ピンク or ブルー?
                            byばちるど


 チクチク ・・・ チク ・・・ きゅ・・・!

「 ― ・・・っと。  ここで 玉止めをして。 ほら できた! 」
スターシアは手元の布をひっくりかえし ほ・・・っと満足の溜息をついた。
「 う〜〜ん ・・・ きれいに縫えたわ。 次はこれね、 これを縫いつけて・・・ 」
次に横に置いた袋から 別の端切れを取り出す。
「 え〜と・・・・ こっち側がいいかなしら・・・反対でもいいわねえ・・・ 
 ねえ・・・ 赤ちゃん、あなたはどっちが好きかしら。 え ・・・ なあに?  」
大きくせり出したお腹に手を当てれば自然に笑みが零れてくる。
「 今ね、 お母様はあなたのお蒲団を縫っているの。  ほうら 綺麗でしょ? 」
お腹の前に縫いかけの布を翳してみせる。
「 ・・・ ん?  あらあら・・・ 元気ねえ。 」
まるで返事みたいにお腹の中から とん!と意思表示があった。
「 うふふふ・・・ 賛成してくれるのね、ありがと♪ じゃ ・・・次は〜  あら? 」
スターシアは縫い物から顔を上げ 窓の外に耳を澄ませた。

    ヒュウウ  −−−−−−

「 ・・・  風の音 ・・・? 」
官舎の周囲を囲む木々の間を 寒風が吹きぬけてゆく。
一応は防風林の役目をしているはずだが、 まだ稚い樹が多いので風に揺さぶられっぱなしだ。
そのため葉擦れの音がよけいに大きく聞こえるのだろう。
夜が更けてゆくと共に 気温もぐっと下がってきた。
室内は温かだが 外を音をたてて吹く風はかなり冷たそうだ。
「 ・・・・ ずいぶん冷えてきたわねえ・・・・ 守 ・・・ 寒くないかしら・・・ 」
スターシアは窓辺に寄り そっとカーテンを開けてみた。
晴れ上がった夜空には 星がくっきりとその姿をみせ、その彼方から冷たい風が吹き降りてくる・・・
彼女の夫は まだ仕事から戻らない。
「 地球の冬は ・・・ 本当に寒いのね。  窓ガラスだってこんなに冷えているわ・・・ 」
白い指がす・・・っとガラスをなでる。
「 冷たい ・・・こんな寒さは初めて・・・。 そうねえ・・・寒さの質がちがうのかしら。 」
イスカンダルは温暖な気候の星で 緩やかな四季はあったが凍える冬や灼熱の夏 はなかった。
極地域は永久凍土に覆われていたが、それは辺境の地だけだった。
王宮のある大陸をはじめとして 人々が住んでいた地域の気候は皆 穏やかだった。
スターシアは地球に来て その気象の激しさ、荒さにかなり驚いたものだ。

「 ああ そうか そうだよなあ・・・ 」
この地に降り立ってまだ日も浅いある日、妻の疑問に守は丁寧に説明をしてくれた。
「 地球の気候はまだ完全に元通りではないんだ。 雨も風も戻ってきたが安定していない。
 本来なら日本は穏やかな四季があるのだけれどね。 」
「 まあ ・・・ そうなの。  じゃあもともとはイスカンダルと似ていたの? 」
「 う〜ん、地域によって多少の差はあったけれど・・・概ね似ている かな。
 いや でもあんなに穏やかな空ではなかったな。 」
「 でもこれからはどんどんよくなるわよね。  楽しみだわ。 」
「 ・・・ 君にそう言ってもらえると すごく希望が持てるな。 」
守はきゅ・・・・っと愛妻を抱き締めた。

「 ふふふ ・・・ 私は守と一緒ならどこでも好きになるわ。 」
温かい想いとは裏腹に 指先はしん・・・と冷える。
窓ガラスは室内の暖かさのため、すっかり曇り彼女の指に冷たい水滴を纏わせた。
「 家の中は気持ちのよい温度だけれど ・・・ 外はとっても寒いのね ・・・ 」
冷えた指先を スターシアはそっと拭う。
指の冷たさが イスカンダルでのあの日々を思い出させた。
「 ・・・ふふふ ・・・ この感じ・・・ 冬の離宮に少しだけ似ているわ。
 そうよ ・・・ あの時 ・・・ 暖炉の火がとっても温かだったわ・・・
 守ってば薪をくべるのが上手で・・・暖炉を楽しんでいたわね。 あの離宮で ・・・ うふふふ ・・・ 」
スターシアは目を閉じ 懐かしい日々を追った。


