バレンタインデー・Kiss



「ただいま」
休日出勤だった古代守がそれでもいつもより早い時間に帰宅すると 家中に何か・・・いい匂が漂っていた。
「お帰りなさい」
出迎えた妻を守は優しく抱き寄せると挨拶のキスをした。
「ん・・・何かさっきから甘い匂いがするんだけど?」
「ふふふ」
「守君、お帰り〜〜〜」
奥の部屋から声がしたので、守はびっくりしてスターシアから離れた。
「ち・・千代さん?」
守とスターシアがダイニングキッチンに入ってゆくと お手伝いの大沢千代が椅子に座ってにこにこと笑ってお茶をすすっているところだった。
「あの・・どうして?今日はお休みだったんじゃあ??」
スターシアが地球にやってきて一ヶ月と少し。 大沢千代はスターシアの地球での生活をサポートするために 最近通ってくるようになったお手伝いさんだった。 大らかな人柄でスターシアはすっかり自分の母親のように彼女のことを慕っていた。
「私が無理を言ってしまったの。」
「いいんですよ、奥さん。さぁそれじゃあ私はこれで帰りますよ。守君も帰ってきたことだし、コレありがたくいただきます。」
そういって千代は一つの小さな包みを大事そうにバッグの中にしまった。
「千代さんが作ったものをプレゼントするなんておかしなことしてしまってすみません。」
とスターシア。
「いいえ、私だけで作ったんじゃありません、これは奥さんと一緒に作ったんですから、私は嬉しいですよ。 家に帰ってからゆっくりといただきます。」
「今日は本当にありがとうございました千代さん。また明日・・月曜日よろしくお願いします。」
「はい奥さん。守君?」
玄関に向かいかけた千代が守を振り返った。
「守君の奥さんは本当にかわいい人ですよ。大事にしなきゃ罰があたりますよ。」
その言葉にスターシアはどうしてよういかわからず俯き、 守は、罰が当たるようなことなんかするわけないだろう・・と本気で思い苦笑した。
じゃあまた〜といって千代は手をひらひらと振りながら帰っていった。
「それにしてもどうして千代さんが?」
「ふふふ・・・あのねぇ」
にっこりと笑うとスターシアは守に一つの小さな包みを渡した。
「これは・・・・!」
リボンで飾られた透明な袋にチョコマフィンが一つ入っていた。
「今日、地球ではこういったものを親しい人や家族、恋人に贈る習慣があるのでしょう?」
そういうとスターシアは守の肩に手を回し、少し背伸びをすると彼の唇に優しくキスを一つ… 守は少し驚いてスターシアを見つめた。
「ユキさんが、愛情表現をする日だと言っていたから・・・。」
スターシアは真っ赤になって蚊のなくような声で言った。
「スターシア・・・!」
ははは・・と笑いながら守はスターシアを抱きしめた。
「何かおかしいこと言ったかしら?」
「いや、違うんだ。すごく嬉しいのさ。素敵なプレゼントを貰った。」
彼女にしては大胆な行動をとったスターシアが守はかわいくて仕方がなった。
「ユキから聞いたのか?今日の話。」
「ええ。実はね、昼間ユキさんが家によってくれたのよ。守と私にってチョコレートをくだすったわ。 ユキさんからバレンタインデーの話を聞いてどうしても守にも贈りたくなったの。 もちろんお世話になっている千代さんやユキさん、それに義弟の進さんにも。」




「チョコレート・・・・ですか?」
「ええ、今日は2月14日ですからね。スターシアさんと守さんに。」
守とスターシアが住む官舎に買い物帰りのユキが訪ねて来た。 そして彼女はぽんっとスターシアにチョコレートの入ったかわいらしい包みを渡したのだった。 忙しいながらもユキはなるべくスターシアの所に顔を出すようにしていた。 困っていることはないか?心細いことはないか? 女性どうしなら話しやすいこともあるだろう、 そんなユキの心遣いからだった。
「ごめんなさい、今なんだか忙しくって手作りできなかったんですけどほんの気持ちです。」
「あの・・・・嬉しいんですけど、よくわからないのですが。」
戸惑っているスターシアにユキは あ と思った。

