恋人はサンタクロース
                      byめぼうき


「なんだって?スターシア。サンタクロースに挨拶??」
冬のある日、守は面白いことを言い出した妻に聞き返した。
「ええ、千代さんに聞きましたわ。地球にはサンタクロースという名前の白いひげのおじいさんがいらっしゃって、クリスマスイブの夜、世界中の子供たちにおもちゃのプレゼントを配ってまわるのですってね。きっと私たちのサーシアのと ころにもいらっしゃるだろうって千代さんが言うの。ならきちんとご挨拶をしなけ れば、と思うのよ。」
「えーーっと、スターシア。サンタクロースは、そのぅ・・・」
守はサンタクロースの実情を話そうとしたが、スターシアの真剣であまりにまっすぐなまなざしを見て言い出せなくなってしまった。
「そ、そう!サンタクロースは姿をみられちゃいけないことになっているんだ。
だから挨拶の必要はないよ。」
「そう?でも失礼じゃないかしら。おうちにみえるのに。」
「そんなことはないさ。そっと家に入ってきてプレゼントを子供たちの枕元にお 置いていく。あくる朝、子供たちが目覚めたとき、きっとみんな喜ぶだろうなっ て、子供たちの笑顔を思い浮かべるのが彼の喜びなんだよ。姿を見られちゃ ったらサプライズにならないだろう?」
「そうねぇ・・・。」
「そういうものさ。」
「ねぇ、それにしてもセキュリティーもあるのにどうやっておうちに入ってくるの かしら?転送機でも使っているのかしら?それに世界中の子供たちにプレゼ ント・・・って一人では大変よねぇ。サンタクロースという名前のおじいさんは何 人もいるの?そもそもどうして彼は子供たちにプレゼントを配ることにしたのか しら?」
「・・・・・・。」
今更だが、守はつくづく自分の妻は異星人なのだと思った。





「よっ、こんなところで珍しいな」
「真田か」
仕事帰り、サーシアへのクリスマスプレゼントを探しに入った書店で、守は真
田に声をかけられた。
「ああ、もうすぐクリスマスだからな、プレゼント用の絵本を探しに来たんだ。」
「サーシアのか?」
「ああ。」
ほら と守は手にした絵本を真田に見せた。
「真田、お前は?って聞くまでもないか。」
「はは、まぁ俺はこの書店にはちょくちょく寄るからな。今日は写真集などを。」
「おお!いい傾向だっ。うん、うん」
「ばーーか、何勘違いしてんだよ。アートだよ、アートな写真集。」
「な〜〜んだ。つまらん。」
「バカっ  ところでその絵本・・・」
「あー千代さんに聞いたらこの本を薦められてさ。そういえば、チビの頃、保育施設だったかで読んでもらった気がするんだよな。このハナシの最後で、のねずみ達が大きなパンケーキを焼くだろう?食べたいって思ったの覚えてる。」
「お前んとこのサーシア、まだこの本は早いんじゃないのか?だって先月生ま れたばかりだろう?」
「まぁ、そうなんだが、多分じきに楽しめるようになると思う。」
「え?」
「・・・・・。イスカンダル人の特性が強く現れているんだと思う。色々とあるんだ。
そのうち詳しいことを話すよ。」
「そうか。・・・・元気なんだろ?」
「あはは、その点はばっちり。元気がよすぎるぐらいだよ。今度ウチに遊びにこい。かわいいぞ〜〜。そして将来は美人間違いなし。」
拳をつくって断言する守に真田は苦笑した。
「あははは。ところで陛下は?お元気に過ごしていらっしゃいますか?
夏にお会いしたきりお顔を拝見していないのですが。」
「そうだったか?うん、元気にしてるよ。随分とこっちの生活にも慣れてきたけど、それでも時々面白い。」
「面白い??」
「真田、スターシアは真面目にサンタクロースを信じてるぞ。」
「はへ?」
「この間、サンタクロースがウチにやってきたら挨拶したいと言ってきた。」
「なるほど面白い!あーでもスターシアさんらしなぁ〜。」
「まぁな。理由をくっつけて、挨拶の必要はないって言ったんだが・・・お陰で当日、スターシアに気づかれないようにこっそりと、娘の枕元にプレゼントを置かなきゃならん。今日だって、通販で購入したらスターシアにばれると思ってココ へプレゼント買いにきたんだ。」
「ちゃんとスターシアさんに話せばいいじゃないか。こそこそしないで済むぞ。」
「ん〜〜〜なんかさ、言い出せなくてさ・・・。しばらくこのままでいいかな〜と。
そのほうが可愛いんだよ〜〜〜。そのうち嫌でも耳はいると思うし。」
「言ってろ」
「ははははは。」
守は絵本の会計を済ませると、じゃあな と言って真田と別れた。
さてどうしたものかな と守は思う。
スターシアはカンがいい。当日彼女に気づかれないようにベッドを抜け出すこ とができるのだろうか。真田の言うようにスターシアにちゃんと話をすればこんな面倒な思いをしなくて済むのだ。
「ま、いっか〜〜。なんとかなるさ。」
いっそ、ついでにサンタのコスプレでもしちゃおうか、などどいう考えが守の頭 をよぎった。結局彼はこの面倒なことを楽しんでいるのだった。
「わぁ、サンタさん、本当にやってきたのね。」
と、クリスマスの朝喜ぶ子ども、ではなく 喜ぶ?妻 という地球基準からすると妙な状況を守は是非とも味わいたい思っているのだった。





