新しい友達 
                             
 byばちるど



  ―  キュ。  守は襟元を調えると手袋をきっちりとはめた。

「 じゃあ  行ってくるから。  」
「 はい 守 ・・・ 行ってらっしゃい・・・ 」
「 うん。  ああ 気分が悪くなったらすぐに 」
「 大丈夫。 連絡の方法はしっかり覚えました。  守 どうぞ後のことは気になさらないで。
 お仕事に集中してくださいな。 」
「 ありがとう。  ああ 昼には戻ってくるから。 飯は一緒に  な? 」
「 ええ 楽しみにしているわ。  行ってらっしゃい。 」
「 うむ ・・・ 」
守は もう一度愛妻にキスをすると 颯爽と出て行った。

   行ってらっしゃい ・・・   ステキ・・・!  

その姿が廊下の端のエレベーターの中に消えるまで スターシアは惚れ惚れと見送っていた。
「 ・・・ ふう ・・・ 行っちゃった ・・・ 」
部屋に戻り ベッド・メイキングをし、 夫と自分の身の回りの衣類を洗面所で洗ってしまえば 
  ―  もうすることがなかった。
せめて掃除でも ・・・ と思ったのだが その必要はない、と言われてしまった。
「 自動的に換気します。 その時に床付近にも空気が流れて塵は吸収されますので
 どうぞご心配なく。  」
できれば朝食くらい作りたい ・・・と思ったが それは無理、と夫は言った。
「 食事は皆 食堂で摂るんだ。  仕官用の食堂なら見知った顔ばかりだから・・・
 そこに行こう。  ここの飯は美味いぞお〜〜 」
持ってきた衣類の整理をし、繕い物でもしようか・・・と思ったが さすがに破れたものはない。
「 いいんだよ、のんびりしておいで。  部屋に篭っているのもつまらんだろう?
 ほら この前一緒に行った場所 な? あそこは一人で行って構わないよ。 」
なにか出来ることはないか、という妻の問いに夫は一生懸命気を使ってくれている。  
「 ちょっと長いけれど 旅行だと思って ― 好きに過していていいんだ。 」
「 でも ・・・ 守だってお仕事、大変でしょう? 私もなにかお手伝いしたいわ。 」
「 大丈夫。  君はね、元気で笑顔でいてくれれば ― それで皆が安心する。
 勿論俺も さ。  時間が空いたら また農園や展望室に行こうな。 」
「 ええ ・・・ 楽しみにしているわ。 」
「 そうだ、 ユキを誘ったらいい。 それに他にも女性クルーが大勢いるからね。 
 彼女たちとおしゃべりしてみたらどうかな。 」
「 守  ありがとう。 」
「 ああ この笑顔だよ。  これさえあれば俺は大丈夫さ。 」
「 ・・・ もう 守ったら ・・・ 」

夫は勿論、周囲の人々は皆 とても優しい。 彼女に気を使ってくれている。
それはよく判っている。  わかってはいるが ―  でも。

     ・・・・ ふうう  ・・・・    スターシアは深い 深い溜息をついた。


イスカンダルが消滅し 女王スターシアは夫君の古代守と共に ヤマトに救出された。
二人は地球へと移住することになり、 すでに地球連邦は大歓迎の意を伝えてきていた。
もともとは訓練航海に出るはずだったヤマトは 予期せぬ遠征・そして戦闘を なんとか潜りぬけ
今 一路故郷へと 地球へと向かっている。
現在は勿論戦闘状態ではないし、一応 攻撃を仕掛けてくる物体も見当らない。
<帰り> の航海は至極順調であり クルー達の表情も明るく艦内の雰囲気もいい。

   しかし。  ヤマトは遊覧船ではなく  戦艦  なのだ。

当然、クルー達には日々びっちり任務があり、艦自体にも余分なスペースは ない。
つまり  ・・・ ぷらぷら歩き回ったり出来る場所も気軽に喋りこんだりする暇は誰にもない、ということだ。

守と彼女に提供された部屋は 来賓用の特別室だという。
しかし 必要最低限のものしか置いてなかったし そこは休息するだけのスペースだった。
たったひとつ ―  ユキが置いてくれた小さな花瓶の花が 唯一の装飾品だった。

