やくそく
byばちるど


   ― その地は荒涼としていた。

もっとも火星そのものには生命の存在は確認されてはいない。
荒れて見えるのは地球人の目で見るからだけかもしれない。
連絡艇の窓から 古代守はじっと近づいてくる星を眺めていた。
 ・・・そこには。
赤茶けた大地がどこまでも続き 崩れかけた山脈やら干上がった運河の跡が広がっていた。
地球人がこの星に進出したのはそれほど昔ではない。
観察ステーションから軍事基地へ ・・・ 
しかしその基地も先の戦争で初っ端に壊滅 人員も全滅した。
わずかに存在した民間のコロニーも同様の運命をたどり、完全な復活は
デザリアム戦役の終結を待たなければならなかった。

 
   ―  そして。

 
   いま、火星は復興と建設の真っ只中、活気あふれる世界になっていた。
移住者たちのための定期便が就航するのもそう遠くはないはずだ。
建設中のコロニーの灯りも賑やかに点滅しはじめ、火星の表情はかなり変わってきた。

守は家族を連れて、増築途上の宙港からさらに小型連絡艇に乗換えた。
本日の目的地は 滅多に人が訪れる場所ではない。
彼の家族の他には連絡艇のパイロットと施設の係官だけが同乗している。
「 ・・・ この辺りはほとんど手付かずなんだな。 」
古代守は 眼前に広がる赤い荒野に視線をとばし、呟いた。
「 ここも ・・・ 火星なの? 」
彼の娘が金髪を揺らして振り返る。
彼女、サーシアはこの小型艇に乗ってから窓辺に張り付きっぱなしだ。
「 ああ。 これがこの星本来の姿なんだ。 」
「 ふうん ・・・ イカルスより淋しいわね・・・ なんにもない・・・ 」
さみしいね・・・ サーシアは独り言みたいにくりかえす。
「 そうだな。  そろそろ着くぞ、宇宙服着用だ。 」
「 了解・・・ってもう着用済です、古代参謀! 」
「 ははは・・よし。  っと ・・・ スターシアは・・・ 」
「 お母様? あれ・・・キャビンに戻ったのかも。 」
「 そうか。 ちょっと見て来る。 お前は窓に張り付いていろ。 お子ちゃまには丁度いい。 」
「 もう〜〜 お父様ったら! 」
娘の膨れっ面を背後に残し、彼は一つしかないキャビンに向かった。

「 ・・・スターシア? もうすぐ到着だぞ。 」
形ばかりノックして 彼はドアを開けた。
彼の妻はソファからゆっくりと立ち上がった。 きちんと宇宙服を着用している。
「 はい、準備はできていますわ、守。  」
彼女は淡く微笑んだ。  ・・・ いつもとすこし違う笑顔だ。

    ―  あ ・・・?  この 笑顔 ・・・
    ああ そうだ。  女王陛下の笑顔 だ ・・・ うん。 
    ・・・ 随分久し振りに見るなあ。   

守はしばし、妻の顔を見つめてしまった。
「 どうか して? 」
「 ・・・あ い いや。 なんでもない。  さあ そろそろだよ。 」
「 はい。 」
「 花は?  ああ もう準備できているんだね。 」
「 はい。  これが ・・・ 一番だと思って。 」
「 そうだな。 うん・・・ きっと喜んでくれるよ。  さあ行こう。 」
「 はい。 」
彼女は短く答えて 夫の後を黙って付いて行った。


小型連絡艇を降りて特設の回廊を徒歩で進む。  ざっと舗装しただけの道が彼らを導いてゆく。
やがて回廊が途切れ ・・・ 少し遠くに宇宙艇の残骸が見えた。
「 ・・・・ ! 」
「 スターシア。 」
妻が息を飲む様子が伝わり、守はそっと彼女の背に腕を回す。
「 お母様。 」
サーシアも母の側に寄り添う。
「 ・・・ ありがとう。 大丈夫 ・・・ 大丈夫よ。 」
「 ん。  ・・・ さあ ここだよ。 」
「 ・・・・・・・ 」
彼らの前に 傾いて地表にめり込む脱出カプセルの残骸があった。
そしてその傍らには闇にも鮮やかに、一つの墓碑が建っていた。

