寒い朝 
                        byばちるど



  ―  スターシア。  今夜は早く帰るよ。 

熱いキスのあと、夫は軽く手をあげて出かけていった。
「 行ってらっしゃい 守 ・・・ 」
戸口に立ち、がっしりとしたその背中がエレベーターに消えるまで見送った。

    ヒュルル ・・・・ !

どこからか紛れ込んできた寒風がふわり、とスターシアの金の髪を揺らした。
この国はそろそろ木枯らしの季節なのだ。
「 寒 ! ・・・ 守 ・・・ 寒くないかしら。 厚いコートにした方がよかったのじゃないかしら。
  ああ そうね、今日は ― 大丈夫ね。 」
スターシアは今朝方のやりとりを思い出しすこしだけほっとしていた。



 その朝 ―  
「 ・・・ どう?  着心地は 」
「 う〜ん ・・・ まあなかなか、ってとこかな。 」
守は薄手のアンダーウェアを着込み しきりと袖を引っ張ったり裾を伸ばしたりしている。
スターシアはそんな夫に纏わりつき 前後左右から触れてみた。
「 こんなに薄くて ・・・・ 大丈夫なのかしら。 」
「 そこが新開発製品ってとこなんだろ。 真田の作だからその点は安心さ。 」
「 ええ それは・・・信頼していますけど ・・・ 」
スターシアはまだ心配そうだ。
「 ヤツが今までの闘いでの我々の弱点を浚いだした挙句に開発したんだ、大丈夫さ。
 それに コレが量産化できれば他のヤツラも皆助かるよ。
 空間騎兵隊だけじゃない、できれば全ての軍人に着せたい。
 今のボディ・アーマーはどうもな・・・ 厚ぼったくて動きに制約がでる。 」
「 そうなの・・・ 皆さんの安全に繋がれば本当にいいわね。 」
「 うん。 ま、 今日は試着ってことで着てゆくよ。
 ふ〜ん・・・なかなか保温性もああるな。 今朝は少し寒いから丁度いい。 」
「 そうね。  あの ・・・ ごめんなさいね、私のただの悪い夢のために・・・ 」
「 いや。  用心するにこしたことはないよ。 
 君のカンはなかなか鋭いからな、スターシア。 」
繰り返し見る悪夢 ― 妻から打ち明けられた話に、守にはひっかかる点があった。

     やはり なにかある な。
     情報の収集の強化は必須だ 

     スターシアの勘は 単なる勘ではないからな

本人はしごく深刻な様子だ。
「 今度ばかりは当たってほしくないのだけれど ・・・ 」
「 大丈夫、これを着ているからね。  しかし・・・なあ、俺、太ったかな? 」
「 ・・・ええ? 」
守は鏡の前でしきりと腹の周辺を気にしている。
「 そんなこと・・・ないと思うけど・・・? 」
「 いやア・・・ 君とサーシアがいない間、どうしても外食中心になってな。 
 カロリーが高いものばかり食ってしまうのさ。 う〜ん・・・身体が重たく感じる・・・ 」
「 まあ ・・・ 家庭料理風の冷凍食品でいろいろあるはずよ? 」
「 そりゃそうだけど さ。 ふふふ・・・はやり君の手料理が一番なんだ、俺には。 」
「 守ったら・・・  もうすぐ、またイヤになるほど召し上がっていただくわ。
 きっと たまには外食がいい・・・!ってことになってよ。 」
「 そんなこと ないさ。  ま・・・ もうすぐ な。 」
「 ええ。  来週、あちらへ戻って、お部屋を引き払ってきます。
 そうしたら  また・・・ 皆で暮せますわ。 」
「 うん。 しかしな〜あの煩いヤツも戻ってくるからな〜〜 まったくでっかくなったもんだ。
 ま、今のうちに二人っきりの時間を楽しんでおこうな♪ 」
守は すい・・・っと愛妻の唇を奪った。
    行ってくる  ― 夫はいつもの笑顔を残し登庁していった。