   ふうう ・・・   ここにずっと居ても ・・・ ね?
   なんだか息苦しいわ。  もうすこし広い空間だったら ・・・

スターシアは 手持ち無沙汰になり、気分転換もしたくて部屋から出てみた。
「 え〜と ・・・ このエレベーターだと直接食堂のある階まで行ける はず ・・・ 」
彼女は記憶を辿り、エレベーターのボタンを押す。
「 ・・・っと。 多分 ここでいいはず ・・・ 」
   カタン。  ほんの僅かな揺れと共にドアが開いた。  
ぱあ〜っと格段に明るい照明と ざわざわ・・・ 大勢のヒトの気配が流れたきた。
「 あ ここね。  なにか飲み物 ・・・ 頂きたいわ。 」
彼女は ゆっくり通路を通りドアを抜けた。  やがて壁にいくつかの表示が見えてきた。
「 しょくどう。  そうよ、 守がそう言っていたわ。  このまま入ってもいいのかしら ・・・ 」
明るい透明なドアの前で 彼女はしばし立ち止まってしまった。
「 えっと ・・・・?  あ・・・ 若いヒトたちが来たわ。  ちょっと聞いてみようかしら 」
スターシアはゆっくり彼女たちに近づいていった。
「 あの ・・・ 」
「 〜〜でね〜  激笑いでさ〜    うあ!?  す スターシアさん?? 」
「 え!?? ウソォ〜〜〜 」
笑いさざめきつつやってきた女性クルーが ぴき!っと硬直して立ち止まった。
「 あの ・・・ コンニチワ。 」
「 は  は  はい!  おはようございますッ ! 」
「 おはようございますっ ! 」
「 あら ・・・ ごめんなさい、 < お早うございます > でしたわね。 」
「 はい! 失礼いたしましたっ 」
「 失礼いたしましたっ 」
「 ・・・ あの ・・・ べつにそんな ・・・ 」
「 どうぞ お入りください。 お邪魔いたしました。 失礼いたします! 」
「 失礼いたします! 」
若い彼女達は さっと挙手の礼をし、スターシアを食堂内に案内すると、一礼し、
カツカツ靴音高く 行ってしまった。
「 あ ・・・ 普通にお話、したかったのに。  ・・・ ふう ・・・ 」
食堂内は 案外空いていた。  朝の勤務交代時間を過ぎていたせいもあるだろう。
スターシアは ドリンク ・ コーナーをみつけたのだが どうやればよいのかわからない。
周囲を見回してみたが あいにく誰もいなかった。
厨房員は奥にひっこんでいて わざわざ呼びたてるのも気が引けた。
「 ・・・ う〜〜ん?  暖かいお茶が飲みたいのだけれど ・・・  おちゃ っていうのは
 え〜と ・・・ あ この字!  この込み入った字 ( 茶 ) だったわね。 」
表示の文字を指で辿っていると  ―   ピッ!  センサーが反応して・・・
やっとのことで暖かい茶色っぽい液体をカップに注ぐことができた。
「 ・・・・っと  ああ これでいいのね?  ふうん ・・・ いちいちパネルを押すのね? 」
イスカンダルでは 給茶機に  < お茶 > と呼びかければそのお茶が出てきたのだが・・・
「 これも楽しいかもしれないわね。  こんどはアレ、押してみましょう・・・・
 えっと ・・・ こ  ぶ  ちゃ。  なにかしらね? 」
カップの中の液体からは この前飲んだことがある香り立ち昇ってきている。
「 そうそう この香りよ。  守が おちゃ って言ってたもの。  ふ〜〜ん いい香り。
 これを頂きましょう。   え〜と ・・・  あら? 」
トレイを持ったまま どこに座ろうか・・・と思っていたら 見知った顔が入ってきた。
「 ―  ユキさんだわ。  これから朝食なのかしら。   ユキさ ・・・  あ。 」
声をかけよう・・・と思った瞬間、 ユキはぱあ〜〜っと明るい笑顔になった。
視線の先には ―  進 がいた。 
彼女は まっすぐ彼の方に歩いてゆき 彼も笑顔で彼女に手を揚げた。
「 ・・・ そうよねえ・・・ 短い休憩時間ですもの、一緒にいたいわよねえ ・・・ 」
スターシアは遠慮して観葉植物の陰に隠れるように座った。
空いているとはいえ、 十数人がてんでに過している。  話し声が室内にひびく。
彼女は耳を澄ませ会話の端を拾おうと努めたのだが。