     サーシア  全ての生命の恩人 

スターシアはゆっくりとその磨きこまれた碑に近づく。
「 ・・・ サーシア ・・・ サーシア。  やっと やっと来たわ・・・ 」
白い指が墓碑をそっと優しくなでてゆく。 
「 ・・・ ね? お土産があるの。 あなたの大好きだった・・・ほら、イスカンダル・ブルー・・・ 」
スターシアは 墓碑の前に進むと白い花束を捧げ跪いた。
「 もう ・・・ 淋しく な ・・・い でしょ ・・・  ああ  サーシア ・・・! 
 ごめんなさい・・・!  お姉さまを許して・・・ サーシア ああ サーシア ・・・ 」
音のない世界、細い嗚咽は家族間使用のインカムから聞こえていた。
「 お母様 ・・・ 」
「 ・・・・・・ 」
母の側に寄ろうとした娘を守は引きとめ 黙って首を横に振った。
「 ・・・ はい ・・・ 」

守は娘とともに地球の大恩人である、イスカンダルのサーシア王女殿下の墓碑に黙祷した。
「 お父様・・・ あの花束って イスカンダル・ブルー? 」
「 ああ そうだ。 お母様がな、 あれが一番いいって。
 お前のサーシア叔母様も大好きだった花だそうだよ。 」
「 そう ・・・  叔母様もきっと淋しくないわね。 」
「 そうだな。 」
二人が見守る中、スターシアは墓前からゆっくりと立ち上がった。 
「 守 ・・・ このカプセルの中に入ってもいいのかしら。 」
「 かまわないよ。 でも ・・・ メカ類は残っていない。 地球に持ち帰ったからな。 」
「 いいの。  妹が最後に過した空間に行ってみたいの。 」
「 うん、そうしなさい。  ・・・ サーシア。 お母様と一緒に行きなさい。 」
守は娘の背を押した。
「 ・・・お父様は?  」
「 ここで待っている。  お前はイスカンダルの後継者として女王陛下のお供をしなさい。 」
「 はい。 」
娘は素直に頷くと 母の側に駆け寄った。
二人はゆっくりと脱出カプセルの中に入っていった。



    ― ここが 全ての始まり だったんだなあ。

守は大きく息を吐いた。 
今はどこにも存在しないイスカンダルのメカが この荒涼とした地に眠っている。
このモニュメントだけが そして彼の妻と娘だけが かつてあった愛の星の証なのだ。
 ふと目を転じれば 漆黒の大宇宙、無限に広がる黒暗々の空、
その彼方で彼は彼女と出会った・・・そして愛し合い 結ばれた。  
 ― それは正に運命としかいい様がない。

「 ・・・ 俺は ・・・・ 」

あの星々の間を巡り、闘ったのは ― もう過去のことになってしまった。
今 手元に残るのは妻と娘、そして溢れるばかりの愛 ・・・
「 そう ・・・ これで いい。 これが俺の運命だったのさ。 」

ふ・・っと側に人影が立った。 守の目の端に輝く金髪が見えた。
「 ・・・ ( サーシア ) ?  」
さらさらと金の髪が彼の腕にかかる。 娘の髪とは少し色がちがう 妻か ・・・と思った。
「 ・・・スターシア?  ゆっくり御参りはできたかい。 」
守は腕をのばし、妻を抱き寄せようとした。

    ―  おねがい します 

 ・・・ え?   不意に澄んだ声が耳に入った。
いや ― 守の心の中に直接響いてきた ・・・ 
なぜか 振り向けなかった。  守は顔を正面に向けたままじっと立ちつくす。

    ―  どうか おねがいします。

再び あの声が囁く。
    ― お姉様を 幸せにしてさしあげてください。  ・・・・守お義兄さま ・・・

ふわり・・・と暗闇の世界で金の髪がゆれた。
「 ・・・!? 」
そうだ、妻は今日、髪を結い上げている。
渾身の力を振り絞り、横を向いた途端に  ―  気配が消えた。
守の隣には 誰もいない。 荒涼とした火星の大地がひろがっているだけだ。
「 ・・・・・・・・・ 」
守はひとり、力強く頷いた。  わかった、わかったよ ・・・ と何度も彼は頷く。
お姉さまを ・・・ おねがいしいます  ― 守の耳の奥に澄んだその声がいつまでも響いていた。 
「  必ず・・・!  約束する。  サーシア ・・・ 俺の義妹 ( いもうと )  」
彼は漆黒の宇宙空間に向かって誓う。


        そして 彼は生涯その約束を守った。


2011.7.7

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