小さな幸せ大きな手



  あら、なんだかいい匂い・・・・パンケーキの焼ける匂い・・・・

スターシアはぼんやりとした頭で甘い香りを感じた。
託児所の仕事から帰ってきてリビングのソファで一休みしているうちにどうやら眠ってしまったらしい。

  う〜〜ん、なんだかお腹がすいてきたわね・・・・
  え?
  そう、パンケーキ、パンケーキなのよ!

スターシアはがばっと跳ね起きた。
カーテンが開けっ放しになっている窓の外では木枯らしが吹き、ガラスがカタカタと音を立てていた。
官舎の敷地内の街灯が ポツン ポツン と灯っているのが見えた。

  はぁ〜随分と長いこと眠ってしまったのね。あら?

スターシアは自分の足元に毛布がずり落ちているのに気が付いた。

  ??どうして?私自分で掛けたのかしら?

夫の守は出張中で家にはいないし、娘のサーシアも今日は仕事のあとどこぞへ寄るとかで帰りは遅くなると言っていた。
だから今家にはスターシア一人しかいないはずなのだが・・・・
スターシアが頭を巡らすと、対面式キッチンの煌々とした明りの元、デニムのエプロンをつけた陽気な後姿が目に飛び込んできた。

「え!えーーーーーーーーー!どうしてっ??」
「やぁ」
「守!」

スターシアはびっくりしてしばらくその場でぼーーーっと固まってしまった。
守は向かっていたコンロの火を止めると、彼女の側までやってきた。
「びっくりしたかい?」
「え、ええ。だって守はお仕事で、帰ってくるのは明日のはず・・・」
「うん、うん、」
守はにこにこしながら、まだぼんやりとしているスターシアを覗きこんだ。
そしてゆっくりと抱き寄せるとこう言った。
「ただいま。」
守の大きな手の感触でようやくスターシアの目が覚めた。
「お帰りなさい、守。でもどうして?」
「フフフ・・・・・。そうそう、君にお土産」
と守が言ったので彼が指差した先にスターシアが目を向けると、テーブルの上にミカンが山盛りになっていた。
「まぁ、まぁ!」
「君、好きだろう?」
「ええ、ええ大好き。ありがとう。」
「さて、残りを焼いてしまわないと」
「そういえば・・・・パンケーキよねぇ、どうして守が焼いているの?」
「・・・・。たまにはいいだろう?そうだ、もう夕飯は出来てるから君はもう少しゆっくりしてて。」
「えええ?もう出来てるって?」
「今日はひっさびさ〜〜に腕を振るったぞ〜」
「あの〜〜〜〜守?守????」
この状況を今一つ呑み込めていないスターシアをよそに、守は鼻歌交じりでいそいそとパンケーキを焼き上げていった。
「はぁ・・・まぁ何を聞いても今は無駄のようね。守の言葉に甘えて少しゆっくりさせてもらいましょうか」
やがて
「ただいまぁ〜〜〜」
明るい声が玄関から聞こえてきた。
「サーシアだわ、サーシア、随分はやかったのね」
「ええお母様、ただいま〜〜〜、あ、お父様も ただいま〜〜〜」
「なんだ、サーシア、俺はつけたしかいっ」
「ほほほほほ。ごめんなさいお父様。でも今日は・・・」
なにやら言いかけた娘に向かって守は目配せした。
「あっ・・・。」
その守のしぐさでサーシアは続きをしゃべるのをやめた。そのかわり
「お父様、用意はばっちりよ。」
と言って持っていた大きな紙の袋を持ち上げて見せた。
「そうかっ。ま、こっちの状況は予想通りってことだな。」
「・・・・・。やっぱり」
「まぁまぁ、なあに、二人とも」
ますます訳がわからないと言った表情を浮かべているスターシアを見て
守もサーシアもにやりとして顔を見合わせた。



「よしっ全部焼いたぞ。あとは頼むサーシア」
「わかったわ。」
サーシアはすばやくエプロンをつけると、守と交代でキッチンに入っていった。
「さぁ、スターシア、ほんのちょっとの間、寝室で待っていてくれないか?」
「まぁ、どうして」
「最後の仕上げをするのさ」
「何の?私がここにいてはだめなの?」
「ん〜〜〜〜〜、今はヒミツ ということで」
「・・・・・わかりました、言う通りにしますわ。」
「お願いします。」



言われるまま、スターシアは寝室に入りベッドに腰かけてじっとしていたが
なんだか落ち着かなかった。

  守もサーシアもおかしいわね。
  なにをかくしているのかしら?
  まぁいいわ、二人ともにこにこ顔ですものね。
  ふふふ・・・・・


やがて こつこつ と寝室のドアが鳴った。
「どうぞ」
「陛下、お迎えにあがりました」
といって守がドアを開けてスターシアに手を差し伸べた。



「まあ!」
スターシアが通されたリビングに入ってゆくと、テーブルの上の先ほどのみかんの山の隣に白い小さな花を沢山束ねた大きなブーケが置かれていた。
「イスカンダルブルー!」
「スターシア、それは俺とサーシアから君へのプレゼントだよ」
「え?」
「お母様のお誕生日プレゼントよ」
そう言ってサーシアがパンケーキがのった大皿を持ってキッチンから出てきた。
「ハッピーバースデー スターシア」
守がイスカンダルブルーの花束をスターシアにわたした。

