水色の記憶
                                   byめぼうき



 夜中にふと目が覚めた。 まだ体中が熱い。 サーシアはベッドの中からうらめしそうに天井を見つめた。  
 あぁ、今日はお父様がおうちに帰っていらっしゃる日なのに、  
 あたしはなんて運が悪いんだろう。
サーシアはひとつため息をつくと再び目を閉じた。  
お父様が下さったあのお洋服を着てお出迎えしたかったのに…



 半月ほど前、イカルスへの物資とともに、サーシア宛に父親からの荷物がこのイカルスに届いた。 ステーショナリーやぬいぐるみ、色とりどりの包装に包まった地球で流行りの駄菓子、 それらはサーシアが母親と一緒にカタログで選び父親に頼んで地球で購入してもらったものだったが 中にそうではない箱がひとつ入っていた。その箱の中にはきれいなワンピースが一着入っていた。 それは襟なしの光沢のある水色の生地のワンピースで、胸元には友布で作られたバラの花が一輪咲いていた。 ワンピースに合わせて靴も入っていた。 一目見てそのワンピースを気に入ったサーシアは、さっそく袖を通し鏡の前に自分の姿をうつしてみた。 以前、カタログで見たことがある子供服のモデルの子のように、ちょっときどってポーズをとってみる。 シンプルなデザインだったが、それがかえって現在地球人でいうところの6歳ほどのサーシアの子供らしさをひきたてていた。 ワンピースは今のサーシアには少しサイズが大きかったが、じきにほどよく体になじむようになるだろう。 そんな娘の姿を、母 スターシアは微笑んで見ていた。
「サーシア、とってもよく似合うわ。」
「本当?お母様」
「ええ、本当よ。今度お父様にみせてあげましょうね。」
「はい」
母にほめられて気をよくしたサーシアは、部屋を飛び出してイカルスのみんなに見せて回った。 まずは寮の事務室にいる千代に、次に厨房の幕の内に、 休憩時間をみはからって訓練学校の真田に、山崎に、山南に、そして訓練生たちに。 サーシアは母親の容姿を色濃く受け継ぎ、なかなかの美少女であったが、 くるくる変わる表情、いつも楽しいことを探しているような陽気な瞳は父親のそれであり、 愛嬌のある笑顔はみんなから好かれていた。
「お〜、お父さんからのプレゼント?」
「ええ、そうよ、似合う?」
「あはは〜〜似合う似合う」
みんな笑いながらサーシアを見つめていた。 殺風景なイカルスに、みんなの心に、サーシアは豊かな色彩をもたらした。


 ふぅ・・・・ またひとつため息をつくとサーシアは寝返りを打った。
「眠れないの?」
母の声がしたので、サーシアははっとなった。 隣に寝ていた母がゆっくりと起き上がり、サーシアの顔を覗き込んだ。 白い手がサーシアの額に触る。
「まだ、少し熱があるわね。」
「お母様、あした…ううん、今日の朝までにあたしはよくなるかしら。」
「さぁねぇ。」
「お父様がいらっしゃるのに…」
サーシアは大好きな父と一分一秒でも一緒に過ごしたいと思っていた。 だから自分がこうして病気になってしまい、その時間がなくなってしまうようで とても残念に思っているのだった。 そんなサーシアの気持ちを知っているかのように母が言った。
「御用がすんだらお父様はきっとあなたのそばにいてくださいますよ。」
「本当?」
「ええ」
サーシアは少し安心した。
「お母様、お歌を歌って」
「いいわよ」
イスカンダルの古くから伝わる子守唄を歌う母の低い声を聞きながら サーシアは再び目を閉じ、やがて眠りに落ちていった。





 イカルスに地球からの連絡艇が到着した。 ポート内に空気が流入し、艇の中の人間が外へ出られるようになるまでには幾分時間がかかる。 窓の外へ目をやりながら、古代守ははやる気持ちを抑えられずにいた。 そんな自分に苦笑しつつ、彼は彼の妻や娘の顔を思い浮かべていた。
「一ヶ月ぶりか…」
守のところには頻繁に彼の妻からメールや写真が送られてくる。 おかげで娘の成長ぶりや妻子のイカルスでの暮らしぶりは手にとるようにわかるのだが、 だからこそ、よけいに彼の心は家族に直接会いたいという気持ちがつのるだった。 守は毎回、毎回、なんとか仕事にケリをつけ、半ば無理やりイカルス行きを決行する。 もっとも現在イカルス天文台の台長を務める訓練学校以来の親友である真田との仕事上の打ち合わせは是非必要なところなので さまざまな事情を知っている(いろいろと水面下で画策している)藤堂長官の配慮もあり 守のイカルス行きはぎりぎりのところでいつも実現するのだった。 周囲の人間の協力あってのイカルス行きだが、一番は本人の強いオーラが最後はものをいっていた。 完全な休暇ではない。イカルス滞在日数の殆どは仕事に費やされるが、それでも守はイカルス行きに満足しているのだった。

