わたしの素敵な若い義弟 (おとうと)     ばちるどさん作




   ふぇ ・・・ ふぇえええ ・・・・・ ふぇええええ〜〜〜〜ん ・・・・!

小さな拳をしっかり握り締め 顔を真っ赤にして ― 赤ん坊が泣き出した。
「 あらあら・・・・ サーシア?  どうしたの・・・ お腹はいっぱいでしょう? 」
新米ママは あわててちいさな身体をクーファンから抱き上げた。
「 さっきおっぱい、飲んだばかりでしょ・・・ ほら泣き止んで? ね いいこ  いいこ・・・ 」
とんとん・・と母はオシリを軽く叩いてあやすのだが。 
母と同じ色の髪を震わせて 赤ん坊は ー サーシアは泣き続けている。
「 お願い・・・ 泣かないで〜〜 そんなに泣くと お母様も悲しくなってきて・・・ 」
ほろり ・・・ ほろほろ・・・
赤ん坊を抱く母親の瞳から大粒の涙が転げ落ちる。

   ふぇ〜〜〜 ふぇ〜〜んふぇええええええ〜〜〜!!!

「 ・・・ サーシア・・・ 泣かないで、サーシア・・・ 可愛い私のサーシア・・・ 」
母はついに愛娘を抱き締め 一緒になって泣き始めた。
「 さ〜て こっちの用意はだいたいいいぞ〜 ウチのお姫様のご機嫌はいかがかな?  」
守が ハナウタ混じりに子供部屋を覗きにきた。
彼は 奥方のものらしきピンクのふりふりエプロンを着て大きなボウルを抱えている。
菜箸で中身を混ぜ合わせているのだが、どうもサラダらしい。
「 ま 守 ・・・ サーシアが ・・・私たちのサーシアが・・・ 」
「 うん? おやおや・・・ 僕の可愛い奥さんの目も涙でいっぱいですなあ・・・ 」
す・・・っと唇をよせ、彼は愛妻の涙を吸いとった。
「 守! サーシアが泣き止まないの・・・ どうしたらいいか・・・わからなくて・・・ 」

   ふぇ・・・ふぇ〜〜〜 ふぇ〜〜えええん・・・!!

タイミングを見計らったみたいに、赤ん坊は盛大にぐずりはじめた。
「 ・・・?  どれ・・・ちょっとお父様のところへおいで? 」
守はボウルを置くと ひょい、と妻の腕から娘を抱きとった。
まだ首もよく据わっていない頼りない赤ん坊なのだが、かなり手馴れた様子だ。
「 守 ・・・ サーシア ・・・・ 」
「 よしよし・・・サーシア・・・ んん? ああ〜 こりゃ・・・暑いんじゃないかなあ?
 きみ、いろいろ着せすぎみたいだぞ。 」
「 え・・・ だって今は冬で・・・地球の冬はとっても寒いし。サーシアはこんなに小さいのに・・・
 風邪を引かせたら大変ですもの。   ねえ? サーシア? 」
「 ・・・ふぇ〜〜〜 ふぇえええええ〜〜〜〜!! 」
赤ん坊は泣き止むどころか・・・父の腕の中でそっくり反って大泣きし始めてしまった。
「 ほいほい・・・ ああ やっぱり暑いんだよ、ほら・・・こんなに汗をかいてる。 
 暑いよなあ? ほら・・・一枚 脱ごうな、サーシア 」
守は器用にサーシアの肌着を一枚、脱がせた。

   ふぇ・・・ふぇ・・・・くちゅ・・・ っぷにゅう ・・・?

