(5)出発



「サーシアちゃん?サーシアちゃんなの!?」
ユキは義兄宅の玄関先で、目の前にいる長い金髪の少女を見て思わず叫ん
でいた。スターシアとサーシアが一時帰国していることはユキも知っていた。今
日も買い物に付き合って欲しいと守から頼まれたので、こうしてやってきたの
だが、ユキはスターシアに付き合うのものとばかり思っていた。それがどうやら
そうではなく、目の前にいる見たことのない少女に付き合うことになりそうだと
知って、少々面食らっているのだった。もちろん、サーシアが地球の環境に少
しなじめないことも、成長の速度が速いこともユキは知っていた。そのために
成長が落ち着くまでサーシアがイカルスで暮らしていることも。しかし、まさか
一年たらずでティーンにまで成長するとは、さすがのユキも想像していなかっ
たのだ。
「お久しぶりです、ユキさん。・・・といっても私、前にお会いした時のことは覚え
ていないんです、ゴメンナサイ。」
「え・・・・・ああそうねぇ、サーシアちゃんはまだ赤ちゃんだったから・・。」
「おぅ、ユキ、休みのところを悪いな。」
「お義兄さん。お買い物っていうのはサーシアちゃんとだったんですね。私、て
っきりスターシアさんかと思ってました。その・・・」
「びっくりしました?ユキさん。」
「ええ、まぁ・・。」
「ふふ・・・イスカンダル人は地球人よりも成長の速度が格段に速いんですって。
私自身もびっくりしているんです、実は。」
サーシアはかわいらしく肩をすくめた。
すらりとした手足、蜂蜜色の髪、少し幼さを残す丸みをおびた頬、サーシアは
なかなかの美少女だが、吸い込まれそうな鳶色の瞳には父親と同じようなユ
ーモアラスな表情がちらりと見え隠れしていた。ユキはいっぺんでこの少女を
好きになった。
「ちょっとびっくりしたけど、嬉しいわぁ〜。今日のお買い物がだんぜん楽しくな
りそうよ。」
「はは、そう言ってくれてこっちも嬉しい。スターシアは今日はボランティア先に
挨拶に行っていてな、留守にしているんだ。で、サーシアの服をみたてて欲し
いと思って。俺じゃさっぱりわからんからな。」
「うふふ、いいですよ〜♪任せてください!」
「夕方にはスターシアも帰ってくるから、そうしたらみんなで一緒に食事しに行
かないか。お礼ってことで。もう予約は入れてあるんだ。」
「まぁ、ありがとうございます。」
「ユキさん今日はよろしくお願いします。」
「こちらこそよろしくね、サーシアちゃん。」






   もうじき叔父様とユキさんに会えるのね・・・。

サーシアは少しドキドキしながらイカルス天文台のポートで、進たちが乗って
いる(と思われる)連絡艇がイカルスに到着するのを待っていた。ユキとは地
球での休暇中に再会を果たしていたが、サーシアにとって、進とは初めて会う
親戚の叔父さんも同然だった。ほんの赤ん坊の頃に進と会っているのだが、
その記憶がサーシアにはないからだった。

   ユキさん・・ユキねえさま。本当のお姉さまみたいで素敵な人だったわ。
   あのとき、お店の人に ご姉妹ですか? なんて聞かれちゃって
   嬉しかったなぁ〜私。

サーシアの手元には、正月に祖父母のお墓参りをした際に家族全員で撮った
写真があった。そこには母と、母の腕にすっぽりと抱かれている赤ん坊の自分
と、父、叔父の進とユキが写っていた。写真の中の進は少しはにかんだ表情
で、隣に立つユキの肩をそっと抱いていた。話に聞くヤマトの艦長代理としての
表情とは少し違う雰囲気だった。サーシアにはそんな進の表情に親しみを覚
えていた。

   叔父様とお話するのは初めてだわ。でもちっともそんな感じがしないわ
   ね。それはきっとお父様から叔父様のお話を聞いたり、お写真でお会いし
   ているからなのね。

そんな進とユキが仲間と共に、このイカルスに敵の手から逃れて向かっている
と知って、サーシアは心からほっとしているのだった。特にユキは本当の姉の
ように慕っているのでなおさらだった。
そのサーシアが心待ちにしている高速連絡艇は小惑星イカルスに近づきつつ
あった。





   ユキ・・・・

進の手には、まだ離してしまったユキに手の感触が生々しく残っていた。
島、相原、太田、南部、アナライザー、佐渡医師・・・・連絡艇の中にはヤマト主
要メンバーが乗り込んでいたが、そこにユキの姿はない。進はなんともやりき
れない寂しさと、くやしさとがないまぜになった複雑な気持ちだった。
連絡艇を発進させる際、敵のレーザーが遅れて走って来たユキの肩を貫い
た。ユキを引き上げようと進は手を伸ばし、一旦は彼女の手に届いたもののす
ぐに離れてしまった。離してしまった。連絡艇がどんどん上昇し、小さくなって
ゆくユキの顔が強烈に進の瞼の裏にに焼き付いていた。絶望的な状況だった
が しかし・・・

