(2)


私はいつも地球を夢見る
まだ見ぬ青い私の故郷
・・・・・・

一つの歌が、自然にサーシャの口をついて流れ出てきた。
誰に聞かせるわけでもない、小さく低い声に、
公園内にいた、休憩中の防衛軍の職員や、出入りしている業者の職人の何人かがサーシャを振り向いたが
彼女は気にする様子もなく、まるで鼻歌を歌うように緑を眺めながら無心に歌っていた。
その歌は、イカルスで暮らしていた頃、歌を作る事に熱中していたサーシャが最初に作った歌で、彼女が大切にしている作品だった。
彼女は歌を作る時はいつも、大昔のように、五線紙に鉛筆で音符を書いたり消したりしながら作り上げていた。
そういう作業が彼女は非常に好きだった。
傍らにピアノがなくても、彼女の中にキチンと音階が存在しており、五線紙と鉛筆さえあれば、どこでも作曲をする事が出来た。
その最初の歌も、ちゃんと自筆の楽譜があったのだが、今は彼女の手元にはなかった。コピーもとっていない。


「澪ちゃん?あぁやっぱり澪ちゃんだ。」
急に後ろから声をかけられ、びっくりして振り返ったサーシャは
懐かしい姿がそこに立っているのを見て、嬉しそうに声をあげた。
「おにいちゃま!」
「やだなぁ、おにいちゃまはよしてくれよ。」
そう言ってサーシャに近づいてきた人物 加藤四郎は、頭をかいて照れくさそうだった。
ヤマトを降りて以来、こうして顔をあわせるのはお互い初めてだった。
「小さいけど、歌声が聞こえたから澪ちゃんかなって思ったんだけど、やっぱりそうだった。」
「あら、私歌ってたの?」
サーシャにはまったく自覚がなかったようだった。
「うん、きもちよさそうにね。」
「あ〜〜やっちゃった。知らないうちに鼻歌歌ってたりするのよね。周りに言われて気がつくのだけれど。」
サーシャは苦笑した。
「ははは、よくヤマト農園でも歌っていたよね。君のファン結構いたんだよ。」
「ええ!そうだったの?知らなかった・・・・・」
なんたることか!確かに気分転換のためによくヤマト艦内農園を訪れていたが、自分が鼻歌を歌っていたとは気がつかなかった。
しかも人に聞かれていたなんて。
サーシャは心の中でため息をついた。
その、サーシャにとっての鼻歌は、それでもとても綺麗な声で、時に悲しく、時に暖かく表情豊かに歌われていた。
イカルスで彼女と一緒だったCT隊のメンバーの間では、ひそかに評判になっており、
サーシャの歌を聴きたいがために、彼女に気づかれぬよう、こっそり農園を訪れる者が多かった。
四郎もその中の一人だった。

「それにしてもさ、おにいちゃま は勘弁してくれないかな。」
「あら、だって私の事だって ちゃん づけじゃない。だから私も加藤君の事 おにいちゃまって呼ぶの。」
サーシャはわざと頬を膨らませて、ぷいっと横を向いてしまった。
「でもなぁ〜〜。俺にとっては、澪ちゃんはあの時の澪ちゃんなんだよな〜〜いまだに。」
「だったら、加藤君もあの時の おにいちゃま だわ。私にとってもね。」
お互い顔を見合わせて プ っと噴出してしまった。







あの時・・・・・
四郎がイカルスで過ごしていた頃、彼は一人の少女と出会った。それがサーシャだった。

その日、昼間の訓練やら、ヤマトの整備やらで疲れ果て、それでかえって目が冴えてしまった四郎はなかなか寝付けなかった。
気分でも変えようと、夜中に展望室へと向かっていた時だった。歩いている廊下のむこうから、すすり泣く声が聞こえてきた。
幼い子供の声のようだった。

まさか!こんな時間に?そういえば、昨日、ここの職員の家族の人達が、面会のために定期便で到着したんだったっけ。
そのうちの誰かの子供なんだろうか。

不信に思いながら、四郎は声のする方へと近づいていった。

そこに、みたところ5,6歳の少女が一人、不安げな目に涙を浮かべてしゃがみこんでいた。
落とされた照明の中、少女の美しい金の髪とやわらかな白い顔が浮かび上がっていた。
子供らしいあどけない表情をしているのだが、どことなく品があった。

「どうしたの、こんなところで。」
声をかけた四郎に、はっとなって少女が顔を上げた。
大きな瞳はどこまでも澄んでいて、吸い込まれてしまいそうだった。
「こ、ここは・・・・ひっく・・・どこなんですか?」
あーーこれは迷子だな と四郎は思った。やはり定期便で到着した家族のだれかなのだろう。
「ここは、訓練学校側の廊下だよ。君、ここの天文台の中で迷っちゃったのかな?
よかったら、おにいちゃんが、君のおうちの人のところへ連れていってあげるよ。」
「だめ!」
少女は四郎に抱きつくと、四郎の服をギュっと握った。
「だめったって〜。君泣いてたじゃないか〜。おうちの人心配してるよ。」
「大丈夫、大丈夫、ここがどこだかわかったから。もう泣かない。帰りたくないの・・・・」ぽつりと少女が言った。

