黄金 ( きん ) の海   

                                      ばちるどさん作






低木の茂みを回りこむと 水辺に出た。
この星の多くを覆っている海原以外では 初めて見た <水> だった。
岸辺に生える草が かすかに靡く。 湖上から風が吹いているのかもしれない。

「 ・・・ これは ・・・ 池 ・・・? いや 湖 か・・・ 」
古代 守は岸辺に倒木をみつけ腰をおろした。
汗ばんだ肌に 微風が心地好い。
「 ・・・ ああ  ちょっと・・・遠出しすぎたか な。  おい、俺の脚? もう少し頑張れよ。 」
コツン・・・と膝を叩いてみる。
怪我と宇宙放射線で滅茶苦茶になっていた脚は 今しっかりと彼を支えてくれている。
いや脚だけではない、身体全体が回復しつつあった。
「 信じられないが ・・・ 真実なんだなあ。 生きいてる ・・・ 生きているんだ 俺は ・・・ 」
守は 大きく吐息をはいた。



負け戦の果て、ガミラスの捕虜となり護送中に艦は遭難。 この星に救助された。
ただ一人の住人 ・ 女王スターシアが 親身になり看病してくれ ― 奇跡的に回復した。
最近ようやく ベッドから離れることができるようになった。
守は足馴らしを兼ね、すこしづつ宮殿の周囲を散歩し始めたのだが。

昼間 女王スターシアに付き添われ奥庭の辺りを散策していた。
「 大丈夫ですか ・・・ 」
「 うん ありがとう ・・・  大分体力がついてきたよ。 君のおかげです、スターシア。 」
「 いいえ、貴方の生きよう!とする強い意志の賜物ですわ。
 この分なら きっと・・・ 元気で ・・・ ち 地球に ・・・ 」
「 ・・・ そう願いたいものだ ・・・ 」
「 ・・・・・・・ 」
努めて明るい口調で、と思うのだが ・・・ この話題になると二人とも口が重くなる。
なぜなのか。   その気不味さにお互い、いつしかその話を避けるようになっていた。
「 ・・・ スターシア。 」
「 守 ・・・ なに か・・? 」
「 いや ・・・ 何でもない。 すまないな ・・・ 」
「 ・・・ いいえ ・・・ 」
重苦しい空気に耐えかね 二人は口を閉ざしてしまう。
溜息と一緒に どちらともなく視線をそらせそっと座を外す ・・・ そんな繰り返しだ。


    ―  帰還 か。  < ヤマト > がやってくれば  ・・・

本来なら指折り数え心待ちにすることなのだが。
なにがこれほど自分自身の気持ちを重くしているのか、守はよくわかっていた。
しかし それを口に出すことは 許されることではない。
もやもやした気分を吹き飛ばしたくて こんな時間にだまって一人で散歩に出てしまった。 
「 ・・・ ああ 今晩も星が きれいだな ・・・ 」
見上げるのは満天の星空、 その星々に馴染みはなくとも守にとっては心安らぐ光景なのだ。

    あの星の彼方に  還る ・・・ のか 




    パシャリ ・・・   

不意に水音が した。  ごく密やかな音を彼の耳が捉えた。
「 ・・・ うん? 魚でもいるのか・・・  」
よいしょ・・・と立ち上がり もう少し水辺近くへ脚を進めてみた。

    ・・・ パシャ ・・・・ パシャ ・・・・

「 ・・・!?   う  わぁ ・・・・・・   」

星影を写す湖面には 黄金の波が広がっていた。  
   ゆら ・・・ ゆら ・・・・ 金の波がたゆたう  水面で水と黄金が混じりあう

「 ・・・ 何だ ・・・? 水草 か ・・・いや・・・  」
守はじっと目を凝らせた。
パシャ リ ・・・ その中に白い肢体が見え隠れする。
なにか ・・・ いや 誰かが 泳いでいる・・・?
「 に ・・・ 人魚 ?!  いや 脚がある ・・・ 妖精 か ・・・  」
息を呑み佇む彼の前を それはゆっくりと水面を横切り反対側へと向かった。
やがて 夜目にも鮮やかな白い肢体は 足元に余る黄金の髪を引き岸に上がる。
円やかな肩から豊かな双の胸の谷間に ・・・ しなやかな腰へと黄金の波が流れる。

    ―  ・・・ スターシア ・・・・! 

