その4



ヤマトは深い闇の中を航行していた。空間に漂うガス状物質は、いよいよ密度を増し、まるで水のようにヤマトを包んだ。暗黒星雲の向こう側へ抜けるため
にヤマトは通路の入り口に突入した。

   ガガーーン ドゴーーーン

とたんにヤマトをすさまじい気流が襲い、流れてくる岩塊が船体にぶつかり、ひくく鈍い音が艦内中に響き渡る。
窓外はどす黒くまったく視界がきかない。レーダーも使い物にならなかった。
突然ヤマトの何倍もある巨大な岩が闇の中から ふ っと姿をあらわした。

   はっ!

島の咄嗟の操縦でかろうじてヤマトは岩を避けることが出来たが、ヤマトは大きく振られ、中にいる人間は床に投げ出された。これは序の口だった。次々に
襲ってくる岩塊にヤマトは翻弄され続け、島の巧みな操縦でなんとか切り抜けてはいたが艦内は大揺れだった。
先ほどの揺れでサーシアは盛大に床に投げ出された。しこたま背中を打ちつけ、じんじんと痛かったが、なんとか立ち上がり、また自席にもどりレーダーに
しがみついた。何も映し出さないレーダーを見つめ、襲ってくる巨大岩石の衝撃にただ耐えるだけの状況はいつまで続くのだろうか、とサーシアは少し不安になった。

   これでは暗黒星雲を通り抜ける前に、ヤマトはあの岩石のせいで沈んで
   しまうわ・・・・。

目の端で真田を見ると、彼は盛んに計器を操作しているようだったが、さすがの彼でもこの状況にレーダーを回復させるのは至難の技のようだった。それに、どんなに島が優秀な操縦士であっても限界があるだろう。実際サーシアの席から見える島の後姿は少し疲れて見えた。
「サーシア、ビデオパネルを・・」
少し苛々している進にサーシアは命じられてスイッチを入れたが、パネルには鈍色の闇が映し出されるばかりだった。

   真田のおじさま・・・・わたし・・・使います。
   今がその時だと思います。
   使わせてください。

いったん目を閉じてサーシアは呼吸を整え、気持ちを落ち着けると、再び目を開いてパネルを見上げた。
闇が序々に取り払われ、サーシアの視界がクリーンになった。ひとつの大きな岩がヤマトに迫ってくるのがサーシアの瞳に映った。
「左舷前方!岩塊発見!」
みなが はっ としてサーシアを振り返った。
   サーシア!
真田の声がサーシアの頭の中に響いたが、サーシアはかまわなかった。
「サーシア?どうしたんだ、何も映ってないぞ。」
島は叫んだがサーシアはそれを無視して言った。
「くるわ!早く!!島さんっ!!!」
最後の方は悲鳴に近かった。
「島!サーシアの言うことを信じろっ!」
真田が島に怒鳴った。
「え?」
「いいから信じろっ!!」
真田とサーシアに圧倒された島は半信半疑ながら急いで操縦レバーを引いた。
するとサーシアの言ったとおり、岩塊がひゅっと目の前に姿をあらわしたかと思うと島の操縦のおかげで左舷すれすれを掠めて後ろへ流れ去っていった。
ああ・・・
安堵のため息が第一艦橋を埋めた。
それと同時にみんながサーシアに注目した。
そんなみんなの視線を受け止めながら、サーシアは自分を気遣わしげに見ている真田に強く頷いてみせた。

   オ ネ ガ イ シ マ ス

サーシアの強い気持ちが真田に伝わったのだろう。真田は しっかりやれよ というようにサーシアに向かって頷くと自席の計器類に目を向けた。



白く輝く銀河が第一艦橋の窓いっぱいに広がっていた。飛んでくる岩石と戦いながら、墨を流したような暗黒星雲を抜けた末にヤマトを待っていたのは、壮絶なまでに美しい光景だった。
その輝きは見るものの心を光の渦の中に引っ張り込み、誰もが放心したように、ただただ輝きにみとれていた。