     ・・・ う〜ん ・・・ よく わからないわねえ・・・ 

守から地球の言葉 ― 彼の母国語である日本語はしっかりと習った。
彼の話す地球の言葉は 全部理解できる。 ヤマトの以前のクルー達の話もほぼ理解ができた。
夫の親友、という真田の言葉は特にいつもはっきりと論理的で判り易かった。
ユキとは 初対面の時から普通のお喋りができて女同士で楽しかった。

     大丈夫。  わたし、 守の国の言葉はちゃんとわかるわ。
     皆さんとお話、できるわ。 

彼女は少し自信も持っていた。 それは全く未知の場所に行く際に大きな安心にもなった。

  だけど。  

ヤマトに乗艦したら ― 食堂やら展望室で若い女性クルー達がさざめくように笑いつつ喋る
早口な会話はほとんど理解できなかった。
聞き取れない、 というほどではないのだが単語からしてわからない。
知らない単語も山ほどある。  自分の知っている言語とは全く別のものに思えた。

     守も ユキさんも ・・・ ゆっくり丁寧に喋ってくれていたのね ・・・

スターシアは観葉植物の陰で ふか〜〜く溜息を吐いた。

「 女王陛下、失礼いたします。  ・・・ あの なにか召し上がりますか? 」
少し年配の女性クルーが 緊張の面持ちで尋ねてくれた。
「 あ  ・・・ ええ あ あの 今 飲み物を 」
「 かしこまりました。  ただ今お持ちしますので少々お待ちください。 」
「 あ ・・・ あの 自分で ―  あ ・・・ 行ってしまったわ ・・・ 」
女性クルーはすぐに戻って来て スターシアの前にコーヒーとお茶の両方をもってきた。
「 失礼いたします。 陛下はどちらがお好みですか? 」
「 はい?  ・・・ これはなんですか? 」
「 これはこーひー と おちゃ です。  おちゃ とは日本ののみものです。 」
「 ありがとうございます。 おちゃをひとつください。 」
「 かしこまりました。 どうぞ。 」
「 ありがとうございます。 」
  コトン。  女性クルーは カップを置くと一礼して行ってしまった。

      あ ・・・ もっとおしゃべり してほしいのに・・・
      ・・・ それにしても < 会話集 > にあったみたいな会話だったわね?

ふふふ ・・・っとなんとなく笑みがこぼれてきた。
「 なんだか気分がよくなってきたわ。  もうすこしお散歩、してみましょうか ・・ 」
お茶を二杯、飲み干すとスターシアはゆっくりとたちあがった。
「 え〜と ・・・ ほら。 なんでしたっけ ・・・? お野菜とか作っているところ ・・・
 ・・・ あ  そうそう  ヤマトのうえん。 あそこに行ってみましょう。  」
スターシアは 軽い足取りで食堂を出ていった。

