おひさま
Byめぼうき

 


 あぁ  なんて気持ちがいいの

スターシアはベランダから和室に取り込んだ布団に ぱふっ と顔をうずめた。

 おひさまのにおい・・・・

スターシアが地球にやってきて一番最初に好きになったものは、かすかに草の香りのする畳が敷いてある和室だった。 その次に畳の上に敷いて使う布団を好きになった。 (布団はどこかイスカンダルで使っていた寝具に似ていたから) それ故彼女はベッドのある寝室ではなく、たびたび和室で休むとがあった。 今夜も和室で休もうと決め込み、彼女は昼間、布団を外に出して日に当てたのだった。

 ふふふ・・・なんだかおかしいわね。  
 私、すっかり布団の虜になっているわ。

イカルスで暮らしていたころは布団を干せる環境ではなかったし、この間の戦いの最中も、そのあとも、生活が落ち着くまではとても布団を干すどころではなかった。 こうして布団に顔をうずめることのできる今の幸せをスターシアはしみじみとかみしめた。
ふとスターシアはあることを思い出し くくく・・・・と肩を震わせて笑った。
「何か面白いことでもあったんですか?奥さん」
いきなり頭上から声が降ってきたので、 スターシアはびっくりして布団から飛び上がるようにして起きた。
「ま・・・・守」
仕事から帰ってきたばかりの濃い緑色の制服姿の守がスターシアを見下ろしていた。
「布団・・気持ちいいかい?」
「え?ええ。おかえりなさい。」
「ああ・・・・。」
守は妻の肩に手をかけ、彼女をやさしく布団の上に押し戻すとそのまま覆いかぶさった。 そっと彼は彼女に口づけをすると、にっと笑った。
「それで、なにがおかしかったんですか?」
がっしりとした広い肩、柔らかな茶色の髪、 深く優しいまなざしの奥には時折りちゃめっけのある表情がちらりとのぞく。 そんな守をスターシアはまじまじと見上げた。
「あの・・・」
「うん・・・・?」
「あのね・・・・・ぷ・・」
「もしもし、奥さん?」
「だって・・・あのね・・・ふふふふ ・・・・・・・!・・・・あん・・・守・・・だめよ。」
「女王陛下が笑ってばかりで、お話しにならないからですよ。」
守はスターシアの首筋に、鎖骨に、そして胸元へとキスを落としてゆく。
「まもる・・あ・・・・わかったわ・・・。お話ししますってば・・・守?」
スターシアにキスするのを止めた守は、にこにこと彼女を見ている。
「もう・・・・!守にはかなわないわね。 それから、いいこと? 私は今はもう女王ではありませんからね。」
「はいはい。」
「返事は一回ですよ。」
「はい」
「「・・・・ぷ・・・・」」
二人はお互い顔を見合わせると、おかしくなって陽気に笑った。
「・・・・それで?」
「・・・あのねぇ、イスカンダルでのことを思い出したの。」
「?」
「ほら、あなたが初めてイスカンダルで布団を干した時のことを。」
「ああ・・・!懐かしいなぁ・・・・!!」
そう言うと守は ごろん とスータシアの横にあおむけになって寝そべった。





「守・・・?何をしているの?」
宮殿の窓からは柔らかな日差しが差し込んでいた。 外の空気はさわやかで、空は高く青く、今日も穏やかなイスカンダルだった。 そんな一日の始まりに、何やら寝室のベッドで寝具と格闘している夫を見てスターシアは目を丸くした。
「ああ、スターシア、この敷き布団どうやって外すのかな?」
「ふとん?」
「ほら、この布団」
そういって夫が指さしたものはベッドに固定されているマットだった。
「ああ、これはその隅っこの留め具をはずすと はずれるようになっていますけれど、でも今外す必要はないでしょう?」
「いや、外したいんだ。スターシア、この布団干してもいいかな?」
「え?」
「ここのところお天気続きだろう?今日もいい天気だ。どうしても干したいんだよ。」
「干す?マットを?これは定期的に洗って乾燥させていますもの、守の言う干すという意味がわからないわ。」
「そうか・・・そうだったな。う〜〜ん なんて説明していいのか・・・・ このマットな、俺が育った故郷のものによく似ているんだ。布団といって中に綿が入っている。」
「わた?」
「ああ、植物の繊維なんだが・・・・。 綿という植物が開花すると、何日か後に実が割れて、中から白いふわふわの繊維がでてくるんだ。 それを布団の中に詰めるものとして活用するんだ・・・・最近では本物の綿が少なくなってしまって・・・・特に遊星爆弾が落ちて以降は殆ど手に入らなくなってしまったから、 化繊のものが大半になってしまったけれどね。 それで今では中に詰めるもののことを総称して綿と言っているのだが・・・」
「ああ、それならこのマットも似たようなものですわ。 この中に詰まっているものは○○というイスカンダルにある植物から採れる繊維ですよ。」
「そうなのか!それじゃあますます干したくなってしまうな。」
「守?」
「あのな、夜寝ている間、人間からでる水分をが布団が吸収するだろう? だからだんだんしめっぽくなって重たくなってくる。 俺の育った故郷では定期的に外にだして日光にあてる習慣があるんだ。 そうすると布団が自然に乾燥して、またふかふかになるんだ。」
「イスカンダルにはそういった習慣はないわねぇ。空気は乾燥していますし、 それにマットは丸ごと洗って乾燥させます。みんな機械がやってくれることです。」
「そう・・だよな。ああ、でもなぁ・・・こんなに天気がいいのに」
そう言って恨めしそうにマットと窓の外を交互に見ている守が、スターシアにはなんだかかわいく映って、おかしくなってしまった。
「わかったわ。守のいうようにそのマット・・・布団を干してみましょう。 どうすればいいの?アンドロイドをよびましょうか?」
「本当か?」
守はぱぁっと目をキラキラさせた。