「おう、古代!」
「真田!」
連絡艇のハッチが開くとそこにイカルス側のスタッフとともに真田が立っていた。 スタッフ達は早速荷物の運び出しに動き出した。
「お前、今回もよくこんなイカルスくんだりまで来れたな、忙しいくせに。」
「ははは〜〜〜仕事だからなっ!し・ご・と!」
「よく言うぜ」
「ところで、アレの進捗状況は?」
「ん…少し遅れ気味ってとこだな。いろいろといじったからな。」
「いじったんじゃなく、いじりたかったんだろ?」
「はははは…」
「まぁ、長官の許可はとりつけてあるからな。」
「悪いねぇ〜」
「予算の関係もあるから調整大変だったんだぞ。」
「耳はふさいでおく」
「コノヤロー、すべてが落ち着いたら何か奢れ!」
守と真田の二人は笑いながらお互いにゆるいげんこつで軽くじゃれあった。
が、急に守が真剣な表情になって言った。
「とにかく、ことが起こってからでは遅いんだ。」
「ああ…。遅れは必ず取り戻す!まかせろ。」
「おぅ」
「まぁ詳しいことは後で…な」
真田はニヤリとすると、早く行け とばかりに守をポートから追い出そうと手でしっしっとやった。 守も友人の意図するところが十分わかっているので、真田に感謝しつつ足早にその場から立ち去ろうとしたが、 急に袖口をぐいとひかれたので
「なんだ?真田…」
と振り返ると、そこにパジャマ姿の愛娘がふらふらと立っていた。
「サーシア!」
サーシアは床の上にへなへなと座り込んだ。
「サーシア!なんでここに?」
「古代?」
真田もびっくりした様子で守親子を振り返った。 いつもスターシアもサーシアも守をイカルスの展望室で出迎えてくれていた。このポートにやって来ることはない。 それは、ポートは守達の仕事関係の領域であり、仕事の邪魔になるとスターシアが思っているからだった。それなのにサーシアがこうしてポートにいる。しかも一瞬前まではスタッフと真田と守以外は誰もいなかった。 いったいどういうことなのだろう? 混乱する頭を抱えながら守はサーシアをやさしく支えた。
「おとうさま…」
サーシアは熱で充血した目を守に向けてにっこりと笑ったが、どうにもだるくて守の腕の中に倒れこんでしまった。
「熱?熱があるじゃないか!」
腕から伝わってくる娘の体温は熱かった。
「真田、ここには俺達しかいなかったよな?」
「ああ…とにかくここではなんだから部屋に連れて行った方がいいな」
「サーシア、熱があるぞ。」
「昨日からだ。ドクターによれば風邪だそうだ。スターシアさんも心配しているんじゃないのか?」
「そうだな」
とにかく守はしっかりと娘を腕に抱くと、急いで居住区へと向かった。