泣き声がすこし小さくなった。
「 よしよし・・・ああ そうだ ちょうどいいや、サーシアを風呂にいれてくるよ。 
 進たちはまだ来ないだろう? 」
「 ええ ・・・ お仕事が終ってからいらっしゃるって。  誰かさんがお休みだから
 残業になるかもしれないって雪さんが・・・ 」
「 ふ ふ〜ん・・・ 俺が休みだから 羽を伸ばしているんだろ。
 さあ〜 サーシア? お父様と一緒にお風呂にはいろうなあ・・・ 
 アア スターシア、着替えを用意しておいてくれ。 」
「 はい。 そうだわ、お祝いに頂いたベビー・ドレスを着せてあげましょう! 」
「 お いいねえ。 ふふふ〜〜 進も雪も ウチのお姫様の可愛いらしさにびっくりするぞ〜 」
「 ふふふ・・・それじゃ守、お願いします。 う〜んと可愛くしてあげてね。
 晩御飯の最後の仕上げはやっておきますから。 」
「 おう、頼む。  あ・・・千代さんに習った秘伝の漬物も出したかい。 」
「 ええ ばっちり。 千代さん・・・びっくりするわね。 」
「 そうだなあ。  ま、今日のメイン・ゲストは千代さんだから・・・うんと喜んでもらわなけりゃ。 
 なにせず〜っと世話になりっぱなしだものなあ。 」
「 本当に・・・ 私、千代さんがいなかったら・・・と思うとぞっとしてしまうわ。
 彼女が本当のお母様のように助けてくださったから サーシアもこんなに元気なのだし・・・ 
 私ね、どうやってお礼をしたらいいかわからなくて。 」
「 ・・・ なあに・・・ 君とサーシアがにこにこ・・・元気でいるのが一番のお礼なのさ。 」
「 そんなことでいいのかしら・・・・ 」
「 そうさ、きっと。 」 

    ふぇ〜〜ん ふぇふぇええ〜〜〜・・・・

すこし大人しくなっていた娘がまたぐずり始めた。  どうも今度は甘え泣きらしい。
「 おっと〜 はいはい お姫様。 ではお風呂に御案内しましょう。 」
守は宝モノみたいに小さな娘を抱いてバス・ルームへ出ていった。
「 ふふふ・・・ 本当に娘には甘いんだから・・・ 」
スターシアもにこにこして夫と娘を眺めていた。


サーシアが誕生してほぼ一月が経った。
スターシアの体調も落ち着き、親子三人の穏やかな日々が巡っていた。
年末も近くなり、守は少し早いが <忘年会> と称して弟の進と雪、そして千代さんを招待した。
サーシアを見せびらかしたい・・・!という気持ちがメインだったのだが
なによりも 千代さんに、サーシアが生まれる前から手助けをしてくれている彼女にお礼がしたかったのだ。

   ― それと・・・・

「 ・・・ 進さん ・・・ まだ おねえさん・・・って呼んでくれないの・・・ 」
ふと漏らした妻の独り言みたいな呟きを 守はちゃんと聞いていた。
雪の方は プライベートな時には<お姉さま>を連発し、しっかり彼女に懐いている。
容姿もよく似ているので 二人は本当の姉妹にも見えた。

    ふうん?  進のヤツ・・・ 何 考えてるんだ?
     ・・・・ まあなあ ・・・ アイツ、なかなか屈折してるからなあ・・・

守は弟の気持ちも判らないでもないので、さてどうしたものか・・・と思案していた。

    う〜ん・・・?  まだ少し時間はあるけれど、できれば正月前にすっきりしたいし
    あ  そうだ − !

「 ボウネンカイ? 」
「 うん。 まあ・・・ 一種のパーティみたいなものさ。 一年間、お疲れ様・・ってな。
 進と雪を呼んで身内で楽しくすごそう。 勿論千代さんがメイン・ゲストさ。 」
「 まあ! それはいいわ! 私 ・・・ 千代さんに習ったお料理、沢山つくるわ。 」
妻は目を輝かせて賛成してくれた。
「 よし・・・ それじゃ 来週の金曜日、二人を呼んでもいいかな。 俺 休みを取るよ。
 千代さんには俺から来てくれるようにお願いしてみる。 」
「 ええ お願いします。 ・・・ 嬉しいわ、サーシアも皆と会えて喜ぶわ、きっと。
 そうだわ。 私・・・イスカンダルのお料理もつくります。 
 皆さん、忙しい方ばかりだから、身体にいいと思うの。
 ・・・・ とか、守も好きだったでしょう? 」
「 ああ、懐かしいなあ・・・ 楽しみにしているよ。 
 あ ・・・でも無理はするなよ。 身体の方はもう大丈夫か、スターシア・・・ 」
「 大丈夫。 もうすっかり、元気です。  」
「 そうか ・・・ よかった。  愛してるよ、奥さん♪ 」
守は彼女を抱き寄せ やっと桜色になってきた頬にキスを落とした。