「 スターシア。  この辺りは海も凍結しているのかい。 」
守はツンドラ用のビークルを自在に操縦しつつ 新妻に尋ねた。
「 ええ ・・・ 極地域の海は融けることはほとんどない、と聞いたわ。 」
「 よし ・・・ それじゃ・・・ 海上ドライブ と行こう! 」
「 え? 」
「 さあ〜〜 しっかり掴まっていろよ〜 」
「 ・・・ ?  きゃ・・・  」
ビークルはぐん、とスピードを上げると氷原を突っ切っていった。
飛び散った氷片が低い太陽の光を集め きらめきつつ二人の周りに飛び散る。
「 ・・・ きれいだ ・・・ 」
「 そうね!  このきらきら・・・・すごくキレイ・・・! 宝石よりももっとキレイね! 」
「 いいや。 一番綺麗なの 俺の奥さんさ 」
守は片手で彼の新妻を抱き寄せ 口付けをした。
「 きゃ ・・・・   もう・・・守ったら ・・・・ 」
スターシアは 頬を真っ赤に染めつつ・・・夫の胸に頬を寄せた。
冷えた頬に彼の温かさが心地よい。

「 ― そうよ ・・・ それから凍った海の上を走りまわったのよね・・・ 
 すごくステキだったわ ・・・ 守 ・・・ 海の守護神みたいだったわ。 」
ほう・・・・っと 熱い溜息が自然に口から漏れてしまった。
思い出を辿るだけでも 身体の芯がぽう・・・っと熱くなる。
「 あの離宮 ・・・ 小さい頃はお父様と過したし。 守とハネムーンにも行って・・・
 楽しい思い出ばかりの場所だわ。 
 そうそう、寝室のランプがお気に入りだったのよね・・・ 」
ちょっとだけ ほんのちょっとだけ、 懐かしさに涙が滲んでしまった。
「 いっけない・・・  ふふふ 可笑しなお母様でしょ、赤ちゃん、笑わないでね。 」
スターシアは セーターの袖で目尻を払った。
「 だらしないわよ、スターシア。  もう泣かないって決めたのに。 
 ・・・ あら? 守 ・・・ ね 」
官舎のエントランスからのコール・サインが光った。
スターシアは縫い物をおくと よっこらしょ・・と立ち上がり玄関に出ていった。


「 ― ただいま。 」
「 おかえりなさい、守。  寒かったでしょう?  お風呂、準備できているわ。
 あ ・・・ それとも先にお食事になさる? 」
「 うん ・・・ その前に  さ・・・」
「 なあに?  」
「 き み が欲しいな。 」
「 ・・・・え ・・・  あ・・・! 」
守は細君を抱き寄せると 熱く口付けをした。
「 ・・・んんん ・・・  今日も一日元気だったかい。 」
「 ・・・ もう〜〜 守ってば・・・  ふふふ はい、元気でしたよ。
 ねえ? そうですよね〜赤ちゃん?  お父様にお帰りなさい、は? 」
「 ふふふ・・・ ただいま〜 」
「 お帰りなさい・・・って。  ・・・ つぅッ ! 」
「 おい?! どうした? 大丈夫かい!? 」
一瞬 顔を顰めた妻に守は顔色を変え訊ねた。
「 ・・・ へ 平気・・・ 今・・・赤ちゃんが凄い勢いでお腹を蹴飛ばしたの・・・ 
 ああ・・・ 痛かった・・・ 」
「 そうなのか。 こりゃ・・・とんだ腕白かお転婆だなあ〜 」
「 うふふふ・・・ 元気な子だってことです。 」
「 そうだな。 」
守はほっとした顔で妻の背に腕を回した。
「 さあ それじゃ 奥様? 晩御飯を頂きたく思います。 」
「 はい どうぞ♪ 」
二人はぴたり、と寄り添ってリビングに入っていった。


    ヒュウ ・・・  ・・・・

外では相変わらず北風が木々を揺らしているけれど 室内はほっこり温かい。
「 ・・・ ああ  いいなあ・・・ 」
コトン、と湯呑を置くと 守はう〜ん・・・と伸びをした。
「 そう?  TVが見られる方がよいのではない? やっぱりリビングに ・・・ 」
「 いや ここでいい。 ここがいいんだ、俺もな。 」
「 それなら ・・・ いいけど。 わたし、とってもこのお部屋が好きなの。 楽だし ・・・ 」
「 うんうん ・・・ 君が楽にすごせるのが一番さ。 」
「 ありがとう 守。 」
スターシアはにっこり笑って側に置いていたバスケットを引き寄せた。
夕食後 夫婦は和室で寛いでいる。


