数より量



「着いたわ」
風呂敷包みを持った一人の金髪美女が地下鉄へと通じる階段から 地上へ出てくると空を見上げた。
そこに彼女の夫が勤める地球防衛軍本部ビルがそびえ立っていた。

珍しくその朝は古代家の人間全員が寝坊してしまった。
目が覚めて時計を見たスターシアは目を疑った。
セットしておいたはずの目覚まし時計が作動していなかったのだ。

おかしいわねぇ。
あっ! 私、鳴っていた目覚まし止めて また眠ってしまったんだわ。

「守、起きて!大変よ!」
ともかくスターシアは急いで隣で眠る夫をゆり起こしてからダイニングキッチンへ向かった。 そこには、やはり寝坊をしたらしい娘が立ったままトーストをかじっていた。
「ああ、サーシアごめんなさい。今、朝ご飯の用意をするわ。」
「いいわよ、お母様。私もうっかりしてたの。今日は少し早く出勤して片付ける仕事があるのにね。私これで出かけるから。」
そこへ守があわてた様子でダイニングキッチンに入ってきた。
「おはよう、お父様。急げばまだ十分間に合うと思うけど、
遅刻したらものすご〜〜〜〜〜〜く格好わるいわよ。」
ふふふっと余裕で微笑むとサーシアはコップに牛乳をついでぐいぐい飲み、
「いってきます」と言って上着を羽織り職場へと出かけていった。
「サーシア!俺は絶対に遅刻なんかせんからな!!」
それからが戦場のようだった。 間に合わないのでスターシアはインスタントの味噌汁とご飯を用意し、卵だけは焼いた。 守は大急ぎで朝食をかっこむと 行って来るよと言ってスターシアに挨拶のキスをすると 、これまたあわただしく出かけていった。
嵐のような時間が過ぎて、 やれやれとお茶を入れて一息ついたところで スターシアははたと気がついた。

まぁ、どうしましょう!
お弁当〜〜〜〜〜〜〜!!




なんとか遅刻はせずに済んだ。 守は自分の机の上に鞄を置くと、なにかいつもと重さが違うことに気がついた。

ああ、そうか弁当がないのか。 作る暇なかったものなぁ・・・・。

ここのところ毎日スターシアは守の弁当を作っている。
「守! 私もお弁当作るわ!」
つい先日スターシアがそう宣言してからずっと。

「あ〜〜はら減ったぁ〜」
「あらあら すぐに晩御飯にしますけど…お昼はどうなさったの?」
「いやあ〜短い昼休みだろ? 防衛軍本部の食堂がすごく混んでね。購買部でおにぎり買って済ませた。」
「まぁ!それじゃあ急いで支度するわ。 皆さんはどうしていらっしゃるの? 」
「若いヤツラは質より量 でコンビニ弁当なんか食ってるのもいるな〜 女子は弁当持ちが結構いる 」
「おべんとう …? 」
「家からランチを持ってゆくのさ」
そんな日常の夫婦の会話からスターシアは「なら私も作る」と言い出したのだった。

イスカンダルから地球へ、地球で娘が生まれ、地球人とは若干???成長の仕方の違う娘のためにイカルスへ、 そして一息ついたところで敵による地球占領。戦いが終結しやっと最近生活が安定してきた。 スターシアと守にとってはまるでジェットコースターに乗っているかのようなここ数年のめまぐるしさだった。 いや殆どの地球人にとってもそれは同じことだったろう。 弱音を吐かず、いつも自分に寄り添っていてくれたスターシアに守は深く感謝していた。 そんな生活の中で、スターシアが自分のために何かをしてくれるということが守にはとても嬉しかった。

仕方ないな〜。
今日の昼は久しぶりに食堂で食べるとするか。
いや、購買で何か買ってもいいな。

守はちょっと力が抜けた。 食堂のランチも悪くはない。 むしろ評判がいい。 けれども守にとってはスターシアの弁当が最高なのだった。





守、
お弁当なかったら、またおにぎりだけのお昼になってしまうかも。
どうしたらよいかしら・・・・・

スターシアは悩んでいた。
せっかく守のために始めたお弁当作りなのに、
守の体のためを思えばこそのお弁当作りなのに…
コンピュータや本で調べたり、分からない文字や表現はたまにやってくるお手伝いの千代に聞いたり、 とにかくスターシアなりに成人男子向けの弁当を研究し、 普段からよく食べる守のために 毎日毎日大きな弁当箱と格闘していた。