   こうして冬のある週末に、古代家での<忘年会>が開催されることになった。


   ・・・ ♪♪ 〜〜♪♪ ・・・
守が娘を抱いてバス・ルームに消え、ほどなくして玄関のチャイムが鳴った。
「 こんばんわ〜〜  おねえさま〜 雪です〜 」
「 あら いらしたわ。  守〜〜  進さんたちよ? 」
スターシアはバスルームの夫に声をかけると 玄関に急いだ。
「 いらっしゃい・・・ どうぞ どうぞ? 」
「 は〜い、 お邪魔します、おねえさま。 ご招待、ありがとうございます。
 あ これ、古代君と私からです。 」
雪は 大きな花束をスターシアに渡した。
地球では まだ生花はなかなかの貴重品なのだ。
「 まあ・・・・すごく綺麗!  ありがとう、進さん、雪さん。 さあさあ 上がってくださいな。 」
「 はあ〜い。 お邪魔しまァす。 」
「 ・・・ 失礼します。 」
雪の後ろから進も穏やかな表情でついてきた。
リビングに入ると 雪はきょろきょろ辺りを見回している。
「 あら? 守さんは? 」
「 ええ 今・・・ サーシアをお風呂に入れているの。 」
「 ええ??? お お風呂に?? 守さんが?  」
「 そうなの。 あのね、守は上手なのよ。 お風呂とかオムツを換えるのとか・・・ 」
「 え〜〜 信じられないわ〜 あの古代参謀がねえ・・・ 」
「 へえ・・・ 兄さんって そんな特技があったのか・・・ 」
進と雪は顔を見合わせ  ―  ぷ・・・っと吹き出してしまった。
二人にとっては守は 年の離れた兄 であり スペース・イーグルの異名を持つ歴戦の勇士、
そして厳しい上司 ・・・ とても赤ん坊の面倒を見る マイホームパパ の面影は想像もつかないのだ。

「 私よりよっぽど上手なの。 特にお風呂はサーシアも守が入れてやるとご機嫌なのよ。 」
「 へ〜〜え・・・・ 」
「 守もね、俺じゃないとダメだ・・・なんて言って。 楽しそうに面倒をみてくれるの。 」
「 まあ・・・ ふふふ〜〜もうさっそく溺愛パパなんですね〜 」
「 ええ。 もうたいへん ・・・ あ、千代さんが見えたみたいね・・・ 」
再び チャイムが鳴ってスターシアはぱたぱた玄関に駆けていった。

古代家の スーパーお手伝いさん・大沢千代はいつもの笑顔で現れた。
「 あらあら・・・ 進君。 お久し振り。 雪さん、こんばんは。 」
「 千代さん、 お久し振りです。 」
「 こんばんは、千代さん。 」
彼女は本日のメイン・ゲスト、今日は休みの日なのだが快く <忘年会> に参加してくれた。
「 千代さん、 今晩は千代さんはお客様です。 どうぞ リビングで寛いでいてくださいな。 
 今 ・・・ お茶を淹れますわ。 美味しいお茶、頂いたんです。  」
スターシアは張り切ってキッチンに消えた。
「 あ ・・・ おねえさま、お手伝いします。 」
雪は ぱたぱた・・・ スターシアを追っていった。
「 ふふふ・・・ 雪さんとスターシアさんはすっかり仲良しですね。 本当に姉妹みたい・・・ ねえ? 」
「 ええ。 」
進は 黙って二人のいるキッチンを見ている。
ハッチ式になっているのでリビングからもキッチンが見通せるのだ。
「 ― 進くん・・・? 」
「 あ ・・・はい? 」

