「よっ」
地球防衛軍参謀本部の執務室に真田が入ってゆくと
古代守が難しい顔をして仕事に没頭していた。
「お前ねぇ、そんなに怖い顔してると奥方に嫌われるぞ。」
「なんだ、真田か。何しに来た?」
「なんだとはないだろう?忘れたのか?午後から2人会議するってことになってたじゃないか〜。
ちゃんとアポとったはずだが。」
「・・・ああ、そうだった。それにしてはちょっと早いぞ。」
守が壁の時計を見て言った。
「まぁ、なんだ、昼メシを一緒に食おうと思ってな。外に美味しい店をみつけたんでな。
お前さ、ずっとこの部屋に詰めてるだろ?たまには外の空気を吸いなっていう親友のありがたい心遣いってわけさ。」
「なんだそりゃ。じゃあそのありがたい気持ちに付き合ってやるとするか。」
真田だって部屋に詰めてるという点では自分と似たり寄ったりじゃないか
と守は思いながら、机の上に広がった書類を一まとめにすると部屋を後にした。
「たぶん、いや確実に今日も残業だな・・・」
守は家で待っている美しい妻の横顔を思い浮かべた。





スターシアの回りには大勢のおばちゃんやおじちゃんや子供がいた。
団子屋の奥は喫茶室となっており、そこに今彼女はいるのだった。
暖かい季節になったとはいえまだ風は冷たいから中に入って一息ついていったらどうだい
と言うきみちゃんに半ば強引に引っ張られるようにしてスターシアと千代は喫茶室の一角に収まった。
スターシアはもともと美しくはあったがそれ以上に人を惹きつける何かがあるらしく
自然彼女の回りに人が集まってしまった。
鬱陶しいからと、室内に入るやいなやスターシアは帽子を脱ぎ、眼鏡をはずしてしまった。
千代は あ と思ったが
何故かスターシアを止める気になれなかった。
これだけ人が集まってしまっては変装があまり意味のないことのように思えたからだった。
そして・・・スターシアが素顔を見せてもどういうわけか千代が心配したようなことは何も起こらなかった。
「ひかりちゃんはだんなの仕事の都合でこっちに?」
「ええ、まぁそうですね。それもありますけど、前に住んでいた場所が跡形もなくなってしまったので・・」
「ああ・・・・そうでしょうとも。あなたも遊星爆弾で住むところを追われた口なんだね。」
「それで千代おばさまを頼ってこちらに来ましたの。」
「やだ〜〜千代ちゃん、あんたのこと 千代おばさま だってさ〜。あはは」
開き直ったスターシアはきみちゃんの問いかけに適当に受け答えし、それを楽しんでいた。
どう見ても千代の親戚には見えないスターシアだったが
そのことを周囲はあんまり気にしていない様子だった。
気にしていないというよりも、わかっていてスターシア同様楽しんでいるようにも見えた。
スターシアがどこの誰かということは彼らにとってあまり関係のないことなのかもしれなかった。
そのうちにスターシアを取り囲んでいた周囲の人たちも
しきりにスターシアに話しかけてくるようになった。
「ひかりちゃん、あんた面白いねぇ〜。」
「あら、これ頭にかぶるものではないのですか?」
スターシアは腹巻を手にしていた。
スターシアが妊娠しているとわかると見知らぬおばちゃんが
あげるよ とスターシアに渡したものだった。
「これはね、お腹を冷やさないためのものさ。」
「そっか、ひかりちゃんは外国暮らしが長かったんだもんね。知らないよねぇ腹巻。」
「いやいや、今の若い人は日本に住んでたって腹巻なんて知らんだろう。」
「私これ大事に使わせていただきます。」
「ああ、あんたこれもあげるよ。暖かいよ。」
またスターシアの知らない別のおばちゃんが彼女に厚手の靴下を差し出した。
「あの・・」
「妊婦さんは冷えないように気をつけなくちゃ。」
「守にもよく言われます。」
「守っていうんだね、ダンナの名前。あんたのこと可愛くって仕方がないんだろうねぇ〜。」
そう言われてスターシアは頬が熱くなった。
「やだ、この人可愛いねぇ〜顔真っ赤だよ。」
あははははは
室内は笑い声でいっぱいになった。
「あの、みなさんどうして見知らぬ私のことを親切にしてくださるんですか?」
「そりゃあ、あんたには元気な子を生んで欲しいからね。ちょびっとみんなおせっかいになっちまうのさ。」
「あんただけじゃないよ。妊婦さんにはみんなおせっかいやくよ。」
「だよね〜。」
「元気な子を産んで地球を元気にして欲しいのさ。将来の地球につながっていくんだから子どもはみんなの宝さね。」
ああ、そうかとスターシアは思った。
この人たちのこういう気持ちが にんじょう なのだと。
「女の人だけじゃなくてさ、俺たちにもちったぁおせっかいやいてやさしくして欲しいもんだな。」
おじちゃん達が、おばちゃん達に言った。
「なぁ〜に言ってんだか。」
そこでまたどっと笑いがおこった。
「・・・・あんた、ひかりちゃん、本当に元気な子を生んどくれね。」
「はい」
「沢山人が亡くなったからね・・。子どもの誕生は誰の子であれみんな楽しみにしてるんだよ。
・・・・ひかりちゃん見てると娘を思い出すよ。」
そう言って一人のおばちゃんは涙した。
思わずスターシアはそのおばちゃんの手をとったが、彼女の悲しい感情が指先から伝わってきた。
スターシアは は っとしておばちゃんを見つめた。
「娘さんは・・・・」
「あんた、聞いてくれるかい?」
「ええ・・・・」
これをきっかけに
今までさかんにスターシアにおせっかいをやいていた人たちが
今度はスターシアに話を聞いて欲しいと
口々に自分の身の上話やら、日常のあれこれ、世間話をし始めた。
スターシアは実に話を聞くのが上手で
時には一緒に泣いたり
時には一緒に笑ったりしながら
楽しそうに相手の話に耳を傾けていた。
そんなみんなにもみくちゃにされながらも
馴染んでいるスターシアを見て千代は嬉しく思った。

奥さんは私に にんじょう を沢山持っていると言ってくれたけれど
奥さんもどうして にんじょう を沢山お持ちですよ。

スターシアの思いやりはさりげなく、相手に自然に寄り添う。
そうして気づかぬうちに、彼女を中心に暖かな輪が広がってゆく。
輪の中心にいることを彼女自身はおそらく気づいてはいない。

そして千代は少し反省をした。
変装させたり、親戚のひかりちゃんにしてしまったり小細工をしたことに。
どんなことをしようともスターシアの本質は隠しようもなく自然に浮かび上がる。
最初からイスカンダルのスターシアとしてみんなに紹介すればよかったのかもしれない。
そうしてもみんなの態度は今目の前に繰り広げられている光景と大して変わらないように思われた。
そうした千代の思考は突然破られた。

「スターシア!」

店の表の方から千代のよく知った声が飛んできた。

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