※このお話は 相棒 を先にお読みくださるとよりわかりやすいと思います。

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思い出は彼方から
             byめぼうき



「はぁ・・・さっきと同じ場所に出てしまったわ。もしかして迷ってしまったかしら?」
スターシアは自分が今いる場所を見わたすと、ため息を一つついた。




「ああ、気持ちがいいわね〜」
干した布団を取り込むためにベランダに出たスターシアは、幾分濃さを増した
真っ青な空を見上げた。
「秋の空・・・ね。」
スターシアが地球で家族と暮らすようになって何年になるだろう。
空の色、風の向き・・・そういったことで、スターシアは地球の巡る季節を感じ取
ることが出来るようになっていた。家事をこなし、仕事をし、時に要請があれば
公式行事に出席し、それなりに日々忙しく、今ではすっかり地球市民の一人と
して生活しているスターシアだった。失った故郷のことは一日たりとも忘れたこ
とはなかった彼女だったが、それでもかの地で暮らしていた頃のことが、最近
ではもう随分と…何十年も前のことのように感じられることが度々あった。

   それだけ地球での生活が長くなったというわけね。

スターシアは少しの胸の痛みとともに、故郷の青く美しい星を想ったが、目の
前の布団を見て、すぐに現実に戻った。
「おひさまの匂いって最高だわ。今日も気持ちよく眠れそうね。お布団を取り込
んだら、買い物に・・・・ついでにその辺を探検したいわね。」




時間があると、スターシアは自分が住む街のあちこちを歩いて回っていた。
主に大きな通りから一歩引っ込んだ、狭い路地を歩くのが好きだった。
そういった場所にこそ、地球人達の何気ない日常が垣間見え、スターシアにと
って興味深い発見があるからだった。

  そう、今日はあのお花屋さんの角を入ってみましょう。あの先はどうなってい
  て、どこに繋がっているのか、前から気になっていたのよ。

以前よりだいぶ短く切りそろえた髪を後ろでひとくくりにし、一番ラクに歩ける、
お気に入りのスニーカーを履いて、スターシアは自宅を後にした。



住人が大切に育てているのだろう、みずみずしい緑のプランターが玄関先に置
かれている家、道端に咲いている小さな雑草の花、表通りの華やかな高くそび
えるビルの陰に負けまいとするかのように、家の屋上にはためいている洗濯
物。その路地には雑多な風景が続いていた。

  ああ、一度地上から生きとし生けるものがいっさいなくなったというのに、
  地球は…、今この地上に息づいているものはなんてたくましいんだろう…。

スターシアは、更に路地の奥へ、奥へ と足を進めていった。
だいぶ歩き進んだところで行き止まりになった。
「ああ、残念、どこかと繋がっているかと思ったのだけれど。」
スターシアは今来た道を、脇道がある場所まで引き返した。
「たぶん、この脇を行けば、大きな通りに出るハズよ・・・。路地は大通りとほぼ
平行して続いているはずだから・・・。」
ところが、行けども行けども大通りには出なかった。
やっと、幾分開けたところに出たと思ったら、そこはスターシアのまったく知らな
い場所だった。
「ここはどのあたりなんでしょうね。」
スターシアが今いる場所は小さな小さな公園で、ブランコが一つ、ぽつんと立っ
ていた。公園に人気(ひとけ)はなく、周囲には背の低い雑居ビルや家々が立
ち並んでいた。街の 音 がかすかにスターシアの耳に届いた。
「大通りからは随分離れてしまったんだわ。でもどうして?仕方がないわ、引き
返しましょう。」
後になってわかった事だったが、スターシアが大通りと平行してのびていると思
い込んでいた路地は、実は幾分ナナメに、街のはずれの方へと延びていたた
めに、歩けば歩くほど、大通りから離れることになってしまったのだった。
スターシアは先ほど、自分が脇に入った地点まで戻るつもりで、ずんずんと歩
いたが、どうしたわけか、いつまでたっても目標とする場所にたどり着けなかっ
た。それどころか、先ほどの小さな公園に何故か戻ってしまった。
「はぁ・・・さっきと同じ場所に出てしまったわ。もしかして迷ってしまったかしら?」
スターシアは自分が今いる場所を見わたすと、ため息を一つついた。

