その2



「え、あんたもなの?」
ヤマトの医務室で、医師の新城マリは真っ黒なショートボブの髪を揺らし、サ
ーシアを見上げて言った。彼女もまたサーシア同様、イカルスからヤマトに乗
り込んでいたのだった。マリは防衛軍の医官であり、有事の際には最初から
ヤマトに乗艦することになっていたからだった。それは第一艦橋の主要メンバ
ーや佐渡がイカルスまでたどり着けなかった場合を想定して決められていたこ
とだった。実際には佐渡はたどり着くことが出来たわけだったが、とにかくこう
して彼女は佐渡と共にヤマトの医務室で働いている。佐渡は佐渡で今は別の
乗組員の診察をしている最中だった。
医務室には新人達が薬をもらうためにうようよしていた。
「う〜ん、こればっかりは慣れるしかないんだなー。薬をだすから。それで少し
は緩和されるはずだよ。落ち着いたらちゃんと食事をとってね。体がもたない
からね。ほれ、この子にも酔い止めテープ持ってきて」
マリは看護士に声をかけ、テープを受け取ると
「ちょっと失礼」
と、診察のために制服の胸元を開けていたサーシアの胸にぴしゃんとテープ
を貼り付けた。
「この薬、ワープ酔いに効果があるんだよ。サーシアにも効くよ。
まぁ万が一変だなと思ったらすぐにはがしなさい。」
マリは細い目でサーシアを見るとニヤっと笑った。
“サーシアにも効く”
という言葉は地球とイスカンダルのダブルであるサーシアをよく知っているマリ
だからこそ言える言葉だった。
「ありがとうございます。マリ先生」
サーシアにとってヤマトでマリが一緒だということはとても心強いことだった。
ぺこりとアタマを下げるとサーシアは診察室を出た。
はい、次
とマリ先生の声を壁の向こう側に聞きつつ医務室を後にするとサーシアは廊
下を急いだ。


敵中間補給基地を撃破したヤマトはその後連続ワープに入り、当初の目的
である黒色銀河に近づきつつあった。
初めて体験するワープでサーシアは少し酔ってしまったのだった。
ワープ酔いに陥ったのはサーシアだけではなかったから、そのことではサーシ
アは自分だけではなかったんだとほっとしたのだったが・・・。
「はぁ・・・」
大食堂で、目の前に置いたトレイを見てサーシアは一つため息をついた。
「う・・・・シチューの匂い・・。サラダだけにしておこう・・。
少しでも食べておかないと・・・この後ミーティングもあることだし。」
貼った薬のおかげで吐き気はすっきりとおさまっていた。
普通なら食べられるはずなのだが・・・。
「はぁ・・・・」
またもサーシアはため息をついた。
ヤマトに乗艦し、何でも初めてづくしのサーシアは緊張のしどうしで体はくたく
ただった。そのくせ神経は高ぶり異様にアタマが冴えていた。
戦闘中はレーダーに張り付いていたのだが、ついてゆくのにせいいいっぱい
だった。艦橋に走る気迫に、空気に圧倒されながらも、それでも出航前に父が
自分に向けた強いまなざしを胸になんとかサーシアは乗り越えたのだった。

  みんなの役に立ちたいなんて、なんて大それたことを思ったのかしら、私。
  ちっとも役になんかたてていないわ・・・・。あ゛〜あ。

それにしても、叔父や真田をはじめ第一艦橋のメンバーは すごい とサーシ
アは思った。修羅場を踏んだ数が違うといってしまえばそれまでなのだが、緊
迫した状況でも決してそれをオモテに出さず、仕事をこなしてゆく。

  ユキねえさまに恥ずかしくないお仕事をするなんて100年早いって気がす
  るわ・・。

疲れと、落ち込みと、その二つを抱えてサーシアの食欲は落ちていた。
サーシアがのろのろとサラダをつついていると
「食べなきゃもたんぞ」
と上から声が降ってきた。
「真田のおじさま!」
「班長と呼びなさい。」
少しあきれて、だがしかし真田は心配そうにサーシアの顔を覗き込むと、テー
ブルをはさんで彼女の向かい側の椅子に座った。
「食えないのか?」
「そんなことないです。」
「そうか・・・?」
真田はサーシアのトレイをみたが、皿の中身はあまり減っていなかった。

