その2 ― カラリ 廊下側のサッシを開けてスターシアは中庭に出た。 「 え〜と ・・・ たしか水飲み場に ・・・ 」 彼女はしばらくきょろきょろしていたが やがて目的のものをみつけて歩みよった。 「 よかったわ、 置きっぱなしにしていたから ・・・ 」 中庭の水飲み場 ― 小さな子供たちにも使えるように、低い位置にも蛇口がある。 その下に 如雨露が押し込んであった。 「 よい・・・しょ・・・っと。 さあ お水をあげますからね〜〜 」 如雨露に水を満たすと、 スターシアは中庭の隅まで運んでいった。 「 忙しくてつい ・・・ 忘れてしまって。 ごめんなさいね ・・・ ああ ・・・ウチのベランダのお花さんたち ・・・ 皆無事かしら ・・・ 」 フェンス際にある花壇には低い丈の木や 多年草らしい草花が植えてある。 季節がら花は見られないが 葉っぱの緑が目に優しく映る。 「 この木 ・・・ えっと・・・ あじさい。 そうよね、 そんな名前だったわ。 」 ゆっくりと水をやりつつ、彼女は思い出を辿る。 この託児所に ボランティアとして通いはじめてまだ日も浅いころだった。 花壇に水を運んでいて ふとある低木に目が留まった。 「 あら ・・・ これ 〇〇〇 ・・・? 」 思わず口に出してしまったけれど ・・・ 一緒に水やりをしていた職員が教えてくれた。 「 え? ああ あれはね 紫陽花ですよ。 ご存知でしたか? 」 「 あじさい ・・・ まあ そういう名なんですか。 大きな葉っぱですね、きれい・・・ イス・・・いえ 実家の庭にも似たような木があって ・・・ 」 「 梅雨の時期にね、キレイな花が咲きます。 場所によって花の色が違うんですけど。 」 「 あ ・・・ そうでしたね、守・・・いえ、主人が教えてくれましたわ。 官舎の庭にもありましたの。 あれは ・・・ ブルーの花が咲くって言ってましたわ。 」 「 ここのも確か ・・・ ブルーだったかな。 玄関の方にもありますよ、それは紫っぽかったはず です。 」 「 まあ そうですか。 楽しみだわ・・・ 」 根元にゆっくりと水を掛けてやりつつ 彼女はしっかりと広がった葉をにこにこして眺めていた。 そう ・・・ イスカンダルにも紫陽花に似た木があり、雨期には大きな花が咲いた。 大きい、といってもそれは小花がたくさん集まって一つの花に見えるのだった。 夫は その花をとても懐かしがって眺めていた。 「 守? この花がお好き? 」 「 あ ・・・ キレイな花だなあと思ってさ。 地球にもよく似た花があるんだ。 やはりこんな 雨の多い季節に咲くよ。 」 「 まあ そうなんですの? この花は ・・・ といって。 心変わり、という意味なの。 花の色が変わります。 」 「 ほう ・・・ それは面白いな。 進がみつけたら ず〜っと張り付いているかもしれないぞ。 」 「 ふふふ ・・・ いつかお見せしたいわ。 そうだわ、地球にももっていらしたらいいのよ。 この花は 枝を挿しておくとわりに簡単に増えます。 」 「 いいねえ ・・・ うん きれいな色だなあ ・・・ 」 小雨の合間に 夫とよく飽きずに眺めていたものだ ・・・ スターシアは懐かしく思い出していた。 「 ひかりせんせ〜〜 なにしてるの〜〜 」 子供たちが 彼女を追って中庭に出てきた。 「 まあ リリカちゃん。 あのね、 お花にお水をあげているのよ。 」 「 せんせ〜 この木 お花 さいてないのに どうして おみずあげるの? 」 「 綺麗なお花が咲きますように・・・って。 美味しいお水をあげるのよ。 」 「 ふうん ・・・ 」 「 皆もね、 大きくなれますようにって美味しい御飯を一杯食べるでしょう? 