「 やあ〜〜 いらっしゃい、皆。 こんばんは、千代さん。 」
守が サーシアを抱いて得意満面な笑顔で現れた。
「 こんばんは、お邪魔してます、守さん。 ・・・わあ〜〜 サーシアちゃん!  可愛い〜〜〜 」
「 兄さん。  あ かっわいいなあ〜〜 」
「 こんばんは、守君。 あら、サーシアちゃん、よしよし・・・新しいおべべがよく似合うわねえ。 」
「 うん、可愛いだろう? ほら・・・サーシア?  皆が褒めてくれているよ。 」
「 うふふふ ・・・ 守君のほうがご機嫌なのじゃない?  」
「 ええ なにせもう家のお姫様があんまり可愛いくて・・・ なあ スターシア。 」
守はお茶を運んできた妻に とろけそうな笑顔をむけた。
「 そうなんです。 サーシアは目元が守とそっくりで 本当に可愛い・・・ 」
   ― はいはい ・・・ゴチソウサマ・・・
当のカップル以外、皆が肩をすくめ微笑んだ。
「 はいはい・・・ あら サーシア・・・ お父様とお風呂に入ってすっかりいい気持ちになったのね?
 オネムかしら・・・ ちょっと寝かせてきますわ。  さあ お母様のところにいらっしゃい。 」
「 う〜ん ・・・ なあ、クーファンに寝かせて 一緒にここにいさせてやろうよ。
 そんなに大騒ぎするわけじゃないから 大丈夫さ。  そうだろ、サーシア? 」
守は 家に居るときには一時も愛娘と離れていたくないらしい。
「 あらあら・・・ お父様があんなこと、おっしゃるけど・・・ サーシア、 どうする? 」
「 ・・・ くちゅ ・・・・ くちゅ ・・・・ むにゅう〜〜 ・・・ 」
サーシアは父親の腕の中でぱっちり瞳を開き −  ほんのり笑った。
「 お姫様はオッケーだそうだ。  よかったなあ。 」
「 え・・・ もう笑うんだ? すごいなあ・・・ 」
「 ほんと! 天使の微笑みね・・・ 可愛い〜〜〜 ! 」
「 ふふふ・・・サーシアちゃんはお母様の血を引いているから 大きくなるのも早いのね。
 まあまあ なんて可愛い笑顔なんでしょ。 赤ちゃんの微笑みは本当に最高ですね。 」
千代さんはさり気なく進と雪に サーシアの成長について説明してくれた。

     千代さん ・・・ ! ありがとうございます・・・!

守とサーシアは 感謝の視線を送りそっと会釈した。
サーシアはご機嫌でクーファンに収まり、 <忘年会> に同席している。
人懐こい性格なのか 時々にっこりするのがたまらなく可愛らしい。
「 サーシアちゃん♪ でも うふふふ・・・ 守さん、どうしてそんなに赤ちゃんの扱いが上手なんですか。 」
「 本当ね、守君、お風呂の入れ方なんて保育士顔負けですよ。 」
「 私よりずっと上手なの。 私は手も小さいから・・・お風呂は難しくて・・ 」
スターシアはちょっと情けなさそうに ほっそりした白い手を広げてみせた。
「 君の手はこのままでいいんだ。  このままで な。」
守はきゅ・・・っと妻の手を握った。 
「 はいはい・・・ 相変わらずお熱いのよね、サーシアちゃんのお父さんとお母さんは。 」
「 千代さん ・・・ 」
スターシアは真っ赤になり俯いてしまったが守はそんな妻をにこにこ・・・愛しげに見つめている。
「 なぁに・・・ 風呂とかは 、進、お前で慣れているからなあ。 」
「 ・・・え?? 」
俺?? と進は自分自身を指し目を丸くした。
「 ああ。 お前がサーシアくらいの時から ずっと風呂は俺の担当だったんだ。
 親父は忙しくて帰りが遅いことが多かったしな。 」
「 え〜〜〜 守さんが 古代君を?? 」
うんうん・・・と守は懐かしそうな顔で頷いている。
「 俺は小学生の割りには手も大きかったし。  湯船でお前を抱いて一緒に浸かったりしてな。 」
「 まあ・・・ そうなの? ふふふ・・・進さん、可愛いかったでしょうね。 」
「 ス ・・・スターシアさん・・・! 」
進はもう・・・顔があげられない。
「 うん、コイツも風呂が好きでさ。 ははは 油断してると ぴゅ・・・っとひっかけられたこともある。 」
「 わ〜〜〜 //// 兄さん、もうよしてくれよ〜〜 あ! ビール、持ってきます! 」
進はついに キッチンに逃げ込んでしまった。
「 守・・・? もうやめてあげて・・・ ちょっと失礼・・・ 」
スターシアは苦笑しつつキッチンへ席を立った。