目的の場所 < ヤマト農園 > は 食堂のすぐ下の階にあった。
艦内とはいえ実に広大な施設で 太陽灯の元、延々とグリーンの畑が広がっていた。
ただ その広大な畑はすっぽりと透明なドームに覆われている。
「 まあ ・・・ すごいのね。  なんだか草原にいるみたい。 これが艦 ( ふね ) の中、
 なんて思えないわ。   ああ 水耕栽培なのね ・・・ 」
至るところにパイプラインが走り、場所によってはミストが散布されていた。
「 ふうん ・・・ どんな植物を栽培しているかしら ・・・ 」
スターシアは興味深々、 ドームの壁に張り付いて眺めていた。 
次第に入り口付近まで移動していたのだろう、 落ち着いた雰囲気の男性クルーが遠慮がちに
声をかけてきた。
「 あ ・・・ 申し訳ありません。  農園の中は立ち入り禁止 ・・・ 」
「 はい。 でも ここの ・・・ 散策スペースはかまいませんか? 」
農園入り口 の付近には土が見え、いろいろな種類の草花が沢山植えてあり、
ベンチなども置いてあってどうやら休憩場所になっていそうだ。
「 ええ ええ どうぞ。  ここにもいくらか植物は植えてありますから。 」
「 まあ ありがとうございます。  あら ここには緑があっていいわねえ ・・・ 」
スターシアはゆっくりと散策スペースを回ってゆく。
土を敷いた道が花壇の間に作られていて、ところどころに木製のベンチもあった。
「 ふうん ・・・ いいわねえ。  ここが艦内だってこと、忘れてしまいそう ・・・ 」
小路は農園に沿って細長いスペースの中を通っている。  ちょっとした散歩道だ。
低い茂みまであり、そこを曲ると ベンチに先客があった。
まだ若い、少年みたいなクルーが ― 恐らく新人だろう ― 熱心に文庫本を読んでいた。
「 ・・・?    あ!  失礼しました。 どうぞ! 」
彼はスターシアに気がつくと 真っ赤になりベンチから飛び上がった。
「 あ ごめんなさい。 わたくしの方が後からきましたもの、どうぞそのまま いらして。 」
「 いえ。 自分は休憩をしていただけでありますから。  失礼いたします。 」
またまた挙手の礼をすると 彼はそそくさと去っていった。
「 ・・・ 居てくださってもいいのに。  ベンチは他にもあるんだし ・・・ 」

  ―  ふう ・・・ またまた溜息が漏れてしまった。

「 皆さん 普通にしてくださったらいいのに ・・・ わたしがいるとご迷惑かしら・・・ 」
すとん、とベンチに腰を降ろした。   ごく普通のベンチだったが意外にも木製だ。
その暖かい肌触りは イスカンダルの宮殿のテラスにあったものを思い出させた。
「 ・・・ あのベンチ。  お父様やお母様や・・・サーシアと座ったベンチ ・・・
 守が直してくれて二人で星を眺めたわね  ・・・ 大好きだったわ ・・・  やだ・・・ 涙が・・・ 」
涙を見られたくなくて落とした視線は ハート型の葉っぱに止まった。
「 ・・・ かわいい ・・・ 」
見知らぬ植物だったけれど、緑のものを見るのは楽しかった。 ハートの葉っぱがもしゃもしゃ茂り、
中には小さな花をつけているものもあり ちょっぴり心が和んだ。
「 ・・・ あら、 ここ ・・・ お水が少し足りないのかじゃないかしら。
 それとも ・・・ 地球の植物は乾燥を好むのかなあ ・・ でも葉っぱの端が萎れてるわね ・・・」
スターシアはきょろきょろ見回し 小さな公園のすみにある給水機をみつけた。
「 ちょっとだけ ・・・ お水をあげましょう・・・ 少しなら構わないわよね・・・ 」
彼女はコップに水を汲んでそっとかけたやった。
「 ・・・ あら 美味しい? あなたはなんという名前なのかしら ・・・ 」
緑の休憩地で スターシアはやっと居場所を見つけた気持ちになっていた。
 ― 足音が聞こえた。  誰かがこの場所に休みにきたのだ。
「 ・・・ ここは皆の休憩所 ですものね。 独りになりたいヒトだっているわよね・・・ 」
彼女は そっとグリーンの地を離れた。
「 このままお部屋へ帰るのもつまらないわねえ ・・・ あ そうだ! あそこに行ってみましょう。 」
エレベーター にはちゃんと行き方が掲示されていた。


