夢のあとさき

               byめぼうき


それはりんごに似た樹木だった。延々と連なる木々は、長い間手入れをされて
いなかったせいで、幹や枝に蔦状の植物が絡みつき、根元は雑草で覆われて
いた。
空の樹 はそれでも豊かに空色の、りんごとは似ても似つかない小さな丸い実
を沢山実らせて、その果樹園に佇んでいた。
「きれいな青だな・・」
「ええ、きれいでしょう守。その青い色がこの樹の名前の由来なのよ。」
守とスターシアはビークルに乗り、西の地の果樹園を訪ねて少し遠出をしたの
だった。
二人の足元には、まるでサンザーの光を写し取ったような、木漏れ日を受けて
金色に光る小さな花がさざ波のように広がっていた。
果樹園の奥の方ほど、空の実の青が金色に覆いかぶさり、とけるように混じり
あい、果樹園には果てがないように感じられた。
「なんだか、夢の中にいるような景色だな・・・。俺は本当に、君と一緒に西の
果樹園にいるのか?この草むらに立っている感触は、感じる空気は本物なの
か?」
「おかしな守。ええ、ここは西の果樹園ですわ。」
「・・・・。」
「この金色の花は 金泡花 というのですけれど、この空の樹の下のように、少
し日陰で咲いているのが、一番生き生きしていますわね。宮殿の周りの丘にも
咲いていますけれど、何故か、さえぎるもののない日の光の下では地味な目
立たない花になってしまいますの。」
守は一つひとつ確かめるように、空の樹の木肌に触ったり、蔦の葉を手にとっ
たり、足元の金泡花に触れてみたりしながら、果樹園の奥へと進んでいった。
「あれは?」
二人の進む先に小さな一つの小さな家が建っていた。
「小屋?だよな。」
その小屋は円筒形で、天井はドーム状だった。小さな窓が三つ、劣化して砕け
てしまったのか、もともと入っていなかったのか、ガラスは入っていなかった。
出入り口にもドアも何も取りつけられていなかった。ひょっとすると、何かの仕
組みでドアは収納されていて、開け閉めが出来るようになっているのかもしれ
なかったが、今はぽっかりと縦長の長方形の口をあけているだけだった。
「たぶん、農機具をしまっておく小屋だと思うわ。作業の合間に休憩をとる場所
でもあったようです。」
「農機具・・・・。そうか、そうだよな、ここで人々が働いていたんだな。」
農機具・・・・この言葉を守は久しぶりに聞いたような気がした。しかも農作業と
はまったく縁のなさそうなスターシアの口からこの言葉を聞くのは、なんだかち
ぐはぐな感じがした。
小屋の中には守が見たことのない器具が仕舞われていた。収穫時に使うのだ
ろう、大きめの籠も小屋の隅に重ねられていた。器具も籠も長い間放置されて
いたせいで、どれも埃をかぶっていた。
小屋じたいは見たところ宮殿と同じような材質で出来ていて、堅牢で、朽ち果
てるということはなさそうだったが、周囲にはびこる生命力旺盛な植物が小屋
を覆い、一部は中にまで進入し、かなり荒れた様子をしていた。

  どんな人たちが働いていたのだろう。
  空の実の収穫時期は忙しかっただろうか?

小屋の中を見わたしながら、守は思った。

   さわわーーーー・・・・・

風が空の樹の葉をゆらした。
小屋の中を窓から窓へと風が通りぬけてゆく。
確かに、ここには多くの人間の営みがあった。
しかし、その人々はとうの昔にこの世を去ってしまった。
ただ彼らが確かに存在したという痕跡が静かに横たわっているだけだった。
守の胸がチクリと疼いた。
「どうしたの?守」
黙り込んでしまった夫の顔を心配そうにスターシアが覗き込んだ。
「あ・・・いや。ちょっと・・。」
「・・・・・・。」
「君は、その、さびしくはないかい?イスカンダル人は君一人になってしまっ
た・・。」
守は、本当は自分が寂しさを感じているのだったが、それを口にするのは女々
しいように思われ、ついスターシアにこう聞いてしまった。
「運命ですもの。受け入れるだけですわ。」
スターシアはほんのりと笑って守を見上げた。

