その3



いよいよヤマトは暗黒星雲の向こう側へ続く通路の入り口を求めて中心部へ
と突入していった。ガス状物質が漂い、窓外はダークブルー一色だった。時折
岩塊が窓すれすれに掠めてゆく。
「レーダー反応しません。」
計器をいくら操作し、調整してもノイズが消えない画面を見ながらサーシアが
告げた。
「ガス状物質の影響だな・・。それでも7宇宙キロまでは見える。有視界航法を
とるよりしょうがないな・・」
と真田が言ったときだった。

    ドーーーン!! 第一艦橋に衝撃が走った!

「敵だ!」進が叫ぶ。
「第一砲塔損傷!」
「第三艦橋損傷!」
次々に被害報告が入ってくる。
振り向きざま進はサーシアに向かって
「ユキ!外の様子をビデオパネルに映してくれ!」
と言ったので、眉をしかめたサーシアだったが、今は集中しなければ と受け
流した。

   叔父様、しっかりなさって!
   きっと地球でがんばっているユキねえさまのためにも!

サーシアが、素早く計器を操作すると、情報パネルに、おぼろげに敵艦隊の姿
が浮かんだ。
サーシアは無意識のうちにさらに集中ていした。ダークブルーの雲が取り払わ
れ、あらわになった敵艦隊の姿が彼女の脳裏に浮かび上がった。
「左舷前方1万宇宙キロ!」
サーシアがはっきりと言ったので進の表情が え? となった。
真田もちらっとサーシアを見た。
が、それは一瞬のことだった。
「古代!」
真田が一喝した。
敵からの攻撃の最中、立ち止まることは許されない。
「推定距離左舷前方1万宇宙キロ!各砲塔、戦闘態勢につけ!」
キっとパネルを睨んで進が指示をとばす。

    サーシア!!

真田の声が突然サーシアのアタマの中に響いた。
集中していたサーシアは我に返って真田を見た。
サーシアの視線を無視して、真田は彼女に背をむけて懸命に計器を操ってい
る。
サーシアは知らずして自分の力 透視 を使っていたことに気がついた。
真田はサーシアとの長い付き合いから、彼女に向かって心の中で強く言葉を
飛ばすコツをつかんでいた。ただし真田はいわゆる能力者ではないのでサー
シアからの心の言葉を受け取ることはできなかったが。
力 をむやみに使ってはならないと、サーシアは小さなころから母や真田から
教えられてきた。それは、いずれ消えてしまうかもしれない力に頼った生活を
避ける意味もあったし、地球人として生きてゆくための知恵だった。なにより体
力を消耗する。
戦況は刻々と変化するし、いつまで続くかもわからない。いくらサーシアが透
視の力を持っているといっても、すべての状況を広範囲にわたって把握するの
には無理があると真田は思っていた。仮に出来たとしても、力を使い続けたら
確実に彼女は倒れてしまうだろう。それだけは避けたかった。
真田のサーシアを心配する気持ちがやわらかく彼女を包み、一種興奮状態に
あったサーシアの気持ちは落ち着いてきた。サーシアがレーダーに目をむけ
ると、今この時も必死に真田が調整に努めている結果なのだろう、レーダーの
機能がいくらか回復しているのがわかった。

    真田のおじさまはすごい。
    あたし・・きっとどこかで驕っていたのね・・・。

サーシアは真田にアタマから水をかけられたような気持ちになった。
経験の浅い自分が、無意識とはいえ、自分の 力 だけで効かないレーダーを
カバーしようとしていたことにサーシアは恥ずかしさをおぼえた。確かに自分
の役割は重要だったが、自分だけでどうこう出来るものでもない。ここ第一艦
橋にいる全員、いや、ヤマトの全クルーが力を合わせてこそ難局を乗り切るこ
とが出来るのだ。
真田の努力に応えなければ・・・・サーシアは気持ちを引き締め、再びレーダー
にはりつくのだった。





