願い

                            byめぼうき



 

暗闇の中、天を焦がすような勢いで真っ赤な炎が立ち昇る。
地上のありとあらゆる ものが燃えていた。


ここは・・・どこ? 何が起こっているの?


大勢の人間が右往左往している。みな何かを叫んでいるようなのだが、口をぱくぱく しているだけで誰一人として声を発していなかった。まるでモニターの音声設定をミ ュートにしたかのように、人々はたしかにそこに動いているのに、声がまったく聞こえ てこなかった。その中に、よく見知った顔が混じっていた。


守・・・!サーシア・・・!!


彼らはどこかに向かって必死に走っているようだった。


守!サーシア!そっちへ行ってはだめ。私はここよ。こっちよ!こっちを向いて!


叫ぶ声はむなしく、彼らには届かなかった。


ああ・・・守・・サーシア・・・行かないで!戻ってきて・・・・・・!!

スターシアは はっと 目をさました。

ここ・・・は? 

一瞬彼女は自分がどこにいるのかわからなかった。 かさり とリネンが手に触れて、 
ああ、ここはいつものイカルスの部屋のベッドの中 だった と気がつき ほぅ っと安堵のため息をついた。

ああ・・・・・まただわ・・・・・・。

体中がぐっしょりと汗で濡れていた。着替えをするためにのろのろとスターシアはベッドから降りた。時計を見ると午前3時と光る文字が告げていた。


もしかしたら・・・・・


スターシアはここのところ繰り返し同じ夢を見る。自分の中に流れるイスカンダルの血が、何かを告げようとしているのだ と彼女は思う。以前からふとした折に湧き上がる漠然とした不安、娘のサーシアにまつわる不安・・・・


それがいよいよ形をとって降りかかるというの??


彼女の夫はあまり多くは語らないが、彼もまた、そして彼の仲間も あること を予測して動いているということは聡明な彼女にはわかっていた。イカルスにやってきて、そのドッグにヤマトが収容されている事実を自分の目で見てそれははっきりとした。ヤマ トのことは地球に帰ってからも許可が下りるまでは決して他言してはならないと夫に説明をうけたこともあり、わかっていても彼女はずっと黙っていた。あること、それは・・・・



イスカンダルとガミラスの地下資源を狙っていた、あの暗黒星団帝国が地球に侵攻して くるのかもしれないわね・・・・・。あの一件できっと地球は目をつけられてしまったでしょうから。彼らと地球、ガミラスは交戦し、イスカンダルの崩壊に巻き込まれたとはいえ、彼らの艦隊が消滅してしまったから・・・・。



スターシアは、以前から感じていた不安と、地球人たちが予測していて、自分も知って いた あること  がつながった、と思った。まるで隙間の残っていたパズルにピース がぴったりとはまって、パズルが完成したかのように。
目をつけられたとしても・・・だ、地球にはかの双子星のような地下資源は眠っていない。 予感のとおり、暗黒星団帝国が地球に侵攻してくるのだとすれば、理由は?話に聞くガトランティスのように宇宙制覇を目指している?? 地球人を奴隷化する???かつてのガミラスのように、なんらかの理由で母星を離れ、地球に移住するため???   なんにせよ、地球人にとって、そして自分達家族にとって困難なことが降りかかってくる。夢はそのことを告げようとしているのだ、そうスターシアは思った。


サーシアには 力 があるわ。守が以前言っていたわ・・その力がサーシアを守ることになるかもしれないって。そうね・・・・今ははっきりとそう思えるわ。けれど守に は・・・・。彼にはイスカンダル人のような力はないわ。彼は戦士ではあるけれ ど・・・だからこそ・・・・・。


タオルで体をふき、下着と寝まきを取替えるとスターシアは簡易キッチンで水を一口飲んだ。
「お母様・・」
不意に背後で声がしたので、どきりとしてスターシアは振り返った。
「サーシア・・」
「お母様、どうなさったの?」
心配顔で娘がスターシアの方を見ていた。
「なんでもないわ。ちょっと気持ちの悪い夢をみたの。もう大丈夫よ。」
「本当に?」
「ええ」
サーシアはぴたりと母、スターシアの胸に頭を押しつけ、きゅうっと母の袖を握った。