もう、りんごだけでタッパーを埋めるなんてバカなことはしませんからね。
(ばちるどさん作「りんごの唄」参照のこと)

弁当箱の穴埋めするのも大変だったが 、それも愛する守のためだった。 それなのに 今日の朝寝坊のために守に弁当をもたせてやることが出来なかった。 それが悲しい。
ちなみに、 娘は母親と好みが違うのか、それとも彼氏の手前なのか、はたまた両親の仕込みがよかったのか 自分で弁当を作ってもってゆくか、面倒な時は食堂で昼食をとっている。 スターシアにとっては、見た目は二十歳になるかならないかのサーシアであっても まだまだ小さなサーシアだった。 娘のためにあれこれ世話をやきたいスターシアだったが 「私、自分のことは何とかするから大丈夫」とサーシアにあっさり言われてしまったのだった。

そうだわ…!
これから作って届ければいいのよ!
あの近くの南町商店街へは行ったことがあるし、大丈夫。

そうとなると さっそくスターシアは弁当作りにとりかかった。 今からだと かなり急いで作らないと昼に間に合わない。 移動時間も考えなくてはならない。





防衛軍本部のゲート脇の詰め所前で警備にあたっていた若者は 一人の女性がこちらに向かってくるのに気がついた。

うぁ〜〜〜〜 綺麗な人だなぁ。 でもどこかで見たことがあるような・・・・・

「あの・・・すみません。こちらに勤めている夫に忘れ物を届けにきたのですが、どうすればよろしいのでしょうか?」
彼女がそういって若者に声をかけてきた。
「あ〜、では面会ということでこのカードにアナタの住所とお名前、それから面会する相手の名前を書いていただけますか? こちらには時間も。ええ、はい、そうですね、その欄です。」
彼女はカードに記入しようとして
「すみません、ひらがなでもよろしいでしょうか?」
と若者に聞いてきた。
「え?」
「私、まだ漢字を全部覚えきれていないんです。すみません。」
「いえいえ、いいですよ。書いてくだされば。なんならお国の言葉で書いてもOKなんですが」
そういわれて彼女はひとしきり考えていたが
「いえ、やはりひらがなで書かせていただきますわ」
にっこりと笑うと彼女はおぼつかない手でありながら丁寧にカードに記入していった。 美女がひらがなを書くというギャップ。 若者はそのアンバランスさが面白いなと思った。
(そっか〜、外国の人なんだよな。きっとダンナのために一所懸命日本語覚えているんだろうな〜 
ちくしょう、うらやましい)
「あの、これでよろしいですか?」
彼女が若者にカードを差し出した。
「あ、ここの欄、ここにあなたのだんなさんの働いている部署の名前もお願いします。(ん・・?こだい・・・・・?????あれっ  まさ・・・・か??)」
彼女は少し考えてから さんぼうほんぶ とひらがなで書き記した。
(参謀本部かよっ)
彼は少し緊張しつつ
「身分証明書をお出しください。」
と彼女に告げた。 差し出された身分証明書を見て若者はパニックになりかけた。

あ゛〜〜〜〜!そうだよ!そうだったのか!
っていうか、マジかよっ!

が、ここは下っ端であっても防衛軍の兵士、とりみだしてはいけない。
「では面会室にご案内いたしますので、しばらくそこでお待ちください。 参謀本部と連絡をとります。」
と努めて平静を装い、若者は別に詰めていた同じ警備の者に彼女を部屋に案内するようにと告げた。

