(10)前へ! その3


サーシアたちヤマトの先発隊は「聖総統」なる人物に会見するため、薄紫色の髪の女 サーダ の案内でビル群の中でもひときわ高くそびえ立つビルの中の入り、長い廊下を歩いていた。
サーダの髪が彼女の歩調に合わせてさらりと揺れる。その彼女の後姿をサーシアは見つめた。自分たちの後ろには先ほどの2名の兵士がぴたりとついて歩いている。
ずっとサーシアは頭の中にわずかに届く奇妙な感情にとまどっていた。それは後ろの2名の兵士から発せられているものだった。
自分に、いや先発隊全員に向けられる羨望の感情。サーシアは力を温存するために自分の能力を今は全開にはしていなかった。
それなのに切れ切れに彼らの感情がサーシアに届くのだった。よほど強い想いなのだろう、とサーシアは思った。
しかしなぜ 憧れ なのだろうか。それもねっとりと体に纏わりつくような、ちょっと異常とも思えるようなものだった。
それともう一つサーシアを戸惑わせていたのは自分の前をゆくサーダだった。
彼女からは一切、兵士のような感情は伝わってこなかった。兵士の感情は本当に気持ちが悪いとサーシアは感じていたから、それはそれでいいのだが・・・だがサーダからは人間なら誰しも発するような感情の動きが一切見受けられないのだ。
まるでサーダがそこに存在していないかのような徹底ぶりだった。

  よほど訓練された心の強い人なのかしら?
  まるでお人形のよう・・・・・

不意にサーシアの脳裏にあるビジョンがよぎった


さらさらさら・・・・・・
白い塵が風に舞い上がる


あ・・・っとサーシアは思った。

  そう、お人形のようなのよ。
  少しだけ、力の 栓 を緩めてみようか・・・。

サーシアはじっとサーダを見つめた。次に後ろの兵士の方へと見えない観察の糸を張った。






サーシア達が通されたのは壁という壁に豪華な装飾が施された大きな広間だった。
天井にはきらびやかなシャンデリアがいくつもさがっていた。
広間の一角に一段高い赤い絨毯に覆われた床があり、そこには何やら込み入った彫刻が施された肘掛と背板のついた大きな椅子がどっしりと構えていた。
そんな広間の様子に一同目を見張り、ただただあたりを見回すばかりだった。
突然聞き覚えのある音楽が、ファンファーレが広間中に鳴り響いた。

  これって・・・・・

サーシアは はっとなった。

  これって、これって、白鳥の湖の・・・・・!

サーシアの心臓がドキドキと鳴った。
サーシアがまだほんの子供だったころ、飽きることなく嵌って見ていたバレエのDVDから流れてきた音楽。
その音楽と同じものを苦難の航海の果てに聞くことになろうとは・・・・!
サーシアは驚愕した。
やがて広間の壁の一部にいきなり大きな扉が現れた。扉が重々しく開き、一人の男がゆっくりと姿を現した。
その男は赤い絨毯を踏みしめながら段を上りゆっくりと椅子に座った。
そしてサーシアたちを見下ろすとこう言った。
「ヤマトの諸君、よくぞこられた。私が聖総統である。」




聖総統の話すころによると、ヤマトがたどり着いた、敵母星だと思われた惑星はなんでも200年後の地球だという。
それが本当だとすると、先ほど鳴り響いた音楽が地球のモノとそっくりなのも、地上に降り立つ前に全員が見た風景が地球のものと似ていることの説明がついた。
だが、それでも進をはじめ、ヤマトの先発隊一同は不信感をぬぐいきれずに表情は硬かった。
聖総統はそんな進達に向かって語り掛けた。
「よくぞあの暗黒星雲を乗り切りこの地球へたどり着いた。その勇気と力をたたえ、諸君を第一級の賓客として迎えることにした。安心せられよ。」
一人の給仕がワゴンを押して広間に入ってきた。ワゴンの上にはグラスと背の高い瓶が並べられていた。サーダは瓶を手に取るとグラスに傾け、透明な美しい金色をした飲み物を注いで進達一人一人に手渡した。
「さぁ、グラスをとりたまえ。そう厳しい顔をせずともよい、古代。」
進は目を丸くした。
「毒など入っておらんよ、君たちはわが地球の同胞ではないか。」
「なぜ、私の名前を?」
「ふふふふ・・・・当然だろう、ここは君たちの地球からすると200年後の地球なのだ。君たちのことは記録に残っている。すべて知っておるのだ。
さぁ、諸君の勇気をここにたたえよう。」


  お前は何者だ・・・・!