  その頃  士官用のミーティング・ルームでは資料の山を前に 守が溜息・吐息だった。
「 ここだったか 古代。 」
真田が顔を覗かせた。
「 あ?  ああ・・・ ちょいと込み入った事務仕事があってさ。 」
「 事務仕事?  それはそうと お前〜〜 陛下を放っておいていいのか? 」
「 あ?  うん ・・・ そうなんだけど ・・・ いやもう信じられないほど多忙でさ 」
彼は 手元の書類を持ち上げてみせた。
「 なんだ?  紙媒体か?? 」
「 イマドキ な。  戸籍に関係することなんで仕方ないんだと。
 地球連邦と防衛軍本部から早々に送られて ― 相原が特別にプリント・アウトしてくれた。  」
「 戸籍??  ・・・ あ 陛下の か? 」
「 うん。  地球市民としての戸籍を丸々作り上げなくちゃならんのだから ・・・ 」
「 そりゃまた ・・・ しかし必須事項だからなあ。 」
「 ああ。 なるべく早く済ませようとは思っているんだけど な。 」
「 その後は コレだ。 」
「 ?  」
真田は ずい、と端末を差し出した。
「 対ガミラス戦の後半から ガトランティス戦の全戦闘記録だ。 これに目を通しておけ。
 あとは現在の地球防衛軍の 」
「 ・・・ 俺、 イスカンダルに戻りたくなってきた!  」
「 お〜〜っと。 逃亡は許さんぞ。  目一杯楽しい想いをしてきた分、きっちり働いてもらうからな
 覚悟しておけ。 」
真田は に・・・っとヒトの悪い笑いを浮かべた。
「 あ〜〜 四面楚歌かア〜〜〜 」
「 ま ソレは明日からってことで。  今日はスターシアさんの相手をしてあげろよ。 」
「 へ?? 」
「 なんだか淋しそうだったぞ? さっき食堂ですれ違ったのだけど。 」
「 あ 散歩には出たのか。 」
「 多分な。  まあ明日からの激務に備え お前もちょっと一息ついて来い。 
 そのほうが能率が上がるぞ。 」
「 ― サンキュ。  恩に着る! 」
  ガタン。  守は勢いよく立ち上がると 手を振ってミーティング ・ ルームを出ていった。


 
  ウィ −−− ン  ・・・   展望室へのドアはゆっくりと開いた。

廊下の明るさから一転、照明をかなり落とした室内に、スターシアは一瞬戸惑った。
しかし すぐに別の < 灯り > に気がついた。
「 ・・・ わあ ・・・ すごい ・・・!  」
足下まで硬化テクタイトの窓が開けているので そこはまるで星の海に飛び込んだ気分だ。
星明りが 充分照明の役割を果たしている。
スターシアは思わず窓際に近寄り 流れてゆく星空に目を凝らせた。
「 ・・・ ああ 確かにわたしは今 航行している艦 ( ふね ) に乗っているのねえ・・・
 今 ・・・ どの辺りなのかしら ・・・ え〜と ・・・ 」
彼女は見知っている星々を探してみる。  ひとつ、 ふたつ ・・・
  
     ああ  あの星は イスカンダルからも見えてたわ・・・
     でも 次のワープを終えたら  もう見えなくなっちゃうわね

急に 故郷からどんどん離れてゆくのだ、という現実に気がついた。
懐かしいあの青い星は ―  もう 存在しない。

     そう ・・・ よ ね ・・・  還るところは  ない のよ ・・
     もう どこにも ・・・ 青いわたくしの星は ・・・ ない ・・・の 

     ・・・ ああ 気分が悪い ・・・ なにか胸が重苦しいの ・・・

     こんな時 ・・・ 北の泉の水を飲めば すっきりするのよ ・・・ 
     薬草のエキス ・・・ 飲みたいわ 
     窓を開けて 朝の空気を入れれば きっと元気になれるのに・・・
     サンザーの光を浴びれば ぽかぽかしてくるのに ・・・