「 きゃ〜〜〜 ねえ、お義兄さん、古代君ってどんなコドモだったんですか? 」
「 うん? そうだなあ・・・あんまり一緒にはいられなかったんだが・・・
 あいつ、虫とか花とか・・・ そんなものが好きで  」
守は雪にせがまれ昔話をぽつぽつ語っている。



進はキッチンで うろうろしつつ・・・真っ赤になった耳をひっぱっていた。

      兄さんってば〜〜  雪や・・・スターシアさんの前で〜〜!!
      ・・・ だけど ・・・ 俺・・・兄さんに風呂にいれてもらった なんて知らなかったな
      
ビールの置き場などわかるわけはなく 進は仕方なくシンクの前で洗い物を片付けはじめた。
「 そっか・・・ そんなこと、あったんだなあ・・・   あれ?  」
シンクの上、ちょうど窓から光が当たる場所に幾つかの鉢が置いてあった。
「 ・・・ これ・・・ハーブ・・・だよなあ。 ふうん・・・? あ、こんなのがある!
 へえ・・・ 地球に生き残ってたんだ・・・ 」
進はいつしか熱心に小さな鉢を見つめていた。
「 ・・・ 進さん?  場所、わかったかしら。  あら・・・ そんなこと、しなくていいのよ。  」
「  ! スターシアさん・・・・ 」
「 ごめんなさいね・・・ 守ったら皆の前で・・・ でも・・・悪気はないのよ、わかってあげて?」
「 え ・・・ あ はい、勿論・・・ でも俺・・・照れ臭くて・・・ 」
「 ふふふ ・・・ 守があんな話をするのは久し振りだわ。
 ・・・ そうね・・・イスカンダルにいた頃、以来かしら・・・ 」
「 え  そ そうなんですか・・・ 」
「 あの頃は二人っきりだったでしょう? いろいろなこと、話したわ。
 守も私も・・・ 子供時代のこととか友達のこととか。  地球の話、たくさん聞いたわ。 」
「 へえ ・・・ あ・・・ なんか・・・いいですね・・・ 熱いなあ〜 」
「 ふふふ・・・ 守はいつもあんな調子だったわ。 ・・・ねえ、進さん。 」
「 ・・・ はい? 」
「 小さい頃のこと、 覚えていてくれるヒトがいるって・・・羨ましいわ。 」
「 ― スターシアさん ・・・ 」
進は目の前にいる女性を ― イスカンダル最後の女王を あらためて見つめた。
そう・・・ この女性 ( ひと )は。 彼女にはもう同胞は一人もいないのだ。
彼女と過去を共にしてきた人間は すでにこの世にはいない。

     そう ・・・か。  彼女と思い出を分け合えるヒトは いないんだ・・・!

「 あ・・・ あの ・・・ 」
進は愕然とし しかし何と言ってよいかわからない。

「 お母さん? サーシアちゃんに湯冷ましをくださいな・・・ 」
千代が空の哺乳瓶をもってキッチンにやってきた。
「 あ ・・・ 千代さん。 はい、あのう・・・さっきおっぱいをあげたのですけど・・・」
「 ええ そうね。 でもね、お風呂に入ったでしょう? きっと咽喉が渇いてるわね。 」
「 あら ・・・ そうですね、今・・・すぐに用意しますね。 」
「 お父様がお待ちかですよ、持っていってあげてくださいな。 」
千代に促がされ、スターシアは哺乳瓶をもって小走りにリビングに戻っていった。
「 あ・・・俺・・・・ そのう・・ビールとか運びますから。  え〜と・・・? 」
進はあわてて辺りを見回した。
「 進くん? 」
「 はい? 千代さん ・・・ 」
「 あのね。 ああいう話はね ・・・ 身内だからこそ出来るのよ。 
 進君には そんな<身内>がいるってことなのよ。 」
「 ・・・ 千代さん ・・・ 俺 ・・・ 」
「 さ、皆で美味しい御馳走を頂きましょう。  スターシアさんの ・・・
 ふふふ・・・進君のお義姉さんの故郷のお料理もあるのよ。 」
「 あ ・・・ は はい・・・   う〜ん? あのハーブについては是非、聞いてみなくちゃなあ・・・
 あ。 ビールは冷してあるに決まってるじゃないか・・・  」
進はやっと気がついて冷蔵庫からビールを取り出し始めた。