ひゃ〜〜〜〜〜〜〜
生スターシアさんだぁぁぁ〜〜〜〜
あとでみんなに自慢しよう〜っと♪





「スターシア!」
少しあわてたように守はスターシアの待つ部屋に入ってきた。
「どうしたんだい?君がここまでやってくるなんて。」
「守、はい、お弁当」
スターシアは守の目の前に風呂敷包みを差し出した。
「え?」
「ごめんなさい。私今日寝坊してしまったから朝作れなかったでしょう。 申し訳なくって、後から作ってこうして持ってきたわけなの。」
「スターシア・・・」
わざわざこうして自分のためにここまでやってきたスターシアが 守にはどうしようもなく愛おしかった。 ここが自分の職場でなければ守はスターシアを抱きしめていたところだった。
「お昼に間に合ったでしょう?」
「ああ、十分。」
「よかったわ」
「ところでどうやってここまで?」
「チューブカーでS駅まで出てそこから地下鉄G線に乗り換えて 防衛軍前 で降りたのよ。」
「へぇーー!」
「まぁ!私だって一人で出かけられるわよ。いつも家の中ばかりにいるわけじゃないわ。」
「いや、随分と慣れたもんだなぁ〜って感心したんだよ。」
「ふふふ。いろいろあったもの」
「・・・そうだったな。たくましくなったものですね、奥さん。」
「たくましい?」
「君はもともとお転婆だったんだっけ。」
「もぅ〜!守ったら!」
二人は顔を見合わせて笑った。
「もう行くよ。本当は君と一緒に昼食をとりたいぐらいなんだが、予定が押しているんだ。 今も仕事がちょうど切れたところだったからここに来れたんだ。」
「いいのよ守、お仕事なんですもの。早くもどって、時間を取らせたわ。」
「そうだ。ここの1Fの食堂は一般市民にも開放されているんだよ。ちょっとした手続きで入れるから、
この時間だ、よかったらそこでランチをとるといい。」
守は自分の腕時計を見ながら言った。
「今日は本当にありがとう、スターシア。」
守はこれ以上ないぐらいに優しい眼差しでスターシアを見つめると 風呂敷包みをもって部屋を後にした。

ああ、守のあの深い瞳に私はかなわない・・・・・

頬を染めてスターシアは守の去った方向見つめた。




あと少しで12時ということもあって その食堂は一般市民でにぎわっていた。 もう少しするときっと防衛軍の職員もやってくるのだろう。 スターシアは窓際の席に一人座ってオーダーしたパスタがやってくるのを待っていた。

それにしても今朝はあわててしまったわね。 無事にお弁当を届けることが出来てよかったけれど。
でも・・・・・ とにかく守のお弁当箱は大きいのよね。 彼は普段からよく食べるし、その割には太らないから良いのだけれど お弁当を作る身としては、お弁当の空間を埋めるのにちょっと苦労するのよ。
特に今日のようにあわてていると何を詰めてよいやら。 そういえば義弟の進さんはどうなのかしら。
守よりも線が細いように見えるのだけれど、彼も沢山食べるのかしら?
とするとユキさんどうしているのかしら、お弁当。