「きれい・・・・・・・」
サーシアは力を使ったせいで疲れてはいたが、白く輝く銀河を見てそんな疲れは吹き飛んでしまう思いだった。
「・・サーシア」
真田がサーシアに声をかけてきた。
「班長・・!すみません、力を使ってしまいました。でも・・・」
「疲れているんじゃないのか?」
「・・・おじさま・・。大丈夫です。あの・・。」
「とても助かったよ。ありがとう。」
真田に言われてサーシアは嬉しくなった。
「よかった・・・私、これ・・・・で・・・・・・。」
「サーシア!?」
サーシアの体がよろめいた。彼女の体中から冷たい汗が吹き出ていた。
真田が思わず受けとめたサーシアの息は荒かった。

  あれ・・・?どうしたのかしら、私・・・・あ、アタマが・・・がんがんする・・。

薄れ行く意識の中で、サーシアはしきりに心の中で真田にむかって謝った。

   ごめんなさい、おじさま。私・・・・意地でも倒れたくなかったのに。
   これじゃあヤマト乗組員失格ですね・・・・・・

「おい!サーシア!」
完全にサーシアは暗闇に飲まれてしまった。





   ビーー

ドアフォンが鳴ったので またかい と佐渡はうんざりしたようにドアに向かって
「誰じゃい」
と言った。
「あのぅ・・・・・」
医務室のドアが開き、控えめに顔をのぞかせたのは加藤四郎だった。
「あのぅ・・そのぅ・・・」
言いよどむ四郎に向かって
「なんでお前まで?お前でもう4人目じゃ。お前達忙しいんじゃないのか?」
「ええ、まぁそれはそうなんですけど。岩塊で多少船体がやられましたからね、修理がすむまでは少しだけ時間があるんですよ。」
それだけではなかった。だいたいのメボシはついているものの、敵母星のある位置を割り出すのに少々時間がかかっているのだった。真田を中心としたチームが今必死になって割り出そうとしている。その間、加藤たちは待機状態だった。休めるときに体を休めておけ、ということなのだ。大食堂で軽い食事を取っていた時に四郎はサーシアのことを小耳にはさんだ。「サァちゃん」が倒れたと知って四郎はいてもたってもいられなくなったのだ。
「あの子は疲れてしまったんじゃよ。今は寝とるよ。マリ君?」
呼ばれてマリが隣室から顔をひょいっと出した。
「ああ、加藤君、ダメよ。今は面会謝絶〜〜〜。」
「そ、そんなに悪いんですか?サーシアは。」
「そ〜じゃないんだけど、とにかく今は寝てるし、休養が必要なのよ。面会人にいちいち会ってたらかえって疲れるだけでしょ。休ませてあげて。」
「そんなわけで、帰った、帰った。艦長もうるさくての〜。大丈夫か、大丈夫かって問い合わせてくる。」
「へ?艦長も?」
「なんだかなぁ、あの子は面白い子じゃの。艦長なんか娘を心配するタダのオヤジって声だったな。きっとイカルスではかわいがられていたんじゃろうな。」
「そうですね・・・。」
四郎はいつだったか、水色のワンピースを着てイカルス中歩き回り、みんなに見せて回っていたサーシアを思い出した。どちらかというと殺風景なイカルス
にサーシアは色とりどりの花のような空気をもたらしていた。
「加藤君」
マリが四郎を手招きしていた。
「サーシアの目が覚めたのよ。で、君に会いたがっている・・・ように思えるんだけど・・・・いえね、会いたいって言われたわけじゃないんだけどね。」
「え?」
マリは声をひくくして四郎に続けて言った。
「おにいさま、来ているの?って。君の気配がわかったらしいの。会ってあげて。
本当は面会は身内の古代班長か、教育係だった真田君だけにしておきたいんだけど・・・。まぁ、君はサーシアに慕われてたからさ、いいよ。」
