女王陛下下町へ行く



「奥さん、今日は一つ街へでかけてみませんか?」
ある日、大沢千代はスターシアに一つの提案をした。
「お出かけ?」
「ええ、草団子が美味しいと評判の店が私がよく立ち寄る商店街にあるんです。」
「まぁ!」
スターシアが夫の故郷である地球へやってきてから数ヶ月、
初めてづくしの地球での暮らしに当初は戸惑うことも多かったスターシアだったが
最近では千代の助けもあって随分と慣れてきた。
彼女にとっては見るのも味わうのもすべてが新鮮な地球の食材、
愛する夫のためと彼女自身努力したお陰か、
最近ではすっかり和食党になりつつあるスターシアは
当然のように和なスィーツがお気に入りだった。
千代から草「団子」と聞いて彼女は瞳をキラキラさせた。
「ここ1,2年春になると蓬が芽をだすようになりましたからね。
そこのお店では春に蓬を摘んで冷凍保存しておくそうなんですよ。
それを使ってお団子を作るんです。
まぁ粉はまだまだ合成ものをまぜて使っているようなんですが、美味しいんですよ〜。」
「よもぎ?」
「ええ、そこらじゅうに自生している雑草なんですが、香りがいいんです。別名もち草っていうぐらいですから
昔からお団子などのお菓子に利用されてきたんです。葉っぱには止血効果もあるんですよ。」
「イスカンダルの青のようね」
「え?」
「ああ、イスカンダルにもよもぎのように止血効果のある草があったんです。なんだか懐かしくなりました。」
「そうなんですか。あの香りは独特なんですが、ホント奥さんにも味わって欲しいわぁ〜」
うっとりするように千代が言ったのでスターシアはますます草団子に興味を持った。
「千代さん、行きましょう!」
「ね、いきましょう♪」



「はぁ・・・・甘かった!」
千代の運転するエアカーで街にやってきた二人だったが
千代とスターシアがその団子屋に到着した時
すでに草団子を求めて人々の行列が長々と出来ていた。
「奥さん、ちょっと並ばないと手に入らないみたいですよ。ごめんなさい。私の読みが甘かったようで・・・。
きつかったら・・。」
千代は目立ってきたお腹のスターシアを気遣った。
「千代さん大丈夫よ。並んでみましょう。私今日は調子がよいし。」
地球にやってきてからそう頻繁に外出してきたわけではなかったスターシアには
すべてのものがもの珍しかったし、店の前に並ぶという行為でさえ興味深いことだった。
「本当にきつかったら言ってくださいね。」
千代は申し訳なさそうにスターシアに言った。
本当は今日は少しでもスターシアの気晴らしになればいいと思って
彼女を街に連れ出したのに、かえって疲れさせてしまうことになるのでは、と千代は心配した。
草団子は和菓子好きなスターシアを連れ出すための口実だった。
最近のスターシアは少し元気がなかった。
それは多分激務の守があまり家にいられないことに原因があるのだろうと千代は思っていた。
見知らぬ星にやってきて頼りの守は留守がちとなれば心細くもなるだろう。

守君がダメならこの私がしっかり奥さんをサポートしなきゃ。

大好きな奥さんのために何かしてあげなくてはと千代は一生懸命だった。
「そういえば千代さんはよくここでお買い物をするのですか?」
「ええ。」
「面白いわねぇ〜。」
長い髪をスカーフでひとくくりにし、帽子をかぶり、何故か眼鏡をかけたスターシアは
好奇心いっぱいの目であたりを見回した。

イスカンダルのスターシア

その名を知らない地球人はいない。
千代はスターシアを外へ連れ出したかったが、人々の注目の的にはしたくはなかった。
彼女にゆったりと街の雰囲気を楽しんで欲しかったから。
まさか、かの女王陛下が草団子を買いに街に出かけるなんで誰も思いもしないだろうとふんでいるのだが
それでも用心のために千代がスターシアに帽子をかぶせ、めがねをかけさせたのだった。
当のスターシアはなぜこんな格好をしなければならないのか今一つ理解が出来なかったが
千代がどうしてもそうしてくれとスターシアに懇願したので、千代のためにそうしたのだった。

