休日


「本当にいいの?」
「ええ、いいんです。」
「もったいない気がするけれど。」
「本当にいいんです。前から入ってみたかったし、それに・・さっぱりしたいんです。」
「そう?」
とある店の前で2人の女性がこんな会話をかわしていた。
一人は森ユキでもう一人は古代サーシャだった。
二人がその店に入ってゆくと
「いらっしゃいませ」
明るい声が店内に響いた。
「あの、予約をしました古代ですが」
サーシャが言った。
「古代さんですね。はいではこちらの椅子へどうぞ」
こざっぱりとした小柄な女性がサーシャを案内する。
ここはユキの行きつけの美容院。ユキがサーシャを連れてきたのだった。







それは一週間ほど前のことだった。
午後3時を過ぎた人もまばらな防衛軍本部の食堂で、ユキとサーシャは軽食を取っていた。
「はぁ〜、なんだかやっつけなくてはならない資料がなかなか終わらなくて、今お昼なのよ」
とユキ。
「お仕事ご苦労さまです、ユキさん。」
とサーシャ。
「あら、そういうサーシャちゃんだって、今お昼なんでしょう?」
「うふふ。私の場合はちゃんと取ろうと思えばお昼時間にお昼を取れたのに、
ちょっと今担当しているパッケージデザインに夢中になりすぎちゃって
根を詰めるな〜〜!ってお義父さ・・・真田さんに怒られちゃったんです。それで今お昼食べてるんです。」
「パッケージデザイン?何の???」
「缶飯の」
「はい??缶飯って、戦闘時にヤマトでも出されるあの缶メシよねぇ。
科学局・・・よね?サーシャちゃんのいる場所は・・・どうしてまたデザインなんて・・・」
「幕の内さんってご存知ですか?」
「ええ・・あの真田さんと同期で、食に関するプロフェッショナルな幕の内さんなら」
「その幕の内さんと真田さんが喧嘩しちゃったんです。」
「えっ・・喧嘩・・」
「幕の内さん、今真田さんと缶飯の開発をしていて・・・
幕の内さんは中身、真田さんは缶のネ で幕の内さんに
その缶の質・・・軽くて丈夫だとか、開けやすさだとか、そんなところは
満足がいってもらえたのだけれど、缶に印刷されているデザインがイマイチだと言われたらしいんです。」
「デザインといってもねぇ・・・アレは昔からあの色であの文字じゃあないの?」
あの色とはカーキ色で、あの文字とは黒のゴシック体の事だった。
「幕の内さん曰く、あれじゃああまりにもそっけなさすぎる。
中身がいくら美味くても、食べる気を無くす外見だと・・。
それで、真田さんも今回、缶の質だけじゃなくて、デザインにも気を配って開発したんです。
ほら、昔画家志望だったじゃないですか、かなり自信をもっていたんです真田さん。」
「え、デザイン事務所かなにか、外部発注じゃなかったの?」
「自分でやったんですよ〜〜〜。そうしたら幕の内さんの気に入らなくって・・・」
「それで喧嘩になったのね。」
「そうなんです。真田さんも意地になっちゃって、最後まで自分のところでやるって。
いろいろと案を提出したいから、私にもデザインしろと。」
「うふふ・・・そうなんだ〜〜〜〜〜。面白いわね。」
「うふふふ・・・だから私、科学局の面子にかけて、責任重大なんですぅ」
科学局で何故缶飯の開発なのか、まったくもって不明なのだが
とにかく二人の女性はなんだかおかしくなってしまって
コロコロと笑いあった。
「ところで、ユキさん。私美容院に行ってみたいんですけど、
どこかいいところ紹介していただけませんか?」
「美容院?サーシャちゃん髪をカットするの?」
「ええ。」
「その綺麗な髪、もったいない気もするけれど。」
「カットといってもまぁせいぜい肩ぐらいまでにしようかな
と思っているんです。今はちょっと長すぎて・・・。」
サーシャは、後ろでひとくくりにまとめてスカーフで結んである
腰までとどく美しく長い髪に手をやった。
「そう。」
「それに、私、近々新しい生活を始めなくちゃならなくなりそうなんです。
気分を切り替えたいな〜なんてそんな気持ちもあるんです。」
「新しい生活?」
「まだはっきりしていないんですけど、たぶん・・・」


