「無理するんじゃないぞ。そうだ、他の者も、キリのいいところで休憩をとってくれ。」
そう指示をだす真田を後に、サーシャは部屋をでて中央エントランスに続く長い廊下を歩いた。
最初にこのビルに足を踏み入れた時、中は悲惨な状態だった。
壁に刻まれたレーザーガンの跡、壊された計器類が戦闘の激しさを物語っていた。
今でこそ、端末の画面とにらめっこの毎日だが、
まずそれらを片付けることがサーシャ達の地球復興に向けての最初の仕事だった。
殆ど片付いた今は、内装や電気工事関係の業者が入り、だいぶ綺麗に整ってきていた。

ふふ、私、地球に帰ってきて早々、随分肉体労働しちゃった。
ちょっと逞しくなったかな。

サーシャは自分の手のひらを見つめた。
慣れないことをして作ったマメ。そのマメがつぶれた跡が残る自分の手のひら。
手の甲には、グローブをしていたのにもかかわらず、作業中につけてしまった擦り傷の後もまだうっすらと残っている。
お世辞にも綺麗な手とはいえなかった。でもサーシャはそれが嫌ではなかった。
むしろ誇らしくさえ思った。小さな事でも、自分がみんなの役にたった証のような気がしていたからだった。

「あ、自販機が入ったのね!そういえば、昨日設置されたってみんなが言ってたっけ。」
廊下の隅で自販機を見つけるとサーシャは缶のミルクティーを購入した。
まぶたの上に冷たい缶をおしつけると、ひんやりして気持ちがよかった。
エントランスから外へと出たサーシャは、ビルの前に広がる公園へと入っていった。
ベンチを見つけて座ると、先ほどの缶を開けて一口飲んだ。

ふぅ。

一息つくと、サーシャは辺りをぼんやりと眺めた。
ここ半月あまり、メガロポリスにまとまった雨は降っていなかった。
ぱらり と申し訳程度に降る事はあっても、本格的な雨は皆無だった。
そのために空気も大地も乾いていたが、初秋の傾きかけた午後の日差しの中、
生い茂った雑草は逞しく、我が物顔で公園内にはびこっていた。
まだまだ公園に手入れをする余裕は誰も持ち合わせていなかった。

あぁ、私、本当に地球へ帰ってきたのよね??。

あまり実感がわかないサーシャだった。あれほど憧れ続けた地球に自分が降り立ったというのに。
地球復興へ尽力するのは彼女の希望でもあったけれど、あまりにも、めまぐるしい日々を送っていたので
地球の空気を感じる暇が彼女にはなかったのだった。
思えば色々なことがあった。イカルスで真田に育てられ、成長のスピードがほぼ地球人と同程度に落ちついた頃、
イカルスの宇宙戦士訓練学校の生徒とともに、ヤマトの整備をした。
それはサーシャにとって後に控えている地球での生活の慣らしのようなものだった。
地球では大勢の人間の間で暮らさなければならない。
その前にイカルスの中で、特殊ではあるが、小さな規模の集団での生活を通して他人とのかかわりを経験させたいという、
守や真田の希望だったのだった。
あんな事がなければ、サーシャはイカルスで生活の後、地球で父とともに穏やかな生活を送るはずだった。
突然地球を襲った敵。そのためにヤマトは発進した。そこで初めて対面した若い叔父。
その叔父 古代進 の恋人、森ユキとは、ヤマト帰還後、すぐに会うことが出来た。
今回の戦いで離れ離れになってしまった進とユキ。再開をはたし、固く抱き合う二人を見て、
不思議とすがすがしいものが胸の中を通りすぎていくように感じていたサーシャだった。
自分の運命を覚悟してニセ地球に残る決心をした時、進に思いを告白したのだったが、
その事で自分の気持ちに整理がついてしまったのかもしれない。
ニセ地球で、涙にかすむ目で遠くヤマトを見送り、思い切り手を振った時、自分の恋に決別出来たのだ。
そうサーシャは思っている。
今でも時々ふいに頭の中にあの情景が浮かんでくるのだが、何十年も前の遠い昔の事のようにサーシャは感じていた。
大人になってから初めて会うユキにサーシャはすっかり懐いてしまった。
もともとの性質がお互いに合っていたのかもしれない。
とにかく会うなりユキとサーシャは意気投合し、進が二人の体調を心配して声をかけるまで
お互いお喋りに没頭していたのだった。


ベンチに座るサーシャの前に広がっている緑の塊に、すーーと何かが飛んできてとまった。

「あら、何かしら?」

サーシャは出来るだけそっとそれに近づいてみたが、あともう少しというところで
それはパっと空に向かって飛んでいってしまった。

「虫?何かの虫よね。数が少ないものもあるけど地球には色々な生き物がいるって・・・イカルスで教わったわ。
羽が4枚あった。目が大きくて、細長くて・・・叔父様に聞いてみたらわかるかしら。」

今までその虫が止まっていた緑にサーシャは手を伸ばしてみた。
比較的大きな葉は3枚ずつ蔓から出ており、その蔓は、以前はキチンと枝の整理をされていたであろう
コニファーに巻きついていた。触ってみると結構頑丈で、処かまわず旺盛にのび放題だった。
それはヤマト艦内の農園の植物と違って、野性味あふれ、その力強さは感動的ですらあった。

「これは地球の緑。ヤマトの農園の中の緑じゃあないわ。
ほんものの、正真正銘の緑。
わたし、今、地球の緑に触っている。本当に触っている・・・・!」

サーシャの中で、何か熱くこみ上げてくるものがあった。

「私、ここにこうして立つ事はできないだろうって思ってた。
思っていたのに、私はここにいる、ここにいるの・・・!」


前回の戦いでヤマトが敵母星に近づけば近づくほど、サーシャは突然沸き起こる、あるビジョンに悩まされていた。
敵母星に一人残り、基地の内部に深く潜行し様々な機器を操作してゆく自分。
そして自分の前に仁王立ちのように立ちはだかる一人の男。
その場面でいつもビジョンは切れてしまう。繰り返し見るうち、それが自分の運命だと悟るようになった。
男の場面で切れてしまうのは、自分はそこでおしまいなのだと・・・・。
そう気がついた時、泣き叫びたいほどの恐怖がサーシャを襲った。怖かった。
こんな未来を自分に見せてしまうイスカンダルの血を疎ましく思った。

私は生きたい。地球へ帰りたいのに!
でも・・・。

眠れない夜が幾晩も続いた。
疎ましく思えた彼女の中のイスカンダルの血であったが、その血が一方ではサーシャに勇気と決意を促していた。
イカルスでともに過ごした訓練生の仲間たち、自分を育ててくれた真田、地球で自分を待つ父、
自分達に希望を託してくれている地球の人達、それに何より叔父のためにサーシャは何かしたかった。

自分にしか出来ないことをする。

そう、あのビジョンは自分にしか出来ない事を示しているのだ。
涙の後、サーシャの気持ちはすっくと立ちあがっていった。



サーシャはその時のことを今でもよく思い出せない。
自分の前に立ちはだかった男、聖総統に撃たれた と思った。

叔父様、早く波動砲を・・・

薄れ行く意識の中、サーシャは、聖総統が必死に北極のパイプを操作すべく、レバーにとりつく姿を見た。
次の瞬間、回りのものすべてが真っ白な光の渦の中に飲み込まれていった。

ああ、叔父様やったのね。これで地球は・・・・・叔父様、お義父様、地球のお父様 さようなら・・・。

そうして完全にサーシャの意識は閉じてしまった。


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