  さて ・・・ と。
スターシアは居間に戻ると、腕まくりをし読み止しの朝刊やら脱ぎっぱなしのセーターなどを
片付け始めた。  
「 えっと ・・・ 出かける前にざっと掃除機、かけておきましょう。 
 あ〜 和室のお掃除もしておきたいわねえ。 私がいない間はどうせ、守はそのまんまでしょうし 」
テラスに出るサッシを大きく開け放す。
  ― ひゅるるる・・・・
今度こそ冷たい風が さっと吹き込んできた。
「 ・・・ きゃ ・・・  ああ でも。  いい気持ち・・・
 空気が 甘いわ ・・・ 冷たいけど、柔らかい冷たさ、ね。 」
スターシアはテラスに出て 大きく深呼吸した。   
冷気にさらされ、白い頬はほんのり染まり指先もしん・・・と冷えてきたが、彼女にはそれが
爽快なものに感じられた。
この一年近く ・・・ ずっと閉じた空間で過してきた。
空気はいつも同じ気温、同じ湿度、 確かに過し易かったけれど、あまり馴染めなかった。
「 ・・・ あの空気は やっぱりツクリモノなのよ。
 ふう 〜〜ん ・・・ 冷たい! でも私にはこのほうが ずっといいわ・・・ 」
ほう〜〜〜・・・・っともう一度 深呼吸するとスターシアは軽い足取りで室内に戻った。
「 さあ〜て!  出かける前に張り切ってお掃除、しちゃいましょう。 」

イカルスの天文台から 成長した娘と共に地球に帰ってきた。
半年を越える期間 留守にしていたことになる。
見かけは10代後半の娘となったサーシアにとっては  初めての故郷なのだ。
しかし今回は一時帰国で 来週にはまたイカルスに戻る。
地球に引き上げる準備として、とりあえずすぐには不要なものなどを持ち帰った。
今の娘には小さくなった子供服、イカルスで撮った写真、彼女自身の服など・・・
引越し荷物の第一陣、といったところだ。
狭いイカルスの居住空間には 余分なものは極力持ち込まないようにしていたが
それでも改めて眺めると 処分するものはけっこうあった。
「 ふう・・・ やはり1年近くも暮すと ・・・ ねえ。   
 でも。  帰る のよね。  あのお家へ・・・ ふふふ・・・守と私のお家へ ・・・ 」
イカルスで引越しと旅行の準備にばたばたしつつも スターシアは楽しくて仕方なかった。

      うふふふ・・・ またあのいい香りのするお部屋で休めるわ
      そうよ、ふかふかお日さまのにおいのするお蒲団で ね

あの青い星がたまらなく懐かしい。  
そして  娘のサーシアは <地球の休日> を物凄く楽しみにしていた。
 ― 実際 大騒ぎで楽しんでいった。

「 お父様〜〜〜!  約束でしょ、遊園地につれて行って。 」
「 おう、いいぞ。 ちゃんと休暇を分捕っておいたからな。 」
「 素敵! お父様〜〜♪ 
 うふふふ・・・ ねえ こうやって腕を組んでいたら私達、 どうみえるかしら♪ 」
「 ま、叔父貴と姪っ子ってとこかな。 」
「 あ〜らぁ。 そんなの、つまんない。  歳の差・カップル に見えない? 」
「 こ〜ら♪  エスコートしてやらないぞ〜 」
「 やあよ〜 お父様の意地悪〜〜 」
サーシアは父の腕にぶらさがるみたいにしてぴたり、と寄り添って行った。

     おやおや・・・ 誰かさんの顔といったら・・・ 緩みっぱなし、ね。

娘より余程嬉しそうな夫をながめ、スターシアは呆れ顔で二人を見送った。


「 ねえねえ・・・ ショッピング、行きましょうよ、お母様。 」
「 いいわよ。  何が欲しいのかしら。
 ああ そうね、冬のコートとか・・・そうそうドレスも見ましょうか。 」
「 コート♪ 私ね、 お母様 襟にふわふわが付いているのがいいなあ。 
 ドレス? いらない。 着てゆくところもないし 」
「 え ・・・でも 年内には進さん達の結婚式もあるわ。 見るだけでも・・・ 」
「 へえ〜〜 オジサマたち、や〜〜っとゴールインなんだあ?
 ちっとも知らなかったわ。  ねえねえ お母様 〜 お祝い、選ばなくちゃ! 」
サーシアは母のまわりをひらひら・・・小さな子供みたいに跳びはねている。