ヤマトを取り囲んだ浮遊要塞が大爆発を起こし次々と沈んでゆく。
地球から追ってきた敵艦隊と浮遊要塞との挟み撃ちにあい、窮地に陥ったヤ
マトは真田が考案した波動カートリッジ弾によってかろうじて難局を乗り越える
ことが出来た。第一艦橋は興奮に包まれたが、真田一人どこか浮かない顔を
していた。
「たった2発で、すごい威力ですね。」
古代は真田にそう話しかけたが
「こんな、効果があるはずはないんだ。あの波動カートリッジ弾には従来の波
動砲の100分の1のエネルギーしか仕込まれていない。あんな大爆発を起こ
すはずがないんだ・・。」
と真田は首をひねった。
「ひょっとしたら、波動エネルギーと敵の何かのエネルギーが融合したのかも
しれない・・。」
サーシアも驚きをもって窓外の光景を見つめていたが、真田のつぶやきに何
か胸騒ぎを感じた。

     あ・・・・まただわ・・・。

再び彼女の目の前にあるビジョンが展開した。


先刻夢に見た、建造物が立ち並ぶ光景。
仮面のような白い顔をもつ女が一人、長い髪を風にゆらしながら立っている。
燃えるような夕焼けが女の皮膚を朱色に染め上げる。

   ぴしっ

突然、白い顔にひびが入り砕け散った。
仮面の奥から一瞬女の悲しげな目がのぞいた
かと思うと女は塵となった。
風が悲鳴をあげながら、女だった塵をいっさい持ち去ってしまった。

      ひゅーーーーー

ただ ただ 風が建造物の間を吹き抜ける。


「サーシア。」
いつの間に側にやってきたのか、真田が声をかけてきたので、サーシアは夢
の中から現実に戻った。
「・・・班長・・おじさま!おじさまの声、聞こえました。私を止めてくださってあり
がとうございました。おじさまは気がついてらしたのですね。」
サーシアはそっと真田に礼を言った。
「無理するんじゃない。」
「はい。今回はいろいろと勉強になりました。」
「ふふん・・そうか。倒れたりなんかするなよ、迷惑だからな。」
表面はきつい言い方をする真田に
「はい、班長。」
とサーシアはにっこりと笑って返事をした。
真田の内側の優しさをサーシアは十分感じていたから。
そのとき、球形レーダー室から報告が入った。
「こちら、球形レーダー室。暗黒星雲中心部の通路の入り口を発見しました。」




敵との死闘でヤマトはかなり傷ついていた。各所で大至急修理が進められて
いたが、一方で休める者は順次休憩をとることとなった。修理が済み次第、見
つかった暗黒星雲の通路に突入することになっているからだった。
サーシアは一人展望室で、窓の外を眺めていた。彼方に暗黒星雲の通路の
入り口と思われる、恐ろしいぐらいに美しいグリーンの空間が見えた。

    あの夢は・・・・・あの夢で見た女の人に私は会うんじゃないかしら・・・
    そんな気がする・・・・。

女の悲しげな目がサーシアの脳裏に焼きついて離れなかった。

    お母様、私、夢をみるのです。
    それは私の中のイスカンダルの血がそうさせるのですね?
    なぜ私に夢をみさせるのでしょうか?なぜ?
    私に何をせよ というのでしょうか・・・。