」 「 あ〜 そっかあ〜〜 お花にごはん、 あげるのね。 」 「 そうよ。 ほうら ・・・ さあ 美味しいお水ですよ〜〜・・・って 」 「 わあ ・・・ せんせ〜 お花さん、 おいしい〜 っていってるね! 」 「 そうね。 きっとキレイなお花が咲くわ、楽しみねえ。 」 「 うん。 リリカもお水、あげる〜〜 」 「 ありがとう。 じゃあ こっちの木にもあげましょうね。 」 「 は〜〜い 」 「 さあ お水ですよ〜〜 て ・・・ ♪♪ 〜〜 」 「 あ リリもそのおうた、しってる〜〜 ふんふん〜〜〜 ♪ 」 「 アタシも〜〜 」 「 ボクも しってる〜〜 」 気がつけばスターシアの側にいた子供たちは一様に 歌声を響かせはじめていた。 そう ・・・ 彼女が何気なく口ずさんでいた < あの歌 > を ・・・。 「 まあまあ 皆上手ねえ〜 」 「 ひかりせんせ〜 もおうた すき? 」 「 ええ ええ 大好きよ。 このお歌もとっても好き。 」 「 わあ〜い♪ アタシたち み〜〜〜んなすき。 ウチのパパもママもおばあちゃんも すき! 」 「 そうね、皆が好きな皆のお歌なのよね。 」 「 ね〜〜〜 ♪ 」 子供たちに前後左右から纏わりつかれつつ スターシアはよく透る声であのメロディを歌った。 開け放しの室内では 職員たちが彼女の歌声に耳を傾け楽しんでいる。 ガタ −−−− ン !! 玄関の方から大きな音が響いてきた。 「 !? せんせ〜〜 ・・・ なに?? 」 子供は反射的にスターシアにすがり付いてきた。 「 ・・・ 大丈夫よ、リリカちゃん。 先生、ちょっと見てくるから・・・ お部屋に入りましょうか。 」 「 う うん ・・・ 」 「 さあ それじゃ、まずお手々を洗いましょうね。 もうすぐオヤツでしょう? 」 「 はい ひかりせんせ〜 」 「 先生も一緒に洗うわね。 ・・・ はい、 よくできました。 それじゃちょっと待っててね。 」 「 せんせ〜 ・・・ はやく〜〜 」 「 はいはい。 すぐ 帰ってくるわね。 」 スターシアは子供たちに笑顔で答えると 普段と変わらぬ足取りで玄関に出た。 ・・・ なにか 起きたのね ・・・ また占領軍の兵士が来たのかしら 今 園長先生はお留守だし ― 子供たちを恐がらせてはいけませんね 子供室を出ると す・・・っと彼女の表情が厳しく引き締まった。 案の定 玄関には黒づくめの兵士が立っていた。 職員が強張った声で応対している。 なにか押し問答をしているらしい。 スターシアは 軽く深呼吸をすると静かに玄関ホールに入っていった。 「 なにごとですか。 」 一瞬、 全員が凍りついたような表情で彼女を振り返った。 そしてスターシアを隠すように 青年と老婆が前に飛び出した。 「 だ だから! そんなヒト、 ここにはいません!! 」 「 そうだよッ ここは子供を預かる場所なんだっ さあ とっとと帰っておくれ!! 」 まあ ・・・ きみちゃんさん ・・・・? なにをそんなに興奮しているのかしら ・・・ ん? ・・・ これは 危ない ・・・ 「 邪魔をすると撃つ。 イスカンダルのスターシア女王を出せ。 」 「 え〜〜い わからんちんだね!! そんなおえらいヒトはいないって言ってんだッ ! 」 「 どけ。 退かぬと撃つ 」 老婆は怯まない。 それどころか 兵士の胸倉を掴まんばかりの勢いなのだ。 「 ふん!! 撃てるもんなら撃ってみな〜〜 児童施設で発砲かい??? へん!! 占領軍はやっぱし畜生の集まりだねッ !! 」 「 どけ。 」 ― カチ。 安全装置が外れる音がした。 