(4)


ヤマトの艦載機格納庫内は大騒ぎになっていた。
大勢の隊員達が言葉もなくただ一つの場所を囲んで、呆然と立ちつくしていた。
「どうしたんだ!!」
異変に気がついた四郎が、隊員達をかきわけ、かきわけ、前へと進み出ると、そこに・・・


真田澪が右腕に血をにじませて、倒れていた。ぴくりとも動かない。


彼女はなんの前触れもなく陽炎のように、格納庫に現れたかと思うと
崩れるようにして倒れこんでしまったのだった。

ニセ地球に澪が残ったことは四郎も聞いていた。帰りの探索艇に彼女の姿はなかった。
ヤマトが波動砲を撃ってデザリアムを破った時から四郎は澪がどうなってしまったのか気がかりでならなかった。
澪は、イカルスで一緒にヤマトの整備をした仲間であり、同じヤマトクルーの仲間であったから。
それに、四郎は澪からあるものを預かっていた。どうして自分なのか理解出来ないのだが、とにかく預かっているのだった。
それは一枚の楽譜だった。
探りを入れるために、古代たちが探索艇でニセ地球に降りる準備をしていた、わずかな時間の合間を縫って、澪が四郎の元へやってきた。
「加藤君、お願い。私がここへ帰ってくるまで、コレを預かってくれないかしら。」
澪はそう言って、丁寧に4っつに折りたたまれた一枚の紙を、四郎に渡した。
「これは私の大切なものなの。」
はっきり言って、澪の行動に四郎はびっくりした。

どうして自分なんだ?そんなに大切なものなら真田さんに預ければいいじゃないか

そう四郎は思った。
四郎にとって澪は、常に気にかかる存在ではあったが、そうかといって
ヤマトに乗艦してから、第一艦橋勤務の澪とはあまり接点がなく、特に親しいというわけではなかった。
時間がなかった。
どうして?と四郎が聞く間もなく、
「お願い・・・」と澪は言葉を残して出発してしまった。
帰ってこない澪。崩壊するデザリアム。
四郎が絶望的な思いにかられていた時に、この格納庫の騒ぎが起こったのだった。


「澪さん!!」
四郎は澪に駆け寄ると、すばやく脈の確認をする。
触った澪の体は冷たかったが、確かに鼓動があった。
「澪さん!!しっかり!誰か早く!佐渡先生を呼んでくれ!」
四郎は澪の冷たい手を握った。
「う・・・く・・・・お・・・」
苦しそうに、澪がうっすらと目を開けた。
「澪さん!今佐渡先生が来るから」
「こ・・こは・・・。お・・おにい・・ちゃま?」
四郎は、はっとした。
今澪は自分の事を「おにいちゃま」と呼ばなかったか?
突然、四郎の頭の中で、イカルスで出会った小さな澪と目の前の真田澪が一つにつながった。
理屈ではなかった。


真田澪〜古代サーシャ〜はその後、医務室で昏々と眠り続けた。右腕の傷はレーザーがかすったものだったが
大したことはなく、地球へ到着する頃には癒えるはずだった。
ただ、ずっと緊張が続いていたせいか、サーシャは酷く消耗していた。
念のため、2,3日入院という事になった。
眠っている間、サーシャは夢をみた。



サーシャ、サーシャ、私の可愛い娘・・・・

夢の中のその人は、長い髪とブルーの薄いドレスをなびかせて
サーシャを暖かいまなざしで見つめていた。

お母様・・・・

よく、がんばりましたね。私はあなたを誇りに思います。

お母様が、私をヤマトへ戻してくださったのですね?

いいえ。あなたに、生きたいという強い思いがなければ、あなたはヤマトへ帰る事は出来ませんでした。
カトウにあの楽譜を託したのはその思いがあってのことなのでしょう。
あなたは、未来を覗き見ることが出来ても、その未来は絶対ではないのですよ。
行きなさい。サーシャ、行くのです。アナタの未来にむかって。
生きなさい。それが母の願い・・・・・・。



サーシャは目を覚ました。
思えば、撃たれたと思ったのに、かすり傷で済んでいたのが不思議だった。

お母様・・・でもやっぱり私はお母様のお力があったからこそヤマトへ戻る事が出来たんだと思います。

今まで見ていた夢を思い出しながらサーシャは心の中で母に手を振った。
いつの間にかサーシャの頬に涙がつたっていた。





はたから見れば、サーシャが自分でテレポートして帰還できたという事になってしまうのだろう。しかし・・・
「加藤君。あのね、信じてもらえないかもしれないけど、
私、お母様に助けてもらって帰ることが出来たんだと思うの。うまく説明できないけれど。
夢を見たの お母様の。夢の中で、私に生きたいという強い思いがなければ、ヤマトへ帰る事は出来なかった
って言われたのだけれど、やっぱりお母様のお影だと思うの。」
「そうか・・・」
今では、真田からしっかり説明を受けて、サーシャのことを理解しているつもりの四郎だった。
自分達、地球人にはない、神秘的とでも言うべき力がイスカンダル人にはあるのだろう。
そんな力がサーシャを救ったのかもしれない と四郎なりに解釈した。
とにかく、サーシャはこうして自分の横で、地球の一角のちっぽけな公園のベンチに座っている。
それだけでいい と四郎は思った。