いきなりサーシアの頭の中に強い声が降ってきた。

  え?

サーシアはドキリとした。
自分たちのことならすべて知っていると言っている聖総統がサーシアに声なき声を発したのだった。

  どういうこと?

次の瞬間には聖総統は何食わぬ顔をしてグラスを高々と掲げた。
ぱちぱちと小さくはじけるように金色の液体が進達の喉を滑り落ちた。
「古代さん、どうりで地上の風景が地球と似ていたわけですね、200年後の地球ならば。戦いの後がはっきりと見られなかったのもそういったわけなんですね。」
相原がそっと進に話しかけた。
「本当に200年後の地球だとは、にわかには信じがたい。」
島がつぶやいた。
「・・・・・・。」
進はどう答えてよいかわからず、じっと手にしたグラスを見つめていた。
そんな進達を横目にサーシアは聖総統へと意識を集中した。

  聖総統が私を知らない、それはどうしてなの?私の記録がない?
  そうね、一地球人の記録など200年も残っているわけないわよね。
  でも叔父様たちのはちゃんと残っているのよね。それはヤマトの乗組員だから残っているの?
  私は正式なクルーではないから?それとも、それとも・・・・半分イスカンダル人だから、
  他の地球人とは違うから?
  ではお母様は?地球の人たちに受け入れられたわよね?そうではなかったというの?
  だから私の記録もないの?そんなお母様と結婚したお父様は?・・・・いえそんなはずはないわ。

ちりりとサーシアの胸に小さな痛みが走った。
サーシアは思わず胸元に手を当てた。さげている星のペンダントが心なしか熱くなっていた。
凛として優しく美しい母スターシアの横顔、おおらかでやわらかな茶色の瞳をした大好きな父の顔
いろいろなことを教えてくれた本当の祖母のような大沢千代、父の親友でイカルスでは厳しく自分を仕込んでくれた真田、姉のように慕うユキ、美味しい料理を作る大柄な幕の内、普段は重々しくきりっと口をへの字にしているけれど本当は陽気なおじさんな山南、
わあわあいいながら楽しく鬼ごっこをしたイカルスの訓練生たち、
そして・・・・・水のようにやわらかな精神の持ち主、加藤四朗
サーシアの脳裏にさまざまな人の顔が浮かんでは消えていった。


「わぁ・・・綺麗なところね。これがイスカンダル・・・。」
「そうだよ。この写真はみんなで記念撮影したときのだな。」

最後にいつか真田の部屋で見たイスカンダルの写真がサーシアの頭の中に浮かび上がった。

どんな時も、イスカンダルの心が・・・・あなたを導いてくれることでしょう。

  お母様?

サーシアは母の声を聞いた気がした。

制服の上からペンダントをそっと手で包み込むとサーシアはゆっくりと深呼吸をした。


「聖総統!」
サーシアは思い切って皆より一歩前に進み出た。
態度にこそ現さなかったが聖総統が心の中で身構えたのがサーシアにはわかった。だがそれはほんの一瞬のことだった。
「聖総統はここが200年後の地球だとおっしゃいました。ならば教えてください。私は知りたいのですイスカンダル・ブルーは今も健在でしょうか?」
あれ?と進がサーシアを見た。
「イスカンダルからもたらされた可憐な花で、私たちの地球では誰もが知っている有名な花なのです。」
サーシア何を?と言いかけた島を進が制した。
サーシアはわざと嘘をついた。イスカンダル・ブルーは確かに地球に存在するが有名でもなんでもない。
今はまだ一部の人間の間にしか知られていない花だ。
「残念ながらあの青い花は絶えて久しい」

  ・・・・・!