  しょうがないな・・・・。

サーシアは新人にしてはよくやっている とサーシアの想いとは裏腹に真田は
彼女をそう評価していた。サーシアは真田が鍛えただけあって、初めて経験す
る実戦も、第一艦橋の空気に押しつぶされることなく、刻々と変わる状況にな
んとか対応し、淡々と仕事をしてみせた。が、どうやらそれは表面上のことで、
実はとても疲れているし、心の中では葛藤があるらしい とサーシアを見て真
田は思った。考えてみれば最初はそれで当たり前だった。もっとも戦闘ともな
ればミスは即命取りになるから、絶対にしくじることは出来ないのだが。
「私は君を半人前に育てたつもりはないがね。」
真田はあえて優しい言葉をかけることをしないことにした。
サーシアの瞳の奥が かっ と燃えた。
「自己管理不足で倒れるようなヤツはヤマトにはいらんぞ。」
「班長・・・・・!」
サーシアは真田を キ と睨むと、目の前のサラダをパクパクと食べ、その隣
のシチューにも手を出した。

  その調子・・・こういうところ、守にそっくりだな。そういや古代も・・だな。
  なんにせよ古代一族は負けん気が強いってことだな。

真田は ふ っと笑うと
「じゃあな。ミーティングに遅れるなよ。」
と言って席を立った。
「はい。(失礼ね、私が遅れるわけないじゃない。)」
食堂を後にする真田の後ろ姿を見送りながら、サーシアは心の中で
真田に向かって盛大に イーーとやって、ヘン顔をしてみせた。

  あたしは倒れませんからねっ!真田のおじさま!!
  おじさまが何も言えないぐらいに、
  きちんとお仕事をしてみせますから!

意地で食事を口に運ぶサーシアだったが、ふと顔を上げると食堂の隅で一人
食事をとる叔父・進の姿が目に入った。
第一艦橋にいる時と違い、叔父の背中はなんだかとても疲れて見えた。

   ユキ・・・・

叔父の想いの断片がサーシアの意識の中に流れ着いた。

   叔父さま・・・。

複雑な想いを抱えつつ、それを抑えて黙々と食事をしている叔父の姿に、
サーシアは はっ となった。

   あたしはなんて甘ちゃんなんだろう。

食事の味は感じなかった。
それでもサーシアは思い直して淡々と箸をすすめた。

  みんなの役に立ちたい。 そう思ってヤマトに乗り組んだのじゃなかった?
  まだ旅は始まったばかりなのよ。ここで落ち込んでばかりじゃダメよ
  サーシア。

どうにか食事を済ませ、トレイをもって食器返し口に向かったサーシアだった
が、そこでふと、どうしようもなく父譲りの茶目っ気が彼女の中に湧き起こっ
た。黙って食堂を去ればいいものを、彼女はどうしてもそうせずにはいられなく
なった。
「さびしそうね、叔父様。」
進に近寄るとサーシアはそう言った。
図星だった進は少しむっとして、サーシアを軽く睨んだ。
「俺は今は叔父さんなんかじゃないぞ、古代班長と呼びなさい。」
「ふふふ、叔 父 様〜〜♪あたしはもうお食事は済んだわよ。叔父様も早くし
ないと〜。ミーティングに遅れてはダメよ。」
「お、遅れるわけがないだろう」
進は口を尖らせて先ほどのサーシアと同じように、パクパクと残りの食事を口
に放り込みはじめた。
「ぶわっはっは かわいい姪っ子にそう言われちゃおしまいだな、古代」
と周囲から笑い声が飛んできた。
「うっせーなぁ〜」
と 進はバツがわるそうに苦笑いしながら、笑い声の主に言い返した。
進の視線の先にサーシアが目を向けると、進と同じ列の反対側の隅っこのテ
ーブルに島と南部が座って食事をとっていた。彼らはサーシアに やぁ と軽く
手をあげた。
「あ、あの・・島さん、南部さん・・」
島も南部も、先ほどの真田とサーシアのやり取りを見ていた。
そのサーシアが真田とおんなじことを進に言ったのが、なんともかわいらしくて、
おかしくてたまらなかったのだ。
彼らに気がついていなかったサーシアはとたんに恥ずかしくなり、顔が真っ赤
になってしまった。
「いいって、いいってサーシア。ありがとなーー」
「また後でミーティングでなーー」
「し、失礼しまーーす」
どうしてお礼をいわれるのかわからなかったが、とにかくサーシアは足早に食
堂を後にした。
島も南部も、ユキの一件で無理のないこととはいえ、心がこわばっている進を心
配していたのだった。そこに、サーシアが ス っと進の側に近寄って、ほんの
少しだけ気持ちの扉を開けてくれたので、彼らは喜んだのだった。
そんなことを無理なく出来るのはサーシアぐらいだろう。
島も南部も、それでサーシアにお礼を言ったのだった。