ああ、気をつけなくては。この娘にはわかってしまう。  
しっかりするのよ、スターシア


「まぁ、大きなお姉さんが赤ちゃんにもどったみたいね。朝までにはもう少し時間があるわよ。起こしてしまってごめんなさいね、少しやすみましょう。訓練学校の講義 も、訓練もあるのでしょう?2週間後は地球ですよ。それまでにしっかり勉強するん だってはりきっていたでしょう?」
「それはそうだけど・・・・。」
ここのところサーシアの成長はずいぶん落ち着いてきていた。地球人の16歳相当にまで成長を遂げていた。担当ドクターとも話し合い、本格的に地球へ移り住む前の準備として、母子は3週間ほど一時的に地球で過ごすことになっている。
「お父様がね、絶対にお休みを取るんだって張り切っているわよ。」
ぱぁっとサーシアに笑顔が広がった。 サーシアは父が大好きだった。サーシアは父と早く地球の街並みの中を歩きたいと思 っていた。
「お父様が遊園地へ連れて行ってくれるって約束してくださったわ。楽しみなの。」
「そうね。」


どうか、どうか、この無邪気な娘がずっと笑顔でいることが出来ますように。

スターシアは思わず心の中でそう祈った。





「あの・・・真田さん、娘はどうですか?」
夕食の時間が過ぎ、人影がまばらになった食堂で、真田はテーブルを挟んで珈琲を飲みながらスターシアと話をしていた。夕食を食べ終え、自室に向かおうとしていたところをスターシアに呼び止められたからだった。
「優秀ですよ。教えたことは砂に水がしみこむように覚えてしまいますし。さすがに古代守の娘ですね、護身術の授業のとき、私も見ていたのですが動きにセンスがありますね。教科は、とりあえず一通りプログラムは終わりましたし、後は彼女がどんなことに 興味を持っているかで勉強する内容が変わってきます。」
話しながら、なんだか中学の保護者面談のようだな と真田は思ってしまった。もっともスターシアと真田の関係は保護者面談のイメージからそう外れてはいなかった。なぜなら、サーシアの教育面の面倒を真田が引き受けていたからだった。さながら真田はサーシアの担任教師といったところだった。
「そうですか・・・」
そう言って手元のココアの入ったカップ(スターシアは苦いものが苦手だった)に目を落としたスターシアを見て、真田は本当に自分に聞きたいことはサーシアのことではないのではないか?とちらりと思った。 が
「正直私は意外に思っているのです。」
とスターシアに話を続けた。
「サーシアが、聴講生とはいえ訓練校に通うことに、アナタが反対しなかったことに。」
双子星の片割れ、ガミラスとは対照的に、滅び行く運命を受け入れたイスカンダルの女王。
とても戦いを好んでいるとは思えない、その女王が宇宙戦士を養成する学校へ娘を通わせるなどとは真田には想像つかなかったのだった。
「地球へ本格的に移り住む前に、大勢の人たちと接する機会を多く作りたかったからですわ。このことは守ともよく話し合いました。それに、宇宙戦士を目指す人たちは、なにも戦いを好むから目指すわけではないのでしょう?愛する人を、故郷を守りたい気持ちからなのでしょう?ここの訓練生達を見ているとわかります。そのために、将来人を殺すことだってあるかもしれない。自分だって死んでしまうかもしれない。 けれども・・そうだとしても、ここで習うことが、あの娘自身を守ることにもつながるのではないかと、そう思ったのです。どんなことがあっても、あの娘には生き抜いてほしいのです・・・・・・。」
生き抜く とはなんて大げさな と真田は一瞬思ったが、考えてみれば次から次へと 困難にぶつかって来た地球の過去を顧みれば、母親がそう思うのも無理はないな  とも思った。ガミラス戦のことはスターシアはもちろん知っているし、ガトランティスの件も聞き知っているだろうから。何より約2年の間に、スターシアが地球にやってきてから、彼女自身、地球人の世界を肌で感じている。
「・・・・私は・・・・」
「?」
「人が私のことをなんて言っているのか知っているつもりです。でも私はそんなに大そうな人間ではありません。ひたすら夫や娘のことを思うただの我侭な女です。」
「スターシアさん・・・・?」
「馬鹿らしい、と笑ってくださってもかまいません。お話を聞いてくださいますか?繰り返し見る夢のお話ですわ。」
ここからが本題か・・・と真田は思った。