     ふうん ・・・ なんだ〜 君の方が嬉しそうだぞ、スターシア ・・・

守はしっかり愛妻の様子を見ていた。

物凄く楽しみしていた地球ゆき。 そして大騒ぎで楽しんでいた故郷の日々。
しかし サーシアは予定をくりあげさっさとイカルスに戻ってしまった。
「 ・・・だって。 聞きたい講義があるの。
 折角聴講生にしていただいたのですもの、怠けているわけには行かないわ。 」
イカルスでサーシアは急成長がほぼ落ち着いてからは 宇宙戦士訓練校の聴講生となっていた。
勿論 他の訓練生たち同様、講義だけでなく種々の実習にも参加し試験も受ける。
待ちに待っていた地球行きだが 講義のことも気に掛かる。
定期試験も控えているので これ以上は休みたくなかったのだ。
「 それは わかるけれど。 もう少し待って予定の便にすれば
 お母様と一緒に帰れるわ。 」
「 あ〜ら お母様?  ウルサイ娘は先に帰っていますから。
 どうぞお父様とゆ〜〜〜〜っくりいちゃいちゃなさってくださいな。 」
「 ま・・・ この娘は! 親をからかって・・・ 」
「 ふふ〜ん だ♪ お父様の嬉しそうな顔みてると ね、娘としては
 気を利かせなくっちゃあ〜 って思うのデス。 」
「 ・・・ ・・・ もう ・・・ ! 」
  ― お母様ったら ・・・  頬を染めている母を娘は微笑ましく眺めていた。

 

「 なんか さ。 アツアツの新婚時代にもどったみたいだな。 」
「 ― え? 」
娘が予定を繰り上げてイカルスに戻って行った日 ― 
妙にぽっかり空いたリビングで守がぽつり、と言った。
この家で三人で暮した日々は まだ数えるほどだ。 
それなのに 今、 夫は娘の不在を淋しいと感じている。
茶目ッ気のある言い方をしたのは ちょっとした照れ隠し、なのかもしれない・・・
「 うん ・・・ 君と二人っきりでこの家にいるってことがな。
 だってずっと三人だっただろ? ここ来たときからさ。 」
「  あら・・・そういえばそうね。
 このお家に来た時、サーシアはお腹の中に居たのですものね。 」
「 だろ?  君達がイカルスに居る間は ・・・ あっちがウチって感覚だったし。 」
「 二人っきり、だったのは 」
「 ああ。 イスカンダルで、だけだな。 」
「 今も、でしょ。  」
ぱふん ・・・ スターシアは夫の隣に座り、ひっそりと身を寄せる。
「 あ  は ・・・ そう だね、奥さん 」
「 私 ね。 このお家が好き。 とっても好きなのよ。
 タタミの部屋は勿論大好きだけど、 星の見える天窓も明るいキッチンもすき。 」
「  ― 俺 は?  」
夢中になって話すスターシアに 守はわざとちょっと拗ねた顔をしてみせた。
「 うふふ・・・ はい、守が一番スキです。 」
スターシアは伸び上がって夫の唇にキスをした。
「 お♪ なかなか積極的でいらっしゃいますな、女王陛下。 」
「 ウルサイ奴が居なくなったから ・・・ でしょ? 」
「 ははは・・・ではオトナの時間を楽しみますか。 」
「 はい♪ 」
きゅ・・・っと抱きついた夫の胸は相変わらずがっしりとしていて ― 

    ・・・ ああ  この匂い  ・・・
    私が一番 ・・・ 安心できる匂いだわ 

「 ― 早くまた三人で暮したい けど。  今だけは二人っきり、を満喫しよう。 」
「 ・・・ ええ ・・・ 」
そのまま二人して絡み合いつつソファに倒れ 愛し合った ・・・
  

胸に残った花びらの上に そっと手を当てて。
昨夜の熱いキスが蘇り 身体の芯がちょっぴり疼く。
「 ふふふ  ・・・ もう 守ったら ・・・
 さあ〜〜 時間もないのよ。 張り切ってお掃除しましょう。 」
スターシアはエプロンを着けると、掃除機を持ち出した。