「昼間ね、千代さんとクッキーを焼いたのよ。」

12月24日。
ディナーの後、楽しい雰囲気を感じているのか、ごきげんちゃんな愛娘の相手 をしている守に、スターシアがにこにこして星形クッキーを見せた。
ディナーは、お手伝いの千代が用意してくれたクリスマス風のごちそうだった。
「まぁ、なんちゃってクリスマスディナーですよ、奥さん。ここ日本地区ではお祭 りみたいになっちゃいましたからね。華やかな雰囲気をあじわえればと思いまして。」
千代はそういって、昼間クッキーを焼いたついでに、ローストチキンやらサラ ダ、スープを作って置いていったのだった。
ぜひ一緒にディナーを と二人は千代を引き留めたが、
「娘のところによばれているんですよ。」
そういって彼女は帰っていった。

「へぇ〜旨そうだな。」
そういうと守はすばやく一つつまんで口にほうりこんだ。
「うふふ、守ったら〜〜〜。」
「うまひ〜」
守はくちをもぐもぐさせながら、もう一枚とばかりクッキーに手をのばした。
「守がおいしいって言うのなら大丈夫ね。」
「え?」
「このクッキー、サンタクロースさんへのお礼なの。」
「・・・・。」
「千代さんが教えてくれたのよ。サンタクロースさんご苦労様って、窓辺にクッキーとミルクを置いておくのですってね。」
「・・・まぁね。」
守同様、本当のことをスターシアに話す気がない千代は、彼女にあれこれ吹 き込んでいるのだった。
「千代さん、楽しんでるな・・・。」
「え?千代さんがなんですって?」
「あーいや、その、クッキー作りは楽しかったかい?」
「ええ、もちろん。それにディナーも。いろいろと千代さんから教わりました。来年は私一人で出来ると思うわ。」
「そりゃあ楽しみだなぁ。」
「ねぇ、守、ありがたいわね。ディナーをいただいた時にね、千代さの・・・えー ーと そう! にんじょう をじんわりと感じることができたの。気持ちがあたたく なったわ。」
「ああ・・・・そうだね。」
スターシアにとって、守にとってさえも千代はすでに母親のような、そしてサー シアにとっては祖母のような存在になっていた。
千代にこの家に来てもらうことにして本当によかったと、ありがたいな と守も 思うのだった。
スターシアは星形クッキーを数枚小皿にのせ、窓のそばにしつらえた小さなテ ーブルの上に置いた。そしてミルクの入ったマグカップを添えた。
「サンタクロースさん、喜んでくれるかしら?」
「もちろん!」
「だといいわね。ねぇサーシア。」
   ぷぷぷぷ・・・・・・きゃっきゃ・・・・
守の腕の中でサーシアはますますご機嫌な声をあげて体をゆすった。





そろそろいいかな・・・・
夜半近く、隣のスターシアが深い眠りに落ちたのを確認すると、守はそぉっと布団を抜け出した。
守がほんの少しだけ窓のカーテンを開けると月明りがうっすらと部屋の中に差 し込んできた。
・・・・・・ブル・・・・・・と彼は少し震えた。
  
   ううう・・・・冷えてきたな・・・・・・

守はベッドを振り返って見たが、布団からちょこんとのぞいている黄色い頭はぴくりとも動かない。

   スターシア、よく眠っているな。 よし、よし。

まず守はリビングに向かい・・・・
ばりぼり・・・
テーブルの上のクッキーを一枚食べた。
「サンタクロースはたくさんの家を回らなきゃならないからな、全部食べたら腹 を壊してしまう・・・・・・。」
それからマグカップのミルクを少しだけ飲むと、守は寝室に戻り、自分のカバンの 中から例の絵本を取り出すと、娘が眠るベビーベッドを覗き込んだ。
わずかな明かりの中、サーシアはスースーとかわいらしい寝息をたてて眠って いた。