彼女は 輝く裸身に長い髪を纏うとそのままゆっくりと宮殿へ歩んでいった。

守は ただただ ・・・ 呆然と見送っていた。
   ・・・ ヤマト は まだ辿り着けない。




                 ***************** 



「 ― ただいま ・・・・ 」
「 ・・・ お帰りなさい 守。 」
「 うん・・・  うん? スターシア ・・・? 」
古代 守は帰宅して 玄関で、一瞬顔色を変えた。
帰宅すれば いつも必ず出迎えてくれる妻の姿がみえない。
聞こえてくるのは声ばかり。  その声もすこし篭もった風に聞こえる。

    ・・・ 具合が悪いのか? 

身重の妻を案じ、彼は靴を脱ぎ飛ばす勢いで家にあがった。
「 おい スターシア!? どこだ?  」
リビングのドアを開けたが お気に入りなはずのソファに妻の姿は見当たらない。
「 ?! スターシア!  スターシア! 」
守はキッチンを覗いたが 今日はお手伝いの千代もいなかった。

    千代さんもいない?? な、なにがあったんだ?
    ・・・ まさか・・・

寝室に飛んでいっても カーテンを引いた部屋はきちんと整っているだけで人の気配はない。
バス・ルームももちろん 開けてみたが、誰もいない。

    どこだ!? まさか どこかで倒れているのじゃないだろうな!
    やっと安定期に入ったからって 無茶したのか・・・ あの身体で!

冷や汗がつつ・・・っと背筋を転げ落ちてゆく。
戦場ではいかなる局面においても常に冷静かつ豪胆なスペース・イーグルは。
愛妻の姿を探して 我が家の中を右往左往していた。


「 どうしたの、守。  ・・・ ここよ ・・・ 」
「 ― !?  スターシア!  どこだ!? 」
「 なあに? なにを騒いでいるの。 私はここよ ・・・ おざしき。 」
「 ざ  座敷 ・・・!? 」
「 ええ  ・・・ おざしきにいますわ。 」
がしがしと守は 奥の座敷へと大股で歩いていった。




守とスターシアの新居は 防衛軍の高級士官用マンションの一角にある。
夫婦二人きりには少々広すぎる感もあった。
この星にやってきて初めてこの家に入ったとき ― スターシアは目を見張り天井から壁、床を眺めていた。
「 これが ・・・ 地球のお家 なのね。  ステキ ・・・!  」
「 うん。  スターシア、君にはきっと狭苦しいと感じるかもしれないけれど・・・
 すまんな、我慢してくれるかい。 」
「 狭い? どうして?  こんなに沢山お部屋があるじゃない? 」
「 いや ・・・ クリスタル・パレス と較べれば・・・ 」
「 私、 守と一緒ならそこが私のお家だわ。 」
「 スターシア・・・! 」
あまりの愛しさに 守はたまらなくなり彼女を抱き締める。
ほっそり白い首に口付けをせずにはいられない。
「 あ  ん ・・・ 守 ? 」
「 あんまり 君が可愛いから さ、 奥さん。 」
「 まあ ・・・ 」
夫の腕の中でスターシアは 桜色に頬を染め上げる。
「 さあ 一緒に俺たちの家を見てゆこう。 」
「 ええ。  嬉しいわ ・・・! 」
リビングから ダイニング・キッチン、 複数のベッド・ルームにバス・ルーム・・・・
新しい部屋を開けるたびに 彼女は眼を輝かせた。