マリは何かを知っているように ニヤリ としたので、四郎は 何だろう といぶかった。
そんなマリの表情も一瞬のことで、すぐにまじめな顔になると
「でも面会は短く よ。なるべく休ませたいからね。」
と言った。
「わかりました。」
ベッドを囲むカーテンをそっと開けると入院患者用の白い合わせの服を着たサーシアがうっすらと目をあけて布団の中から四郎の方に顔を向けた。彼女の左手には点滴が繋がっていた。
「やぁ」
つとめて明るく四郎はサーシアに声をかけるとベッド脇の椅子に腰掛けた。
とたんにサーシアの顔は赤くなったが、彼女はもう以前のように四郎から視線をそらすようなことはしなかった。
「お・・おにいさま・・・・。さっきね、目が覚めるちょっと前、夢の中でおにいさまを感じたの。やわらかな水・・・・」
「?」
「おにいさまが私の近くにいるって、わかったの。そうしたらだんだんと目が覚めてきて・・・。最初どこにいるかわからなくて・・・でもコレが見えてね。」
とサーシアは右手で点滴を指差した。
「私医務室にいるんだなぁって。倒れちゃったんだなぁって・・・。どうしておにいさまは医務室に来たの?どこか悪いの?」
「・・・・君が・・その、倒れたって聞いてね。」
「それで?ごめんなさい、忙しいのに。」
「あやまることはないよ。どう気分は?」
「うん、だいぶいい感じ。アタマが痛いのは治ったみたい。」
サーシアはにっこりと四郎に笑ってみせた。
「初めてのことだらけで疲れてしまったんじゃないのかい?」
四郎は展望室で久しぶりにサーシアと話をしたときに、彼女が少し疲れた顔をしていたのを思い出した。
「熱があるのか?」
「ううん・・・・・。大丈夫。」
サーシアは熱く感じる自分の頬を隠すように顔の半分まで掛け布団を引っ張りあげた。
「・・・・私・・・力を使ったの。透視の力。」
「そうか。」
「本当に必要な時にしか使ってはいけないって、お母様やお父様、真田のおじさまにずっと言われてたの・・・。でね、今が使う時だって・・そう思って使ったの。そうしたら倒れちゃった。」
「大活躍だったんだね。」
「ううん・・・。出来ることをしたかっただけなの。真田のおじさまからは 助かったよ って声をかけてもらえたけれど、でもダメなの。」
「?」
「倒れちゃったから。ぜったいに迷惑をかけないって、倒れないって心に誓ったのに。出来なかった・・・。ヤマト乗組員失格ね。」
「サーシア・・・そんなことないよ。さっき佐渡先生が言っていたけれど・・・・」
「いいや、そんなことある!」
ふいにカーテンの向こう側から声がしたのでサーシアと四郎はびっくりして声のする方を振り向いた。
す・・・っとカーテンがひらくと、むすっとした進が顔をのぞかせた。
「進叔父様・・!」
「古代班長!」
進が入ってきたので四郎はこれ以上ここにいては自分は邪魔になると思い、席をはずそうとした。
「じゃあ、俺はこれで。お大事に。」
「あ、おにいさま、待って。もう少し・・・」
「でも・・・。」
「いいさ、サーシアもああ言っていることだし。」
何故か少し不機嫌そうに進も四郎を引き止めた。
「わかりました。じゃあ少しだけ・・。」
四郎はまた椅子に座りなおした。
進はそっと気づかれないようにひとつため息をつくと、サーシアをあらためて見つめた。
「まったく、倒れるなんてなってないゾ 古代サーシア。」
わざと眉間にしわをよせて進はサーシアに言った。
「私をユキさんと間違えるような人には言われたくありません。」
「いったな、コイツ」
進は ふ っと表情を崩すと、人差し指で ちょん っとサーシアのおでこを軽くはじいた。
「いたいわ、叔父様。私体調悪いんですけど。」
「どこが」