「・・・そうですか。あなたの 力 のことは以前、守から聞いたことがありますよ。 そのアナタがそう感じるのなら、現実になるかもしれませんね。」
スターシアが、守以外に夢の話をするのは初めてだったのだろう。夢の話をしているスターシアはいつもより早口で、緊張しているな、と真田は思った。
「あの・・・・それで・・・・・」
控えめに、さらに何かを話そうとするスターシアの言葉の先を掬い取るように、真田は言った。
「サーシアのこともだけれど、守のことがとても心配なのでしょう?」
「え・・・・?ええ、ええ!」
自分の言おうとしていることを真田が先回りして言ってくれたので、スターシアの気持ちは幾分楽になり、緊張もほぐれた。
「真田さんも知っての通り、娘には力があります。いざというときにそれが役にたつと思うのです。けれども、守にはそんな力はありません。しかも彼は地球市民を守るように教育を受けた戦闘士官です。いざ戦いになったら・・・・。」
表情を曇らせて、うつむいてしまったスターシアは気の毒なほど思いつめていた。 そんなスターシアを見て、真田はふっと口元に笑みを浮かべると、頭に浮かんだことを話し始めた。
「アナタの心配が今からお話することで軽減するとよいのですが・・・・・。」
「どんなことでしょうか?」
「アナタのお話を聞いて、なんというタイミングなんだろうと思いましたよ。 実は、私は以前からあるものの開発を担当していましてね、予算のかかることですか ら・・・・少ない予算でなんとかやりくりしているのですが・・・まぁそれはともかく、 人命にかかわるあるものの開発をしているのです。」
「それは?」
「ボディスーツです、エネルギー弾の熱や衝撃に強い。」
「・・・まぁ」
「過去の戦闘で多くの仲間を失いました。ガミラス戦でもそうでしたが、先のガトランティス戦でも、ヤマトは白兵戦になりましてね・・・・・。われわれは絶対に負けるわけにはいきませんでしたからね、最後はガトランティスに直接乗り込んでいったりもしたのですが・・・・。戦いが終わって、地球に帰還してから思ったんです。もっとよいボディ スーツがあったら助かった仲間も大勢いたのではないか・・・とね。それで開発を思い立ちました。軽くて身のこなしにあまり影響しない、そして頑強なものが出来ないか・・と ね。繊維の開発からでしたから大変な道のりでした。たまたまなんですがトーキョーシティのカマタ地区に懇意にしている職人がいましてね、その人との共同開発なんですよ。 私がイカルスに赴任してからも頻繁にメールでやり取りしているのですが、最近になってあることを発見しました。私たちが開発した繊維は身近にある炭素繊維の応用ですが・・・ それは熱には強いということはわかっていました・・・後は衝撃への対応だったんですが ・・・その繊維を糸状にして(これはカマタの工場の特許)ある特殊な織り方で布を作ると、ある程度のエネルギー弾の衝撃も上手く吸収し耐えることがわかったのです。 もうそろそろスーツの試作品が出来上がるころです。その試作品のモニターを、今丁度探しているところなんです。」
「・・・・!」
「守に頼もうと思うのですが、どうですか?」
真田はそう言うとにやりと笑った。
「もちろん、きちんとした性能テストはしかるべき施設でやりますが、実際に着た感じや動きやすさなどを知りたいのです。」
「あの・・・・」
「スターシアさん、わがままでいいじゃないですか。人間誰しも自分がかわいいものです。私だってそうです。だからこそ守に試着してほしいんですよ。長年の親友を私も失いたくないのです。」
「真田さん、ありがとうございます。ぜひそうしていただけると嬉しいです。」
「実は私も2週間後に地球へ向かう予定なんです、仕事でね。その時にカマタへも寄りますから、そうしたら試作品を受け取って守に届けます。まぁ、気休めにしかならないかもしれませんがね。」
「いいえ、そんなことはありません。気持ちが楽になりました。」
「それはよかったです。アナタと私の我がままが、やがては多くの人間を救うことになるかもしれませんね。試作品の出来がよければ量産に入りますから。」
真田がそう言ったのでスターシアは救われた気がした。




何度も頭を下げてから部屋へ戻るスターシアの後ろ姿を見ながら、真田は守のことを羨ましく思った。スターシアに想われている守が。 ふと自分にも自分の身を案じてくれる人が、側にいてくれたらいいなと、珍しく真田は思った。

そんな人は現れるのだろうか?この自分に・・・・・。

ない ない と頭をふって真田は苦笑いした。
年中仕事に忙殺されている、目つきの悪い(自覚はしている)の自分にはありえないな と。 さて・・・・明日からは少しサーシアを厳しく鍛えようかなと、頭の中で計画を立てる真田だった。母親のスターシアがあんなに心配しているのだ。鍛えて明日を生き抜く! サーシアだけではない。ここにいる訓練生全員に生き抜いてほしいと真田は思う。
いや、生き抜くのだ。何があっても。

真田は中身を飲み干した珈琲カップを食器戻し口のカウンターに置くと、明日に備えて自室へと戻っていった。

おしまい

2011.10.22

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毎度のことながらでたらめを並べてます。
突っ込みはご容赦くださいませ。


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