はぁ〜〜〜、困ったな。どうしたものか。

四郎は何かいい案はないか考え始めた。
「どうして帰りたくないか話してくれないかな。」
四郎は少女の顔を覗き込んだ。
暫くの沈黙の後、少女はぽつぽつと話し始めた。
「あのね、私ずぅっとお部屋の外へでたかったの。昨日はお友達がたくさん到着した日だったから、とっても出たかったの。
でもね、私すこぅしお熱があって、おとうさまが寝ていなさいって。お部屋から一歩もでちゃだめだって。」
訓練の合間の移動中、天文台内に設置されているプレイルームで、職員の家族の子供たちが何人も遊んでいるのを
四郎は見かけたのを思い出した。
「私、いつも一人で寂しかったの。本当のお父様は、忙しくてめったに会えないし、今のお父様も優しくしてくださるけど
やっぱり忙しいの。沢山沢山お友達とお話をして、遊びたかったの。夜になってお父様がお休みになったから、
こっそり抜け出しちゃった・・。」

本当のお父様?今のお父様?それに「お友達がたくさん到着した日」だって?
まるで、この少女がイカルスでずっと生活をしているような口ぶりじゃないか。
こんな子供がココにいるなんて話聞いたことがないぞ。

四郎には理解できなかったが、なにやら、少女にはフクザツな理由があるらしかった。
「おにいちゃまと今お部屋にもどったら、お外へ出られなくなってしまうもの。だから帰りたくないの。」
外へ出たい一心で出てみたものの、めちゃくちゃ歩いているうちに迷ってしまったというところなのだろう。
「あ〜でも、今の時間じゃあ、お友達もみんな寝ていて遊べないよ。」
「そう・・・・」
少女はがっかりしてうつむいてしまった。四郎はそんな彼女が、なんだかかわいそうになってしまった。。
どれ っと四郎は少女の額に自分の手を当ててみた。熱は下がっているようだった。
「今、どこか体が痛いとか、重いとか、変なところある?」
「ううん」
「そっか、じゃあこうしよう。これからおにいちゃんが一緒にあそんであげる。」
「ほんとう?」
少女の顔がぱっと輝いた。
「でも一時間だけだよ。そうしたら君は自分の部屋へ帰るんだ。
やっぱり、黙って抜け出してきちゃったんだから、その、君のお父さんは心配していると思うんだ。
そして、キチンと病気を治す。治ったら、今度はお父さんにちゃんと話をしてから外へでるんだよ。」
「うん」
少女は少し寂しそうに頷いた。
「君の名前教えてくれるかな?」
「・・・・澪」
「そう、澪ちゃんだね。お兄さんの名前は四郎っていうんだよ。」
「四郎おにいちゃま。」
少女、澪はにっこりと笑った。

それから二人はプレイルームに向かった。昼間熱があったという澪を気遣って四郎はおとなしい遊びを選んで相手をした。
折り紙を一緒になって折ったり、絵本を読んでやったり。澪に言われるまま、縫いぐるみを使ってままごと遊びもした。
澪は本当に楽しそうだった。そしてびっくりする事に、彼女は折り紙など、教えたことはいっぺんで覚えてしまうのだった。
約束の一時間はあっという間に過ぎようとしていた。遊びながら、どうやって澪を部屋へ帰したものかと四郎が考え始めた頃、
思いもかけない人物がプレイルームに入ってきた。
「澪!どこへ行っていたんだ!探したんだぞ!」
「さ、真田さん??」

ええーーーー!もしかして真田さんがお父さん?真田さんいったい何時の間にーー!!

四郎の頭の中は目まぐるしく回転していた。
「あ、あぁ加藤か・・。そ、澪とお前がどうして・・」
真田もまた四郎の姿を見て動揺していた。
「いえ、訓練学校の廊下で、この子を見つけたんです。迷子になっているようだったので私が・・・」
「そうだったのか。いやこの子は私の親戚の子で、昨日の定期便でやってきたんだ」
あれっと四郎は思った。澪の話と真田の言うことが微妙にずれているのだ。
でもそれを突っ込んで聞くのも憚られたので
「そうですか。おうちの方はさぞ心配されたでしょう。澪ちゃんの話では、昼間熱もあったようですし・・。」
とだけ言った。
「あ、ああ。そうなんだ。さ、澪帰ろう。加藤悪かったな。ありがとう。それからな・・・
今回のことは他言しないでくれ・・頼む。わけは必ずいつか話すから。」
最後の方は四郎にしか聞こえないように話すと、真田は澪を連れて部屋から姿を消した。

どういうことなんだろう・・・。

その後、四郎が澪を見かけることは決してなかった。
定期便もあれから何回かやってきて、子供たちもやって来たが、その中に澪はいなかった。
もっとも澪によく似た子供が地球からやってきた子供たちとプレイルームで遊んでいる姿を幾度かみかけはしたが、
それは別人だと四郎は思った。その子と澪との年齢が明らかに違っていたからだった。
そのうち四郎は忙しさも手伝って澪のことは忘れてしまった。
数ヵ月後、真田の姪だという澪という名前の少女が、自分達訓練生と一緒にヤマトの整備をするようになった。
真田澪を見て、あの小さな澪の記憶が四郎の脳裏にまざまざと蘇ってきた。

あの小さな澪ちゃんは真田さんの親戚の子どもっていう事だったけれど、この澪さんも真田さんの姪御さん。
真田さんの親戚には同じ名前の人が二人いるのか・・・?

それにしてもよく似ていると四郎は思った。小さな澪と目の前の真田澪が。
親戚どうしなのだから似ていて当然なのだが、そのようなレベルではなく、小さな澪が、成長したら真田澪になった
というような、まるで同一人物のような感じがするのだった。
そう四郎が感じたのは当然で、実は、本当に同一人物だったのだから。
澪の秘密を四郎が知ったのはそれからさらに数ヶ月後の事。
四郎が他の訓練生や澪と共にヤマトに乗り組む事になり、その旅が終盤にさしかかっての事だった。


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