サーシャは今、父親の守とある事で対立していた。
今朝もサーシャはその事で家を出る時に、守と言い合いになってしまった。
「どうしても、仕事を辞める気はないのかい?サーシャ。」
「ええ。前にも言ったけれど・・・お父様。」
サーシャの地球帰還後、父親の守はサーシャに軍を辞めてどこかの大学か専門学校か、
とにかく学校へ通って、サーシャが今までしてこれなかった学生生活をいうものを味わって欲しいと強く願っていた。
サーシャが軍にいたのでは、いつキケンを省みず無鉄砲なことをしでかすかわからない。
デザリアムでのいきさつを知り、なおさら娘をキケンから遠ざけたいと父は願うのだったが、
サーシャはそれを拒んだ。科学局にいて真田のもとで仕事をするのが楽しかったし、自分にも向いていると思った。
特に外へ出てしたい勉強があるわけでもなかった。
それに、漠然とではあるがサーシャにはある予感があった。

そう遠くない未来にヤマトが長い航海に出る事になる。
多分ヤマトに自分は乗り組むことになるだろう。
自分の力がそこで役に立つ。

その予感のために、サーシャは今軍を辞めるわけにはいかないと思っているのだった。
「どうしてもなのか?」
「ええ、どうしてもよ。」
「ほら、早くしないと遅刻してしまうわよ、お父様。」
「なぁ、どうしても、どうしてもダメなのか?」
「どうしても、どうしてもよ!」
「頑固だなぁ〜お前もぉ〜」
「そりゃ、お父様の娘ですから。お父様もしつこいわね。」
「しつこいとはなんだ!しつこいとはっ!だいたいお父様はサーシャの心配をしてだな・・・」
「はいはい、わかってます。でも私は辞めません。」
「なんだ、その はいはい ってのはっ!」
「じゃ、時間だから私先に行きます〜。お父様もはやくね!参謀が遅刻なんてかっこ悪いわよ〜。」
そう言ってさっさとサーシャは家を出てきてしまったのだった。
地球でやっと父と一緒に暮らせるようになって嬉しいサーシャだったが、反面鬱陶しいと思う事もあった。
どうしてこうも親というものは口うるさいのだろう。
サーシャとて、守の愛情はよくわかっているのだが・・・。
自分は決して折れるつもりのないサーシャだった。
多分守の方が折れることになるだろうとサーシャは予想していたが、向こうもタダでは折れないだろう。
きっと何か条件を出してくるハズだ。
それが、自分の地球での新しい生活の始まりになるだろうとサーシャは思っていた。


「そう、それでなのね。今朝から古代参謀機嫌が悪かったのよ。」
いつも余裕で登庁してくる守が、ぎりぎりでやってきて
ムスっとしたような表情だったのをユキは思い出しながら言った。
「でも、私は辞めるわけにはいかないの。」
サーシャはうつむき加減に言った。
「多分、この問題がもとで、私は新しい生活を始めることになると思うんです。
あくまで私の勘ですけど。」
サーシャは食堂の窓の外のビル郡に目を向けながら続けた。
「地球の人たちは凄いですね。もうこんなに復興してきている・・・。
今までジェットコースターに乗っているみたいに、振り返る暇もなくて
ただただ、目の前に続く道をひた走って来た感じだったんです・・私。
地球の人達は少しずつ落ち着いてきていますね。
私もこの辺でちょっと気持ちを切り替えて、新しく自分を始めるのもいいかな〜って。
それで髪を切りたいんです。丁度いい機会なんです。」
もっともジェットコースターなんて乗ったことがないけれど
と言ってサーシャは肩をすくめた。
そんなサーシャをみつめながらユキは思った。
この世に生まれてたった1年と少しなのに、この少女は息をつく暇もなかったのだ。
なんという事だろう。ユキは、髪を切りたいというサーシャの気持ちがなんとなくわかる気がした。
そうだ、この次の日曜日に彼女の予定がOKなら、私がサーシャちゃんを美容室へ連れて行ってあげよう。
(古代君は明後日から2週間の予定で火星行きだし)
ついでに2人で街を歩いてもいい。
このあいだ仕事帰りに寄ってみたM地区にこじゃれたカフェが何件かオープンしていたっけ。
そこで軽く食事をしてのんびりお喋りするのもいいかもしれない。
確かM地区は海の近くだった、海を見にいってもいいな。
などとユキの頭の中で楽しい計画が築かれていった。

