反抗期       by瑞喜さん


「すぴか、もうかえろうよ。暗くなってきたよ」

すばるがわたしの上着のすそを握り締めて言う。
ここは、家の裏にある森の中。
だんだんお日様が海の向こうに消えていく…

「暗くなるまえにおうちに帰ってないと、お母さんにおこられるよ?」
何度も同じ事をいうすばるに、だんだん腹が立ってきた。

「すばるだけ、帰ればいいじゃない。
わたし、帰らないってきめたんだから」
そんなに引っ張ると背中がみえちゃうわ。
すばるの手を振り解いて、上着のすそを入れなおす。
「でも〜。だんだん暗くなってきたよ」
男の子のくせに。
ほんと、情けない声を出すんだから!
でも、わたしは平気。

「暗くっても、こわくないもん!」
「お化けがでちゃうよ」
すばるが、また、服の裾をしっかりと握り締め、姉の背中に体を寄せてきた。
すぴかは、その真剣な顔がおかしくって、思わず吹き出す。
「すばるったら。もう5歳なのに、そんなの信じているの!?
お化けなんか、いないのよ。そんなの作り話よ」
「でも、ほら、そこの木の陰に… なにかいるよ」
すばるが指差す先には、でこぼことした幹の太い大きな木があった。
夕暮れの日差しに森の木はだんだんと影を伸ばしていた。
風が出てきて葉っぱも、わさわさと揺れている。
いつも二人が遊ぶ家の裏の森。いつもは楽しい森がだんだんと別の表情を浮かべ始めた。

「なんにも、いないもん」
すぴかは口を尖らせて言いつつ… 語尾が震えているのは気のせいだろうか?
大きな眼が一点を凝視している。
(よく見ると、あの木のあそこのところに、なんか、動いているかも?
ううん。
お化けなんかいないの。寝ぼけた人が見間違えたの。
だって、今の時代に、お化けなんて…)
と、そのとき。
すばるが指差す木の陰から黒い影がこちらに飛び出してきた。
「きゃー!!」
すぴかはその場にしゃがみこんでしまった。

「にゃーお」
飛び出したのは、黒猫だった。
「あー、猫だ」
すばるがのんきに黒猫を抱こうとするのをみると、すぴかの表情がだんだん険しくなってきた。
「すばるは、お家に帰りなさい!」
そういうと、くるりと背を向けてどんどんと歩く。
(わたしを脅かした猫を可愛がるなんて… すばるの裏切り者!!)
「待ってよ、すぴか!」

「ただいまー」
ジョーが仕事から帰ってきたとき、そこはある種の修羅場だった。
「教えて! イワン」
「ボクガ オシエチャウ ト 双子ノ家出ノ意味ガ 無クナル ジャナイカ」
「でも、あなたは二人がどこにいるのか、わかっているんでしょ?」
「…」
「二人が怪我でもしたら大変じゃない!」
「ジャ、ドウシテ 怒ッタ ノ?」
「…だって、すぴかって最近、言うことが生意気なんだもの…」
どうやら、すぴかの言い方にフランはかっと怒ってしまったようだ。
男のボクには可愛くってしかたがない、すぴかの物言いが、同じ女性としてカンに触るということか。
「どうやら、決着がついたみたいだね」
「ジョー! いつからそこにいたの?」
フランソワーズは、頬を赤く染めてジョーを見た。
耳を強化したサイボークとはいえ普段からその全ての能力を使っているわけではない。
それに、万能でもない。
双子が今、森に迷い込んだ(本人たちは家出したと言い張るだろうが…)のに、
居場所がわからないのだ。
森にはあまりにも生き物が多く、また小さい二人の『ただの息遣い』だけではフ
ランソワーズも探しきれないのである。(意識を集中するには、二人のことが心
配過ぎる。それでも時間をかけて、探せば見つかるだろうが、今は『昼の時間』
でイワンが起きている。イワンに聞くほうが的確で早いから、尚更意識が集中できない)
「フランソワーズ。落ち着いて。もし、二人が泣いているんだったら、君はみつけれるだろう?
それに、危険が迫っているんだったら、イワンだってこんなに落ち着いてなんか
いないよ」
フランソワーズの表情が緩む。
「そ、そうよね。私ったら…」
ジョーはフランソワーズの肩を抱き、ソファーに座らせる。
「ジョー。種明カシヲ シチャ駄目 ジャナイカ。
最近ノ ふらんハ スピカニ 厳シイヨウ ダカラ 自覚ヲ モッテ モラオウト シテタノニ…」
そのイワンの言葉に、思い当たるようなないような…
フランソワーズは視線を漂わせ、ジョーを力なく見つめる。少し小首をかしげて問いかけるしぐさ。
ジョーは、フランソワーズの額にキスをしながら、軽く抱きしめその耳元に囁く。
「すぴかも反抗期なんだよ。奥様も育児でお疲れだから。
僕の仕事がヤマを超えるまで。それまでもう少し頑張って」
フランソワーズは、ジョーにいつのまにか抱きしめられていた。
その腕のなかでフランソワーズは、何かが溶けていくのを感じた。
「ええ。ええジョー。わたし、いいお母さんじゃ、なかったわ」

すぴかが、目を覚ますとそこはいつものベッド。
横を見るとすばるも一緒のベッドに眠っている。

──昨日夜、森の中に家出したのが夢だったのかしら?
勇ましく家を出たのに、結局怖くなって泣き出したんだっけ?
それも、すばるより先に!
普段、泣き虫な、すばるより先に泣いちゃうなんて… 恥ずかしいわ。

あれ? ここ、いつものベッドじゃ、ないわ。
わたしの横にはお母さんが。すばるの横にはお父さんが寝ている。
大好き。お母さん…

小さな声で「ごめんなさい」って言った。
「お母さんも、ごめんなさい。でも、もう二度とあんなことはしないでね」
お母さんは起きていた。
わたしの目をじっと見つめてそう言うとほっぺにキスをしてくれた。
「はい」
そうするとお母さんは、ぎゅって抱きしめてくれた。
よかった。お母さん、怒ってないんだ。──

安心した、すぴかはもう一度寝てしまった。

*おしまい*
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瑞喜さんより、かわいらしい島村さんち話を頂きました♪
瑞喜さんとはヤマトでのお付き合いですが、まさか009関連で頂き物とはっ!
と管理人はびっくり喜んでおります。
瑞喜さんありがとうございました。
2008/1/13

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