 ああ…サーシア、どこへ行ってしまったの?
スターシアは急にいなくなってしまった娘を必死に探していた。 サーシアは朝になっても熱が下がらなかった。 医者の言葉では2、3日ゆっくり休めばやがて熱も下がり、回復するだろうとのことだった。 ちょっと目を離した隙だった。 汗で湿った衣服を着替えさせて、おかゆを食べさせ、十分な水分を与え、 再び横になったサーシアがうとうととし始めたので、 その間に朝の仕事を片付けてしまおうと簡易キッチンに入ったスターシアと入れ替わりで 、部屋に様子を見に入った千代が空になったベッドを見た。 サーシアが部屋から出て行った様子は明らかになかった。 それでもベッドの下もクローゼットも洗面所もトイレも全部探したがサーシアはどこにもいなかった。
「奥さん、ありえないかもしれませんが、もしかしたら展望室かもしれませんよ。予定ではそろそろ守君が到着する時間でしょう? 奥さん、とりあえず展望室へ行ってください。サァちゃんがどこにもみつからなかったら、もちろん守君にも話さなきゃならないわけだし。」
千代がそう言ったので、淡い期待を抱きつつスターシアは展望室にむかった。
が、やはり  サーシアは展望室にもいなかった。  
 ああ、本当にどこへ行ってしまったのかしら…サーシア…!
スターシアがなすすべもなく立ち尽くしていると、展望室脇の通路の向こうから夫がやってくるのが見えた。
「守!」
「スターシア!」
二人は足早に歩み寄った。 スターシアは守の腕の中にいるサーシアを見て目を丸くした。
「サーシア!急にいなくなってしまったの。探していたのよ。」
「ポートに現れたんだ。」
「ポートに!?」
「俺にもわけがわからん。」
夫婦は熱で頬がほんのりと赤くなっている娘の顔を覗き込んだ。





 だぁれ?あたしのおでこに手をあてるのは?  
 お母様じゃないわね。  
 でもきもちがいいなぁ。

 頭はぼんやりとしていたが、 なんともいえない安心感がサーシアを包んでいた。 彼女は閉じていた目をうっすらと開けてみた。 細長く切り取った空間に大好きな父の優しい表情が見えた。
 お父様…!
 ああ夢かしら。さっきの夢の続き…。  
 ポートへお父様をお出迎えにいった夢の続き…

「おとうさま…」
自分ではしっかり声に出したつもりだったのに サーシアの声はかすれていた。
「サーシア、少し熱がさがってきたよ。」
夢の中であるはずの父は、 そういってサーシアの頭をなでた。  
 ああ、お父様の大きな手
その感触にサーシアは夢ではなく現実なのだと思った。
「おかえりなさい、おとうさま。」
「ただいま。」
薬のせいなのか、サーシアの瞼が再び重くなってきた。
「そばにいるよ、ゆっくりとお休み。」
「はい…」
サーシアは目を閉じた。
「…もしかしたら、…は飛んだのかもしれません…」
「飛ぶ?」  
 お父様とお母様がお話している…
きれぎれに聞こえる両親の声を聞きながらサーシアは深い眠りに落ちた。





