(3)決意



「サーシア!」
先ほど、強烈な思念がサーシアの中に飛びこんできた。

  あれは・・・・
  あれは・・・確かにお父様のものだったわ。

サーシアは、肌身につけているペンダントに服の上から手をあてた。
星のペンダントヘッドがかすかな熱をおびたように感じ ちり とサーシアの胸が痛んだ。 




サーシアがイカルスに一足先に戻ったのは、残っている訓練学校の講義をきちんと受けたいと思ったからだった。サーシアは生来、父の影響なのか、母の影響なのか、物事を中途半端にしてしまうのがあまり好きではなかったし、今までなにくれとなく勉強面で面倒を見てくれた真田にこたえるためにも、きちんと最後まで講義を聞いて、定期試験でも結果を残したいと思っていたからだった。

  本当にそれだけ・・?

サーシアは一人自室で荷物の整理をしながら想いをめぐらしていた。いつのころからだろう、母の存在を少し重たく感じるようになったのは。
サーシアはもちろん母のことはとても好きだった。いつも穏やかで、優しく、時に厳しいこともあったが、美しい母が大好きだった。周囲の人々は、母には尊敬と感謝の気持ちをむける。子供のころはそれが単純に嬉しかったし、誇らしく思っていたサーシアだった。

  お母様のようになりたい

そう思ってサーシアは母にあこがれていたのだが、いつの頃からか

   お母様のようにはなれない

と気づきはじめた。

  あたしは泣いたり怒ったりしてちっとも優しくないし、
  お母様のような綺麗な金色の髪じゃない。

サーシアの嘆く髪は、蜂蜜のような金色で、ほんの少しだけクセがあって、長い髪の先が幾分内向きにカールするのだった。母のようなさらさらと流れる髪にあこがれているサーシアにとってはそれが不満だったのだが、実は父がその髪をとても気に入っていて、いつも大きな手で彼女の髪をなでてくれていた。
けれども、サーシア自身にはとんと父の気持ちは通じていなかった。
訓練学校の講義を聴くようになる頃には、今度は周囲の目が気になりだした。

「スターシアの娘」

周囲が自分をそう見ている と敏感なサーシアは感じていた。

  私は私なのに・・・・。

サーシアは常にどこかで緊張を強いられていた。
母と距離をとりたいとサーシアは思った。
母を置いてイカルスに戻っても、「スターシアの娘」からは逃れようもないのだが、それでも母と一緒にいるよりはマシな気がした。
それに・・・・

  夫婦とは、あんなにも切ないほどお互いを想うものなのだろうか?

サーシアの両親は非常に仲がよかった。
最近になってサーシアは両親の中に、決して自分の立ち入ることの出来ない想いがあることを知った。
時々、ほんの一瞬、両親の想いの一端がこぼれてサーシアの心に触れることがある。
その想いに触れた時、サーシアの胸の奥はぎゅうっとなる。
お互いを想う優しい気持ちの中にどこか甘く切ないものがまじり、しめつけられるようだった。
どうして胸がしめつけられるのか、サーシアにはよくわからなかった。
ただ言えるのは、両親のその一瞬の想いの中に自分は存在していないということだった。
本当のところ、そんな両親からも距離をとりたくてイカルスに戻ってきたサーシアだった。閉鎖された空間で、たった一年で地球人の10代後半にまで成長したサーシアには、胸の奥のもやもやをどう叫んでよいのかわからなかった。距離をとるのでせいいいっぱいだった。
何かわけのわからない気持ちから開放されたかった。
ただ、それだけだったのに・・・
地球は今大変な事態に陥っているという。
サーシアは両親を地球に置いて、自分だけがイカルスにいることに不安を覚えた。






「真田のおじさま・・」
ヤマトのエンジンルームで山崎と共に最終チェックをしていた真田は、声をかけられ、振り返るとそこに古代サーシアが立っていたのでびっくりした。
「あぁ、サーシア!どうしたんだ?天文台の職員はみなポートへ向かったぞ。」
「あの・・・」
「食堂での山南校長の話にもあったように、今地球は最悪の状態だ。古代(進)たちが到着し次第、ここ(イカルス天文台)を爆破、ヤマトは発進することになる。
君は正式な訓練生ではないから、一般職員と一緒に別の小惑星へ避難することになっているだろう?さぁ急いで。」
「私もヤマトに乗せてください。」
「なんだって?」
サーシアは一呼吸すると、まっすぐに真田をみつめ、もう一度言った。

「私もヤマトに乗せてください」

サーシアは一般職員と共に、不安を抱えたまま小惑星で息を潜めて過ごすのは嫌だった。何かをしていないと自分の心が張り裂けてしまいそうだった。
そんなサーシアの気持ちを知ってか知らずか、真田はサーシアにこう言い放った。
「だめだな。君のような半人前の人間を乗せるわけにはいかない。ヤマトは訓練航海に出るわけじゃないんだ。一人前の戦士だって命を落とすことになるかもしれないんだぞ。」
真田はサーシアにあきらめさせたかった。親友の子供で、イスカンダル王家の血をひくサーシアに。
しかし、その真田の 半人前 という言葉がサーシアの気持ちにに火をつけてしまった。
「おじさま。おじさまは今まで私を 半人前 に育てるために教育プログラムを組んでくださっていたのですか?そのための訓練を私はしてきたのですか?
おじさまは厳しかったわ。訓練学校の講義も訓練も、聴講生だからといって甘くはなかった。おじさまも私に 甘えるな と言ったでしょう?」
事実、サーシアを厳しく指導してきた真田は、サーシアにこう言われてしまうと返す言葉がなかった。
「おじさまが今まで教えてくださったこと、私の中に生きてます。
それを私はお役にたてたいのです。」
サーシアの強いまなざしを受けて真田は はっとなった。
そのまなざしは、小さなサーシアのものではなかった。
凛とした少女の決意だった。
彼女の中に流れる血がなせる業なのだろうか、サーシアの後ろに綿々と続いている誇り高い精神を真田は垣間見た気がした。
その精神の前に真田は折れるしかなかった。
常々、サーシアの才能に、弱音をはかない根性に感心していた真田だった。
本音を言えばサーシアは今のヤマトには欲しい人材だった。
「足手まといになるなよ。」
真田の言葉にサーシアは目を見開いた。
「校長にかけあってみる。」
「はい!ありがとうございます。」