   にゃぁ・・・・・・・

すーーーっと公園の端っこを毛足の長い茶色の猫が現れた。
彼 ―スターシアはその猫を 彼 だと思った― は、たてがみのような毛を優
雅にゆらしながら公園をゆったりと横切っていった。
「まって・・・!」
スターシアは思わず猫に向かって声をかけてしまった。
すると、わかったのだろうか、その茶色い猫は立ち止まり、スターシアの方を向
いた。
そして に っと笑った ように見えた。
「え?」
猫はスターシアに近寄ると、彼女の足元を甘えるようにぐるりと一周した。
それから、とことこと公園の端っこまで行くと、スターシアを振り返った。
   にゃぁ〜〜〜おぅ
一声なくと、猫はある方向へ向かって歩き出した。
が、数歩歩くとまたスターシアの方を振り返って
   にゃぁ〜〜〜おぅ
とないた。
「ついて来いってことなの?」
   にゃ〜〜〜(そう、そう)
何故か猫が頷いているように見えたので、スターシアは彼のあとをついて行く
ことにした。


家どうしがせまっている隙間のような道を、縫うように猫はすたすたとスターシ
アの前を歩いてゆく。あとに続くスターシアは猫のペースについてゆくのに必死
だった。
「ねぇアナタ、速いのねぇ。あのぅ、もう少しゆっくり歩いていただけませんか?
お願いします。」
スターシアの言葉を聞いているのかいないのか、猫はスターシアを無視するよ
うにずんずんと歩いてゆく。そして、ひょいっと民家の塀の上にあがると、軽々
と走るように塀を伝っていった。
「あ・・!まって、まって・・・・・・・!」
スターシアは小走りに猫を追いかけたが、猫はどんどん先に行ってしまい、とう
とう見失ってしまった。
「はぁ・・・・・・。」
肩で息をしながら、スターシアは立ち止まった。
「仕方がないわね。とりあえずこの道をゆきましょう。」
再びスターシアは歩き始めた。
すると道の前方から走り去った猫が、スターシアの方へとことこと戻ってきた。
とろくさいぞ、お前
とでも言っているかのように
    にゃぁ
とないた。
「私が遅いから戻ってきてくれたの?ごめんなさい。アナタは塀の上を歩けるけ
れど、私には無理なんですもの。」
猫は つんっ とアタマを上げると再びスターシアの前を歩き出した。
そのどこか威張ったようなしぐさを見て、スターシアはある生き物、いや、ある
大切な友人を思い出した。
「*〇жкЯ・・・・」
猫は相変わらずスターシアの前を黙々と歩いている。
「ねぇ、アナタ、*〇жкЯに似てるわ。思い出しちゃった…。*〇жкЯっていう
のはね、イスカンダルで暮らしていた頃の私の友人なの。アナタとそっくりな姿
をしていたわ。今はイスカンダルと共に眠っているの。イスカンダルっていうのは
私の故郷なのだけれど・・・・・。わからないわよねぇ・・・・。」
スターシアの言っていることを、聞いているのか聞いていないのか、猫は振り
返りもせず、ただひたすら歩いていたが、あるところで突然立ち止まった。そし
てスターシアの方を向くと、足をそろえて座った。

   女王陛下、いえ、懐かしい姫君。姫君は相変わらず好奇心旺盛ですなぁ。

と猫がしゃべった。いや、スターシアの頭の中に語りかけてきた。
「ええ…!」
スターシアはびっくりして、猫をまじまじと見つめた。
猫はさらに続けた。

   お変わりないご様子、わたくしは安心しました。
   姫君は今、お幸せでしょうか?
   失礼をしました、聞くまでもありませんでしたね。
   あの夫君がご一緒なのですから・・・。
   
「*〇жкЯ26世・・・・・!」
スターシアは猫に語りかけたが

    にゃぁ〜〜〜〜・・・・・

猫は、もうそのへんの普通の猫にもどっていて、ただないているだけだった。
あの頭の中に響いてきた声はなんだったのだろう?
スターシアはキツネにつままれたような思いがした。

   にゃぁ〜〜〜〜〜・・・・・

猫は再び一声なくと、さーーーっと道の前方へと走り去った。
「*〇жкЯ26世・・・・・」
スターシアは不思議な気持ちで、猫の去っていった方向を見つめ、ただただ立
ちつくしていた。


