「奥さんどうぞきつかったら休んでいてください。」
お腹に手をあてているスターシアに千代は気遣った。
臨月に入ったスターシアのお腹はだいぶ大きく、何かの拍子にお腹がはることもあった。
動くのが億劫になりがちだったが、それでも動いて出来ることはなるべくしようとスターシアは心がけていた。
「大丈夫ですよ。そうそう昨日千代さんが帰った後、ユキさんがここへ来たんです。美味しいお茶が手に入ったからと、
置いていきました。一緒にいただきませんか?大丈夫私淹れます。千代さんから教わった通りに。やらせてくださいな。」
このイスカンダルの女王だったという女性はいったいどういう暮らしをしてきたのか
家事全般まったく何も出来ないのではないか、と最初のうち千代は思った。
だがスターシアと接しているうちに、
彼女は自分達とは違うやり方で暮らしてきたから出来ないのであって
どんなやり方だったのかは千代には想像もつかないのだが
とにかく実はスターシアは見た目とは裏腹にかなり逞しく「出来る」人間だということがわかってきた。
普段の食事のこと、生活習慣、日常のあらゆることを
千代は日常のサポートの中でスターシアに伝えているのだが、
スターシアは一言も逃すまいとでもするように千代の伝えることに耳をかたむけ、
時には千代には今まで見たこともない文字でメモをとり
そうして彼女は一つ一つ自分のものにしていった。
食べて生きてゆくための術はどこの星の人間だろうとどこか共通したものがあるのだろうか、
スターシアは飲み込みも速かった。
「このお菓子、え・・・っと、そう!スノーボールって言ってましたわ、これもユキさんからいただいたのです。
美味しいですよ、どうぞ。」
そういってスターシアは緑茶と一緒に丸々っとしたかわいらしいスィーツを小皿に乗せて千代に勧めた。
「まるで今日は私お客さんのようですね。」
そう言ってにこにこと千代は遠慮なくお茶を楽しんだ。
「それにしても守君、今からこんなんじゃ生まれたらどうなるか見ものだわ〜」
千代は守が生まれてくる娘のために買ったという品々を見ながら
普段は軍人らしく背筋もぴっとしてきりりとした守が、目じりを下げて親ばかな表情をしているところを想像し
大柄な体をゆすってケラケラと笑った。
「あとで、納戸に片付けておきましょうか?その方がいいわね。今は邪魔ですからね。」
「そうしていただけるとありがたいです。ほんとうに、もう守ったら・・」
「それだけ嬉しいんですよ、奥さん。守君は両親とも亡くして身内といったら弟の進君一人ですからね。
いえ、守君だけじゃないですよ、殆どの地球人は誰かしら身内を亡くしてます。
そんな中あなたと一緒になって家族がひとり増えるんです。しかもこんなに可愛くて美人の奥さんとの
子供ですよ。嬉しくないわけがないじゃないですか。」
そう千代に言われて自分の顔が熱くなるのをスターシアは感じた。
そんなスターシアを本当にかわいい人だなぁと千代は思った。
「千代さん、見てもらいたいものがあるんですよ。産着縫ったんです。」
そう言ってスターシアはサイドボードの上に置いてある裁縫箱がわりのバスケットの中から
一枚の小さな白い着物を取り出した。
「千代さんのように上手く縫い目がそろわなかったんですけれど、どうしても一枚は・・と。」
「まぁ、まぁ、よく完成しましたね、奥さん。正直私は奥さんには無理かと思ってました。
ああ・・ちゃんと縫い代が表になってますね。伏せ縫いにして。」
「みんな千代さんが教えてくださったことですよ。赤ちゃんの肌はデリケートだから縫い代は表に・・と。
守と同じで私も嬉しいんですの、とても。娘のために何かしてやりたくて・・・。
千代さんにいろいろと教えていただいて本当に助かります。こうして産着を形にすることができたんですから。」
実のところ守には言わなかったがスターシアは自分達に子供は授からないだろうとあきらめていた。
もう何年もイスカンダルにはなぜか新しい命が誕生することはなかった。
それが星としての寿命が、イスカンダル人という民族の運命が尽きかけているということなのかもしれなかった。
だから王家にスターシア、サーシアの姉妹が誕生したことは周囲から奇跡と言われた。
それでも女性の誕生だった。もう一方の男性の誕生がなければいずれ滅ぶ。
一人、また一人と人々が去ってゆき、結局最後には2人の姉妹だけが残ることになってしまった。
そんなイスカンダル人の自分だから
どんなに守を愛していても子供が授かる可能性は低いだろうとスターシアは思っていた。
だからスターシアには守以上にこの妊娠に特別な想いがあるのだった。
そして自分に新しい希望を連れてきてくれた守にスターシアは深く感謝していた。
「生まれてくる赤ちゃんは幸せですね。こんなにご両親に想われているんですから。
私も嬉しいですよ・・・・これから生まれてくる子はきっと元気に・・・・。」
そこで千代は少し言葉を詰まらせた。
「千代さん?」


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