「サーシアはテレポートをしたというのかい?スターシア。」
「ええ」
サーシアが眠ったので守とスターシアは隣室に移って小声で話し込んでいた。 開け放ったドアの向こうにはサーシアのベッドが見える。 千代はサーシアが見つかったのでひとまず安心し、寮の事務室へ仕事に向かったのでここにはいなかった。
「イスカンダル人には大なり小なり力をもって…そうね、地球人でいうところの超能力を持って生まれてくる者が多かったの。 子供ころはその力は安定してなくて、強くなったり弱くなったり、そして複数の力をもっている者もいたわ。 けれど大人になるにつれ力が安定し、最終的に使える力が絞られるの。力がだんだんと弱くなって無くしてしまう者もいたのよ。 もちろん最初から力を持たずに生まれてくる者もいました。王家には力を持った人間が生まれる確立が高かったのよ。 だからサーシアにも…」「そうか…」
「守も知っている通り、私には強い力は残っていません。何か予感がすることはたまにありますけれど… 守は時々 感が鋭い と私に言うわね。強いて言えばそれが私の力です。」 ああ… と守は思い出した。イスカンダルを脱出したときのことを。 イスカンダルの崩壊を予見したスターシア、散ってゆく同胞の思念を感じたスターシア。 ならば娘は、急速に成長するサーシアは、そんなスターシアの、イスカンダル人の特徴を色濃く受け継いでいるということなのだろう。
「父もテレポートすることができました。」
「君のお父さんが?」
「ええ」
「サーシアはどうだろうか?この力は大人になっても残るものだろうか?」
「わかりません。ただ…」
「ただ?」
「サーシアは何か、大きな、計り知れない運命に突き動かされているのではないか、と思うことがあるの。 成長のスピードをみているとそう思えてならないの。だからこそ力を持って生まれたのではないかと。 ですから…」
「サーシアの力は大人になっても消えない?」
「ええ、そう思うの。守…私…これから先とてもつらいことが起こるような気がしてならないの。 まだはっきりとした形として感じることはできないのだけれど。」
「…君がそう感じるのならそうかもしれないね。」
守はイスカンダルやガミラスに深く眠っていたエネルギーをつけ狙っていた暗黒星団帝国のことを思った。 いずれ彼らは地球に侵攻してくるかもしれない。スターシアはそのことを感じ取っているのかもしれない。 守達、地球人は侵攻を予測しているからこそ動いた。だからこそ真田はイカルスにいる。 守達が予測していることを、皮膚で、彼女がすでにおぼろげながら感じているのなら、それはそう遠くないことなのだろう。
「私達のサーシアが…」
「サーシアがつらい目に会うと?」
守はスターシアをそっと抱き寄せた。
「不安かい?」
「…少し。」
守は自分の胸に顔をうずめてしまったスターシアの金色の髪をやさしくなでた。
「サーシアにどんな未来が待っているのかは俺達にはわからない。 けれど、力がサーシア自身の身を守ることになるかもしれないね。 俺達はただ、サーシアがどんな状況に身を置くことになっても乗り越えることができるように、 そんな大人に成長するように手助けするだけだ。それしかできない。 でもそれが一番大切なことだと思う。」
「愛を…沢山の愛をサーシアに。 ねぇ、守、イスカンダルは滅び行く星だったけれど私の子供時代はとても幸福だったの。 いろんな些細なことはあったわ。父も母も、特に母は厳しかった。でも父と母、そして妹と、みんなで過ごした日々は幸せだったの。 あのころは当たり前すぎて考えもしなかったけれど、 今こうして守と結婚してサーシアが生まれてから振り返ってみるとそう思うの。だから…」
「そうだね。ご幼少の頃、ご両親の愛情をたっぷりとお受けになった女王陛下がこんなにも強くやさしい女性に 成長されたのだから…。」
守の瞳がちかちかっと明るく笑った。
「あら、守、あなただって…」
「ん?」
「あなただって…やさしくて、強い…」
守があまりにまっすぐにスターシアを見つめたので 彼女は急に恥ずかしくなり赤くなって下を向いてしまった。
「なんでしょうか?」
「…ん、もう守はいじわるねぇ…ん…」
守はスターシアの頬を両手で包むと彼女の唇に自分の唇を重ねた。 会えなかった一ヶ月を埋めるように二人はお互いを求めあった。 しばらくしてお互いの唇が離れると、 スターシアは ほぅ と吐息をつき、夫の胸に自分の頭を預けた。 スターシアは心の中の曇りが晴れてゆくを感じた。  
 守、あなたと一緒にいると不思議と気持ちが明るく前向きになるの。  
 イスカンダルにいた時も、私はどんなにか助けられたことでしょう。  
 一緒にサーシアを大切に…見守っていきましょう。
「あのね、サーシアがあなたが贈ってくれた水色のワンピース、とっても気に入って喜んでいたわ。 あなたに着て見せたいって。どうしたの?ワンピースだなんて。」
「はは、街を歩いていたらね、店のウインドウに飾られたあのワンピースが目にはいってきたのさ。 サーシアに似合いそうだなぁと思ってね。サイズはちょっとどきどきモノだったんだが」
「ああ、それで突然メールでサイズのことを聞いてきたのね。」
「そうなんだ。それに…」
「それに?」
「写真を撮りたくてさ。サーシアにあの水色のワンピースを着せて家族写真を撮りたいって思った。」
「お写真を?」
「ああ。俺が子供の頃、一年に一度家族写真を撮っていたんだ、古い写真館でね。父の発案だったらしいんだが、 一年に一度の写真をずっと追ってみていくと、みんなが変わって行く様子、成長していく様子っていうのかな、 それがよくわかるんだ。そのころ何があったか、なんて写真をみると思い出せたんだ。 けれど、それも俺が訓練学校へ入ったあたりから出来なくなってしまってね、 遊星爆弾で写真は燃えてしまったから、今では見ることはかなわないんだが… 同じことを俺の家族でもやりたいと思ったのさ。 君と築く家庭の記憶を残したいと思ったんだ。」
「素敵ね…ぜひサーシアの具合がよくなったら撮りましょう。そうね、私はあの水色のスーツを着るわ。」
「あのスーツか?もってきたのか?」
「ええ、とても気に入っているんですもの。地球にやってきて、はじめてあなたが私に贈ってくれたものよ。」
「ああ、水色は君によく似合うからなぁ。サーシアにもきっと水色は似合うと思うよ。さすがに君達は親子なんだね。」
イスカンダル王家の血は確かに受け継がれているのだな と守は思う。
「あら、親子ですわ。へんなことを言うのね、守。」
「ははは…ところで」
「?」
「俺はまだ君からの言葉をもらっていない。」
「??」
「一ヶ月ぶりなのに」
守はわざとさびしげな表情をしてみせた。 あっとスターシアは気がついた。
「あら、ごめんなさい。」
スターシアは一呼吸おいて守に言った。
「おかえりなさい」
守にとって妻子が住んでいる場所が意味のある家だったから、 いつもスターシアはこう言って守をイカルスに迎える。
「ただいま。」