「 お ありがとうな〜 進 」
「 あ うん・・・  わあ〜〜 美味しそうに飲んでいるね・・・ 」
「 ああ。 なあ・・・咽喉、渇いたよなあ サーシア・・・ 」
進がリビングに戻ると 兄はサーシアを抱き上げ湯冷ましを飲ませていた。
「 ・・・ ちっとも気がつかなくて・・・ごめんなさいね、サーシア。 」
「 奥さん、だんだん覚えて行けばいいんですよ。 」
「 はい・・・ 」
「 ねえねえ 古代君、 これ! イスカンダルのお料理なんですって。 すごく美味しいの。
 それになんだか ・・・眼の疲れとかが軽くなってくるみたい・・・ 」
「 え そうなんだ? どれ・・・ ? 」
「 まあ 奥さん! この漬物〜〜 奥さんが漬けたのですか? 」
「 ええ・・・千代さんに教わったとおりにやってみました。 」
「 う〜ん 美味いなあ〜〜  進、 雪 これ! これも食べろ〜〜 」
「 は〜い♪ ・・・・ うわあ〜〜 美味しい!  ねえねえ おねえさま、私にも教えてください〜 」
 ・・・ 沢山のお料理のお皿は次々に空っぽになっていった。
ちょっと早目の <忘年会> を 皆、しっかりと楽しんだ。




「 それじゃ・・・ 御馳走様でした〜〜 」
「 御馳走さまでした・・・ 」
夜半前、 サーシアはとっくにクーファンで可愛い寝息を立ている時分に宴はお開きとなった。 
「 おう〜 二人とも、また寄れよな〜 」
「 雪さん、 後片付け、手伝ってくださってありがとう。 」
「 いいえ〜 今日は千代さんはゲストだし。 おねえさま一人じゃ大変ですもの。  」
「 ・・・ あ あの? 」
「 はい? なあに、進さん。 」
「 あの ・・・ ハーブですけど。 どこで見つけたのですか? 」
「 ハーブ・・・? ・・・ ああ、 ・・・・に使った香り草ね? 」
 ・・・・ とはスターシアが作ったイスカンダルのメニューで、地球の薬膳に似ていた。
「 あれはイスカンダルではよくある香り草を入れたお料理なのだけれど・・・
 こちらで できるだけ似たものを探してみたの。 」
「 スターシア。 進はなあ、植物とか昆虫とか・・・詳しいんだ。 
 地球のハーブの中にもイスカンダルのものと似たものも案外多いかもしれんよ。 」
「 まあ そうなの?  それじゃあ 今度教えてくださいね、進さん。 」
「 あ・・・ は はい、喜んで。      ・・・お  お義姉さん ・・・  」

「 ・・・ ありがとう ・・・ 」
「 進 ・・・ 」
兄夫婦の笑顔に 進も一緒になって微笑んだ。
「 じゃ・・・・ お休みなさい ・・・ 」
「 うん、お休み。 」
「 お休みなさい ・・・進さん。 」

「 古代く〜〜ん! 早くぅ〜〜 エアカー、出しちゃうわよ 〜 」
雪の声が響いてきた。
「 今 行くよ〜〜 !  それじゃ! 」
進はちょっと手を振ると 一目散に駆け出していった。

「 ・・・ ふふふ ・・・ 」
「 うん? どうした、スターシア?  」 
「 ふふふ ・・・ 雪さんって 可笑しいわ。
 私たち ・・・皆 <古代さん> なのに。 進さんのこと、わざわざ古代君って呼ぶのね。 」
「 あ〜 ・・・ 雪のアレはなあ・・・・
 案外結婚しても < 古代く〜ん >ってやってるのかもしれないぞ。 」
「 ・・・ 可笑しいわね、 <古代君> ? 」
「 ははは ・・・そうだねえ、 <古代さん> 」
守とスターシアは 低く笑って・・・ ゆったりと抱き合った。

     ふふふ ・・・ お休みなさい、私の素敵な若い義弟 (おとうと) 

冬の星座が ぴかり・・・と若夫婦の頭上でひかった。 明日も ― 晴れそうだ。


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2011.1.10

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