  そして ―
「 ・・・あら?  ここは? このお部屋にはなにもないのね。 ドアも ・・・ちがうわ。 」
紙と木でできた軽いドアは 他とはちがう方法で開いた。
そこには  なにもなかった。  ほわん、と空間がひろがっている。 床も他の部屋とは違っていた。
「 ほう ・・・  座敷があるのか。 」
「 ざ し き ・・・?  あら、この床マット・・・ 柔らかいわ。 
 ・・・ もしかしたら植物でできているのかしら。 」
スターシアは床に手を触れ その感触を楽しんでいる。
「 うん ・・・久し振りだなあ、やはり落ち着くな。 」
守は その部屋に足を踏み入れると、すとん、と胡坐を組んで座りこんだ。
「 ここは 座敷さ。 日本の、俺が生まれた国の様式の部屋なんだ。
 これは ・・・ 畳 という。 座ってごらん? 」
「 ・・・ たたみ ・・・ 温かいわ。  あら ・・・ いい香り。 やはり植物ね。 」
スターシアは守の側に静かに腰を落とした。
「 え・・・ そういう風に座るの? この星では・・・?  え・・っと? 」
「 ははは ・・・ これは男の座り方さ、あまり行儀のよいものじゃないからね。
 女王陛下はご存知ない方がいい。 ほら、普通に脚を出してごらん。 」
「 そうなの?  あら でもこうやって・・・ いい気持ちね。 」
彼女は脚を投げ出して座り、少し恥ずかしそうに俯いた。
「 うん ・・・ 疲れたらこの部屋でこうやって休んだらいい。 畳は気持ちいいだろ? 」
「 ええ とっても、優しい感触ね。  この香りも ・・・ なんだか気分がすっきりするの。 」
そういえば 心持ち顔色が冴えない。 そろそろ悪阻に悩む時期になってきたのかもしれない。
「 疲れたろう・・・ 本当に 本当に長い旅路だったね。 」
「 守 ・・・ 」
守は彼女の長い髪をゆっくりと撫でる。 
「 一緒に来てくれてありがとう スターシア ・・・ 」
「 ・・・・・・・ 」
ことん、と寄りかかってきた細い身体を守はしっかりと抱きとめた。

     ―  一生。 君の全てを抱えてゆくから・・・!

こうして 守とスターシアの地球での生活が始まった。
彼女はこの家が、特に座敷がとても気に入った様子だった。
悪阻で気分が悪い時でも   ここに横になっていると随分楽になるの ・・・ と
畳の香りと感触に癒されている様子だった。
守も 休日には座敷で大の字になり昼寝を楽しんだりしていたが
普段は もっぱらスターシアの休息所になっていた。





   ― ああ 座敷にいるのか。
守は ほっとすると同時に心配にもなる。
また 気分が悪いのか。 最近は調子がいい、と言っていたのに・・・
細君の妊娠 というまったく未知の体験に、さすがのスペース・イーグルも翻弄され通しだ。
「 ― スターシア! 」
「 守。  お帰りなさい ・・・ 」
からり、と唐紙をあければ  ― 座敷の中には金の波がうねっていた。