本気だわ ― 脅しじゃない、本気で発砲する気ね ・・・ このままでは本当に撃たれてしまう ・・・! スターシアは職員の青年の手を押さえ、静かに前にでた。 「 銃をしまいなさい。 ここは児童施設です。 」 「 !? ・・・・ オマエは ! 」 「 わたくしがイスカンダルのスターシアです。 なにか御用ですか。 銃をしまいなさい。 ここでの乱暴狼藉は許しません。 」 「 ! こ ・・・ この女を連行せよ! 」 ざわざわ ・・・! 職員をはじめそこにいた全ての地球人が息を呑んだ。 一歩も二歩も兵士に詰め寄ろうとした者も多かった。 ふわ ・・・ その女性 ( ひと ) の笑みが地球人たちの行動を止めた。 「 わたくしに御用がおありなのでしょう? 他の方々は無関係のはずです。 皆さん。 無用な怪我をしてはなりません。 」 スターシアは さっと人々を抑え ゆっくりとした足取りで玄関を出ていった。 「 ! ち 畜生〜〜!! 所長さんは?? 早く連絡しなくちゃ! 」 「 くそ〜〜〜 ・・・ おい、上田さん。 」 「 うん、了解。 佐々木君 」 「 じゃ ・・・ 5分後に。 」 「 5分後 了解。 」 若い男女の所員が す・・・っと奥に消えた。 職員たちは動揺しつつも 密かに行動を始めた。 「 ひかりちゃん!! 外は冷えるよっ これを・・・! 」 きみちゃんが 大慌てでスターシアのコートを持ってきた。 スターシアは そのポケットに男物の手袋が片方、ねじ込まれているのを確認し、密かに微笑した。 「 ・・・ ありがとうございます。 ご迷惑をおかけしました。 」 「 な! なに言ってるんだよ〜〜〜 か 必ず助け出すからッ!!! 助けるからね!!! 」 「 きみちゃんさん ・・・ 」 スターシアは 泣き出しそうな顔の人々に穏やかに微笑むと ― 毅然として兵士達に向き直った。 「 どこへでも連れてゆくがいい。 しかしこれ以上 こちらへ迷惑をかけることは許しません。 」 「 ・・・・・・・・ 」 黒尽くめの占領軍兵士たちは黙りこくったまま、彼女をエア・カーに乗せた。 「 その御方は 裏の託児所においでなさる。 」 老人は ごく低い声で、だがきっぱりと言い切った。 「 ・・・ええ ?? 」 北野は思わず起き上がり ― しかしすぐにそのまま倒れてしまった。 「 ・・・ いってェ ・・・ 」 「 ああ まだ急に動いてはいかんよ。 」 「 ・・・ い いえ ・・・・ あの位の高さから落ちたくらいで ・・・ だらしないです ・・・ 」 言葉とは裏腹に 彼は懸命に起き上がろうとするのだが頭を抑え辛吟している。 「 無理してはいかん。 もう少し、横になっていろ。 」 「 ・・・ は はい ・・・ 」 「 ほら ・・・ これを当てておきましょう。 」 老人の妻とおぼしき老婦人が入ってきて、冷たいものを彼の額に乗せてくれた。 「 酢と小麦粉でね、 湿布剤がわりになりますんですよ。 さあ これで冷しておきなさい。 」 「 あ ・・・ す すみません ・・・ 」 「 じきにすっきりしますよ。 しばらく休んでいらっしゃい。 」 彼女は穏やかに微笑むと 乱れた蒲団を直してくれた。 「 あ〜 君は運が悪かったな。 」 老人は 幾分、申し訳なさそうな声音で言った。 「 ― は? 」 「 君が落ちた場所は 防空壕の上でな。 硬化テクタイトの扉の上にたまたま落ちてしまったので 脳震盪を起こしたのだよ。 」 「 ・・・ ぼうくうごう ・・・・ってなんですか。 」 「 あ 知らんのか。 う〜ん ・・・まあ昔のシェルターだ。 」 「 シェルター ・・・? あの ・・・ 民家の庭にもあるのですか。 」 「 うむ。 