床のパネルには暗黒星雲の拡大図が投影されていた。
「この星雲の直径は約10万光年あるが・・その存在は近年まで地球からは観
測できなかった。中心部は星間ガス状物質が充満していて、向こう側の光をま
ったく通さない・・・・。」
ヤマトの中央コンピュータ・ルームには艦長を中心に、各班の主だったメンバ
ーが顔をそろえていた。暗黒星雲の向こう側に通り抜ける方法を検討するた
めに集まったのだった。そのメンバーを前に真田の説明が続く。
「・・・・したがって、あの星雲の向こうには何が存在するのかは今のところ謎と
いうわけだ。」
「艦長、連続ワープで迂回してゆくのはどうでしょう?」
島が提案を投げかけた。
「真田君、どうかね?」
山南が真田を見た。
「それは無理です。この星雲の回転速度は・・・外縁に行くほど、高速度になっ
ています。ワープ中にこのスピードに引き込まれ、渦の中に巻き込まれてしま
うかもしれません・・・・・・。しかしながら中心部は回転が比較的緩やかです。し
かも、この中心部のどこかに向こう側に続く通路の入り口があると思われま
す・・。」
サーシアも真田の説明を熱心に聞いていたが、突然なんの前触れもなく、ある
ビジョンがサーシアの目の前に広がったので、何事かと身を固くした。



起伏のない土地に、変わった形の建造物が幾つもひっそりとそびえたっている。

ひゅーーーーー

乾いた風が建造物の間をすり抜け、低く唸りながら、ひとり佇む女の長い髪を
巻き上げる。あらわになったのは、ぴくりとも表情を動かさない仮面のような 
白い顔。



何かしら?これは????この女の人は誰?

サーシアは金縛りにあったように動けなくなってしまい、その場のみんなの声
が遠くにぼやけてゆく感覚に陥った。
そんなサーシアをよそに検討は続いている。
「・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・戦闘配備のまま突入せよ」
山南の声でミーティングが終わったことをサーシアは悟ったが、それでも動くこ
とが出来なかった。
「おい。大丈夫か?」
サーシアの様子が少しおかしいことに気がついた島が、
ぽんっと彼女の背中をたたいた。

   あ、動ける・・・

「ありがとうございます。島航海長。」
手のひらを握ったり開いたりしながらサーシアはにっこりと島に礼を言った。
「???緊張してた?」
「ええ、少し。でも大丈夫です!」
「そうか?じゃ、急ごう」
「はい」
島と共に第一艦橋に向かうサーシアを真田が呼び止めた。
「サーシア、大丈夫か?」
真田もミーティング中に、サーシアの様子がおかしいことに気がついていたのだ。
「はい、大丈夫です。」
「疲れているのか?それとも・・・」
本当に心配そうに真田はサーシアの顔を覗き込んだ。
「まぁ・・・。班長!私は班長に半人前に育てていただいたわけではありません。
大丈夫です!」
「ははは・・・そうか?」
元気に答えるサーシアに真田は一応ほっとしたが、それでも一抹の不安はぬ
ぐえなかった。
「サーシア、もしか・・・」
「おじさま・・・夢をみました。」
声を落としてサーシアは真田に話した。
自分の特殊能力を知っている真田には話しておいた方がいいだろうとサーシ
アは判断したのだった。
「夢?」
「はい、これが・・・白昼夢というものなのかもしれません。ミーティング中に
突然目の前に別の視界がひらけて・・・・・・。見たことのない土地、建物が見
えました。何かの予兆でしょうか・・・・。」
「・・・・・。君のお母さんも夢を見るそうだね。」
「はい。」
「予兆・・かもしれん。が、俺にはなんとも・・・・。もしも何か他に気がついたこと
があったら話して欲しい。スターシアさんの見た夢の内容は俺も聞いたが、あ
れはまさしく予知夢だったから。だから・・・・。」
「はい。」
「俺は本当はサーシアにはヤマトに乗って欲しくなかった。危ない目にあって
欲しくなかったから。サーシアだけじゃない、みんな、この旅で命を落として欲
しくないんだよ。」
「おじさま・・・・・。班長!覚悟の上のヤマト乗艦です!必ず何かありましたら
報告いたします!」
サーシアは一瞬真田に笑顔を見せると、さっと敬礼をし、第一艦橋に向かって
いった。
サーシアがまだほんの小さな頃、真田に見せていた嬉しそうな、甘えたような
笑顔だった。真田はいつまでもその笑顔が忘れられなかった。
だがしかし、綺麗な長い髪を揺らしながら去ってゆくサーシアの後ろ姿は凛
とした少女のものだった。


2012.3.2

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