「指示があるまで幕の内を手伝って非常食の手配をしてくれ。
今のうちにみんなに食事を取らせたい。
イカルス中が殺気立ってる。
こんなときだからこそ食事をきちんとしなければな。たのむぞ。」
真田にそう言われてヤマトの厨房に向かうために廊下を急ぐサーシアだった。
先ほどは、よくも自分はすらすらと真田を説得したものだ とサーシアは思う。
今になって重大な決意をしたことに興奮し、指先が震えだした。

  あのとき、私は私じゃないみたいだった・・・。
  落ち着いて、落ち着くのよ・・サーシア。

サーシアは冷たい指先を握った。
最初は不安を紛らわせたくて、何か仕事をしていたくて、
「私もヤマトに」と言ってしまったことは事実だった。
けれども、何かがサーシアの中ではじけた。
真田を説得しているうちにサーシアは自分の中で気持ちが固まってゆくのを感じた。

  教えてもらったことを役立てたい
  ・・・・・そう、みんなのために・・・

真田は校長に掛け合うと言ってくれたが、たぶん自分の希望は通るだろうとサーシアは思った。「スターシアの娘」である自分に躊躇はされるだろうが、自分はヤマトに乗ることになる とサーシアは彼女独特のカンでそう確信した。
今の彼女にはヤマトに乗艦することは自分の運命のようにすら思えた。


廊下の向こうからばたばたと数人の飛行科の生徒がやってくるのが見えて、サーシアの心臓はどきんと鳴った。その中に加藤四郎の姿があったからだった。
メンバーの一人がサーシアに声をかけてきた。
「サーシアさん。地球がえらいことになってしまったね。」
「ええ」
「君はこれから・・・・?」
「厨房へ、幕の内さんのお手伝いに行くの。」
「そうか! じゃあ、君もヤマトに乗り組むことになったんだね。天文台職員の人たちは連絡艇で別の小惑星に避難するって聞いていたけど、てっきり君も避難すると思ってたんだ。」
「これからよろしくお願いします。」
「お互いベストをつくそうな!」
そう言われて、サーシアは少し嬉しくなった。
「はい」
すれ違いざま、サーシアは四郎の顔をちらっと見た。
加藤もサーシアの方を向いたが、その瞬間サーシアは目を伏せてしまった。
そのまま飛行科の生徒達は行ってしまったが、サーシアの心臓はドキドキしたままだった。

  おにいさま・・・・

四郎を想うとき、いつもサーシアの胸の奥は つん と痛む。
小さな頃、よく遊んでくれた四郎にサーシアはなついていた。が、ある日を境にサーシアは四郎に気軽に話しかけることが出来なくなってしまった。
なぜ出来ないのか、サーシアは自分で自分がよくわからないでいた。
四郎と話は出来ないクセに、四郎の声を聞きたいと思う矛盾した自分がいた。

サーシアの胸のペンダントのあたりが再び ちり・・ と痛んだ。

「お母様…」





大はしゃぎで過ごした地球での休暇。
イカルスに戻ると言ったサーシアに、サーシアの母は綺麗な星のようなペンダントを贈ってくれた。それは母が自身の母からから受け継いだものだった。
「これはイスカンダル王家に生まれた長女に代々受け継がれてきたペンダントなの。
成人になったときに、私もこうして母から受けついだのよ。」
そう言って母はサーシアの首にペンダントをさげてくれた。
今はもう遥かなる存在となってしまったイスカンダルのダイヤモンドが、サーシアの胸元で清らかに光った。
「綺麗・・」
「あなたには少し早いかもしれないと思ったのだけれど、でももう成長も落ち着いてきたことだし、今あなたに渡そうと思ったの。どんな時も、イスカンダルの心が・・・・あなたを導いてくれることでしょう。」
「お母様?」
「サーシア、いいですか、この先、困難な状況に身を置くことになっても、生き抜くのですよ・・・・」
「?」





あのとき、母は繰り返し、繰り返し、
  生き抜くのですよ
とサーシアに言い聞かせるように、まるで何かにとりつかれたようにつぶやいていた。

  お母様はすでにあの時、今の状況を予感していたのかしら??


      ・・・・・・・・どくん・・・・・・・・


サーシアの中のイスカンダルの血がざわめいた。

  私に出来ることは何かしら?

先ほど四郎達が去っていった方向をサーシアは見つめた。

  みんなの役にたちたい・・・・・・!

あらためてサーシアは強くそう思った。
自分でもよくわからない、もやもやした感情に捉えられ、その感情から開放されたいと思っていた少女は、今、自分の足で一歩踏み出そうとしていた。


  お父様、お母様 どうかご無事で・・・・・


2011.11.19

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