「・・・・・・!!」

スターシアは目を丸くした。
「さあさあお母様席について。」
「どうぞ」
守がイスを引いた。
スターシアが腰かけると、サーシアがテーブルの上に大皿を置いた。
大皿の上のパンケーキは数枚積み重ねられていて、上からゆるく泡立てられたクリームがかけられていた。
その白いクリームの上に細いリボンのようなチョコレートソースがかかり、カットされた真っ赤な苺がちりばめられていた。
「あの、あの、ありがとう。でも、わたくし、今日でしたか?」
「あーーーやっぱりお母様、忘れていらっしゃったのね。」
「ははは〜〜〜〜、戸籍を作った時、今日が誕生日ということになったんだよ、スターシア。」
「そう・・・・そうでした!すっかり忘れていたわ。」
「去年もお祝いしたのに、お母様ったら〜〜〜」
「まったく君らしいや。俺たちのことはよく気が付くのに・・・な。でもそんな君が好きなんだ」
そう言って守はスターシアを包み込むようにして後ろから抱きしめた。
はぁ〜〜〜、またですか、よーーやるわ
と娘のサーシアは両親の姿を見て肩をすくめた。
「さぁさぁ、お母様もお父様もそのぐらいにして。」
スターシアの顔は真っ赤なった。
守はまったく問題ないといった感じでますますスターシアをぎゅっと抱きしめるのだった。
「あーーはいはい、ごちそうさま。ささ、お母様ろうそくに火をつけるわよ。」
ケーキの上で10本のろうそくが輝いた。
古代家では年齢に関係なくみばえがする本数だけろうそくをたてることにしていた。
何故なら古代家には年齢に関して他の家庭では絶対にありえない事情があるからだった。
娘サーシアは地球生まれなので生年月日ははっきりしている。
しかし、ろうそくをたてようとすると数は10本にも満たない。見た目20代であるのにもかかわらず。
スターシアの場合も、戸籍を作る時にイスカンダル暦を考慮して生年月日を一応設定したが、
地球式に年齢を数えると見た目の年齢と著しく差が生じるのだった。
いろいろと面倒なので3人は話し合って 10本 と決めてしまったのだ。

ふーーーー

っとスターシアが息をふきかけるとろうそくの炎がかき消された。

「わぁ〜〜〜〜!おめでとうお母様」
「おめでとうスターシア!」
「ふふふ、ありがとう。ちょっとびっくりしたけどとっても嬉しいわ。」



テーブルには おでん に ポテトサラダ チーズやミニトマト、ハムをのせたオードブル バジル風味のパスタといったちょっとばかり妙な取り合わせの料理が所狭しと並んだ。
「うふふ〜〜〜おでんは私の大好物よ。守、よく作ってくださったわね。」
スターシアは満足そうに 大根 を味わっていた。
「あーーー実はな、千代さん作なんだ。君の誕生日のことを話したら、何か作って下さるっていうんだよ。受け取りにこいと連絡もらったから仕事帰りに千代さんちに寄ったら鍋渡されてね。なんだと思ったら おでん だって、君の好物だから是非たべさせてやってくれと。」
「まぁ、守がお鍋を下げてきたのね。」
「そういうことさ。」
「千代さん・・・ありがとうございます。とても美味しいです。ポテトサラダはいつかの忘年会の時と同じ味ね。これは守が作ったのね。」
「オードブルとケーキの飾りつけは私が担当したのよ。あ、パスタもお父様作よ、食べてみてお母様」
「まぁサーシア、ありがとう。美味しそうね。」
近頃では野菜など 本物 もだいぶ出回るようになってきたが、まだまだ合成モノの食品が幅を利かせていた。
それでも一昨年より昨年、昨年より今年 の方が状況は確実によくなってきていた。
「守もサーシアもすごいわぁ〜。とても美味しいわ。」
食事の最後、サーシアがケーキを切り分けた。
チョコレート好きなスターシアは再び感激しつつ、ケーキをじっくりと味わった。



「また香りをかいでいるの?」
風呂上がり、タオルでアタマをがしがしやりながら、寝室で花瓶に生けたイスカンダルブルーの花に顔を寄せている妻を見て守が言った。
「ええ、だってとても嬉しいんですもの。でもこの時期こんなに沢山イスカンダルブルーを集めるのは大変だったでしょう?
花の時期はとっくに過ぎているし、お花屋さんにもならんでいないもの」
「あは、実はな、植物園の園長がわけてくれたのさ。あそこには温室があるだろう?」
「あの種苗会社の植物園ね」
「そうさ、わけを話したら女王陛下によろこんで と。」
「まぁ・・・。」
スターシアは愛おしそうにイスカンダルブルーを眺めた。
「そういえば、守はどうして今日・・・・お仕事が予定より早く終わったの?」
「ははは、実はな、君には内緒にしてたんだが、本当は仕事は今日までだったんだ。ちょっとびっくりさせたくて。
サーシアと打ち合わせをして、いろいろと用意したってわけさ。
君は自分の誕生日を忘れているようだったから、やりやすかったぞ。」
「まぁ、そういうことだったのね。どうも、その、つい忘れてしまうの。」
守は知っていた。地球とイスカンダルとでは年月の呼び方が違う、気候も違う。
だから彼女は地球での自分の誕生日になじめないでいるのだと。
「いいさ、君が忘れていても俺が覚えているから。
ところで、本当のところ君はいったい何歳になったんだろうね?
イスカンダル暦を照らし合わせて決めたことにはなっているが・・・・」
「うふふふふ・・・・そうねぇ、わたくし地球ではおばあさんなのかもしれませんわ。」
「えっ!そうなのか??」
「ふふふふ・・・・ウソです。守、あのね、守、わたくしはアナタよりも2歳年下のスターシアでよいのです。」
「スターシア・・・・そうだな、そうだったな。ありがとうスターシア。」
「え?」
「君がこうして今ここに、俺のそばにいるだけでいいんだ。」
守はスターシアを強く抱きしめた。
「守・・・。」

  わたくしもやっぱりアナタが側にいるだけでいいの

スターシアの心は守の暖かな大きな手の中にすっぽりと収まった。

2015.12.14

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