   ああ・・・・・

自分は父親になったのだな・・・としみじみ守は思った。子供のころ両親がしてくれたであろうことを今度は自分がする番になったのだ。

    この子に遠いイスカンダルの血が流れていると知ったら、親父とおふくろは、
    たまげたかもしれないな・・・・・。

「さぁ、姫君、クリスマスの贈り物でございます。」
守は心の中でそっとつぶやくと、娘のベッド脇に包みを置いた。本当は枕元に置きたかったが、最近のサーシアは、そろそろ寝返りをうつかもしれない勢いで 成長しているので、事故を心配して枕元はやめにしたのだった。

      元気に大きくなれ・・・・・

守はそっとサーシアの髪をなでた。

「ああ、サンタクロースさん。よかったわ、お会いできましたわ。」

背後から声がしたので守は びくっ とした。

    まさか・・・・まさか・・・・

「あの、やっぱり挨拶しないのは失礼だと思いましたの。」

   スターシア・・・・!

「サントクロースさん、遠いところをありがとうございます。」

   うわ〜〜〜〜〜〜

守は振り返ることができずに固まってしまった。
「外は寒いでしょう?少し温まっていってください。私ミルクを温めてきますか ら。」
守はどう返事をしてよいものやらわからなかった。
「サンタクロースさん?サンタクロースさん?」
がさごそ、と守の背後でスターシアがベッドを降りる音がした。
もう仕方がない。えいっと守はスターシアの方を振り返った。
「え?どなた?あなたはサンタクロースさんではないわね。」
スターシアに緊張が走った。
自分たちの寝室に知らない誰かがいる と。
「わたくしの顔をお忘れですか?陛下」
守はそういうと一歩踏み出した。
淡い月の光の中に守の輪郭が浮かび上がった。
「え?えーーーーー???」
スターシアはびっくりして自分たちのベッドを見た。
自分の横に寝ているはずの夫の姿はそこにはなかった。
「守、守なのね。」
「ああ。」
「ねぇ、じゃあサンタクロースさんは・・・・。」
「ふふ・・・。」
「あーーーそういうことなのね。」
「そういうことです。」
「ずっとね、なんだか変だなぁって思ってはいたのよ。あーーーもう、千代さんと 守と二人して〜〜〜話してくれたらよかったのにっ。」
「すまん、すまん。つい。」
「知りませんっ。」
スターシアは少し拗ねてそっぽを向いてしまった。
そんなスターシアがなんとも愛おしく、守は思わず彼女を抱きしめた。
そうして彼女頬を両手でやさしく包むと守はそっと彼女の唇に口づけた。
守のぬくもりに触れ、スターシアの気持ちはゆるゆると解けてしまった。
「ん・・・・もう、守・・・・・。」
「君があまりに真剣だったから言いだせなかったんだ。」
「もういいわ。なんだか恥ずかしくなってきてしまったわ。よく考えたらすぐにわかることだったのに、私ったら。」
「そんな君が俺は丸ごと好きなんだ。」
真正面から守がそう言ってのけたので、スターシアは気恥ずかしさで耳まで赤 くなってしまった。
うつむいたスターシアの小さな顎に手を添えると守はもう一度彼女に口づけ た。今度は深く・・・深く。




「姫君はよく眠ってるな・・・」
「ええ・・・・。」
二人はしばらく無言で娘の顔を眺めていた。
薄ももいろのふっくらとした頬の小さなサーシアは、軽くてあたたかな布団にくるまって、なんともかわいらしい様子をしていたが、その中にも守は娘の額にスターシアのもつ気高さを感じとった。
「君に似てる・・・・・。」
守は眼を細めた。
「サーシアはね、愛嬌のある笑顔をみせるの。まるであなたみたいに、おひさ まみたいに笑うの。」
スターシアもまた眼を細めて娘を見た。
「私たちの宝物ね・・・・・・。」
「ああ・・・・・・。」
「あっ」
「なに?」
「サンタクロースさんはやっぱりいるわ。」
「え?」
「守がわたくしのサンタクロースさんよ。」
「え?」
「わたくしにサーシアという宝物を連れてきてくれたんですもの。」
「はは・・・じゃあ、俺のサンタクロースは君だ。」
「ええっ」
「俺にサーシアという宝物を連れてきてくれた。」
「あら、わたくしは白いひげのおじいさんではないわよ。」
「俺だっておじいさんではないさ。」
「そうね。」
「そうだな。」
あはは・・・ふふふ・・・・
二人は低く静かに笑った。
外は しん・・・として空気は冷たかったが二人の家は愛情に満ち、暖かだっ た。


おしまい


2014.1.20

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