制服の下で、胸のペンダントのあたりがが ちりりと 熱をもったように痛んだ。
なんだかとても疲れた気がしてサーシアはベンチに深く座り込んだ。
ふいに、サーシアはやわらかな水で包まれた、ような気がした。
それがなんともここちよく、うっとりとサーシアは目を閉じかけて はっとなった。
人の気配がして振り向くと展望室に加藤四郎が入ってくるところだった。
四郎はベンチに据わっているサーシアには気づかずに窓に向かってゆっくりと
歩いてゆく。手すりにもたれかかると、四郎はしばらく窓の外を眺めていた。
そんな四郎の後ろ姿を見てサーシアの心臓はどきんと波うった。
サーシアは四郎を見るのはずいぶん久しぶりな気がした。
もしかしたらイカルスに叔父たちがたどり着いたあの時以来かもしれなかった。
イカスルではいやというほど顔をあわせていた二人だったが、ヤマトに乗艦し
てからは殆ど顔を合わせる機会がなくなってしまった。それは第一艦橋勤務の
サーシアと艦載機隊の四郎とではあまり接点がないせいだった。そのことを
サーシアは心のどこかでほっとしていた。四郎と顔を合わせるとなんとも落
ち着かなくなるからだった。落ち着かない自分はとても嫌だった。
それなのに、それなのに、こうして展望室で鉢合わせするハメになってしまうと
は・・!ふいをつかれてサーシアはどうしてよいかわからなくなってしまった。
そっと・・・そう四郎が自分に気づかずにいる今のうちに、そっと展望室から出
てしまおう。
そうサーシアが思い、行動に移しかけたときだった、
四郎が外を見るのをやめて振り返った。
ベンチに座るサーシアと目が合った。
まさか先客がいるとは思ってもみなかった四郎は あ と少し驚いたが、サー
シアだとわかると表情を和らげた。
「やぁ」
と四郎は気軽にサーシアに声をかけてきた。
正面から見る四郎の笑顔にサーシアは動けなくなってしまった。
「こ・・・コンニチハ」
とサーシアはぎこちなく答えた。
「とうとうヤマトはここまで来たね。どうだい仕事は?」
と四郎がサーシアに話しかけた。
何を言われるのだろうと構えていたサーシアだったが、四郎が仕事の話をふっ
てきたので、なんとなくほっとした。
「な、なんとか、みなさんの支えもあってがんばっているわ」
「そうか。」
「か・・・加藤さんは?」
四郎は一瞬さびしそうな表情を見せたが、すぐにもとの表情にもどると
「俺?そうだなぁ、俺もなんとか、やってるよ。」
四郎は穏やかに答えたが、彼の心の中にさざ波が広がっているのをサーシア
は感じ取った。
いつか見た四郎のイメージ、
敬礼する四郎の兄、三郎のイメージがサーシアの心の中に飛び込んできた。

     ああ・・・そうなのね、もしかしたら・・・
     おにいさまは、私と同じなのかもしれない。

そう思うとサーシアはいてもたってもいられなくなり、ベンチから勢いよく立ち上
がると、思わず
「おにいさま、そんなことない!」
そう叫んでしまった。
疲れが積もっていたのだろう、立ち上がった時にサーシアは少しふらついた。
「大丈夫か?」
四郎はとっさにサーシアに手を差し伸べた。

   あ・・・・!