      ―  さむい ・・・ ここは さむい ・・・ さむい わ・・・

スターシアは展望台の隅にあったソファに崩れ落ちるみたいに腰を降ろした。
膝を抱えて背を丸め、俯いて涙を抑えてた。 
        
          「  にゃあ 〜〜〜 ・・・・ 」

不意に 足下に小さなケモノがやってきた。 艶々した毛皮で大きな耳がぴん、と立っている。
ソレはちょこん、と座ると金色の綺麗な瞳でスターシアをじ〜〜っと見上げた。
「 !?  ・・・ あなたは  だあれ? 」
「  みゃあ〜〜 みゃ。  み〜〜〜  にゃ。 」
「 ・・・ ミーくん?  そういうお名前なの? 」
「  みゃ〜〜みゃ みゃ〜〜 」
ケモノは優しい声で鳴き、 左右に張った髭をゆらしくるりくるり〜と尻尾を動かす。
「  まあ あなた、 毛皮にシマがあるの?  長いお尻尾 素適よ〜〜 お髭もカッコイイ。
 *〇жкЯと似てる・・・けど ちょっと違うわねえ・・・
 ・・・ あ。 いつか守が言っていた < ねこ > さん かしら。 」
「  みゃあ〜〜〜あ  」
「  そう・・・ ねこさん なのね。 私は スターシア。 古代スターシアよ。 
 どうぞよろしくね。 」
「  みゃ。   みゃ〜〜あ? 」
柔らかな前肢が とん・・・とスターシアの脚に触れた。
「  え ? ここに?   ええ ええ どうぞ。  はい ・・・ 」
 ぴょん ・・・ トラ縞の猫は 身軽にスターシアの膝に乗ってきた。
 そして くるん、と丸くなって彼女のお腹に顔を預け眠ってしまった。
「  あ ・・・・ あったかい ・・・  うふふ 赤ちゃんもねえ、あったかい、って。 」
膝に眠る小さな存在 ― スターシアは 殊更愛しく思えた。
「 ねえ ・・・ ミーくん? わたくしのお友達になってくれる?  ミーくん ・・・ 」
「 みゃあ 〜〜〜 」
眠っていたはずのトラ猫は ひと声はっきりと鳴いて、スターシアを見詰めた。
「 まあ 嬉しい! ありがとう〜〜  ミーくん ・・・ 」
「 ・・・ みにゃ 〜〜 ・・・ 」
ふぁ〜〜 ・・・と大欠伸をすると 彼はまたスターシアの膝に丸くなった。
「 うふふ ・・・ どうぞ、ごゆっくり ・・・ ミーくん 〜〜 」
そっと撫でたその身体は ほっこりと暖かく毛皮はふかふかだった。

      ・・・ ミーくん ・・・ 暖かい ・・・ 暖かい  わ ・・・

「 おお〜〜 ここにおられたのですか 」
展望室のドアが開き 佐渡先生が頓狂な声と共に入ってきた。
「 あ・・・ ドクター ・ サド ・・・ 」
「 いやあ〜〜 お探ししましたぞ〜〜 スターシアさん。 」
彼は中年の女性を伴っていた。  佐渡医師の部下で看護士長だという。
「 星河 麗奈クンじゃ。  これからは女性の宇宙戦士も増えるで、彼女は看護士長には
 ぴったりの御仁じゃよ。  それになあ ワシは産科はサッパリ・・・じゃが。
 彼女はそちらの心得もある。 」
「 星河看護士長です、 どうぞ宜しくお願いいたします。 オバサンですからね〜
 なんでも言ってくださいな〜〜  愚痴でもお喋りでも。 」
中年の看護士長殿は挙手の礼をすると おおらかに笑った。
「 まあ ・・・  あ あの  こだい・・・古代スターシアです。
 どうぞ宜しくお願いいたします。 」
二人で少しおしゃべりでもしたらよかろう、と佐渡医師は再び飄々と戻っていった。
「 あ ・・・ あの ・・・ 」
スターシアはしばらくモジモジしていたが ぽつぽつと話し始めた。
星河看護士長は ふんふん・・・と黙って全部聞いてくれ ― そして に〜〜っと笑顔になった。
「 な〜に。 奥さん!  案ずるより産むが易し って諺が地球にはあってね。
 アタシなんかこれで三人の子持ちですよ あっはっは ・・・ 」
「 ・・・ 三人!?  まあ ・・・ 」
「 まあね、そりゃ初めての時は不安でしたけど。 でもね〜 み〜んなそうなのよ?
 どこの国の どこの星の お母さんもね。
 それでも み〜〜んな ・・・ ちゃ〜んと元気な赤ん坊が生まれてますよ。 」
「 そう ですの? 」
「 そうですよ。 なによりもね、 お母さんの笑顔。 これが一番なんです。 」
「 ― 笑顔? 」
「 はい。  ほらほら ・・・ 眉間に縦ジワ、なんて貴女に似合いませんよ。
 お母さんはいつでもゆったり笑っていなくちゃ。 それで子供は育ってゆくのよ。 」
「 ・・・ はい! 」

