poco  poco a poco

    双子4歳

「今日はやけにおとなしいね。」
ジョーはソファーで自分の隣に座る妻の
神妙なおももちの横顔を見ながらそう言った。
時計は夜の11時を回っていた。
双子はすやすや、気持ちのよい布団の中で寝息を立てて
いるし、イワンは夜の時間で、これまた籐の籠の中で
気持ちよさそうに眠っていた。博士は自室でなにやら
調べ物で忙しそうだった。
ジョーとフランソワーズはここのところ
一日の終わりに、静かなリビングで夫婦2人、
お茶など飲みながら、その日にあった事などを話したりして
くつろぐことが、習慣になっていた。
「ふぅー。ちょっと反省しているのよ 私。
あのね・・・・」
「うん・・・」


今日はフランソワーズにとって、まったくの厄日だった。
朝、ジョーを仕事に送り出した後からその不運は始まった。

雲は厚く垂れ込めていた。今にも雨が降ってきそうな空模様で、
降り出す前に、双子を幼稚園に連れて行きたかったのだが、
彼らはいつまでも、ぐずぐずと朝食をとっていた。
特にすばるは野菜サラダが食べられなくて、食事が進まなかった。
(一体誰に似たのかしら?野菜が嫌いで困ってしまうわ。
私も、ジョーも好きなのに・・・。博士の影響かしら・・・。)
あせる気持ちを抑えてフランソワーズはすばるに言った。
「ね、すぴかはもう終わったわよ。すばるも食べて。
幼稚園に遅れちゃうよ。ドレッシング、もっとかけようか??」
「やだ」
「すぴかみたいに、マヨネーズかけてみる?」
「やだ」
「じゃあどうすれば、食べるのかしらん??」
母の言葉のなかに、いらいらした、あるものを感じ取った
すばるは、まずい と思ったのだろうか、やっと
「お味噌つけて・・」と言った。
野菜サラダに味噌をつけて(!)
その中のきゅうりの薄切り3枚をなんとか
食べたところで、すばるの食事は終わった。

さぁ、これから出かけよう という時になって
意地悪なタイミングで雨が降り出してきた。
いつもなら、自転車の前と後ろに双子を乗せて
約1.3キロ離れた幼稚園に5分で行くところを
30分かけて歩いて行くハメになってしまった。
幼稚園までの道はいわゆる抜け道になっている為に
狭い道を結構車が走ってくる。
車がやってくるたびに、はじに寄らなくてはならないのだが
「ほら、2人とも車よ、はじに寄りなさい」
「「はぁ〜〜い」」
車をやり過ごしてほっとしていると、また新たに車がやってくる。
まっすぐ歩いているようで、歩いていない双子に
フランソワーズはまた声をかける。
「ほら、車・・・危ないから、はじに寄りなさいって言っているでしょ!!」
声もついつい大きくなってしまう。
「ねえ、ねえ、お母さん、端っこの壁にぴったんこ寄って、
あたしたちってヤモリみたいね〜〜〜」
呑気にすぴかが楽しそうに言った。
「わ〜〜いヤモリ、ヤモリ〜〜〜〜」
すばるも楽しそうである。
「そ、そうだね〜〜〜〜」
笑顔で双子に応えてみたものの
(あーーー、なんだか疲れる)フランソワーズは思った。
傘をさしているとはいえ、水がはねて足元はびしょびしょだった。
さらに、水溜りを見つけては、ぴちゃぴちゃやって遊んでいる双子に、
フランソワーズには永遠に幼稚園に辿りつけないように思えた。
やっとの思いで園に到着したと思ったら、最近はすっかり
そんな事は治まっていたというのに、「家に帰りた〜〜〜い」
とすばるが泣き出してしまった。
はぁ〜〜〜とため息をつきつつも、
「大丈夫ですよ」と言う笑顔の先生に、さっさとすばるを押し付けて
フランソワーズは幼稚園を後にした。
入園当初、母親と離れるのが嫌で泣く子供は結構いる。
すばるもそんな子供の一人だった。片割れのすぴかは
あっさりとしているというのに。
でも、フランソワーズは先生から聞いて知っていた。
自分の姿が見えなくなると、あきらめてしまうせいなのか、
けろっとして、すばるが遊んでいるという事を。
それでも、園に慣れるにつれ、そんな事は最近なかったというのに・・・。
(もしかして、園でなにか嫌なことでもあるのかしら。)
少し心配になったが、お迎えの時にでも、先生に聞いてみましょう
と気を取り直して、園を後にした。
家に戻ったフランソワーズは、やれやれ、と一息つくために、
お気に入りのダージリンでも入れようと思い、棚からキャニスターを取り出したが、
あろうことか切らしてしまっていて、中にはお茶の葉一枚も残っていなかった。
ストックも探してみたが、どこにもなかった。
どうして気がつかなかったのかしら、と自分の迂闊さを呪いながら
仕方無しに、緑茶を入れた。
もうそろそろ10時だし、博士にもお茶を・・と湯飲みに手を伸ばしたが
すべって床に落としてしまい、湯飲みは真っ二つに割れてしまった。

