星に降る雪                         ばちるどさん作




   ・・・ んん ・・・・ うん ・・・・ すこし冷えるなァ ・・・・

 やっぱり雪にでもなったか、と古代守はまだ夢見心地で呟いた。 
年末も近い日曜日、今日は休日出勤もないしもう少し寝坊できるよなあ・・・と彼はぼわぼわ欠伸をしつつ
寝返りを打った。

   ・・・ ?? あれ ・・・?

隣にいつも触れるはずの温かい存在が ― ない。
守の手に触れるのはさらり、としたリネンだけなのだ。
「 スターシア? 」
彼は羽根布団を跳ね除け、 がば・・・っと飛び起きた。 一瞬のうちにはっきりと覚醒した。
「 ・・・トイレかな。  いや ・・・ ベッドはすっかり冷えているぞ?  あ・・・サーシアは? 」
ガウンを手に取り、慌ててベッドから立ち上がれば ― 

     くちゅ ・・・ くちゅ   ・・・・ ふうん ・・・・

彼の愛娘は両親のベッド横にあるベビー・ベッドで穏やかな寝息をたてている。
「 ・・・ サーシア・・・ よく寝てるな・・・ よかった。 それにしても スターシアどこにいるんだ? 」
守はカーテンを少し開けたみた。
ガラスはすっかり曇っていて、外の気温の低さが伝わってくる。
手で曇りをぬぐってみれば ― 外は一面の銀世界 ・・・ 
今もなお、ふわり ふわり、と白い花びらが落ちてきていた。
「 ・・・ 雪か。 どうりで冷えるはずだ・・・ 日曜でよかったなあ・・・・  
 ―  え????  」

   ゴチン ・・・!  守は窓ガラスに額を押し付けたが。 

「 ― スターシア!!! 」
一声叫ぶと ・・・ 彼はガウンも羽織らずパジャマ一枚のまま寝室から駆け出していった。



ひら ひら  ひらり ・・・
はるか天上から それは際限もなく舞い落ちてくる。
捉えようと手を翳せばほんの束の間、指先に留まり たちまち姿を消しゆく ・・・

    ・・・ きれい ・・・!  軽くて冷たくて はかなくて。
    これは ・・・ なにかしら・・・

防衛軍官舎の中庭、 早朝の誰もいない静寂の空間で妖精が一人、舞う雪と戯れていた。
長い金髪が翻り 白い花がふわるわ纏わりつく。
宙にのばした白い手に ほんのりそまった頬に 冬の花が降り注ぐ・・・

「 スターシア!!!  なにやっているんだ! 」
「 ?!  あら 守。  おはよう ・・・ 」
守が雪まみれのスターシアに駆け寄ってきた。
「 おはよう・・・て!  ああ ああ こんなに雪だらけになって・・・
 手だってこんなに 冷え切ってるじゃないか! 」
「 え?  ・・・ そう? そんなに寒くないから大丈夫よ。
 それよりも、守・・・ ねえ これは なあに? 」
両手を宙に翳し 彼女は天からの散華を掬いとる。
「 なに・・・って 雪だよ。  さ 早く中に入ろう!  風邪引いてしまうぞ? 」
「 ・・・ ゆ ・・・ き ?   あん・・・そんなにひっぱらないで・・・ 」
「 いいから 早く! 」
問答無用! と守は 彼の細君を抱きかかえ、官舎の中へずんずん歩いていった。



「 ・・・ ほら。 ちゃんと拭いておかないと風邪、ひくぞ。 」
「 ・・・ う〜ん ・・・ 守・・・ 」
守はバスタオルをもってくるとスターシアの髪を拭きはじめた。
「 ほんとに・・・ 困ったお母様ですね〜・・・ なあ、 サーシア? 」
「 ぷ・・・ぷぷぷ・・・ぷわぁ〜ぷ   くちゅ・・・ 」
サーシアは母の膝でご機嫌である。
「 守・・・ きゃ・・・ いた・・・ 」
長い髪が絡まった。 金の絹糸がはらはらと肩からすべり落ちる。
「 あ、すまん ・・・ しかし 身体は冷えてないのかい。 いったい何時から外にいたんだ? 」
「 いつもより一時間くらい早く目が覚めたら ・・・ 外が妙に明るくて。 それにとっても静かだったの。
 なにが起こったのかしら と思ってキッチンの窓を開けてみたら・・・ 」
「 真っ白だったのか・・・ 」
「 ええ。  なにかしら・・・って思って外に、中庭に出てみたの。 」
「 夜明け前じゃないか ・・・ 一番寒い時間だぞ? ・・・ンン〜〜これでだいたい乾いたか・・・ 。」
「 ・・・ ええ ありがとう。  あら、守? ずっとパジャマだけなの? 」
「 え?  ああ・・・ 忘れてたよ。   ・・・ へ〜〜っくしゅ!  」
「 ほらほら・・・守こそちゃんと着替えていらして?  
 ねえ サーシア?  お父様、お風邪をひきますよ・・・って。 」
「 だ〜 ぶ〜〜 ぷぷぷ・・・・ だ〜ぶ〜〜 」
サーシアが小さな手をぱたぱた振って 父にだっこをせがんでいる。
「 ごめん、サーシア。 今 お父様は着替えてくるからね〜 」
ちょん・・・と娘の髪に手を当ててから彼はベッド・ルームにもどった。