   ふふふふ・・・ はははは・・・・・

サーシアと進はなんだかおかしくなって笑ってしまった。
「こら〜 そこの面会人と病人!うるさいぞ。面会人、もう帰りなさい。サーシアが疲れる」
カーテンの向こう側からマリの声が飛んできた。
「「す・・・すみません。」」
進は一瞬でしゅんとなり、サーシアは布団を頭までひっかぶった。
「サーシア、ありがとな。すごく助かった。みんな君のことを心配しててね、医務室の前で追い返されてしゅんとなってた。御礼を言いたがってるよ。」
進が声のトーンを落として、まるで内緒話をするようにサーシアに小声で言ったので、サーシアは布団から少し顔を出した。
「・・・・・・!」
「それと、真田さんから伝言。 よくがんばったな。ほめてつかわす。 だって。」
「ふはは・・・・真田教官らしいですね。」
「か〜と〜う〜〜〜〜。声でかい」
またもマリの声が飛んできた。
「ふひぃ・・・・(マリ先生の方がでかいっすよ〜〜)」
四郎は肩をすくめた。
「真田さん、サーシアのことをとても心配していたよ。でも今は手が離せなくて・・・・」
「いいの、叔父様。わかっているから・・」
サーシアは目を閉じると、胸に手をあてた。
心がじんじんと熱かった。
一筋の涙がサーシアの頬をつたった。
「サーシア・・」
「サァちゃん、よかったな。」
「・・・・おにいさま・・・わたし・・・・。」
「サァちゃんは、古代サーシアというりっぱな一人の女の子だってことだね。」
「おにさま・・・・」
「????何だ?ソレ???」
「うふふふ・・・・叔父様には内緒。うふふふふ。」
「サーシア!か〜と〜う〜〜〜!!」
「そこの面会人!!いい加減にしなさいっっ!」
「「へ〜〜い」」





医務室を後にして廊下を歩く進と四郎はしばらく無言だった。
ふと進が四郎に言った。
「サーシアは君のことを慕っているようだな・・・。」
「・・・・・。イカルスでずっと一緒でしたから。サーシアさんがこ〜〜んなに小さかった頃から。彼女は妹みたいなものです。」
「そうか。うらやましいな・・・・」
「古代班長?」
「兄が地球へもどってきてから、俺は殆ど宇宙勤務だった。彼女のことはほんの赤ん坊の頃しか知らなくてね。なにしろ初めての姪っこだろう、かわいくって
さ。兄から彼女がスターシアさんと一緒にイカルスで暮らすようになったってことは聞いて知っていたけれど、あそこはなかなか行けそうで行けないところだ
ろう?会いたくても会えなくてね。やっと会えたと思ったらもうあんなに大きいんだもんなぁ〜〜〜。」
「かわいかったですよ〜〜〜サァちゃん。」
「かわいかった?」
「いやぁ、今でもかわいいですよ〜〜〜〜。」
「か〜〜と〜〜〜う〜〜〜〜。ちょーしにのんなぁ〜」
進はゲンコツでゆるく四郎のアタマをぐりぐりとやった。
「す、すみませ〜〜〜〜ん」




どのぐらい休んだだろうか。
丸々一日は眠っていたはずだった。
サーシアの体はすっきりと軽くなっていた。
マリと佐渡のOKが出たので、サーシアはベッドを抜け、今自室で身仕舞いをしていた。これから第一艦橋へ向かうのだ。
サーシアは髪を丁寧に梳いて、後ろでひとくくりにした。それから鏡をのぞいて
 にこ っと笑顔を作った。

   これで いいわっ

満足して振り返ると、ベッドの枕元に置いた小さな箱がサーシアの目に入った。
彼女は箱を手に取るとそっとフタを開けた。
「これを開けるのは久しぶりかもしれないわ・・・。」
それはサーシアがイカルスから持ち込んだ、数少ない私物の一つだった。
中には千代紙で折った鶴や、父からもらった小鳥のブローチ、それにモールでできた少しみすぼらしいおもちゃの指輪が入っていた。どれもサーシアが子供時代から大切にしている宝物だった。
両親と過ごした、短いけれど楽しかった子供時代、イカスルでの日々の思いがどっと箱の中からあふれ出てきた。今、サーシアの胸に去来するのは楽しい思い出ばかりだった。
「お父様、お母様・・・・・・私に沢山の愛情を注いでくだすっていたのに。なのに私ったら・・・。お父様、お母様・・・・・ヤマトではみんなに助けていただきながら、なんとか私はやってます。それから、それから・・・・。」
サーシアは古ぼけたモールの指輪をそっと手のひらにのせた。
  
   おにいさま・・・・・

サーシアは目をぎゅっとつむると指輪をにぎりしめた。
サーシアの胸がせつなさで疼いた。

「・・・・お父様、お母様・・・・・わたくしをこの世に生み出してくだすってありがとうございます。」

サーシアは指輪を箱の中へもどすと、丁寧に蓋をした。
それから自分に当てられた部屋を一度見回してから、サーシアはすっと背筋
を伸ばすと、ドアの向こう側へ歩み去った。



2012..4.2


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