十五夜
                                     By めぼうき



「きれいねぇ〜。それに、まるで昼間のように明るいのね。」
スターシアはベランダで東の空から昇ってきた、まあるい月をうっとりと眺めていた。
雲ひとつない初秋の空に浮かんだ月は煌々と地上を照らし、青い影がそこここに踊っていた。
「今日の月はいつもより冴えているように見えるわ。同じ月なのに不思議ねぇ…
あら?」
ふとスターシアが下へ目をやると道の向こうから夫がのんびりと歩いてくるのに気がついた。何かをかかえているようだった。



「守、おかえりなさい。」
スターシアは2階の自宅から下へ下りると外で守を迎えた。
「スターシア、大丈夫か?下りてこなくてもいいのに。」
「あら守、エレベーターがありますもの。十分気をつけていますから大丈夫よ。」
「でも、転んだりしたらどうするんだい?大事な体なのに。」
「あんまり大事にしすぎてもいけないのですって。
これぐらいは体を動かさないと…ね。」
「でも…」
「心配性なお父様ですねぇ〜。」
スターシアはふっくらとしたお腹に手をやると、二人の希望に話しかけた。
「お母様はお転婆なのでお父様は心配で心配で仕方がないんです。」
守も負けじと話しかける。
「もぅ 守ったら…」
ふふふ…ははは…
二人は低く笑った。
「ねぇ、守、その持っているものはなぁに?」
「ああ、これ?」
守は抱えているものをスターシアの方に向けて見せた。
それは丈のある草で、何かふわふわしたものが沢山飛び出していて、月の光の中、銀色に揺れていた。
「ススキさ」
「ススキ?」
「ああ、日本地区ではポピュラーな植物だよ。」
「そうなの。でもどうして?」
「防衛軍本部ビルの近くに空き地があってね、そこに生えていたススキをとってきたんだよ。ススキに気がついたのは進のやつさ。あいつ今地球なんだけど、本部に顔出したついでに俺のところにも寄ってね、帰りに一緒にススキとりにいこう!ってさ。俺達のほかにもとっているヤツ結構いたな。今日は十五夜だから。」
久しぶりに会う兄弟どうし、短くはあっても楽しい時間を過ごしたのだろう。守はなんだか嬉しそうだった。
「じゅうごや?それとススキとどういう関係があるの?」



「うん、これでよし」
守は小さな折りたたみテーブルを窓辺に持ってくると、その上に花瓶にさしたススキと ふじみや で求めてきた団子を皿に盛って載せると満足そうに頷いた。
スターシアは守のすることを興味深そうに眺めていた。
「面白いわねぇ。春にお花見をするように、秋にはお月見をするのね。」
「ああ。俺が子供のころ、毎年十五夜になるとお袋が、…十五夜っていうのは旧暦の8月15日のことでね、現在の暦では9月の中旬ごろから10月のあたまぐらいの間になるんだけれど、その日に昇る月はほぼ満月なんだ。正確な満月からは1日2日ずれてるらしいけれど。この頃の月は、空気が澄み渡って一年で一番美しく見えるといわれていて、昔から月を眺める風習があったんだよ。その十五夜に、毎年お袋がこうしてお供えものを用意して、みんなで月を眺めていたんだよ。眺めたといっても、俺はお供えの団子が気になって仕方がなかったし、進はまだ赤ん坊だったからわけがわからなかったと思うよ。じっとなんかしてなかった。」
「まぁ…ふふふ。でもお供えものをするのはどうして?桜にはお供えしないわねぇ。」
「あはは…俺も詳しいことは知らないんだが、お袋は、団子の他に季節の果物や、野菜もお供えしていたから、大昔は秋の実りを感謝する感謝祭の意味あいがあったのかもしれないね。団子をお供えする意味は…よくわからんなぁ。丸い形なのは月にみたてているんだろうね。」
「そうなの。」
「そう!すすきは魔よけなんだ。すすきの鋭い切り口が魔よけになる…と これは進からの受け売り。」
「まぁ、守ったら。進さんはお元気?」
「ああ。なかなか休みが取れないってぶつぶつ言ってたな。」
「誰かさんと一緒ね。」
「コイツ」
守はにやっと笑ってスターシアの頭をくしゃっとやると、彼女の腰に手をまわして抱き寄せた。
「今頃、進もユキと一緒に月をながめているだろうな。」
「そうね。」
スターシアは夫の胸に自分の頭を預け、窓の向こうの月を見つめた。
「お袋は空を眺めるのが好きでね。よく見上げては俺達兄弟を呼んだんだ。
 今日の夕焼けがきれい だとか 一番星が光っている だとか言ってね。
子供のころはお袋が言うからただ一緒に眺めていただけで、あんまり感じるところはなかったんだがな…大人になってから」
「大人になってから?」
「俺もお袋のように、時々空を見上げているのに気がついた。ああ、今日の空は青くて高いな とか 夕空に三日月がかかっているな とか空を見上げて綺麗だなと感じている自分がいるんだ。どんなに忙しくて疲れていても、空を見上げるとほっとするんだよ。気持ちに余裕が出来る。それを俺達に教えてくれたお袋には感謝しているんだ。今日も月があんまりきれいだったから駅からついぶらぶらとゆっくり歩いて来てしまった。今さらだけど、つくづく俺はお袋の子供なんだなぁと思うよ。」
「素敵なお母様ね。」
「ああ…。進もきっとそうだろうな。あいつは俺より十も下だからあんまり覚えていないかもしれないが、でも俺よりも強くお袋のDNAを受け継いでいると、時々感じるよ。実を言うとね、今日が十五夜だなんて進が誘いにくるまで気がつかなかったんだ。二人して手にすり傷作りながらすすきをとってさ、久しぶりに昔を思い出した。」
守の話を聞いていたスターシアの脳裏には、子供のころの守や進が家族と一緒に月見をする姿が生き生きと描き出されていた。仲のよい兄弟、家族…。
「進さんは本当に自然の事象や生き物や草花に詳しいものね。お母様の影響なのね。私、お母様にお会いしてお話したかったわ。」
「お袋、びっくりするだろうな。息子の連れ合いが遠い星の女王様だなんてね。」
「そう?」
二人はしばらくの間黙って、空をゆっくりと渡る月を眺めていた。
「ねぇ」
おもむろにスターシアが口を開いた。
「来年もお月見をしましょう。このお腹の中の子も一緒に。みんなで。」
「スターシア」
「毎年しましょう。すすきもとりに行きましょう。果物や野菜を沢山お供えできるようになるといいわね。そうしてゆったりとお月見をしたいわね。」
「ああ、そうだな」
窓から差し込む月明かりに晒されて、自分の妻の横顔はなんて美しく輝いているのだろうと守は思った。慣れない異星の地で懸命に生き、そしてなおかつ相手の心を思いやる優しい心根の妻は強くそして美しいと守は思った。
母親から自分に、そして子供へ、空を見上げて何かを感じる心は伝わってゆくのだろう。そしてそれを理解してくれる人が一番近くに寄り添ってくれていることに守は感謝するのだった。
守は愛おしそうにスターシアを引き寄せると、深く、深く、彼女に口付けをした。


おしまい


2011.9.13

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