そうだった…!スターシアさんは地球にやってきてまだ一ヶ月ほどだったわ。 バレンタインデーのことを知らないのだった。

「すみません。そうですよね。えーーとですね・・」
ユキはスターシアにバレンタインデーの説明を始めた。 もともと恋人達の守護聖人として信仰されてきた ヴァレンティヌス殉教の日といわれる2月14日をバレンタインデーと呼び、男女の愛の誓いの日となった。 そのためからか、いつのころからか、特に日本では女性が意中の男性にチョコレートと共に 愛情を表現(告白)する日となったが、それは大昔のことで現在では 家族や恋人、親しくしている人、普段お世話になっている人の間で 日ごろの感謝の気持ちをこめてチョコレートまたはクッキーなどのスイーツに花やカードを添えて贈りあう日になっている。 そうはいってもバレンタインデーは愛の日。この日を一つのチャンスと捉え男性に告白する女性も多いということ。 などなど・・。
「まぁ、地球には面白い習慣があるのですね。あら、それじゃあ私はどうしましょう。ユキさんに何も用意していないわ。」
「あ・・・・ごめんなさい。いえ、いえ、いいんです。スターシアさんは地球にやってきて間もないですし、それに甘いものがお好きって 前に聞いていたから、私バレンタインで盛り上がっちゃってて、是非プレゼントしたくて…。」
「ありがとう、ユキさん。実はね、私チョコレート大好きなんですよ。地球に来て初めて食べたのですけど、 気持ちが蕩けそうなほど美味しいわね。」
少しあわてた様子のユキにスターシアはにっこりと笑って言った。
「よかった!イスカンダルにはなかったんですか?」
「ええ。私、守と一緒に地球へやってきてよかったわ。こんなに美味しいものに出会ったんですから。」
まぁ うふふふ と二人の女性は顔を見合わせて笑った。
「あら、そうだわ、ユキさんこんなところでのんびりしていてよいのですか?進さんにもプレゼントするんですよね?」
「ええもちろん!でも古代君今火星なんです。帰ってくるのは週末なんですよ。ふふ・・宇宙港へ迎えに行ったときに渡すんです。」
そう少し頬を染めながら話をしているユキはなんだかスターシアにはまぶしかった。



「チョコレートを贈りたいと思っても、買うにしても何にしても私どうしたらよいかわからなくて、千代さんに連絡をとって聞いてみることにしたの。」
「ああ、それで」
「ええ。そうしたら千代さんがいいものがあるからって午後遅かったけれど来てくださったのよ。この粉を持ってきてくださって 一緒にマフィンを焼いたってわけなの。」
そう言ってスターシアは粉が入っていた箱を守にみせた。 それは森水社のケーキミックスで、説明書通りに粉に水を加えて混ぜ、オーブンに放り込むだけでケーキが作れるという便利な粉だった。
「この粉を利用すれば初心者の私でもマフィンを焼けるでしょうって、チョコレートを手作りするより楽でしょうと千代さんが持ってきてくださったの。 他にも紙のマフィン型やラッピングの袋や、いろんなものをそろえてきてくださったのよ。」
「そうか…千代さん…」
「一緒に作ってもらってなんだか悪かったのだけれど、いくつか焼いた中から一つ千代さんにプレゼントしたの。」
帰り際、小さな包みを千代がバッグに入れていたことを守は思い出した。 それで守もあることを思い出した。
「そうだっ」
「どうしたの?」
「はい、君に。」
守は彼の鞄の中から小さな包みを取り出すとスターシアに渡した。
「チョコレート?」
「ああ。」
「あけてもいいかしら?」
「どうぞ」
「まぁ・・・・」
俄然盛り上がる女性と違い、男性の守にとってバレンタインはすごく大切なイベントというわけではなかったが、 慣れない地球へやってきて、一日でも早く地球市民の一員になろうと努力している妻を バレンタインデーという日にかこつけて守は励ましたかった。 だから守はスターシアにチョコレートを用意したのだった。 いつだったか、地球にやってきてから初めてチョコレートを 口にした時、スターシアはとても幸せそうな顔をしていたから。

包みをあけ、チョコレートを一つつまんで口に入れたとたん スターシアは守がいつか見たように幸せそうに微笑んだ。
「守ありがとう。」
「いえいえ、どういたしまして。俺もこのマフィン食べていいかな?」
「どうぞ」
がさごそと包みをあけて守はマフィンをぱくりと食べた。
「美味い!」
守も幸せそうに微笑んだ。 そして・・・・ 守はスターシアの肩に手を置くと 少しかがんで彼女の唇にキスを一つ・・・・
「今日は愛情を表現する日だから・・・」
と言った。

おしまい

2011.1.16

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もちろんスターシアはユキと進の二人にも後日自分で焼いたチョコマフィンを贈りました。
さてスターシアはお手伝いの千代と一緒にたくさんのチョコマフィンを焼きました。
残ったマフィンの行方はというと・・・・・・・
オマケの話


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