   ユキ・・・・どうか無事でいてくれ・・・・・・。

進はそう願わずにはいられなかった。
進の目の前にはやらなければならない事が山ほど横たわっている。
それが進にとってせめてもの救いだった。



ほどなく小惑星イカルスの姿が一同の眼前に迫ってきた。
「応答せよ、イカルス、応答せよ・・・・おかしいな・・・・」
さかんに相原が通信機器を操ってイカルスと連絡をとろうと試みるが、イカル
スからの返事は返ってこなかった。
「どうする、古代?」
そう島が進を振り返った時だった
「こちらイカルス天文台、ドームをあけますからそこに着陸してください。」
いきなり女性の声が、しかもどこか幼さの残る声が飛び込んできた。
一同はどよめいた。



ポート内への空気の流入が終わり、気圧も正常になると連絡艇のハッチがひら
く。タラップを降りた一同の前に一人の青い少女が立っていた。
まだ十代かと思われるその少女は、どこか品があり、かの女王陛下を髣髴と
させ、皆はっとなった。
「スターシアさん?」
相原がつぶやいた。
「そんなわけないだろう」と南部。
「スッゴク カワイイデスネ」
アナライザーは少し興奮気味だった。
少女はスターシアによく似てはいたがスターシアより明らかに若かった。
「みなさんよくいらっしゃいました。真田さんたちが待っています。行きましょう。」
少女が口を開いてそう言った。
「君はその…」
何かひっかかるものを感じた進は少女に声をかけた。
少女は振り向くとにこりと笑った。
「あ…、サーシア!サーシアなんだね、君」
「はい。叔父様お久しぶりです。」
「ヒューーー」
南部が思わず口笛を吹いた。
島、相原はじめ、みんな狐につままれたような顔をしてサーシアを見つめた。
目の前の少女が進のことを叔父と呼んでいる事態がよく飲み込めないでい
た。
「コ・ダ・イ サ〜〜〜〜ン。」
アナライザーが意味ありげに進に擦り寄ってきた。
「コォ〜〜ンナ美少女ト イツオ知リ合イニナッタンデスカ? ドウシテ古代サン
ノコトヲ  オジサマ ト呼ブンデスカ? アヤシイ〜〜〜〜」
「そうですねぇ〜あやしいですねぇ〜 」
じと目(?)でせまるアナライザーに便乗するように、眼鏡を光らせて南部も一緒
になって進にせまってきた。佐渡以外の周囲の者も目を細めて進のことを見て
いる。
「ば、ばか あやしくなんかないぞ!」
進はアナライザーと南部に必死に否定した。
「なにしろサーシアは 兄さんと義姉さん・・・スターシアさんの子供なんだから」
  
   えーーーーーーーーーーーーー!!!






みんな押し黙ったまま、サーシアの案内するエレベーターの中にいた。
ここは自分達のよく知っている場所ではないのか という期待が、さまざまな
不安な気持ちを上回り、みな息を潜めて自分達の期待が確かめられるのを待
っていた。
サーシアは連絡艇でやってきた進たちの中にユキがいないことにすぐに気が
つき、胸が痛んだ。サーシアはみんなを真田のもとへ案内する途中で何度も
ユキのことを聞こうとしたが、何か重い空気がそれを阻み、なかなか聞けずに
いた。
やがてエレベーターが止まり、ドアが開いた。
「こ、ここは・・・・・」
進たちは一歩踏み出して目を見張った。
「ここは・・第一艦橋だ・・・」
島がつぶやいた。
誰もが懐かしくその部屋の内部を見渡した。

   間違いない 間違いなくヤマトだ・・・・!

「やぁ、みんなよく来たな。」
背後から声がしたのでみな振り向くと、そこに真田と見慣れない顔の若者が数
人立っていた。
   真田さん!
口々に名前を呼ぶとみな真田の周りに集まった。
「最終チェックに追われていてな、出迎えられずにすまん。」
「コ〜ンナ カワイイオ嬢サンニ案内シテモラッテ ラッキーデシタヨ。」
アナライザーがくるくる頭を回しながらおどけたように言った。
「はは・・・・サーシアご苦労様。」
「はい、真田のおじ・・・いえ、真田班長!」
「それにしても、古代にこんな大きな姪っ子がいるなんてびっくりです。」
島が言った。
「兄さんから聞いて知ってはいたんだが、俺自身もまだ信じられないよ。まて
よ、そしたらサーシア、すぐにオバサンになってしまうんじゃないのか??」
進が素朴な疑問を口にした。
「まぁ!失礼ね叔父様! そんなことにはなりません。急成長は大人になるま
でよ。」
サーシアは進を軽くにらんだが、そのしぐさがなんともかわいらしく、周囲の者
はサーシアの意に反して、みな心が和む思いだった。
「ははは・・・・・ごめん、ごめん、サーシア」
バツの悪そうな進の表情を見て、サーシアはこれ以上ふくれるのをやめた。
「ところで真田さん、その・・・・」
進は真田と一緒にいる一人の若者の方を見た。彼があまりに進のよく知って
いる人物に似ているので、進は気になって仕方がなかったのだ。
「ああ、そうだったな、紹介しよう。みんなイカルスの宇宙戦士訓練学校の生徒
で、俺と一緒にヤマトの整備をやってくれていたんだよ。加藤。」
呼ばれて、進が気になってた若者が一歩前へ出た。
「加藤四郎です。」
「古代、似てるだろう?」
「加藤・・・・加藤って、そうか・・!」
「三郎は私の兄です。」
「そうか!加藤の弟か!」
「はい。みなさんのことは兄からよく聞いていました。」
「君も宇宙戦士に・・・・。」
「はい、よろしくお願いします。」
頭を下げる四郎を見て、進たちの胸に熱いものがこみ上げてきた。
「そういえば?ユキがいないな。こなかったのか?ユキは。」
真田は当然いるものと思っていた顔がいないので、どうしたのかといぶかっ
た。
突然サーシアの頭の中に強烈なイメージが飛び込んできた。