「ユキさん、ユキさん」
と自分を呼びかけるサーシャの声でユキはハっとなった。
「あの・・ユキさん。」
「なあに?」
「ユキさん。最近頑張りすぎているのではないのですか?」
「え?」
突然のサーシャの言葉にユキは戸惑った。
サーシャの言っていることが理解できなかった。
「すみません・・・
私・・・・今日こうしてユキさんと久しぶりにお食事して、なんとなく感じるんです。
ユキさん、随分と無理をしているのではありませんか?
仕事の忙しさでそれを紛らわせようとしていませんか?」
ユキはハっとなった。
今まで何度かサーシャとお喋りをしたり買い物をしたりしてきたユキだったが
時折、サーシャのことをスルドイなと感じることが度々あった。
人の心が読めるというのとは違う、感受性が強いというか、
相手の空気を感じ取る感性が人一倍強い。そう感じる場面にユキは何度か遭遇していた。
多分彼女自身は気がついていないのだろう。
「心の涙は吐き出してしまった方が叔父様のためです・・・」
ポツリといったサーシャの言葉にユキはドキリとした。
おそらく・・・・
サーシャはあのことを言っているのだ。
あの心無い噂、
重核子爆弾の設計図をユキが手に入れた経由にまつわるあの噂・・・
恋人を裏切って手に入れた情報なのでは、というあの噂・・・
それによってユキは傷ついたが、それを表に出してしまっては噂にも自分にも負けてしまうと考えていた。
ぎりぎりのところでユキは毎日を過ごしていた、多分・・・・。
多分というのは、今まで、周囲に負けまいとしてきたあまり、サーシャに指摘されるまで
ユキは自分が無理をしている事に気がつかなかったからだ。
そこのところをサーシャはするどく突いてきたのだ。
「私が無理をしていると思うの?」
「はい。」
「そう・・・・」
「叔父様にはもっと甘えていいと思います。」
「えっ??」
「す、すみません!そんな事、出すぎたことでしたね。ユキさんと叔父様はラブラブですもの。」
サーシャはあわててユキに詫びた。
確かに進に負担がかかるのでは と彼に甘えられない自分が自分の中にあった。
進は、自分のせいであの時ユキを救えなかったと、ひどく負い目に思っているフシがあったから。
あれは仕方のないことなのに。
ユキは気持ちがスっと軽くなるのを感じた。
それにしても、サーシャは大しものだとユキは思う。
「心配してくれてありがとうサーシャちゃん。確かに私は無理をしていたかもしれないわ・・。
あなたはステキな力を持っているのね。」
今度はサーシャが戸惑う番だった。
「あの、私・・・」
「あなたは、もしかしたら素晴らしいカウンセラーになれるかもしれないわね。」
「私が?」
そうかしら とサーシャは思った。
カウンセラーには知識も必要だが、人生経験だって必要だ。人間的に大きくなくては・・。
1歳の私には無理だわ とサーシャはキッパリと思った。
「ふふふ、とにかく美容院は紹介するわね。というかこの次の日曜日、サーシャちゃんの都合がよければ
行き着けのお店に連れて行ってあげるわ。あなたの名前で予約をいれておくから。
ついでにランチも一緒にどう?」
「わぁ!ありがとうございます。大丈夫です私。日曜日あいてます。」
「加藤君と何か予定を入れているのではない?」
「だ、大丈夫ですってば!ユキさん。」
サーシャは赤くなって否定した。
「加藤君は久しぶりにお家に(実家に)帰って、お父様やお母様に顔を見せに行くって言っていたもの。
ユキさんこそ大丈夫なんですか?私となんかデートしてたら叔父様すねるわよ。」
「うふふ。ご心配なく。古代君は火星に行くことになっているのよ。」

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缶飯(かんめし)・・・・・缶詰タイプの戦闘用糧食。23世紀に缶詰が生き残っているのかどうか不明ですが
              (たぶんレトルトパウチのようなものに変わってゆくのでは??)
              缶飯という言葉の響きが面白かったので登場させてみました。
              お赤飯やたくあん他色々と種類があるらしい。

カーキ色・・・・・・・・・・カーキ色はどんな色か、人によって認識は様々のようです。本来は少し茶の混じった黄色
             で、黄土色あたりをさすようなのですが、軍隊の緑色の事を連想する人も多いようです。
             軍隊の緑色は、色名辞典で調べたら根岸色あたりが近いかナァ〜と思うのですが
             根岸色と書いても色を想像しにくいので、ここではカーキ色としました。

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