「本当にいいの?」
「ええ、いいんです。」
「もったいない気がするけれど。」
「本当にいいんです。前から入ってみたかったし、それに・・さっぱりしたいんです。」
「そう?」
これ以上ないくらい、良いお天気の日曜日だった。
2人の女性、ユキとサーシャはユキ行き着けの美容院へやってきた。
広い店内に入るとサーシャは案内されてイスに座った。
目の前には大きな鏡。そこには興味津々で目をきらきらさせたサーシャが映っていた。
「森さんはこちらのイスへどうぞ」
ユキも店員に案内されてサーシャの隣のイスに座った。
「あら、ユキさんもカットするんですか?」
てっきり今日は自分だけで、ユキは美容院初体験の自分に
付き添ってくれただけだと思っていたので、サーシャは意外に思った。
「ええ。私もさっぱりしたいのよ。」
「え?」
目を丸くするサーシャにユキはぱちんとウインクしてみせた。





M地区の大通りに面した白い壁のこじんまりとしたカフェに
サーシャとユキはゆったりとくつろいでいた。
ユキの思い切ったショートヘアの毛先と
サーシャの肩よりいくらか下がった位置で綺麗に切りそろえられた髪が
通りの反対側の窓から入ってくる海風にわずかに揺れた。
ランチにパスタを堪能した二人は食後のコーヒーをすすっていた。
「「それにしても、だいぶ短くなったわね」」
思わず二人はお互いの髪を見やって、にやりとした。
「ユキさんのその髪をみたら叔父様なんて言うかしら」
ふいにサーシャが言った。
「実はね、古代君が火星に行く前の晩、私たち大喧嘩したの。古代君の部屋でね・・・」
「ええ!叔父様と喧嘩をしたんですか?」
「ふふ・・サーシャちゃん、あなたの言った通りだったわ。
彼に、どうしてそう君は何でも一人で抱え込むんだ、もっと甘えて欲しい って言われたのよ。
サーシャちゃんの耳にも入っていると思うけれど、私たち色々と噂の渦の中にいたでしょう、今まで。
そのせいでずっとお互いどこか腫れ物に触るように接していた部分があったの。
そうして溜まってしまった鬱屈した気持ちが一気にあの日爆発したって感じだった。
彼にストレートに指摘されて、私もカっとなってしまってね、
甘えたくても甘えられないのは誰のせいなのって言い返しちゃったのよ。
それが喧嘩の始まり。それから・・・・うふふふふふ」
ユキが笑い出したのでサーシャはびっくりしてしまった。
「あの〜〜ユキさん?」
「あ、あぁごめんなさい。私たち付き合って以来の大喧嘩だったなぁって
思い出したらなんだかおかしくなってしまったのよ。
そう、それからもう売り言葉に買い言葉でものすごい言い合いになったのよ。
最後なんてお互い 馬鹿 馬鹿って怒鳴りあってた。」
「はぁ・・」
「そのうちに涙が出てきてしまってね、
どうすることも出来なくて、今度はわぁわぁ子供みたいに声を出して泣いたの、私たち。
いい近所迷惑よねぇ・・。一晩中泣いてたわ。
それでね、泣いたらなんだかすっきりしたの。
やっぱりあなたの言った通り、心の涙は吐き出してしまった方がいいのね。
怒鳴りあったけど、お互いの本当の気持ちが見えて、
また二人で新たな気持ちでやっていけるってそう思えたのよ。
それは古代君も同じ。すっきりした顔で手を振って火星へと向かったわ。」
目は腫れてたけどね。とユキは付け加えた。
あれじゃあきっと周りから嫌って言うほどからかわれたでしょうね。
私?私はきっちり目を冷やしてなんとか体裁を整えて仕事に望んだからばっちりだったわよ〜
と言ってユキはすましてコーヒーを一口飲んだ。
「なんだかうらやましいな・・」
サーシャがポツリと言った。
「え?」
「い、いえなんでもないです。叔父様とユキさんはやっぱりラブラブなんだなぁ〜って」
叔父への愛は、すでに肉親への愛情に変わってしまったサーシャだったが
それでもユキの進を想う表情を目の当たりにすると、心の奥がツーンとするのだった。
サーシャの中に、今は遠くなってしまった甘酸っぱい感覚が広がった。
やはり髪を切ってよかったとサーシャは思った。
新しい生活を、新しい自分を始めるために気持ちの切り替えは必要だ。
「サーシャちゃんが髪を切るって聞いて、私も切りたいって思ったの。
生まれ変われちゃう気がしない?」
「生まれ変わる・・・?」
「そう。でも過去を捨てて生まれ変わるんじゃないのよ。
過去の事も全部抱えたままで生まれ変わるの。
だって過去の自分があるからこそ、今の自分があるんですもの。」
「そうですね。」
サーシャはにっこりと笑った。