来週にはイカルスに戻る。  あちらの住いをひきはらい地球に戻りやっと家族一緒にくらせる。
そう思うと自然に笑みで頬がゆるむ。
「 そうね、サーシアと戻ってきたら ・・・ え〜と・・・
 そうそうまずはカーテンを替えなくちゃ。 冬向きの温かい色がいいわ。
 う〜ん・・ 壁紙も張替えたいわね。   これは守に手伝ってもらって ・・・ 」
スターシアはうきうきと掃除をしてゆく。
小さい娘が心配で一緒にあの小さな天文台まで着いて行き、半年以上も暮したけれど
<家> という感覚は なかった。
「 私たちのお家は ここですもの。 そうそう サーシアはあの部屋でいいのかしらね。 」
今回の滞在の間はとりあえず、空いていた部屋を娘の寝室にした。
なにしろ、イカルスに行く前にはベビーベッドを使い両親のベッドの隣で寝ていた娘なのだ。
帰国したら 大人用の家具もそろえなければならない。
「 うふふ・・・ 今度はゆっくり・・・二人でお買い物 しましょ。
 そうそう・・・ 今月に末には進さんが帰ってくるし。
 ユキさんとのお式も近いわ。  お祝い ・・・ なにがいいかしらね?  」
楽しい計画をたてつつ、すっかり掃除は終った。
「 えっと・・・ お花にお水をあげておかなくちゃ。  」

如雨露に水を満たしてきて、 ベランダに出た。
かなり広いベランダの半分以上がプランターの緑で覆われている。
園芸種の花や ハーブの類が所狭しと植えられていた。
妻子がイカルスに行っている間、水遣りは守の担当だったのだが ・・・ やはりいくらかは枯れてしまった。
「 ・・・ 仕方ないわね、 守は忙しいのだし。  ああ でもこっちは全部元気ね・・・ 」
スターシアは枯れた葉を取り除き土を柔らかくしたり水をやったりし始めた。
「 う〜ん・・・ これは冬はどうやって越すのかしら。 進さんに聞いてみましょう。 
 あら・・・ いい香り。 そうだわ、今晩、これをつかって美味しい煮込みを作ろうかな。 」
  小さな家庭菜園だったけれどスターシアは気に入っていた。
そもそもここのハーブ類は進が苗やら種を調達してくれたのだ。
サーシアが生まれて間もない頃、 進やユキを夕食に招いたことがあった。
その時作ったイスカンダル風の料理が話題となり ・・・
「 香り草をつかうことが多いの。  こちらにも似たものがあるかしら。 」
「 う〜ん? 俺にはどうも な。 進、これはお前の領域だろ。 」
「 あ  うん ・・・ 」
兄に話を振られ 進はちょっとはにかんだように顔を伏せた。
「 あの ・・? 」
「 うん、進は植物とか昆虫について詳しいんだ。 」
「 まあ そうですの?  すてき・・・! 教えてくださいな。 」
「 あの ・・・ さっきキッチンにあった鉢植えのハーブ類、見ました。  
 あれは眼精疲労や偏頭痛に効果がある、と言われています。 」
「 そうなの? 味が似ているから、と使ってみたのだけれど・・・ 
 あのね、身体が温まるものはありますか?  特にこう・・・手足の先が ・・・ 」
「 ・・・ そうですねえ・・・ 」
進は箸を置いてしばらく考えこんでいた。
「 〇〇〇 とか ・・・ だと思うな。  今度、種を調達してきます。 」
「 まあ ありがとう、進さん。  嬉しいわ〜〜 」
「 よかったな、スターシア。 進はもともとは昆虫学者志望だったんだ。 」
「 兄さん・・・ そんな昔のこと・・・ 」
「 素敵ね。 これから地球の自然を取り戻すために進さんの知識が役に立つと思いますわ。 
 ほら・・・イスカンダル・ブルーのことも・・・ 」
「 あ あれは ・・・ 俺も楽しみにしています。 早く園芸種になるといいですね。 」
「 ええ・・・  私、このお家で沢山ハーブや花を育ててみたくて・・・
 進さん、初心者向きのもの、教えてください。 」
「 あ はい・・・ 俺、次の宇宙勤務まで少し時間あるから・・・捜してみますよ。 」
「 緑化は今、地球での最優先課題だからなあ。 
 家庭用のプランターもどんどん活用されているよ。 」
「 えへへ・・・私は全然ダメなの。 食べるの専門〜 」
「 ユキ〜〜 俺たちもプランター、置こうよ。 」
「 ユキさん、お花の交換、しましょうよ。 」
「 ・・・ 古代君、お願い! 」
「 なんだよ〜〜 もう〜〜 」
笑い声が食卓に満ちた。 
  ・・・そんなわけで 古代家のベランダはだんだんと <家庭菜園>となっていったのだ。