    広いポート 飛び交う銃弾 離してしまった手 
    ぐんぐん小さくなってゆく白い顔

  あああ・・・・・・

リアルなイメージだった。そこにイメージ発信者の感情も渦をまくように重なっ
て、サーシアは息苦しくなった。思わず悲鳴をあげそうにになったが、かろうじ
てサーシアは堪えた。

   ああ、あれはユキねえさま・・・・!

サーシアは進の表情がみるみる硬くなってゆくのを見た。

   叔父様・・・そうだったの・・・。

「なぁに、ユキのことじゃ、無事でいてくれるじゃろ。」
周囲の沈んだ空気を打ち破ったのは佐渡だった。
「そうですか・・・・古代・・・」
真田は進を見た。
「俺は大丈夫だよ、真田さん。」
「そうか・・・・。」
真田は気を取り直すと、あえて何事もなかったかのように、話し出した。
へたな気遣いは進をさらに傷つけるだけだと思ったからだった。
「イスカンダルへの二度目の航海で、われわれは暗黒星団帝国と一戦交えて
しまった。残念ながら、イスカンダルもガミラスも消滅してしまったが・・・あの一
件で、古代守も俺も 万が一 を心配したんだ。それは長官も同じだった。それ
でその万が一に備えて、俺が秘密裡に長官からヤマトを預かり、ここで管理し
ていたんだ。そうだ・・・」
真田は何かを思いついてサーシアを見た。
「サーシア、君は第一艦橋の森ユキの席に座りなさい。」
「え・・・・・?」
急にふられた話にサーシアはどぎまぎした。

   はたして自分にそんな大役がつとまるのだろうか・・・・

ふと加藤四郎と目があった。
四郎は 大丈夫 というようにわずかに微笑んだが、サーシアは胸の奥がツン
とするのを感じ、思わず顔を伏せてしまった。サーシアは頬が熱くなるのが自
分でもよくわかった。

   あの ユキねえさまのお仕事を私が・・・・

自信はあまりなかった。
そんなサーシアに、真田は彼女の肩に手を置くとこう言った。
「君が適任だと思うからこの話をしたんだ。出来るな?」
サーシアは顔を上げて真田を見た。
ほんの赤ん坊のころから自分をよく知っている真田。
訓練校では厳しく自分を仕込んでくれた真田。
その真田が今、自分を適任だと言っている。
パパパ・・・・っとサーシアの頭にひらめくものがあった。

   そう・・・これが私に出来ることなのね・・・・

「はい。みなさんよろしくお願いします。」
とサーシアは言った。






ヤマトは今ひたすら敵母星に向けて飛んでいる。
サーシアは一人、後部展望室で遠ざかる太陽系方面の空間を見つめてい
た。

出航直前、奇跡的に繋がった地球との短い通信で、司令長官とヤマトとのや
りとりがあった。パネルの長官の後ろに父の姿が写っているのを見てサーシア
は心の中で安堵のため息をついた。が同時にユキや母の消息が不明なことも
明らかになった。パネルの向こうの父は、やはりサーシアの姿をみつけると、
強いまなざしでサーシアの方を見つめてきた。

   心配ナイ。オ母様ハ無事ダカラ、オ前ハオ前ニ与エラレタ仕事ヲ
   シッカリコナシナサイ。

父は無言のうちにそう自分に語りかけてきているようにサーシアは感じた。

   はい・・・お父様。私に出来ることをせいいいっぱいやります。
   お父様が・・・あんなにもお母様を愛しているお父様がそう信じているのな
   ら、お母様はきっと大丈夫ですね。

サーシアは胸のペンダントにそっと制服の上から触れた。
  
   ユキねえさま・・・・ヤマトは発進しました。もちろん叔父様たちも一緒です。
   ユキねえさまの働きのおかげです。それから、何もかもすっかり済んで、地
   球へ帰って、ユキねえさまにお会いしたときに恥ずかしくないように、私、お仕
   事がんばります。
 
ペンダントが心なしか熱くなり、サーシアの胸もちりりと熱くなった。


2011.1.5

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