だいぶ陽が傾いた街中、仲のよい姉妹のようにユキとサーシャは
あちらの店、こちら店とウインドウショッピングを楽しみながら歩いていた。
ほっそりと、しなやかでいながら凛とした雰囲気のユキと
かわいらしくもどこか気品のあるサーシャは
街行く人の目を惹いて、2人を振り返るものが大勢いたが、
2人はまったく気にする様子もなく散策を楽しんでいた。
「私、再来週から独身寮に入ることになったんです、ユキさん。
ね、言ったとおり新しい生活が始まるのよ。」
サーシャが言った。
「あら、まあ」
「私、自分の思う事を通しおおせたの。でもやっぱりお父様が交換条件をだしてきたんです。」
「それが寮なの?」
「ええ。学校へ行かないのなら、せめて寮に入って集団生活をしなさいって。
色々と、人間関係とか、仕事では得られない人とのかかわりが見えてくるはずだからって」
「そうねぇ、それもいいかもしれないわね。」
「ユキさんもそう思われるんですね。」
「ええ。色々とあると思うけれど、きっとサーシャちゃんのためになると思うわ。」
「私、まだ地球に来て半年にもならないんですものね。ちょっとドキドキするけれどがんばります、私。」
「そうね、サーシャちゃんならきっとやっていけるわ。それにお友達だって出来るかもしれない。」
「そうなるといいな。」
「大丈夫よ。」
ユキはサーシャの横顔を眺めた。
気品があるけれど、近寄りがたいというわけではなく
どこか人を惹きつける魅力のあるこの少女なら大丈夫だと本気で思っていた。
「あ、加藤君にはこの事話したの?それに髪を切っちゃたなんて彼はものすごく残念がると思うけれど」
思い出したようにユキが言った。
「もう〜〜〜ユキさんたらぁ、どうしてここで加藤君が出てくるんですかぁ!」
「だって、あなたたちお付き合いしているんでしょう?」
「もう〜〜!そんなんじゃないですってば。」
サーシャは真っ赤になって否定した。
「加藤君は私のお兄さんのような人なんです。いろいろと相談にも乗ってくれるお兄ちゃまなんです。
それに前にね、お兄ちゃまは、私が私であるところが好きだって言ってくれた事があるんです。
だから私が髪を切ったぐらいでは、なんとも思わないですよ、お兄ちゃまは。
髪を切っても私は私だもの。」
それきりサーシャは恥ずかしそうにプイっと横を向いてしまった。
まぁ、とユキは思った。四郎はサーシャに特別な想いがあるのだ。サーシャはそれに気がついていない?
ユキは知っていた。
いつだったか仕事が終わって防衛軍本部ビルのエントランスから外へと駆け出してゆくサーシャを見た。
彼女の行く先には四郎が待っていた。2人は仲良く連れ立って街中へと消えていったが
四郎のさりげなくサーシャを見つめる瞳が、自分を見つめる時の進の瞳と同じだった事を。
サーシャと四郎が付き合っていると、周囲では誰もがそう思っているのだったが
どうも本人達、いやサーシャはそう思っていないらしかった。
サーシャがまだ幼いのだ。
これ以上突っ込むのはやめにしようとユキは思った。
「ねぇ、サーシャちゃん。ジェットコースターに乗っていかない?」
急な申し出にサーシャは思わずユキの方へ顔を向けた。
「ジェットコースター?」
「そうよ。あなたまだ乗ったことがないっていったじゃない」
ほらあそこ、といってユキが指をさした方向には大きな観覧車が回っていた。
「ここM地区に遊園地があるの忘れてたわ私。さっきあの観覧車に気がついたのよ。
行きましょうよ、サーシャちゃん。」
ユキはサーシャの手をとると、彼女をぐいぐいとひっぱって遊園地の方へ歩いていった。
「まって、ユキさん!」
夕暮れ時の遊園地内を、ジェットコースターとともにひときわ甲高い声が駆け抜けていった。




翌日の防衛軍本部内はどよめいていた。
あの古代進の恋人森ユキが、今までおおよそ彼女がしたことのないようなショートな髪型で、
古代兄弟の従姉妹(と周囲には思われている)古代サーシャがばっさり髪を切って
職場に現れたからだった。
いろんな憶測が飛び交ったが、まったく2人は気にとめなかった。
火星から帰って来た進は、ユキのアタマを見て声がでなかったとか。
サーシャの髪を見た四郎は、サーシャの予想に反して髪のことを残念がったが、
「澪は澪だものな」といって彼女の頭をくしゃっとやった。


さて
あの幕の内と真田が共同開発していた 缶飯 はどうなったかというと
様々な会議を経て、幕の内の開発したメニューの中から2点(イタリア風鶏の炊き込みご飯と酢豚)
真田の開発した缶素材、それからデザインは数種類ある中から1点のみ採用されることになった。
そのデザインはサーシャが起こしたものだった。
真田は少し悔しかったが、可愛い娘の仕事が採用されたので、それはそれで嬉しかった。
デザインに関しては、軍内部からこんなゆるいデザインでいいのかという声もあったが
そのゆるさに惹かれたものが多数いて、その1点のみ採用されたのだった。
サーシャとユキが髪を切ったあの日から約1年後、
はたしてサーシャの予感通り、ヤマトは第二の地球探しのために長い航海に出ることとなった。
サーシャもヤマトに乗り組んだ。そして、あのサーシャのデザインした缶飯は
そのほかの無骨なカーキ色の缶飯とともにヤマトに積み込まれたのだった。




おしまい

2006/8/23

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