「スターシアじゃないか。」
声がしたので、スターシアは我にかえった。
猫が去った方向から、夫の守が現れた。
「ああ、守!」
スターシアは夫に駆け寄った。
「今日は珍しく定時にあがれたんだ。ここで君に会うなんて、買い物?」
守にそう言われてはっとしたスターシアは、あたりを見回した。
いつの間にか彼女は、よく知っている大きな通りに出ていた。
「え???ええ〜〜〜〜〜〜???」
「どうかした?大丈夫か?君。」
一つ深呼吸をして気分を落ち着かせると、スターシアは守に言った。
「あのね、私、さっき彼に会ったの。」
「彼?誰のことだい?」
「あなたと私の大切な友人よ。*〇жкЯ26世。」
「!?」
守はスターシアが何を言っているのかわからなかった。
「ううん・・・・*〇жкЯ26世によ〜〜く似た猫に会ったの。あんまり似ていたか
ら*〇жкЯ26世を思い出しちゃったわ。」
「そうか・・・・懐かしいなぁ。」
「今日はね、面白くて不思議なことがあったのよ。あとで詳しくお話するわね。」
「うん・・・。そうだ、ほら、お土産、茹で栗。俺たちの好物、だろ?」
守は手にさげていた袋をスターシアに見せた。
「まぁ・・・!」
「そしてアイツの好物・・・・。すごい偶然だよな。帰りに南町に寄ったら八百屋に
これが並んでた。そこで買ったんだ。アイツ好きだったよな、ククルの実がさ。」
「ええ、ええ。」
「自分のことを忘れないでくれ・・・・てことなのかな。あは・・・忘れたことはない
んだがな。いや、いろいろあったからな、ちょっとは忘れていたかも。すまん、茶
モフ。」
「まぁ、守ったら・・・。」
夫婦はかの青い星で共に過ごした気高い友人を思い出し、懐かしさで胸がい
っぱいになった。
「お父様〜〜お母様〜〜〜〜!」
通りの向こう側から声がした。二人が声の方向へ視線をむけると、そこにサー
シアがにこにこと手を振って立っていた。
横断歩道の信号が青になるとサーシアは二人の方へと渡ってやってきた。
「こ〜〜ら、走るな!」
「あぶないわよ、サーシア。あわてなくていいのよ。」
二人はひやひやしながらサーシアを見守った。
「あら、走ってなんかいないわよ、お父様、大丈夫よ。」
サーシアはあっけらかんとしていたが、
「大丈夫じゃありません。転んだらどうするんです。」
スターシアも守も気が気ではなかった。
「ふふふ、今ね、病院の帰りなの。順調ですって。」
サーシアはまだそんなに目立たないお腹に手を当てて、微笑んだ。
「そう、よかったわ〜。」
「あのね、これ買ってきたの。みんなで食べようと思って。私たちコレ大好きでしょ?」
サーシアは手に提げている袋を両親に見せた。
守がさげているのと同じ袋だった。
スターシアと守は顔を見合わせて ぷ っと笑った。
「なぁに〜〜?お父様もお母様もどうしたの?」
「実はな、お父様もサーシアと同じものを買ってきたのさ。」
「まぁ!」
「それでね、この茹で栗と同じような木の実が好きだった私たちの友人のこと
を、お父様と一緒に思い出していたところだったのよ。」
「どんな人?」
「それはねえ・・・・・。」
「これからウチに来るか?話してやるぞ、そいつのこと。」
「守・・・サーシアはこれから帰らなくちゃならないし、忙しいのよ。」
「大丈夫よ、お母様!私は話が聞きたい!」
「四郎さんはいいの?」
「今日は仕事で帰ってこないのよ。ね、ね、お母様、今晩泊まってもいい?ゆっ
くりするつもりで栗を買ってきたの。それからお母様のお料理、食べたいなぁ〜。」
「まぁ、まぁ」
「こいつ〜〜〜」
あははは と3人の親子は笑った。



あの猫は・・・・地球の、どこにでもいる普通の猫だったけれど、その猫の姿を借
りた*〇жкЯ26世だったにちがいない。
はるばる時空を超えて、私を心配して尋ねてやってきたに違いない、
とスターシアは思った。

   *〇жкЯ、
   あなたが眠りについてから、色々なことがあったけれど、
   わたくしは地球で家族と共に元気に暮らしています。
   ねぇ、わたくし、もうすぐおばあちゃんになるのです。
   信じられないでしょう?
   イスカンダルはこれからも続いてゆくのです。

スターシアの脳裏に、ちょっと威張ったような、ピンと胸をはって歩く*〇жкЯ
26世の姿が、ありありと浮かんだ。

   ああ、懐かしい*〇жкЯ26世
   わたくしは幸せです。



2013,9,22

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