スターシアがそんなことをぼんやりと考えていると
「お義姉さん!」
とスターシアを呼ぶ声がした。 ふりむくとそこに森ユキが立っていた。
「ユキさん。」
「お義姉さん、どうしてここに?」
どうぞ、とスターシアに促されてユキはスターシアと同じテーブルについた。
「守のお弁当を届けに来たのよ。」
「ええ!」
ユキは目を丸くした。
「もう、守といいユキさんといい、私だって一人で行動しますよ。」
スターシアは苦笑して言った。
「そ、そうですよね。」
「ユキさんは?これからお昼ですか?」
「ええ。今日はわりに仕事がヒマだったんです。久しぶりにまともな時間にお昼です。」
やってきたウエイトレスにユキは本日のお勧めランチを頼んだ。
「まぁ大変ねぇ。」
「いえ、そんなことないですよ。」
「ところでユキさん・・」
「なんでしょう?」
「進さんって食べます?」
「?」
「いえ、守は普段から食事のときはよく食べるし量も多いの。進さんはどうかなぁと思って。」
「ああ、そうですねぇ、進さんもよく食べますよ。そりゃもう気持ちがいいぐらい。」
「そうなの。さすがは兄弟ね。」
「「ふふふふ」」
「じゃあ、お弁当は?私毎日お弁当の隙間埋めるのに悩むんです。ユキさんはどうですか? よかったらなにかお知恵拝借しようと思って。」
「えーっと・・・。」
ユキは少し言葉に詰まった。 実はユキは進の弁当をデート以外で作ったことは一度もなかった。 というのも、ヤマトやパトロール艇、護衛艦など、今までもっぱら艦艇勤務の進には 家からもっていく弁当とは無縁の生活だったからだ。 艦は廃艦になるまで24時間365日稼動している。 たとえ地球の港に停泊していても だ。 停泊していても艦は動いている。 ドッグに入って改修作業にでもならない限り艦から人がいっさいいなくなることはありえない。 だから艦ではちゃんと朝、昼、晩、と食事が毎日作られる(朝、晩は当直員がいるから当然)。 それが仕事だからだ。 何らかの艦に所属しているかぎり、勤務先はその艦であって その艦が地球にいる間は、普通の勤め人のように当直日以外、自宅から毎日その艦に出勤する。 よって進には弁当は必要ないのだった。 ちなみに港に停泊しているうちに乗組員たちは普段とれない休暇を消化しているから 港に入る=少し長い休み な意味合いが強くなる。 そしてその休みが終わるとまた出港してゆく。 艦の行動予定は一年単位で組まれており、その予定にそって各艦が行動しているのだった。
「ごめんなさい。お義姉さん、私進さんのお弁当作ったことなくって」
「え、そうなんですか?」
「ええ、まぁいろいろと勤務の関係で。」
「そうなんですか。」
「あ、でも隙間が埋まらないっていうの、私の友達も嘆いてました。」
「そう?」
「ええ。でね、彼女の言うのには数より量なんですって。」
スターシアは思わず身を乗り出した。
「数より量ですか?」
「ええ。本当はおかずを4品か5品ぐらい数を入れたいですよね。」
「ええ、その方が彩りもよいし。」
「でも忙しかったりしてそれが出来ないときはね、2品か3品ぐらいをとにかく沢山つくって お弁当箱を埋めるのですって。」
「まぁ!確かに沢山作ればそれで埋まりますね。ありがとう。困ったら今度そうしてみます。」
スターシアはユキからいいアイデアを聞いたと喜んだが そもそもユキに相談したのはもしかしたら間違いだったかもしれない。





家に帰ってきてから スターシアは熱心にコンピュータでいろいろと調べものをしていた。

守の場合お弁当の主食は当然、ごはんよねぇ。 それでおかずはっと・・・・・。 あら、いいものがあるわ! ふんふん、鶏肉にごぼう、にんじん、しめじ・・・・ あら美味しそう〜〜〜 明日さっそく作ってみましょう♪




翌日、今度は誰も寝坊せず 古代家はいつも通りの朝だった。 きっちりとお弁当を作ることが出来たのでスターシアは満足だった。 テーブルの上に並んだ2つの弁当を見てサーシアは不思議に思った。
「ああ、ひとつはアナタのよ、サーシア。」
「あら、お母様〜。いいっていったのに。」
「たまにはいいじゃない。」
「どーせお父様のあまりでしょぅ?」
「ふふふ、バレましたか。」
「バレましたか じゃないわよ〜〜〜。でもありがたく頂戴します。 お母様ありがとう〜〜。
じゃあいってきます!」
「はい、気をつけて」
娘を追いかけるように守も玄関に向かった。
「じゃあ、行ってくるよ。」
守はスターシアにいつもより長いキスを落とした。
「守・・・」
スターシアはうっかりうっとりしかけてしまった。
それを打ち破るように
「おとーさま!もぉ、アタシ先に行きますからね!」
サーシアの声が飛んできた。
「おっと・・・じゃあ・・」
守は手をあげると出かけて行った。




さて その日のお昼

「もぉぉぉぉぉ〜〜〜〜お母様ったら信じられない。 絶対にお母様にはお弁当を頼まないわ。」
サーシアはブーブー言いながら母お手製の弁当を食べた。
「あら?意外に美味しいわ。でもこれは反則よぉ(涙)」
まぁ、あの天然母なら仕方ないかと 地球生まれの殆ど地球人のサーシアはため息をついた。

古代守はというと
「お〜〜っと、これはっ!」
あけてびっくりな弁当だったが 愛する妻の作ったものなので守にとってはなんでもアリだった。

いつかのりんごばっかりのを思い出したよ。

思い出し笑いしながら
ああ、でも美味しいな と思いながら 守はその弁当を完食した。

その日スターシアが作った弁当は 白いご飯におかずは鶏ごぼうの炊き込みご飯だった。

おしまい

2011.2.11

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守とスターシアの会話の一部、話のネタの一部をばちるどさんからアイデアをいただきました。

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