最近、二人は和室をリビングに使っていた。
もともとスターシアは この家に一間だけある和室がお気に入りで、しばしば布団を敷いて
休んだりしているのだが。
  ― ある日 ・・・・
「 さあさあ 女王陛下。 こちらをお使いください。 」
守は帰宅するや 上機嫌でスターシアを和室へと誘った。
「 守 ・・・ まあ なあに? 」
「 ふふふ ・・・ まずは っと。 うん・・・この辺でいいかなあ 」
ガサガサと包みを開き 守は椅子にも似た家具をとりだした。
「 ・・・ それでこの座布団を敷くだろう?  よし・・ 
 はい お待たせしました、陛下。 ここにおかけください。 」
「 ・・・ え ・・・ ? 」
スターシアは守の手を取られ すとん、とその低い椅子に腰を降ろした。
「 ・・・ わあ・・・ これ、いいわ。  とっても楽よ、守。 」
「 そうか〜 そりゃよかった。  ほら・・・このクッションを増やせば高さが調節できる。 」
「 ・・・ ん〜〜 ・・・ ああこれなら腰が痛くないわ。  守、すごい発明ね! 」
女王陛下は 和室に座椅子を置き、厚手の座布団を敷き脚を前に投げ出している。
座布団が作る段差と椅子の背もたれが腰への負担を和らげていてるようだ。
「 いやあ〜 これはな、座椅子といって。 この国にはふる〜〜くからある家具なのさ。
 昔、ウチにあったのを思い出してね。 帰りに南町で捜してきたんだけど・・・
 気に入ったようだな、 よかった・・ 」
「 すごく好きになったわ。  それにこのお部屋にぴったりの家具よね。 」
「 ああ そうだね。  俺も和風のものは気持ちが落ち着くよ。 」
「 そう?  それならしばらくはここをリビングにしましょう。 」
「 いいね ・・・ 俺もここでのんびりするさ。 」
「 私ね、このお部屋大好きなの。  ・・・ この香りが好きなの。 」
「 香り?   ああ 畳の、イグサの匂いだね。  俺も好きだな、懐かしい・・・
 そうだ、 たしかイスカンダルにも似た敷物があったよね。 」
「 ええ そうなの。 守 ・・・ 覚えていたのね。 」
「 ああ。 あれは俺も気に入っていたからな。  」
「 ステキなお部屋・・・ 私、このお家が本当に好きよ。 」
「 ・・・ ありがとう  スターシア。 」
以来、夕食後は和室で静かに過す日が増えた。



守は 読み止しの本を取り上げた。
「 俺もこの部屋が好きだよ。  冬場は特に落ち着くしな。 」
「 そうね。 わたしも ・・・ 縫い物の続きをするわね。 」
スターシは気持ちよさそうに 座椅子に寄りかかり針を動かしはじめた。

   和室に 静かな時が流れる。 

話をしたり、TVを見たりしているわけではない。
二人とも別々のことをしているし、 目線も合わせてはいない。 勿論触れ合ってもいない。

   でも  この安堵感 はなんなのだろう・・・

心地好い静けさの中 守は本から目をあげ部屋中をみまわした。
肌で感じる存在感、 目には見えないけれど温かくしっかりとした空気が二人を取り巻いている。
彼のすぐ側で スターシアはずっと縫い物に精を出している。