四郎の手とサーシアの手が触れ合う。
サーシアの指先に、先ほど感じたやわらかな水の感触が四郎から伝わってき
た。ここちのよい水の感触。その水に包まれてサーシアのぎこちなかった気持
ちがほぐれていった。
「おにいさま!おにいさまは誰よりも一所懸命がんばっているもの。イカルスで
おにいさまの頑張りを間近で見ていたからわかるわ。おにいさまは加藤四郎と
いう一人のりっぱなパイロットよ!」
母から、真田から、さんざん言われてきたこと 人の心の中が見えたとしても
黙っているように とのいいつけをサーシアは破ってそう四郎に言ってしまっ
た。
四郎は一瞬目を丸くしたが、すぐに笑顔になって、いつかサーシアにしたように
「サァちゃん、ありがとう。」
といってサーシアの頭をやさしくなでた。
サーシアは目を見開いた。
「私・・・・ワタシはもう小さなサァちゃんじゃあないわ。」
サーシアは自分のしてしまったことを棚にあげて四郎に抗議した。
「あはははは・・・」
「お、おかしい?」
「いや・・・ははは・・・嬉しいのさ。」
「え?」
「久しぶりだね、こうして君と話をするのは さ。」
「・・・・・・」
「俺、何かしたかな?君に嫌われるような事をしたかな ってずっと思ってた。
君、突然俺としゃべってくれなくなったから。」
「・・・・・・・」
「まぁ、いいや、こうして話も出来たし。それに君に今日は元気をもらった。」
「え?」
「俺さ、何かにつけて兄貴と比べられることが多かったんだよ。もちろん古代さ
んやイカルスの訓練校の教官達は決して比べるってことはなかったし、そのこ
とはありがたかったんだけれど、でも兄貴の名前は大きくてね・・・。ヤマトに乗
艦してからもずっと緊張していた気がする。君のように見てくれている人がいる
んだなって思ったら元気がでた。ありがとう。」
「私も・・・同じだから・・。」
「?」
「私は、スターシアの娘 だから。」
四郎は はっとした。
ほんの小さなころからサーシアを知っている四郎にとって、彼女はかわいい妹
のような存在で、スターシアの娘だからどうの、などと一度も思ったことがなか
ったし、小さな頃のサーシアは母にすごくあこがれているようなところがあった
から、彼女がそんな風に思っているとは四郎には思いもよらなかった。
「そっか・・・。よく考えたらスターシアさんなんだよなぁ、君のお母さんってさ。」
「・・・・・・。」
「うん、確かに君はスターシアさんの娘だよ。」
「・・・・・・!」
「実の親子なんだから。これは事実。でも俺にとってはサァちゃんだよ。お転婆
サーシア、古代サーシアさ。」
「・・・・!もう!おにいさまったら!私はサァちゃんではありません。さっき言っ
たでしょう」
サーシアはぷいっと横をむいたが、四郎に 古代サーシア と言われて気持ち
が暖かくなった。
「・・・・ありがとう、おにいさま。」
「いいえ、どういたしまして。」
四郎がわざと丁寧に、少し大げさに言ったので、なんだかおかしくなって二人
は声をたてて笑った。
「あの、おにいさま、ごめんなさい。」
「?」
「私、おにいさまの気持ちを勝手に・・・・。そうしてはいけないのに。」
「いいさ。でも俺以外はダメだぞ。たぶんみんなびっくりするからな。」
「はい」
しばらく二人は窓の外を黙って眺めた。
「あのグリーンの空間を俺たちは行くことになるんだな。」
「そうね。」
「あのさ、必ず地球へ帰ろう・・・・な」
四郎は彼方の空間を見据えながらサーシアに言った。
やわらかな水がサーシアを優しく包む。
水はやがてある方向に流れて一つにまとまり、青い地球になった。
船の行く先に、戯れるように泳ぐイルカ、群れをなす魚、真っ白な入道雲、鬱蒼と
茂る大きな樹、バケツをひっくりかえしたような土砂降りの雨、彼方の虹、目も覚
めるような紅葉、ひらひらと降り積もる雪・・・・・・
次々とサーシアの頭の中に地球のイメージが飛び込んできた。
今の地球には背の高い木は一本もなかったし、魚も群れをなすほど泳いでは
いない。みんな、四郎が描く希望の地球の姿だった。

   ふたたび戻ってきた海を、地球を、仲間を・・・兄さんは最後まで守りた
   かったんだと思うんだよ。俺も兄さんと同じように守りたいって強く思っ
   ているんだ。

いつか四郎が語った言葉がサーシアの心の中に響いた。

   ああ、そうね、おにいさま。私も守りたい。
   そしておにいさまが描く地球に、
   いつか本当に、海も緑も、地球に戻ってくるといいわね。
   そんな地球を私も見てみたい。
   おにいさまと一緒に・・・。

四郎の横顔をサーシアは頼もしいと思った。
サーシアは、こんなに穏やかな気持ちで四郎を見つめることが出来る自分に
少し驚いていた。今まであんなにも気持ちが落ち着かなかったというのに。
それは、四郎が発する、自分を取り巻くやわらかな水のイメージのせいだとい
うことにサーシアは気がついた。

    おにいさまは、人を穏やかに包むことが出来る人なのね・・・。
    
サーシアの心の中で何かが動いた。
サーシアは知らずして、明日への扉を開けた。
「そうね、必ず・・・必ず、この戦いが終わったら地球に帰りましょう。」
そうサーシアは四郎に言った。


2012.3.12


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