イスカンダル・ブルーは白い花だ。
サーシアと進は同時に息をのんだ。進もまたイスカンダル・ブルーを知る数少ない一人だった。
聖総統の声に焦りと動揺の色がわずかにまじっているのをサーシアは聞き逃さなかった。
「そうですか・・・」
聖総統はイスカンダル・ブルーを全く知らないのだ、とサーシアは思った。
それなのに知っているかのように 青い花 と言ってのけた。

  そうまでして私たちに取り繕うとするのはどうしてかしら?
  本当に・・・・未来では聖総統が知らないぐらいとるに足らない花で、
  とっくに絶えてしまっているのかもしれない・・・でもね、
  この星はどこかおかしい。

サーシアは一人考えを巡らした。




「君たちに面白いものをお目にかけよう。」
聖総統はそう言うと指をパチリとならした。
すると広間の中央にある映像が映画のように浮かんだ。
それは、これまでの地球の、ヤマトの戦いの記録だった。
ガミラスとの戦い、ガトランティスとの戦い、ついには今回の航海の映像となりヤマトは聖総統の地球へと降り立った。
次にヤマトは再び飛び立ち、来た道を、暗黒星雲の中へと突き進み、そこで何かに飲み込まれるようにしてふいにふつりと姿を消した。
ざわり と一同はどよめいた。
「どういうことなんだ」
「あれがヤマトの最後・・・・なのか?いや、でたらめだこんなもの!」
相原や島が叫んだ。
「これは真実の歴史である!」
聖総統が一喝した。
「これが真実の歴史である。君たちは君たちの時代には戻れなかったのだ。」
聖総統は進を見た。
「君たちが生き残るためには、この地球に残る以外にはない。」
「たとえそうだとしても我々は自分たちの地球のために航海をしてきたのです。はいそうですかとここに残るわけにはいかない。」
「・・・・・・。我々の世界での過去に一度君たちはあの暗黒星雲を潜り抜け我々の地球へやってきた。あの暗黒星雲は時間を潜り抜けるトンネル。それも気まぐれ極まりない。おそらく計器には何の反応も見出されなかったであろう。
君達が我々の目の前に現れた時は心底驚いた。
あのヤマトの英雄たちだったのだから。しばらくこの地球へ滞在した後君たちは自分たちの世界へ戻ると言って旅立った。
君たちはこの地球を発った後行方不明になってしまったのだ。おそらく暗黒星雲の時空の狭間に迷い込んでしまったものと思われる。
どんなに手を尽くしても君たちを探し出すことはできなかった。」
「一つ伺います!」
進が食いつくように聖総統に向かって言った。
「この星が未来の地球だというのなら、なぜ重核子爆弾なのです?
過去を抹殺すればあなた方も存在しえない。」
「あれは一部の聞き分けのない人間に対する脅しに過ぎない。もう一つ、アレを送ることによって君たちがこの地球へたどり着くのではと期待したのだよ。
君たちのような英雄を失うことはあまりにも惜しい。はたして君たちは再びこの地球へたどりついた。」
「・・・・だとすると、あなた方は我々をこの地球へ招くために莫大な犠牲を払ったことになりますね。」
聞き分けのない人間って誰なんだ、と進は思ったが、先ほどのイスカンダル・ブルーの一件ですっかり冷めてしまったために、もう何も言う気になれなかった。
「どう思っても構わぬ。ただ君たちを失うのが惜しいだけなのだ。悪いことは言わぬ、この地球へ残った方が賢明だと思うがどうかな?いや君たちには是非ここにとどまるべきなのだ。こうしてこの地球へたどり着いたのだから。」
「・・・・いや、我々は帰る、自分たちの地球へ。そうしてあの爆弾を排除し、平和な地球を取り戻す。」
「せっかくの助言も無駄に終わるということか。それもよし。残念なことだ。」


2016.6.5


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