想い

ふと目が覚めた。
まだあたりは暗かった。
なんだかぐるぐるととりとめもない夢を見ていた気がする。

気持ちが高ぶっているんだわ

隣に寝ている夫を起こさぬように
そっと彼女はベッドを抜け出した。
はだしの足の裏に伝わる床の感触は
ひんやりとしてなんだか気持がちいい。
廊下を抜けてキッチンへ。
青い栓は水…
赤い栓はお湯…
確か青い栓は右側だった・・
カウンターに伏せてあったグラスを手にとり
右側の栓にかざすと水がグラスを満たしてゆく。
照明をつけない室内は
月明かりが窓から差し込んで意外に明るく青白く
しん・・とした静けさは
彼女に故郷のことを思い起こさせた。
水を一口飲むと
彼女はスツールに腰を降ろした。

・・・・・・・
・・・・・・・

低く小さく彼女は故郷の古くから伝わる歌を口ずさんだ。
たった数週間前のことが何十年も前のことのように感じられる。
夫は暖かなキスを自分に沢山贈ってくれたけれど
初めて眠るベッドはどこか馴染めなかった。

人口が大幅に減ってしまったとはいえ
この惑星の人たちの生命力あふれる意識には圧倒されてしまう。
嵐のような日々が過ぎて
昨日初めてたどり着いたいた家。
あんなに周囲が騒がしかったのに
突然また二人きりになった
この家に。

私、本当に来てしまったんだわ。

改めて彼女は思った。
あのころと同じように
この静かな家の中にあの人と二人きりなのに
やはりあのころとは違う。
それは聞こえない波の音のせいばかりではなかった。


「灯りもつけないで、何をしているんですか?奥様?」
不意に声がしたので振り返るとキッチンの入り口に彼女の夫が立っていた。
「あなた・・」
ほら、冷えるよ、っと彼は彼女の肩にガウンをそっとかけた。
「ごめんなさい。起こしてしまったわね。」
「いや、いいんだ。実は俺も眠れなかったんだよ。」
「そう・・?」
彼はスツールを持ってくると彼女の隣に座った。
「君、もしかして裸足?」
「ええ」
「冷えたらどうするんだい。大事な体なのに。」
「あの星では私よく裸足でいたもの、その癖ね。
床が冷たくて気持ちがよかったの。ごめんなさい。」
「・・・・。思い出した?」
「ええ、少し。まだ信じられなくて・・。わかってはいるのよ。そのうち慣れるわ。」
「・・・・」
「ねぇ」
「・・?」
「私を抱きしめて、それから頭をなでて頂戴、地球式に。私、よい子で頑張っていると思うのよ。」
「・・・ふふっ それって君、子供にしてやるものだよ。話さなかったっけ?」
「いいの。お願いします。」
「仕方のない奥様ですね。そう確かに君はよい子でがんばってます。」
彼は彼女をそっと抱きしめ、彼女の髪を愛おしそうになでた。
二人はしばらくそのままでいたが
おもむろに彼が口を開いた。
「なぁ、きっとこれからいろんなことがあると思う。
間違いなく今までよりも回りはうるさくなるし
ここには君の好きになれない人もいる、たぶん。
まぁそれは俺もだけど・・。」
いったん言葉を止めてからまた彼はしゃべり始めた。
「それでも、この惑星で、俺と一緒に生きてくれるかい?スターシア。」
「まぁ、急にあらたまって、おかしな守。私達は夫婦でしょう。
それに私はとうに気持ちを決めてます。
それはあなたもわかっているでしょう?」
「スターシア・・・。」
「守・・」
彼はいっそう彼女を強く抱きしめると
そっと彼女の唇にキスをした。
いつの間にかあたりが白んで
強く明るい光が窓から差し込んできた。
「まぁ」
彼女が窓辺に駆け寄ると
外は深いブルーから明るいオレンジ色の美しいグラデーションで
雲はばら色に染まっていた。
「綺麗・・・」
彼は彼女を抱き寄せ
彼女は彼に胸に頭をもたせかけた。
彼の手のぬくもりが彼女に伝わってくる。

私は大丈夫、この手がある限り。

急に彼の腕が重くなった。
彼女を落とすまいと彼は腕に力を入れた。
「スターシア・・?」
彼が彼女を見下ろすと
彼女はすっかり安心した様子で静かな寝息をたてていた。

おしまい

2010.12.14

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