ヤマトの医務室でサーシャが目を覚ました後、四郎とサーシャの距離はなんとなく近くなった。
それは四郎が澪の事情を知り、一度偶然とはいえイカルスで小さな頃の澪と遊んでことで親近感を持ったからだったし、
またサーシャもあの時の「おにいちゃま」と気兼ねなく話せるのが嬉しかったからだった。
男兄弟の中で育った四郎にとってサーシャは、もし妹がいたら、こんな感じなのかなという感覚で新鮮だったし、
一人っ子のサーシャにとって四郎は、もし自分に兄がいたらこんな感じなのかしら と嬉しい存在だった。
真田も古代もサーシャの帰還後は保護者よろしくなにかと彼女に口やかましかった。
それは自分を愛してくれているからだとサーシャにはわかっていたが、少々辟易してしまっていた。
その点、身内でもなんでもない四郎は気軽だったし、四郎になら不思議と何でも話が出来るサーシャだった。
「私ね、加藤君とず〜〜っとこうしてお話がしたかったの。今まで本当の自分を隠していたでしょう。
私は、あの時の小さな澪よって、おにいちゃま、覚えてる?ってずっと言いたくても出来なくて我慢していたの。」
よくサーシャはそう四郎に話した。
サーシャとの事を、四郎は仲間からからかわれもしたし、時々、真田と古代に「娘は(姪は)お前にはもったいない」
と冗談交じりに、わけの分からない事を言われたりしたが、四郎はあまり気にしなかった。
何一つやましいことはなかったのだったから。





「そういえば、加藤君、今日はどうしてここに?今はまだ地下の本部に勤務なんじゃ・・・」
サーシャがふいに気がついたように四郎に言った。
「ああ、真田さんに用事だったんだ。新しいコスモタイガーについての。真田さんが色々と提案してくれていて
それに、俺たち現場の飛行機乗りの意見を聞きたいと真田さんが・・。で、その資料に色々と意見を添付して再び
真田さんに資料を送りかえさなくちゃならなかったんだ。」
「真田のお義父さまったら〜。もうそんな事をやっていたのね。ただでさえ他の事で忙しいのに・・。
なら、資料を送ればよかったのに。わざわざココまで出てこなくても・・忙しいんでしょ?」
「資料は口実。ココへ来れば君に逢えると思って・・。」
「え?」
「いや、あの、実はさ、コレを君に返してなかったなぁ〜って思って。」
そういって四郎は上着の内ポケットからあの楽譜を取り出した。
「あ・・・」
「楽譜を君に返したかったんだ。約束だっただろう。君が無事に帰ってくるまで預かるっていう。」
何故かずっと返しそびれていたあの楽譜。
四郎はサーシャの手に握らせた。
「ハイ、今返したよ。君はちゃんと帰ってきたんだから。」
「・・・・・あぁ・・・」
サーシャは感慨深げにその楽譜を眺めた。
それはあの、サーシャの最初作品の楽譜だった。
「ありがとう。今までこの楽譜を預かっていてくれて本当にありがとう。」
サーシャの目に涙が浮かんだ。
サーシャにとって、この楽譜は一種の賭けだった。
四郎に楽譜を預けることで、自分の未来を託したかった。
無事に戻って四郎から楽譜を受け取りたかった。
そんなことは絶対に無理だと思っていたのに、今こうして自分の手の中に楽譜がある。



あぁ、私は帰って来たんだ、地球に!!



「前から聞きたかったんだけど、どうして俺に楽譜を預けたんだい?大切なものなんだろう?」
潤んだ瞳のサーシャに少しあわてた四郎が、急いで言った。
「お義父さまに預けたら、私がデザリアムに残るっていう覚悟が悟られてしまうもの。
誰かに、私が生きていた証を持っていて欲しかった・・・・」
サーシャは目を細め、空の彼方を見つめた。
「そんな・・・・・」
「でも、私ちゃんと帰ってきたわ。」
「それで・・・それで俺?でもあの頃は君とはそんなに親しくなかったんだけどな・・」
「おにいちゃま だったからよ。」
優しく微笑みながら、サーシャは四郎を見た。
「へ?」
「あの頃の加藤君にとって私はただの同僚だったかもしれないけど、
私にとっては小さな頃から知っているおにいちゃまだったんですもの」
あの時の一緒に遊んだ思い出は、ずっと心の奥で輝いていたの
そういってサーシャはベンチから立ち上がると大きく伸びをした。
「あのさ、その楽譜の歌を歌ってくれないかな。君の声、聞きたいな・・」
「え?」
「ダメかな?」
う〜〜ん と考えてからサーシャは答えた。
「鼻歌は今日はもうおしまい。いつかまたね。」
「ちぇ、いつかかぁ〜〜」
さも残念そうに四郎がつぶやいた。
そんな四郎の様子がなんだかおかしくて、サーシャの口から思わず笑みがこぼれた。


ポツリ

大粒の雨が突然空から落ちてきた。
先ほどまで晴れていたというのに。
通り雨だった。

「いけない、澪ちゃん!早くビルの中へ!」
そう言って四郎はサーシャの手をつかんで走ろうとしたが
サーシャは動こうとしなかった。
「雨だわ!雨よ!!」
あっという間に乾いた大地は雨粒で覆われてしまった。
半月ぶりの雨だった。
そして、サーシャにとっては初めて触れる本格的な地球の雨だった。
「澪ちゃん!澪!濡れてしまう!」
四郎は大声で叫んだが、サーシャはかまわなかった。
「いいの!濡れたっていいの。お願いだからこのままでいさせて!」
そういって四郎に向けるサーシャの表情には、彼女を今まで取り巻いてきた苦悩を乗り越えた、きりりとした美しさがあった。
四郎の心の中で何かが動いた。

これからは、今までのように気軽に話せなくなってしまうかもしれないな

そう四郎は予感した。

ふふふ と笑いながらサーシャは土砂降りの雨のなか上を向いて立っていた。

「お母様、私は地球へ帰ってきました。」
サーシャは涙と雨でくしゃくしゃになりながら叫んでいた


「ただいま! ただいま地球!!」


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