 まぁ、まるで子供のようね

スターシアはますますおかしくなって、つい笑いだしそうになったが、かろうじてこらえた。
「じゃあ、よかったら中庭の何も植わっていないところ、そう短い草ばかりが生えている場所があるだろう? あそこに椅子をいくつか出したいんだ。その上に布団を乗せたらいいんじゃないかと思うんだ。 ああ、アンドロイドはいいよ。自分でやるから。身体を動かしたいのさ。」
そんなわけで、イスカンダル製の布団はイスカンダルの宮殿中庭で初めて干された。 地球の布団と同じように、午後になって取り込まれた時にはいい具合にふんわりとしていた。 守は干された布団をベッドに留め具で固定すると ほら っとスターシアを布団に触るようにさそった。
「まぁ、ふかふかね。」
「だろう?」
「あぁ、久しぶりだな・・・・気持ちがいい」
そういって守は布団に倒れこむと、香りを吸い込むように布団に顔をうずめた。
スターシアも守の真似をして布団に顔を寄せた。
「あら、何かにおいがするわね。乾燥した・・・中に詰まっている○○のにおいかしら?」
「おひさまの匂いさ。」
「おひさま?」
「ああ。地球では太陽のことを おひさま とも言うんだ。 太陽の光のことを、日の光とも言う。日の光は地上の作物を育てるだろう? だから昔の人は太陽のことをまるで神様を崇めるように おひさま と呼んだんじゃないかと思うんだ。 その呼びが方今でも続いているのさ。 布団は一日中おひさまの光にさらして干すから、おひさまの匂いがする。」
「そう。おひさまのにおい・・・」
「こんな風に布団を干すことができたのは俺が子供のころで最後だったんだ。 人類が地下に逃げ込んでからは、とてもそんなことは出来なくなってしまった。 毎日イスカンダルの青い空を眺めていたらどうしても布団を干したくなってしまったんだよ。 イスカンダルのこの布団は地球のものと似ていたから余計にね。 つい、なつかしくて。」
「なら、このおひさまのにおいは守の故郷のにおいでもあるのね?」
「そういうことになるのかなぁ」
「私、このにおい好きだわ。機械で洗ったのとはまるで違うのね。 ね、今度から布団干しましょう。こんなに気持ちがいいんですもの。」
「気に入ったのかい?」
「ええ。」
「あぁ、きっとこれからは進たちも地球で布団を干せるようになるんだな。」
「そうね。」
「君のおかげさ・・・」
守は愛する妻を抱き寄せた。
「私はただ・・・・」
スターシアは夫の胸に顔をうずめた。 いつもスターシアは守に抱きしめられると何とも言えない気持ちになった。 守はいつも自分にぬくもりと安らぎをもたらしてくれる。 まるで太陽の光にあたっているかのように。

 あら?・・・このにおい。






「守ったら、あの時は本当に子供のようだったわね。 思い出しておかしくなってしまったの、私。」
「・・・!そんなに笑う程おかしかったのか、俺」
「ええそうよ。目をこう、きらきらさせてね。かわいい って思ったわ。」
「かわいい???」
「ふふ・・・でも守のおかげで布団を干すって、とても気持ちがいいってことがわかったわ。」
「あれからよく干すようになったもんなぁ。」
「ええ、とっても気に入ってしまったんですもの。 ふふふ・・・どこで見つけてきたのかしらって感心してしまったのだけれど、守は、工具やら、板やら、宮殿の奥から見つけてきて、布団専用の物干しを作ってしまったのよね、宮殿の中庭に。誰の手も借りずにね。」
「ああ・・・そうだった!君が布団を干すのを気にいったようだったから、ならばいっそのこと物干しを作ってしまえってね。 本当はああいったことは得意ではないんだが、あの時はノリでね。 楽しかったなぁ。」
「ええ、楽しかったわね。」
二人はしばらく目を閉じて、イスカンダルの思い出の中に浸った。
そよ とふく風、おだやかな光、波の音
永遠に還ることのできない風景の中に。
「・・・・!」
ふいにスターシアは守の腕に抱きしめられた。
「守?」
「君は今・・・・・」
守が少し切ない表情をしてスターシアに何かを言いかけた。
「守・・・私ね、こうしてここでお布団干す生活が出来て幸せなの。」
「・・・・・」
「あなたと共に。」
「スターシア・・・!」
ますます守はきつくスターシアを抱きしめた。

 ああ・・・!このにおい。  おひさまのにおい。

遠いイスカンダルで、布団を干すといって目を輝かせていた守は、いつも おひさま のにおいがしていた とスターシアは思う。
初めて抱きしめられたときもそうだった。
地球にやってきてからも、それは変わることはなかった。

 あぁ、守はいつも おひさま を私につれてくるのよ

自分は守という おひさま に包まれているからこそ こうして生きてゆけるのだ と  
スターシアは守の腕の中で半ば酔いしれるように目を閉じた。



おしまい

2011/7/19

TOP

inserted by FC2 system