「ほら、あそこのお洋服がぶら下がっているお店、随分きらきらして色もカラフルなものが置いてあるのね。
地球の人はみんなああいった服を着るのですか?でもここに並んでいる人たちはそうではないわね。
あ、あのお店に置いてあるものは何かしら?ひだがとってあるの。紙???で出来てるの?後で寄ってみたいわ。
ああそこのお店で子供が何か買ってるわね。おばあさんがいる。」
洋服屋の店頭に釣り下がっている服はどれも大きめサイズの派手な色合いで
きらきらしたスパンコールが貼り付けてあるおばちゃん向けの品揃えだった。
紙で出来ているひだのあるものとは扇子のことで、おばあさんがいるお店は駄菓子屋だった。
背の低い建物が連なり、ごちゃごちゃしたものが店頭に並ぶ、復興途中の活気ある街だった。
「奥さんの住んでいる所にくらべれば随分汚くてうるさいですけどね。
でも人情があるんですよ。私はこの街が大好きです。」
「汚いだなんて、そんなことないですよ。みなさん目が生き生きとしていて素敵。
でも にんじょう って何ですか?」
「そうですねぇ〜。他人に対しての思いやりの気持ちとでもいうのでしょうか。
ここのみんなは思いやりの気持ちをもってお互い支えあって生きているんです。」
「ああ、千代さんのように?」
「???」
「千代さんは沢山の にんじょう を持っているわ。私にいつも思いやりをくれますもの。」
スターシアはそう言って微笑んだ。
「そうですかね・・」
千代はちょっぴり照れくさくなって頭をかいた。
そして商店街を見渡して幾分はしゃいでいる様子のスターシアにほっとした。
街の活気に触れて奥さんが元気になればそれでいい。
草団子は二の次だ。
千代はそう思った。

「あら〜〜〜千代ちゃん久しぶり、連れの綺麗な人はだれだい?」
二人は不意に声をかけられた。
「あら、きみちゃん。ひさしぶりね。」
相手は千代が住んでいる町内の知り合いだった。
千代は内心世間の狭さを呪った。

よりにもよって町内一おせっかいで有名なきみちゃんと出会うなんて・・・

考えてみれば(考えてみなくとも)千代の知り合いに街で出くわすなんて事は十分想定できることだったが
奥さんに元気になってほしい一心の情熱だけで動いていた千代はそんなことははなっから考えていなかった。
スターシアを変装?させたわりにはどこか抜けている千代だった。
「アンタ、ここのところ仕事忙しそうじゃない。
わたしら近所に住んでてもちっとも顔あわせないね〜。
どっかのお屋敷に勤めてるってきいたけど。」
「ん〜〜〜お屋敷っていうか・・・。」
「で、その人は誰だい。えらいべっぴんさんだねぇ〜。」
じろじろと見られてスターシアは少し戸惑いうつむいてしまった。
「え・・と、遠い親戚の子だよ。」
千代さん?とスターシアは彼女を見た。
「???だって金髪だよこの人。どうみたってここら辺の人じゃないでしょう〜。それにアンタの一族はみんな黒髪じゃないか。」
大昔とちがって近頃の「ここら辺の人」は金だの茶だの赤だのさまざまな髪色をしている人間が多くいたが
スターシアのような髪質の金色はちょっと他にみかけなかった。
「この子は長いこと外国にいたんだよ。そしたら髪が金色になっちまったのさ。」
むちゃくちゃ言う千代は少しあせっていた。
なんとかきみちゃんの興味をそらさなければ。
「ふ〜〜〜〜ん、そうかい。」
意外にもきみちゃんはあっけなく引き下がった。
千代がほっとしたのもつかのま
「で、名前はなんていうんだい?」

う゛〜〜〜〜〜〜〜
きみちゃん〜〜〜〜〜〜〜〜
なんてことを聞くのっ!

そんな千代におかまいなしにきみちゃんはさらに二人にせまった。
「名前は?」
「ス・・・・・」
スターシアが言いかけたのを千代はとっさにさえぎった。
「この人は・・・そう!ひかりっていうの。」
千代の頭の中に スターシア→スター→星→光る→ひかり の図がものすごい速さで浮かび上がった。
「そうかい、ひかりちゃんっていうの。いい名だねぇ〜」
(千代さん・・!)
抗議の目でスターシアは千代を見つめたが
(奥さん、ここは一つ私の言う通りに・・頼みます。)
千代の懇願するような表情を見て、
ここは流れに身を任せてしまった方が懸命なのだとスターシアは悟り
そのまま千代さんちのひかりちゃんに成り済ますことにした。
「あんた、ひかりちゃんお腹大きいんだね。だめだよ、こんな寒いとこに立ってちゃ。
え?大丈夫?ダメダメ大事にしなきゃ。お団子ならほら、私がさっき買ったのをやるよ。
だから並ぶこたぁ〜ないよ。」

TOP/NEXT
inserted by FC2 system