あぁ、博士のお気に入りの湯のみだったのに・・・・。
なんだか、今日はとってもツイていない気がする。
これから、納戸の整理をしたり、あさってメンテナンスのために
日本に訪れるピュンマの為に、少し彼の部屋の埃を払っておこう
と計画していたけれど、こんな日は何もしない方がいいのかもしれない。

そうよ、今日は何にもしないでのんびりしよう。

そう決め込んで、フランソワーズは
インテリア雑誌を片手にリビングのソファにごろんとなった。
が、今日は、なんとしても運命の女神は、
彼女の邪魔をしたいらしかった。

お昼はラーメンだったのだが、博士と2人
さぁ、頂きましょう!という時になって

ピンポーン

玄関のチャイムが鳴った。
フランソワーズが出てみると、そこに新聞の勧誘員が立っていた。
金髪碧眼のガイジンさんに、ちょっとひるんだ勧誘員だったが
「奥さんち、新聞ナニ?」
「○○新聞ですけど」
日本語で答えたフランソワーズにほっとした彼は
ずいずいと話を進めてきた。
「今度、契約切れたら、うちの△△新聞取ってくれない??
そしたら、朝刊だけの値段で、夕刊も毎日入れとくよ。
洗剤だって、こんなにオマケするからさぁ・・・。」
しまった!日本語ワカリマセ〜〜ン のフリをすれば良かった
とフランソワーズは思った。ここは、何とか切り抜けるしかない。
「スイマセン、ウチ、主人が○○新聞のファンなんです。
勝手に私が変えたらひどく怒られてしまうの。だから勘弁して・・・」
ウソである。○○新聞が、どの新聞よりも安いから取っているだけのことなのである。
ヨヨヨ・・・といかにも儚げに涙を見せたフランソワーズだったが、それで
引き下がる勧誘員ではなかった。
「ほかの奥さんもウチほどサービスいい所ないっていってるよ。
ね、どうだい??奥さん」
自分の演技が通用しないと悟ったフランソワーズは
目をキラリと光らせて、003の気持ちに切り替えた。
家計を預かる一家の主婦。どうしても新聞の値段は譲れないのであった。
「新聞は、内容で勝負するものでしょう?」
かなりな低い声に勧誘員はびびった。さすがは戦士003。
伊達に修羅場をかいくぐって来たわけではない。
「サービスがどうの じゃなくて、ウチは、内容が気に入って
○○新聞に決めてるの!」
彼女はぴしゃりとこう言い放って、有無を言わせなかった。
○○新聞を取っている本当の理由は、この際棚に上げる事にした。
「わかった??」
「は、はい!!」
「わかったら、さっさと帰って下さらない!?」
ラーメンのお預けを食らっているフランソワーズは
お腹がすいてキレる寸前だった。
彼女の勢いに押されて、勧誘員はあたふたと退散していった。
「もーーーしつこいったら・・・!あ、ラーメン!!」
ラーメンは完全にのびきっていた。というより麺が汁をたっぷり
吸いすぎるほど吸ってこれナニ?な状態になっていた。

やっぱり今日はツイてない・・・・。

そうこうしているうちに、双子のお迎えの時間が迫ってきた。
今朝はあんなに降っていたのに、今では
雨はすっかり上がって、薄日さえ射していたので
フランソワーズは自転車でお迎えに行くことにした。


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