 夕方、熱もだいぶ下ったサーシアが目を覚ますと 隣室で両親が楽しげに何か作業をしているのが見えた。 起き上がっても頭がふらつかないことに気がつき、嬉しくなったサーシアはベッドを抜けると両親の元へ走り寄った。
「お父様、お母様」
「まぁサーシア!」
「サーシア、だいぶ顔色がよくなったな」
父は大きな手でサーシアをそっと抱き上げた。
「お父様、ねぇあたし夢をみたの。お父様をポートでお出迎えしたのよ。 そうしたら夢の続きのように本当にお父様が帰ってらしていて、 あたしの頭をなでてくれたわ。そうでしょう?」
両親ははっとしたように顔を見合わせた。
「そうだよ。ありがとう…な、サーシア。ポートまで来てくれて」
「あら、夢のお話なのに、変なお父様。」
「夢でも嬉しいのさ。かわいらしい姫君に迎えられて。」
あははと親子は笑いあった。
「サーシアにいいものがある。風邪っぴきにはちょうどいい。ほら。」
父はテーブルの上にのっている器を指差した。
中には何やらカットされた白いものが入っていた。
「なあに?とてもいいにおいがするわ お父様。」
「りんごだよ。」
「お父様が私達のために地球から持ってきてくださったのよ。 おいしいわよ。」
「お母様はりんごを知っているの?」
「ええ。これを食べて元気になりましょうね、サーシア。」
「はい」
本物のりんごは地球ではまだまだ本当に貴重なものだった。 ましてやイカルスでは…。
父は大事に大事に妻子のために貴重なりんごをイカルスに持ってきたのだった。
そんなりんごを、もぐもぐとほおばりながらサーシアの心はとても満ち足りていた。  
 明日には必ず病気を治してしまうわ!  
 そしてお父様と遊ぶの!
にこにこと笑っている両親の顔を交互にみながらサーシアは心に誓った。





 数日後 守家族は、少しよそゆきの顔をして展望室の大きな窓をバックに写真を撮った。もちろんサーシアはあの水色のワンピースを着て。髪には母が服に合わせて作ってくれた髪飾りをつけていた。スターシアも水色のスーツを着ていた。シャッターをきったのは真田だった。 プリントされた写真を、スターシアはイカルスの自分達の住む部屋の一角に飾った。 それから毎回毎回守が帰ってくるたびに写真は撮り続けられた。 家族がばらばらになってしまうあの戦いの少し前まで。戦争の後、しばらくしてから撮影は再開し、サーシアが結婚して家を出てからも、家族の一年に一度のイベントとして続けられている。もちろんサーシアには(連れあいにも)父親から招集がかかるのだった。イカルス時代の写真データは 厄災を潜り抜け、奇跡的に残った。今では母となったサーシアは、 時々思い出したようにイカルス時代の写真を眺める。
「このワンピース、お気に入りだったのよね…」
短かったけれど両親とともに笑って過ごした子供時代。 いろんなことがあったけれど、やはり幸せな時間だったとサーシアは思う。 あの頃過ごした時間は、いまだに自分の人生に影響を与えている。 そんな時間を作ってくれた両親にサーシアは感謝していた。 両親がしてくれたように、自分の子供にもそうしてあげようと、 自分とともに道を歩むことを決めてくれた彼とともに、 そうしようとサーシアは思うのだった。

おしまい

2011.8.28

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スターシアさんの水色のスーツも奇跡的に残ります。
そしてそれを着てイスカンダルブルーと再会をするのです〜〜〜。
ばちるどさん作「オカエリナサイマセ」を参照のこと

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