    そう  ね。  お母様は どんなに国務がお忙しくても
    私たちには笑顔で接してくださったわ
    ご公務が終られれば 優しくて怖い・・・ 普通のお母様だった
    お膝に甘えれば いつだってお母様の笑顔が見られたっけ・・・

「 そうそう ・・・その笑顔ですよ、古代さん。 」
「 こだい ・・  は はい! 」
「 なにかお好きなこと、なさったらいかが? 」
「 ええ ・・・ あのう。  ちょっと伺いたいのですが 」
「 はい? 」
スターシアは さきほど思いついたことを相談した。
「 ・・・そういったことがお好きなのですか?  え〜と お国でもやっていらした? 」
「 はい。 わたくしの仕事でもありましたから。 」
「 あら それなら大丈夫。  あの場所はそんなに広くもないし ・・・
 重たいバケツで水を運んだりする必要もありませんしね。 無理をすることもないでしょう。
 ふふふ なによりヤマトの中では 風が吹いて冷える・・ってことはありえませんから。  」
「 まあ うれしいですわ。 それじゃ 早速・・・ 」
「 ええ ええ そうなさいな。  あ ・・・ そうだわ、ちょっとお待ちになって。 アレを・・・ 」
「 はい? 」
「 私からのプレゼントですよ、スターシアさん。 」
星河看護士長はくすくす笑いつつ展望台から出て行った。


     ・・・ 頼もしいヒト ・・・ 温かい方ね ・・・

膝には相変わらずミー君が眠っている。
スターシアは だんだん ・・・ ほんのり身体中が そしてこころもぽかぽかしてきた。
    
    ウィ −−−− ン ・・・    また誰かが展望室にやってきた。

「 ああ ここに居たのかい。 」
「 守 ・・・! 」
一番聞きたかった声に スターシアは満面の笑顔で振り向いた。
「 あは さんざん探してしまったよ。  食堂に居た・・・って聞いてたんでね。 」
「 守 ・・・ お仕事は? 今日はとても忙しいのでしょう? 」
「 特別休暇を貰った。  今日は君と一緒にいるよ。 」
「 まあ 嬉しい〜〜 あ ・・・ でも いいの? 」
「 大丈夫。 真田技師長のお墨付きさ。   あれ ・・・ トラ猫? 」
守は細君の膝を占領している先入者に気がついた。
「 ミーくん っていうの。  私のお友達。  ねえ ミーくん ? 」
「 ・・・ みゃ〜〜あ 〜〜〜ぉ ・・・・ 」
トラ猫は 面倒くさいなあ〜〜という風に ちょい、と目を開き一鳴きすると また丸くなった。
「 あ〜  」
「 ふふふ ・・・ 眠いのですって。 」
「 ふ〜〜ん ・・・ しかしけしからんなあ〜〜 君の膝は俺の専有なのに〜〜 」
「 まあ たまには分けてあげて? それにねえ もうすぐ守専有じゃなくなるわ。 」
「 え!? 」
「 うふふ ・・・ ここは赤ちゃんの席♪ 」
「 あ  そうだな ・・・ うん そうなんだよなあ ・・・ 」
守は彼女の隣に腰を降ろすと そっと肩を抱き寄せた。
「 ねえ ・・・ 守。  ここは星の海みたいねえ ・・・ 」
「 うん?  ああ そうだなあ ・・・ 」
「 こんなに沢山の星があるのに ・・・ なのに ・・・ イスカンダルは ・・・ もう ・・・ 」
「 スターシア ・・・ 」
「 ごめんなさい ・・・  ちゃんとわかっているの。 わかってるのよ・・・
 でも ・・・ もうサンザーも 知ってる星もどんどん見えなくなって ・・・ 
 イスカンダルは ・・・ もう忘れられてゆく星だって 思うと・・・ 淋しくて ・・・ 」
「 ・・・・・・・ 」
守はだまって彼の細君の流れ落ちる涙に唇を当てた。
「 ・・・ 守 ・・・  わたし ・・・ ごめんなさい ・・・ もう泣かないって決めたのに ・・・ 」
「 スターシア ・・・ 泣きたい時にはこうして泣いたらいいんだよ。 」
「 ・・・・・・ 」
「 それに ― イスカンダルを、 忘れはしない。 忘れたりできるはず ない。  
 俺はイスカンダルで生まれ換わったんだ。
 あの星がなかったら ― いや 君がいなかったら 俺は今 ここにはいない。 」
「 ・・・ 守 ・・・ 」
「 そして 地球の人々は生きてはいない。 」
「 ・・・・・ 」
「 誰だってイスカンダルのことを忘れたりはしないさ。 」
「 ちゃんと覚えていますよ、スターシアさん。 」
「 え? 」
二人の後ろから遠慮がちに声が聞こえてきた。
慌てて涙を払い 振り向くと ―  真田 やら ユキ、 進、 島 そして 佐渡医師もいた。
真田が咳払いをすると 少し照れ臭そうに、しかし大真面目な顔で言った。
「 そしてね 地球人全てが忘れるなんてこと、できやしません。 」
「 ええ ええ そして スターシアさん 貴女のことも ・・・ 」
ユキが笑顔で付け加えた。
「 ・・・ 皆さん ・・・ ! 」