これは極秘だが。 非常脱出用通路になっていて − 防衛軍本部に繋がっている 」 「 え。 本部に ?? ・・・ あ ! 」 北野は 反射的に身体を起こした。 「 失礼いたしました! 貴方は 前地球防衛軍司令長官・近藤氏 ですね! 」 「 ああ 急に動いてはいかんよ。 ・・・ さすがだな。 ワシのことを知っていたか。 」 「 はい。 自分は ― 」 北野はしゃっきりと蒲団の上に起き直り 官姓名を述べた。 「 北野 ・・・ 君のことは記憶しておるよ。 152期生総代じゃったな。 」 「 は。 現在はパルチザン本部で活動しています。 」 「 うむ。 今現在の君への命令は ― あの御方の救出、だな? 」 「 は。 」 「 あの御方は ― 目の前の児童施設におられる。 」 「 な なぜそれをご存知なのですか? 」 「 ここいらの住民は皆 知っておる。 なあ? 」 彼は老妻を顧みた。 「 ええ ええ。 あの御方はずっとボランティアで子供達の世話をしていらっしゃるのですよ。 ウチの下の孫は オムツを換えていただきましたし 上の孫も遊んでいただいています。 」 「 皆、 知っておる。 しかしご本人のご要望もあって あえて口に出すものはおらん。 ― ひかり先生。 そんな風に呼ばれ子供達に、いや 親にも職員にも・・・皆に慕われおられる。」 「 女王陛下が ・・・ ですか ・・・ 」 「 そうですよ。 あの御方は真の王者なのでしょうねえ。 どんな状況でも あの御方の周りに人々は慕い集まり ・・・ お護りせねば、と思うのですよ。 」 「 そ ・・・ そうですか! で は すぐに ・・・ あ・・・ッ ・・・ 」 「 ああ ほらほら・・・ あと1時間でいいから休んでいらっしゃい。 」 再び蒲団の上に倒れてしまった彼を 老婦人は優しく蒲団に入れてくれた。 「 うむ。 頭を打っておるからな、無理はいかん。 そして 陛下をここに御案内してくれ。 ウチの非常通路から脱出していただこう。 軍部や政府要人の私邸にはみな非常用通路があってな。 極秘だが ・・ 」 「 それは いいですね! パルチザン本部は ― 」 北野は 軍関係者でなければ判らない呼称で場所を述べた。 「 ほう ・・・ なるほど、考えたな。 あのドッグか。 」 老人 ― いや 近藤前長官は正確にパルチザン本部の場所を言い当てた。 「 は。 」 「 それならば尚の事、ここの非常通路を使っていただこう。 陛下にお願いしてくれ。 」 「 は。 畏まりました。 ・・・ 北野、出発します ! 」 「 だめだめ。 あと一時間、横になっていなさい。 頭の怪我は軽く見てはだめ。 しっかり冷して様子を見ましょう。 一時間経って元気なれば大丈夫ですよ。 」 「 家内は看護士の資格を持っておるのだ。 まあ ・・・ いうことを聞いておけ。 」 「 ・・・ は ・・・ ありがとうございます。 」 「 ほほほ ・・・ その替わり 女王陛下のこと。 お願いしますね。 」 「 は! 命に代えましても! 」 一時間と少し経ったころ ― トン ・・・ トン トン ・・・ 児童施設の非常用脱出口をノックする音が聞こえた。 「 ! だ 誰だろう?? あの入り口は職員しかしらないはずなのに ・・・ 」 「 ま まさか ・・・デザリアム兵 ?? 」 「 いや そんな訳は ・・・ 」 「 出てみる。 」 「 ! 危ないわ 佐々木君! 」 「 大丈夫さ。 ヤツラだってそうそう発砲はしないだろう。 」 「 わかったわ。 私 陰から援護射撃体勢に入っているから! 」 「 サンキュ、上田さん。 」 「 ホントに大丈夫? 二人とも・・・ 」 他の職員たちも心配顔である。 