  ああ・・・

守はスターシアの中に、決して折れることのない崇高な魂を感じ取った。
イスカンダル最後の女王スターシア。彼女の後ろには気が遠くなるほどのイス
カンダルの道のりが続いている。イスカンダルが丸ごと彼女に集約されている
のだ。そのイスカンダルの精神の前に、自分はなんと小さな存在なんだろう、
と守は少し恥ずかしくなった。
「ふふふ・・・ははは・・・・。」
自然と守の口から笑い声が飛び出した。
「守?」
「いや、ごめん。その、君に比べたら俺はなんてちっぽけなんだって思って。そ
したら笑えてね。」
「言っていることがわからないわ。黙り込んだり、笑ったり、へんな守ねぇ。それ
に、守は守、私は私ですもの。比べるなんておかしいわ。」
「そうだな・・・」
スターシアは守の胸に、自分の頭をぴたりとくっつけた。
「あのね・・・・守。」
「ん?」
「私、昔は一人になることがさびしいなんて思ったことがなかったの。それが当
たり前だと思っていたから。でも・・・」
「でも?」
「今は守が側にいる・・・。もしも守がいなくなったら、私・・・・さびし・・・・!」
スターシアは守に強く抱きしめられた。
「そうだね、俺も君がいなくなってしまったらさびしい。気が狂ってしまうかもし
れない。」




「それにしても、すごいな・・・。空の実が鈴なりだ。」
「ええ、本当に。人の手が入らなくなって随分たつのに。殆ど野生化して、実な
どつけても少ないと思っていましたわ。」
豊かに実っている空の実ではあったが、管理されていないために、熟しきって
落ちてしまった赤紫色のものが地面にいくつも転がっていた。
「この実から 空の雫 が作られるんだよな?」
「ええ。」
「じゃあ、コレ直接食べても大丈夫?」
「ええまぁ。あ、守、でもそれは・・・!!」
守はまだ若い緑がかった空色のきれいな実を一つもぐと、口の中へ放り込ん
だ。
「すっ・・・・・・・・!!!」
「ふふふふふふ・・・・・・・・」
スターシアが肩を震わせて笑った。
「す・・・スターシア〜〜〜」
「ふ・・・ふふふ・・・。それはまだ若い実だからよ。ほら、こっちの方がまだましか
もしれないわ・・・。」
といってスターシアは紺に近い青い実を守に一つとってわたした。
「んーーーーーー。さっきのよりは。でもそんなに甘くはないんだな。」
「ええ、ここの果樹園は、空の雫のためのものですから。空の実に甘さはあま
り必要ないの。その方が香りも味も奥の深い雫が出来るそうよ。」
「ってことは、逆に、ナマで食べるための空の実も作られていたのかい?」
「ええ。そちらは甘くて美味しかったわ。」
「ここにはないのかな?」
あまりに真剣に守が言うのでスターシアは再び笑い出した。
「ふ・・・・・ふふふふふ・・・・」
「そ、そんなにおかしいかい?」
守は幾分不機嫌になった。
「ご・・・ごめんなさい。だって守ったら・・・・。」
子供みたい、とスターシアは言おうとしたが、その言葉はかろうじて飲み込ん
だ。
「く・・・・くやしいじゃないか〜。さっきは飛び上がるぐらいすっぱかったんだ。」
「ごめんなさい。残念だけれど、この果樹園には甘い空の実はないわ。
さぁ、戻りましょう。御食事にしません?それで機嫌を直してくださいな。」
そう言うとスターシアは少し背伸びをして夫の頬にキスをした。






  そなた イスカンダルよ
  そなたには 空の青 と 陽光の金 をあげましょう
  これらを 地にひろげ 地に満ち
  愛し合い 生きてゆくのです


スターシアのよく通る声が、低く高く、果樹園の中をめぐった。

「何か物語を聞かせてくれないかな・・・」
食事の後、守はスターシアに歌をせがんだ。
スターシアはビークルから箱を一つ降ろすと、中からハープにも似た楽器を取
り出した。それはきれいな楕円形を半分に切った形の胴に弦が3本張ってあ
り、スターシアの腕にすっぽりと収まるぐらいの大きさだった。スターシアは楽
器に取り付けられている小さなネジをまわして調弦をすると、白い華奢な手で
ピィーーーーーーーーーン
と弦をはじいた。
夕ぐれ時、まっさきにひときわ輝く星のように、清らかでまっすぐな音色だっ
た。


  大地がふたつに別れるとき
  母なるサンザーは告げられました
  そなた イスカンダルよ
  そなたには 空の青 と 陽光の金 をあげましょう
  これらを 地にひろげ 地に満ち
  愛し合い 生きてゆくのです
  その時から
  木々には青の実が生り
  地には金の花が散らばるのです


スターシアは弦をたくみに指で押さえて音を奏で、自ら発する声をその音に
乗せて一つの物語を紡ぎだしていった。まるで物語に酔いしれてでもいるかの
ように、金泡花がかすかに震えた。
果樹園に広がる青と金。
この夢のような光景の中で守は心に強く誓った。

ここでイスカンダルを途絶えさせてはならない。
イスカンダルそのもののようなスターシアを、その精神(こころ)を、そしてこの
イスカンダルで、確かに人々の営みがあったことを、宇宙の記憶に残し、伝え
ていかねばならない と。


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陛下が歌っている歌は
ばちるどさん作詩です。



2012.9.18

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