ネギと生姜のお粥




・・・・守・・・・

古代守は思わず見ていた手元の資料から顔を上げた。
会議室内はある意味熱気を帯びていた。 みな難しい顔をして議論をしているのだが この会議を早く終わらせたい気持ちはみえみえだった。 なぜなら仕事が終わった後、司令部あげての飲み会(新年会)が待っているからだった。
飲み会。
それはドンちゃん騒ぎが出来る日。
特に今回は何故か司令部と総務部合同新年会のため みんなの気合の入りようは相当なものだった。
出会いがあるようでない若者諸氏にとっては殆ど合コンのノリだった。
守のような既婚者にとっては、飲んで食べて盛りあがれればそれでよし。
とにかく日々みんな忙しすぎるので、何かぱぁっとしたことがやりたいのだった。 (当直に当たった者は影でくやし涙を流していた。)

この調子でいつも会議がすぱすぱと終わればよいのだがな・・・・ 平和だな・・・

守は軽くため息をつきつつ 先ほどの 声 を気にしていた。
ここにいるはずのない妻の声が聞こえた気がしたからだった。

「古代参謀、どうかされましたか?」
会議が終わり、みんながうきうきと会場を後にする中 一人の部下が守に声をかけてきた。
「何か、気になることでも?」
どうやら彼は会議中、守の表情が急に変わったことを気にかけているようだった。

いかんな、部下に心配をかけてしまった。

反省しつつ
「いやなんでも・・・」
いいかけて守ははたと気がついた。

あれはやはりスターシアの声だったかもしれない。

イスカンダルではあまりなかったことだったのだが 、守は地球に戻ってきてから、ごくたまにスターシアの気持ち・・ もっと言えば言葉が「聞こえる」ような気がすることがあった。 彼女が目の前にいないのにもかかわらずである。 気がするだけであって、はっきりと聞こえるわけではなかった。 守自身には特別な力も霊感もあるわけでもなく、本人その方面にはまったく鈍感だと自覚している。 が、ことスターシアに関しては別だった。 おそらくイスカンダル人であるスターシアに原因があるのだろう。 テレパシーというほど強くはないが、イスカンダル人特有の感受性を持つスターシアは 相手にも自身の感情の影響を与えてしまうのかもしれなかった。 赤の他人ならいざ知らず、それが肌をかさねた夫婦であればなおさら。
実はたった二人きりでイスカンダルで暮らしていた頃より 大勢の人間の中で暮らしている今の方が、守にはスターシアがより身近に感じられた。 それはスターシアから女王という枷が取り払われたせいかもしれなかったし、 忙しいからこそ守がより意識してスターシアを気にかけているせいかもしれなかった。

嫌な予感がする。
そういえば今朝のスターシアは幾分顔色が悪かったような気がする。
「大丈夫よ」
そういって自分を送り出してくれたのだが・・・。
スターシアは簡単に弱音を吐くようなことはしない。
巷では風邪が大流行をしている。 もしかしたら・・・・。

「参謀?」
「ああ、なんでもない。ただ、今日の飲み会は悪いが欠席するよ。」
「ええ!参謀がいなければ盛り上がりませんよ〜。どこか体調でも・・」
「はは・・・いや自分はなんともないが、妻が・・」
「ああ!奥様ですか。それは心配ですね。お大事に。」
予感が当たらなけれなよいが・・・ 守は足早に本部ビルを後にした。




「ただいま〜 あら?この匂い??」
毎度のことながら科学局に勤めるサーシアが少し残業をして帰宅してみると、 父がエプロン姿でキッチンに立っていた。
「お父様!今日は飲み会なんじゃなかったの?」
てっきり母親がキッチンにいるものとばかり思っていたサーシアは父の姿に少々面食らった。
「ああ、サーシアお帰り。飲み会はパスした。」
「パスしたって・・・」
「スターシアの具合が悪いんだ。風邪で熱がある。」
そういって守はコンロにかかってる鍋を注意深く見つめた。
「ええ!お母様??だって今朝はなんともなかったでしょう?」
「まぁな。」
「お父様、じゃあお母様から連絡をもらったの?それで?」
「いや。」
「何も?」
「ああ、ちょっと予感がしてね。帰ってきたらベッドでぐったりしてた。」
「お母様・・・・!」
「ああ、こらっマスクして行け。」
スターシアの寝ている部屋に行きかけた娘を守は呼び止めた。
「それからここに冷ましたお茶があるから持っていってくれるかい?」
「わかったわ」
サーシアが寝室に入ると眠っていたスターシアが気配を感じてうっすらと目をあけた。
「具合はどう?お母様?」
「ああ、サーシアお帰りなさい。」
「お母様、起きられる?お茶を持ってきたわ。」
「ありがとう。悪いけれどそこのテーブルの上に置いて頂戴。あとでいただくわ。」
「そう・・・。」
いつも穏やかで、でもどこか凛とした母が今はなんとも頼りなさそうに見えた。
母のことは大好きだったが、一方で煩いなと思う時もあるお年頃のサーシアだった。病気でダウンしている母の姿を見て、自分がしっかりして母の看病をするんだ!と思う前に どこか不安を感じてしまうサーシアは、見た目とは裏腹にまだまだ子供だった。 サーシアは母の額にのっているタオルを交換するとまたキッチンへともどった。
「お母様、お茶はまだいいって。テーブルに置いてきたわ。」
少しがっかりしてサーシアは守に言った。
「そうか・・・よしっと。」
守はコンロにかかっていた鍋を下ろすと器に中身を移した。
「それ、お粥ね?」
「そうさ。風邪っぴきには効くぞ〜このお粥。」
「ああ、この匂い!ネギと生姜入りね。私も小さなころお母様に作ってもらったことがある!懐かしいな〜。」
「これな、風邪ひいたときにお袋がよく作ってくれたんだよ。」
「おばあ様が?そっか〜、お父様がお母様に伝えたものだったのねこのお粥。
てっきりお母様のオリジナルかと思ってた。」
「ははは・・・」
「ねぇねぇ、お父様、私が風邪をひいたらお粥作ってくださる?」
「お前は俺の娘だからな〜風邪なんかひかんよ。」
「 ・・・ もう〜〜・・・! お父様はお母様にベタベタなんだから〜〜〜アタシはどうだっていいの? 」
「おっ、残りのお粥なら食べてもいいぞ   あ・・・」
「どうしたの?」
「え?ああ、スターシアが呼んでる・・たぶん。」
そう言うと守はお粥の載ったお盆を持ってキッチンを出て行った。
「お母様の声・・・ 聞こえなかったけどなあ・・・ 」