「 オレたちのことは いい。 陛下・・・ いや ひかり先生の心配をしてくれ! 」 「 え ええ ・・・ 」 青年の職員が 静かにドア口に近づいた。 カシャ。 彼の後ろから安全装置を解除する音が 聞こえた ・・・ トン ・・・ トン トン ・・・ ノックは相変わらず続いている。 「 ― どなたですか。 」 青年は固い声で尋ねる。 「 ・・・ 裏の近藤さんから 白菜漬けを託ってきました。 」 若い男性の声だ。 「 マリリンさんは元気ですか。 」 「 はい、今日は娘のリリーさんが訪ねてきました。 」 「 !? ・・・ アンタ・・・ パルチザンかい? 」 「 そうです。 北野といいます。 」 「 ― 入りな。 」 シュ −−−− ・・・・ 少々軋みつつもドアが開き、 北野はやっとのことで目的の施設に辿りついた。 「 そうかい! あの角の屋敷の ― 近藤元長官ち、から 」 「 はい。 こちらに女王陛下がいらっしゃる、と情報がありました。 合図の言い回しも直接教えていただきました。 」 「 な〜るほど・・・ ウチの所長さんもな〜 あの通路を通ってパルチザン本部に 出かけている最中なんだ。 」 「 そうですか。 ではなおのこと、 スターシア女王陛下には パルチザン本部に至急避難されますよう ・・・ 藤堂司令よりの要請です。 」 「 ― アンタ ・・・ 陛下って 知らないのかい? 」 「 !! な なんだって今ごろ〜〜 遅いッ 遅すぎるよ〜〜 このオンタンチン!! 」 突然 老婆が飛び込んできて、北野の胸倉をつかんで喚きだした。 「 ?? う うわ ??? 」 「 遅いんだよ〜〜 遅すぎたんだ〜〜 」 老婆は泣きながらも 北野をぐいぐいと締め上げている。 「 う ・・・ げほ ・・・! 」 「 あ〜〜 すまん、婆ちゃん。 喚いてないで ― コイツに伝えてくれ。 コイツは映え抜きのパルチザン兵士さ。 」 「 ・・・ ふうん ??? 今ごろやってきて〜〜 この役立たず! 」 「 あ あの?? 」 「 ふん! アンタ知らないのかい! アタシらの大切な ひかり先生 は! クソッ垂れ占領軍に連行されちまったよ! 」 「 な なんですって!? 」 デザリアムの占領軍が イスカンダルのスターシア女王を拘束した、というニュースは その日のうちに大々的に占領軍側から発表された。 占領軍はスターシア女王に対し、彼らに彼らの地球占領政策への協力を要請した。 「 !! な ・・・! 」 「 どうして?? 女王様は関係ないでしょう?! 」 「 ち ・・・ 地球にいらした ・・・んだ?? 」 「 くそ〜〜〜〜 占領軍どもめ〜〜〜〜 ( パルチザンはなにやってんだッ ! ) 」 「 どうぞご無事で・・・! ― 占領軍ども 許さん!!! 」 巷では市民たちの占領軍への憤りが 爆発的に昂まってゆくのだった。 パルチザン本部でも 憂色が強まった。 極秘避難路から帰還した北野から 一部始終が報告された。 「 ― 拙いな。 」 「 申し訳ありません・・・! 自分の責任です。 」 「 ・・・ 仕方あるまい、事故だからな。 」 「 いえ。 自分は命に代えても陛下をご救出申し上げます! 長官、 これを 」 北野は内ポケットから小さな包みを取り出した。 「 これは・・・近藤前長官からか。 」 「 はい。 直接藤堂長官に渡すように、とのご希望です。 」 「 うむ ・・・ 」 藤堂長官は北野からデータ・チップを受け取ると 通信ルームに姿を消した。 そして その日のうちにパルチザン本部に数人の <専門家> が加わった。 翌日から 本部には大型のモニターとスピーカーの数が増えた。 