「 ―  ああ ・・・ いいなあ ・・・ 」
「 え?   なあに、守 」
「 うん ・・・ この光景がさ。 」
「 ・・・ 光景? 」
「 うん。 」
守は目を細め針仕事をしてる妻をみつめる。
「 ずっと前 ・・・ やっぱりこんな光景を見ていたな・・・ 」
「 まあ いつ? 」
「 うん ・・・ イスカンダルで。 俺がまだ起きることもできない頃さ。 」
「 ?  そんなこと、あったかしら。 」
「 まだ怪我と病気で意識もはっきりしない頃だった・・・
 ぼんやり目を開くと ・・・ だれかが俺の制服を繕っていてくれてたんだ。
 始めは夢を見てるのか、と思ったよ。 
 子供の頃 ・・・ お袋が縫い物をしているのを眺めていた頃の夢を見ているんだ・・ってね。  」
「 まあ  ・・・ 守 ・・・!
 あの時ね。  まだ守が医療カプセルの中で治療を受けている頃だったわ。
 私、医療カプセルの横で看病しながら 守の艦長服を繕っていたの。
 そうしたら ・・・ ほんのちょっとだけなんだけど、守の目が開いたの。 」
「 え・・・ それじゃ・・・あれは夢じゃなかったのか。 」
「 ほんのちょっとよ、でもね その時 ・・・ 私 初めて守の瞳を見て・・・
 ああ なんて温かい色なのかしら・・・って思ったわ。  」
「 そうか ・・・ 」
「 もっともっとあの瞳を見ていたかったの。 」
「 ・・・ 俺はイスカンダルで生まれ変わったんだな。 」
「 ・・・・・・・・・ 」
あの青き星は 二人の大切な故郷、愛の思い出の地なのだ。
守は そっとスターシアの側に寄り、肩を抱き寄せた。
「 君がいてくれるところが 俺の故郷、俺が還るべき場所さ。 」
「 ・・・ 守 ・・・ 」
彼はひょい、と妻が縫っている布地を手に取った。
「 これは赤ん坊のかい。 」
「 ええ。 赤ちゃん布団よ。  千代さんにね、パッチ・ワークを教わったの。 
 ほら・・・いろいろの端切れを縫い合わせて・・・綺麗でしょう? 」
「 やあ ・・・ 華やかだなあ。 」
「 でしょ?  わたし達の娘に気に入ってもらえるかしら・・・ 」
「 ・・・ え 」
「 なあに、守。 」
「 いや ・・・ 娘 って。 その・・・病院で調べてもらったのかい? 」
「 ?  いいえ?  」
「 じゃ ・・・どうして娘・・・ってわかるのかい? 」
「 これはね、母親としての カン です。 」
「 カン ?? 」
「 ええ。 私たちの希望がやってきてくれた時にわかったの。 女の子だわって。 」
「 う〜ん・・・それはオトコには感知できない領域だなあ・・・ 」
「 ふふふ ・・・ だからね、ピンクや赤や・・・可愛い模様のものを集めているのよ。 」
「 ほう・・・ あ でもブルーとかも似合うかもしれないぞ。 
 なにせ君の娘なんだから ・・・ 君もブルー系統は好きだろう? 」
「 そうね、イスカンダル・ブルーは好きよ。 」
「 うん うん。 あの色は君にぴったり・・・いや 君そのものだな。
 だから さ。 その・・・ ブルーとか黄色とかのものも・・・ いいのじゃないか。 」
守はなんとかやんわりと妻の思い込みを修正したくて必死だった。

    う〜ん ・・・ オトコってことも十分有り得るんだからな・・・
    可能性は五分五分 ・・・か。 もし息子だったら
    赤やピンクのものばかり、じゃ ・・・ ちょっとなあ〜

「 そう ねえ・・・  でも可愛いものが好き・・・って赤ちゃんも言ってるの。 」
「 そ そうかあ〜  ・・・ あ  そうだ そうだ・・・思い出したよ。 
 進はさ 赤ん坊のころ、赤やピンクのものばかり着せられていたんだ。 」
「 まあ ・・・ なぜ? 」
「 うん ・・・ 親父もお袋もアイツが生まれる前はどちらでもいい・・・なんて言ってたけど・・・。
 多分 お袋は二人目はどうせなら女の子が欲しかったんだろうな。
 進が生まれる前に お袋が用意していたのは女の子っぽい華やかな柄のものが多かったんだよ。 」
「 あらあら・・・ ふふふ・・・進さん 可愛いかった? 」
「 ああ。  アイツさ、クセッ毛だろ?  チビの頃はこう〜〜くるくる髪がカールしてて・・
 赤やピンクのものがよく似合ってた。 人形みたいだった。 」
「 きゃ〜〜 見たかったわ・・・ 」
「 俺は妹でもいいなあ〜 と思ったりしたよ。 」
「 ふふふ ・・・ 可愛いわあ・・・ 」
「 おい ナイショだぞ? このハナシすると アイツ、すごく不機嫌になるんだから・・・ 」
「 はい 了解。 うふふふ ・・・  でもね、 このコは女の子なの。 」
スターシアは笑みを絶やさず ぽん・・・とせり出したお腹を叩いてみせた。
「 おやおや・・・ お母様がおっしゃるなら確かかな。  
 ま ともかく早く元気な顔を見せておくれ。 」
守はそっと・・・妻のお腹の耳を当てた。
「 ・・・ うん?  あ ・・・ 今、蹴飛ばしているかい? 」
「 当たり。  こら〜〜 お父様のアタマを蹴飛ばしちゃだめでしょう〜 」
「 ず〜っと俺たちの話、聞いていたのかもな。 」
「 そうね。   ねえ 守 」
スターシアはふんわりと夫の髪に手を当てた。
「 ピンクでもブルーでもいいわ。 この子と守がいるところ・・・・
 どこだっていいの、そこが私のお家なのよ。  」
「 ・・・ ん ・・・ そうだね。  本当にそうだね 奥さん。 」
二人は微笑み見つめ合い ・・・ 静かに口付けを交わした。

    ヒュウウウウ ・・・・

外は木枯らし ―  でも 愛の巣はぽっかぽか♪
二人の希望はもうすぐ・・・ やってくる。


2011.9.24

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