「君ってひとはまったく、なんで黙っていたんだい。」
ベッドの上で半身起こしてお茶を飲んでいるスターシアを守はため息まじりに見つめた。
「守はお仕事の最中だったでしょう?連絡なんか出来ないわ。それに 佐渡先生に電話をしたら往診してくださってお薬も置いていってくださったもの。 そのうちサーシアも帰ってくるでしょうから寝ていれば大丈夫だと思ったの。」
「佐渡先生も佐渡先生だよなぁ・・・連絡ぐらい・・」
「私が止めたの。」
「スターシア・・」
「だって守は大事なお仕事をしている人だもの。」
「あのね、君・・・・・」
守は言いかけてやめた。スターシアは今病人なのだ、これ以上責める気にならなかった。
ふ・・と守は表情を和らげるとスターシアの顔を覗き込んだ。
「でも君がどう思おうと、君の本当の心はとっても素直で俺としては嬉しい。」
「え?」
「君の声が聞こえた。俺を呼んでいた。」
「ええ!?」
「いや、聞こえた気がしたんだ。」
「あの・・私・・またあの時のように・・・?」
「そう・・・あのときほど強くはっきりとはしていないけどね。あの時は状況が状況だったから 特別だと思っていたんだ。でもたまにあるんだよ、君の声が聞こえることが、淡くだけどね。 俺にはイスカンダル人のような力はないし そういう方面にはまったく鈍感だから気のせいかと思うこともあったんだが・・・。」
二人のいう「あの時」というのは、暗黒星団帝国が地球をあっという間に占領してしまった時のことだった。 二人は一時期離れ離れになってしまった。あの状況では仕方のないことだったが、 そんな時、守の心にスターシアの声がはっきりと届いたのだった。 それでお互いの無事を確信し混乱の中、二人は再会を果たしたのだった。
「あの時のように私の心が守を呼んでいたというの?」
「ああ。気がついていなかった?」
「ええ・・・まったく。でも、なぜかしら。私はそんな・・ごめんなさい守。心配かけたわ。」
「なぜ謝る?俺達は夫婦だろう?」
スターシアははっとして守を見つめた。
「前にもいったけれど、少しわがままになりなさい。」
そういって守はスターシアの髪をやさしくなでた。
「この次からは、何かあったらメールでよいからきちんと報告をするように。 でないとかえって余計に心配になる。」
まるで仕事の時のようにきびきびと言う守に
「はい、わかりました古代参謀」
とスターシアも返す。
ふふふ・・ははは・・・・ と二人は静かに笑った。
「笑えるようなら大丈夫だな。さて奥様、お粥を召し上がっていただきます。 お口をあけてくださいませ。」
そう言うと守は蓮華をスターシアの口元へもっていった。
「守・・大丈夫よ、私自分で食べます。」
スターシアは恥ずかしがったが、守はおかまいなしだった。
「ここは言うことを聞いていただきますよ、奥様。俺を呼んでいたろう? 心配かけた罰です。」
「・・・」




たぶん・・ 父が行ったら母はちゃんとお茶を飲むし、お粥も食べるのだろうな、とサーシアは思った。
案の定、じきに父母のお互いを思いやる優しい想いが家中を満たしていった。

それにしても母の声が父に届くとは、夫婦とはそういうものなのだろうか?
それともあの二人が特別なのだろうか? 自分は・・・自分達はどうなのだろう。
「サーシア・・」
自分の名を呼ぶ恋人の優しい顔を思い出してサーシアは顔が赤くなった。
相変わらずの両親のベタベタ具合にサーシアは軽くため息をついたが 、
ふとある考えが浮かびにっこりとした。 機会あらば実行してみたいと思った。

明日はお父様に教わって私がお母様にお粥を作るのよ。 しっかりとメモをとって覚えるの。
そしていつか・・・・・・

サーシアは夢見る乙女の瞳になってわくわくしたが、 わくわくしても無駄だった。 なぜならサーシアの恋人はとても丈夫だったから。 風邪とはまったく縁のない人物だった。 故にサーシアの恋人―加藤四郎―が風邪をひいて、その看病のためにお粥をつくって  お口あ〜〜ん して食べさせるというサーシアのわくわくな希望はとうとう この冬は叶えられることはなかった。

おしまい
2011.1.27

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守とサーシアの会話の一部はばちるどさんのアイデアをお借りしました。
ばちるどさんありがとうございます。


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