「 やれやれ・・・すっかり濡れてしまったな・・・クシュ・・・!  あれ・・? 」
守が着替えて戻ってきた時、またしてもリビングにスターシアの姿が見えなかった。
「 ・・・ スターシア・・? また 外へ行ったのか ・・・ な・・? 」
「 守・・・ ここよ。 」
窓際から声が飛んできた。 窓の側にイスを置き、スターシアは熱心に外を眺めていた。
「 だ〜〜〜 ぷぷぷ・・・くちゅう〜〜 」
母の膝で サーシアが盛んに父を呼んでいる。
「 あ・・・ なんだ、そんなところにいたのかい。 寒くないのか。  ほら サーシア おいで? 」
「 ぷぷぷ・・・・あ〜 あ〜〜 」
サーシアは父の腕にすっぽりと填まり込む。
「 ちっとも寒くなんかないわ。  ねえ ・・・ 本当にキレイねえ・・・ 
この星にはこんなにキレイなものが降るのねえ  ・・・ ゆ  き   でしょ? 」
「 うん? ・・・ 」
守もイスを持ってきて 彼女の隣に腰を降ろした。
サーシアは両親の間に挟まれ ご機嫌だ。
「 ああ 雪 さ。  ・・・ 俺も何年ぶりで見るなあ。
 地球も・・・こんなに雪が降るほど・・・ 天候も安定してきたんだな。 」
「 ほんとうにきれい ・・・ ゆ  き。  あら 雪さんの名前? 」
「 ああ そうだな。 ほら・・・ こう書く・・・ 」
守は手を伸ばすと 曇ったガラスに指で文字を書いた。
「 まあ ・・・ これで ゆき と読むのね。 」
「 そうさ。  そして君の名前は ・・・・・・  サーシアは ・・・・ 」
雪 の横に スターシア  サーシア と曇りガラスに文字が記されてゆく。
「 はい。 それで   ・・・ これが ま も る  でしょ。 ちゃんと書けるようになりました。」
スターシアは白いゆびで  古代 守 と幾分歪んだ文字を書いた。
「 お〜 女王陛下、おさすがでございますな。 忝い・・ 」
「 ふふふ ・・・ じゃあ ね・・・ 」
「 うん? 」
すすすす・・・・と彼女の指が家族の名前の下に滑る。
「 ・・・・ ああ ・・・! そうだな。 うん ・・ そうだった・・・ 」
「 ね?  ・・・・ 覚えている? 」
細い指が 先をほんのり染めつつ・・・ 宇宙の歴史に埋もれてしまった文字を記してゆく。

     ・・・ イスカンダルの文字を知るものは 
     俺たちだけ か ・・・

守はじっと妻の指先を見つめていたが すい、と彼自身もガラス窓に指を乗せた。
するすると 短い文章が雪曇のガラスに浮き上がる。
「 ・・・・  ・・・ ・・・・・ 。   これで正しいでしょうか、陛下。 」
「 まあ ・・・  はい、正解です。 よく覚えていましたね。 」
「 ふふふ・・・ 忘れないさ。   この星の文字では な ―  」

     いつまでも 愛してる 

守は 彼女の母星の言葉の下に、彼の母国語で書き足した。
「 だ〜〜〜 ぶ〜〜〜・・・・!!  ぷぷぷ・・・・ぷきゅう〜〜〜 」
サーシアが急にガラスに向かって伸び上がったと思うと
   ― ぺたぺたぺた ・・・・ ぱたぱたぱた・・・・!

「 ・・・ あらあら・・・ サーシアったら・・・ 」
「 ははは ・・・ うん、いいじゃないか ・・・ 」

二人の愛の文字の上には 二人の愛の結晶が小さな小さな紅葉を存分に散らせていった。
深々と雪が降る朝 ―  やさしい時間 ( とき ) が三人を包んでゆく・・・

    この星に ・・・ 雪が ふる ・・・
 


  ****  イスカンダル語についての記述は めぼうき様がお書きになった表現を
       使わせていただきました。  ばちるど♪


2011.2.4
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