  ふんふんふん ・・・・ ♪ 

花や緑の中にいると 自然に口すざんでしまうのはイスカンダルの旧い歌だ。
この歌を聞いてサーシアは育った。
「 まあ ・・・ 小菊のつぼみが沢山・・!  あ こっちの日当たりのいい方はいっぱい咲いているわ。
 この赤いの、きれいね・・・ すこし飾ろうかしら。 」
秋の花を数本摘んで スターシアは部屋に戻った。
「 え〜と・・・花瓶 花瓶・・・っと。  ああ これがいいわ。 」
スターシアは大きめの花瓶を持ち出すと 小菊をすっきりと活けた。

   ・・・ これで よし と。

和室の <とこのま> という場所に花瓶を置く。
「 ・・・ イスカンダル風に活けてみたのだけど。 なかなかいいかも・・・
 こんどこちらに帰ってきたら <いけばな> を習ってみたいわ。 」
スターシアは すっきり片付き掃除も終った和室を眺めた。
「 このお部屋 好きだわ。  ・・・ ううん、ここだけじゃないの、このお家が好き。 」
自然に笑みがこぼれてしまう。

    ふふふ・・・ 可笑しいわね。 私ったらず〜っとここに住んでいたみたい
    だってこの星に来たのは ・・・ ほんの二年くらい前なのよ?

思えば  ―  あの遥か遠き青い星で生きていた日々が 夢なのかもしれない・・・
このごろ ふ・・・っとそんな気までしてくる。
座敷で小菊を眺めていたが ふと視線が自分の手に落ちた。
この手で娘を抱き、オムツを換えた。 夫の食卓を整え身の回りの世話をし、家を守っている。
細く白かった手には 擦り傷やら火傷の痕が残り少しは逞しくなってきた。 
左手の薬指には宝珠を頂いた指輪が光る。

    しんじゅ・・・って守が言ってたわ
    古代のおかあさまの 残してくださった指輪 ・・・

    そうよ。 今 わたしは  ―  古代 スターシア。


「 さて ・・・ そろそろでかけなくちゃ。 」
スターシアはエプロンを外すと 身支度を整え髪をまとめた。
彼女は今 軍の託児所へボランティアに通っている。
現在地球は二度の戦役で激しい人手不足だ。 ほとんどの成人は仕事を持っている。
そして男性たちが減ってしまった分、女性が補給しなければならない。
<専業主婦> はほとんどいない。
産休明けには皆託児所に預け職場に復帰していた。 
多くの託児所が増設され、ここでも人手が足りなくててんてこ舞いしている。

    私も なにかやらなくちゃ。  

スターシアはかねてから考えて結果、イカルスで保育士の勉強を始めていた。
ことにサーシアの急成長が落ち着いた後は熱心に学んでいる。
地球にもどっている間も、短い期間だがボランティアで手伝いに通っているのだ。

「 ― あら。 守ったら ・・・ 」
玄関の靴箱の上に夫の手袋が ぽん、と置いてあった。
「 ・・・ 忘れていったのね。 寒くないのかしら。 」
彼女は何気なく夫の手袋を手に取った。
「 ・・・ふふふ ・・ぶかぶか ね。 」
今夜は早くかえるよ ― 夫の声が不意に耳の奥に蘇る。
「 今晩は なににしようかしら。  ねえ? 」

    イッテキマス ・・・ 

スターシアは大好きな家にひと言、挨拶を残し出かけていった。

その日 は ごく普通にはじまった。
地球市民たちは いつもと同じ朝 を迎えていた  ―  寒い朝 だった。




2011.11.2

TOP
inserted by FC2 system