やがて ― スターシアへの尋問の模様を 断片的にパルチザン側はキャッチし始めた。 パルチザンに加わった<専門家>たち ― 実は腕利きのハッカーらが そのテクを駆使して占領軍のネット・ワークにハッキングをかけている。 「 なんたってここは我々のホーム・グラウンドですからね。 おそらく女王陛下は防衛軍の施設のどこかに拘束されているとにらんでます。 おおっぴらにしていない盗聴装置はいくらでも残っている・・・ってことです。 」 「 ― どうだ? 」 「 ・・・ もうちょい ・・・ ひっかかった! 」 デザリアム側の音声はひどく聞き取り難い。 ノイズを掛けているのかもしれない。 それに反し スターシア女王の返答は明瞭だ。 「 ― イスカンダルと地球連邦は友好国です。 友好国に協力をして当然でしょう。 」 「 無断採掘に来た謝罪を受けていませんわね。 」 「 そちらに協力する必然性はないと理解します。 」 「 考えさせて頂きます。 」 「 生命 ( いのち ) の重さを考えない国とは 友好関係を結べません。 」 「 わたくしの夫は 地球防衛軍軍人です。 その妻として夫の意志に従うのは当然です。 あなた方の星では そうではないのですか? 」 淡々と、しかし毅然としたスターシアの言葉に 長官をはじめとし防衛軍幹部達は瞠目し感嘆した。 「 う ・・・・ む ・・・ さすが ・・・女王陛下だな 」 「 はい。 お見事、と申し上げるほかありませんな。 」 「 おい ・・・ 古代参謀を呼んでこい。 」 「 は。 」 古代 守 は細君の声を聞かせてもらうと、一瞬 瞑目し、密かに莞爾として微笑んだ。 「 古代参謀。 我々は必ず陛下を取り戻す。 これは最優先事項だ。 」 「 長官。 」 守はほんの少し目礼したが すぐにきっぱりと言った。 「 彼女はどのような状況でも一国の女王として誰よりも高潔に振る舞います。 そういう女性です。 そして 地球防衛軍軍人の妻としても恥ずかしくない行動をとるでしょう。 これ以上のお心使いはご無用です。」 「 古代。 それでは我々が いや、 地球人全てが皆承知せんよ。 ともかく女王陛下の救出だ。 これは長官命令だ。 皆 いいな。 」 「 は。 」 集まっていたパルチザンの人々は皆心から同意した。 「 古代参謀・・・ 」 北野がそっと守に話しかけた。 「 おう、 北野。 アタマは大丈夫か。 」 「 は。 申し訳ありませんでした! 」 「 いいって ・・・ もう気にするな。 」 「 ・・・ ありがとうございます。 あの児童施設にいたおばあさんからの伝言なのですが 」 「 ?? 俺に か。 」 「 はい。 ひかりちゃんのご亭主に伝えておくれ! って。 」 「 ふうん? なんだ。 」 「 はい。 ひかりちゃんは 片っ方だけの手袋を持っていかれたよ と。 」 「 ― 手袋 か。 」 「 はい。 」 守は きゅ・・・っと唇を噛んだ。 そして胸ポケットの上から何かをそっと押さえた。 ― その時 まもる ・・・ ! 「 ?? え ・・・? 」 彼には確かにスターシアの声が聞こえた。 「 ・・・って ・・・ 彼女は ・・・ 」 守 ・・・ 私は無事です。 どうか 私のことに捉われないで ! 守は 守の信ずる道を行ってください。 「 ― スターシア ・・・ 」 今、 古代守にははっきりと愛しい妻の、そして気高い女王陛下の笑顔が見えるのだった。 「 ― ! 占領軍が女王陛下のことで市民に発表をする と決定しました! 」 「 なんだって? 」 パルチザン本部は ハッカー部隊からの報告で再び騒然となった。 2013.5.19 TOP BACK NEXT |