    ああ ・・・ !  皆さんがいると 暖かい ・・・暖かいわ!


数日後、 古代スターシア夫人はヤマト農園前の公園の管理人となった。
本人の強い希望と星河看護士長の推薦による異例の人事だった。
「 え〜と? たしか ・・・ 脱出艇の中に花壇用のエプロンをそのまま持ってきたはず・・ 」
彼女はいそいそと荷物をひっくり返した。
「 あ・・・あったわ。 あら いやだ。 洗濯もしてなかったのね。 まあいいわ ・・・ 」
きりり、とエプロンを着け腕まくりをし、 長い髪を束ねた。
そうして故郷でやっていたように ゴミを拾い整頓し小さな如雨露で水をかけ 心を込めて手入れをした。 
初めて見る草でも花でも 緑に囲まれているとほっとした。  
「 ・・・ みゃ〜〜あ〜〜 」
「 あら ミーくん ?  この草が好きなの? 」
「 みゃあ。 」
「 そう? じゃ ・・・ はい どうぞ。 」
「 みゃ〜〜〜 」
トラ猫は猫草をもらって 嬉々として食べている。
「 まあ〜〜 地球の < ねこ > さんは草を食べるのねえ・・・ 」
彼はいつもこの <公園管理人> のお供をしている。
農園前の公園は 手入れをされてみんなの憩いの場所になりつつある。
なによりもそこには ・・・ 素晴しい笑顔の <管理人>がいるのだ。
そんな彼女に若いクルー達もだんだんと打ち解けてきた。
 
「 あのう〜〜 写真 いいですか? ミー君も ・・・ 」
「 ええ ええ 勿論。 」
「 あの・・・僕も ・・・ 」
「 どうぞどうぞ。  あ 皆さんで一緒に撮りません? ミー君〜〜 いらっしゃ〜い 」
「 みゃ〜〜〜お〜〜〜 ♪ 」

クルー達に混じり微笑んでいる元・女王陛下は 厚ぼったい毛糸の靴下をはいている。
「 スターシア、なんだい その ・・・ 特大クリスマス用 みたいなのは? 」
「 ??? ああ これ?   星河 麗奈看護士長殿からのプレゼント♪
 赤ちゃんのために足が冷えないように・・・って。 」
「 あは ・・・ なるほどねえ〜〜 」
「 みゃあ〜〜〜〜 」

こうして スターシアは地球人に慣れ  地球人もこの異星から来た人に慣れたのである。
ミー君という最高の 新しい友達 を得、この航海は彼女の新たなる旅立ちとなった。

女王・スターシア は  古代スターシア として 新しい一歩を踏み出そうとしている。

2013.12.27

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