「 ・・・ う・・・わ・・?? 」

金色の海の中から ほの白い顔が守に微笑みかける。
「 ごめんなさい、お迎えに出られなくて・・・・ 」
「 いや ・・・ そんなことはどうでもいいが。  髪を どうかしたのかい。 」
守は座敷一面に広がった彼女の髪を 踏まないよう、そろそろと畳の上にあがった。
黄金の波を避けて遠回りし、彼女の側に座る。
「 え?? 別に どうもしないわ。  髪を洗って乾かしていたの。 」
「 ああ ・・・ それで。  本当に綺麗な髪だ・・・ 」
少ししめった金髪が とろとろと守の指の間からこぼれ落ちる。
「 そう?  でも邪魔でしょう、赤ちゃんが生まれる前に切っておこうと思って。 」
「 え??  切る・・・って 君のこの髪を かい。 」
「 ええ。  私、そろそろ髪を洗うのがちょっと辛くなってきたの。 」
スターシアは 頬を染めつつも嬉しそうにお腹に手を当てている。
「 あ ああ  そうだなあ・・・ うん、ずいぶん大きくなったものな。 」
「 ふふふ ・・・ あら。 赤ちゃんがね  お父様 お帰りなさい、って。 
 あらあら ・・・ そんなに蹴飛ばしたらお母様、痛いわ・・・ 」
「 うん? どれどれ・・・ あ ・・・ は。  こりゃ大暴れしているなあ・・このお転婆娘が 」
守は妻の大きくせり出したお腹を抱き、耳を押し付ける。
「 うふふ・・・ 誰に似たのかしら? 」
「 そりゃ 母親に ・・・ ああ この髪も受け継ぐといいなあ ・・・ この子も・・・ 」
「 さあどうかしら。 私は守と同じ瞳をもった子でいてほしいわ。 」
スターシアは 優しく夫の髪を撫でた。
「 元気な子ならいいんだ。 元気な子なら ・・・ な。 」
「 ええ そうね・・・ あら またよ?・・・ふふふ お父様を蹴飛ばして。 困った子ねえ 」
「 ふふふ ・・・・ 」
頬と耳で我が子の存在を感じ、守はとても幸せだった。
「 ・・・ なあ  髪を切るって?  本気かい。 」
「 ええ そうよ。  どのくらい切ろうかなあ・・・って考えていたの。 」
「  ― ダメだ。 」
「 え?  」
「 切る なんてだめだ。  君の髪は ・・・ これでいいんだ。 」
「 守 ・・・だって私・・・ お家のことや赤ちゃんの世話をするのに本当に邪魔なんですもの。 」
「 家のことや赤ん坊の世話なら いくらでも俺がやる。
 君は 君の髪は このままがいい。  俺のために 切るな。 」
「 守 ・・・ 」
守は改めて細君の身体に腕を回した。
「 ・・・ ふふふ ・・・ こんな風にな、 ひろがった君の髪を初めてみたのはあの星でだったな。 」
「 ええ?  そんなこと、今まで一度も言わなかったじゃない。 」
「 そうだったか?   ああ そう・・・ こんな風に水面に広がっていてさ・・・ 」
「 ・・・ 水面 ??  」
スターシアはますますわからない、といった顔だ。
「 始め、君の髪だとは わからなかった。  俺はただ ただ 見とれていたんだ。 
 黄金の湖なのかと思った。  そうしたら ・・・ 君だった。 
 君が泳いでいたのさ、あの湖で ・・・ 」
「 !!  ・・・ 守 ・・・!  見てたの・・・!? 」
スターシアは 驚いて夫の顔を見つめた。
「 ああ。  まだ ヤマトがイスカンダルに来る前 ― 俺がやっとベッドを離れることができた頃さ。
 夜中に散歩に出て ・・・ 綺麗な湖の畔にでた。 」
「 ・・・ 禊の湖 ・・・ ね。 」
「 そうか、そういう名前なのか。 
 俺は君が泳いで 岸に上がり ・・・ 去ってゆくのを ただただぼうっと眺めてた・・・
 やるせないもやもやした気分を吹き飛ばすつもりの散歩だったんだが。
 ははは ・・・・ 後になってよけい熱くなってしまったよ。
 君のことが 愛しくて愛しくて ・・・ でも言ってはいけない、と思っていたから。 」
「 ・・・ 私   も ・・・  あの時 」
「 え? なんだって? 」
妻の蚊の鳴くみたいな声に 守は思わず聞き返した。
「 ・・・ 私も ・・・ 心も身体もどうしようもなく火照ってしまって。
 熱くて持て余していたの、冷さなくちゃ、 守への想いを ・・・ 封じ込めなくちゃ・・・って
 あなたはやがて 帰ってしまうひとだから。 
 湖で・・・できれば洗い流せれば、と思っていたの。 でも ・・・ 」
「 スターシア ・・・  でも俺は 君の姿を見て ははは・・・ 余計想いが募ってしまったのさ。 」
「 守ったら・・・ 黙って見てたのね・・・! 
 あの時 私、 まだ結婚前の乙女だったのに! 」
「 ははは ・・・ それは失礼しました、女王陛下。 」
「 もう ・・・ 守には勝てないわ。 そうね あの頃からずっと ・・・ 私たち・・・」
「 うん・・・ 俺も さ。 あの時から、いや・・・ 初めて君を見た時から 魅かれていたよ。 奥さん 」
「 ・・・ あ ん ・・・ 」
守は背中から彼女の身体に腕を回した。
羽織っている薄いガウンの上から 感じるこの温かさがたまらなく愛しい。
す・・・っと彼は襟元から手を忍びこませた。
「 ・・・ あ ・・・ 」
「 いいだろ・・・?  この子も元気なことだし。 」
「 ・・・・・・・ 」
スターシアは頬を染め上げたが はらり、とガウンのリボンを解いた。
「 ・・・ ありがとう ・・・! 」
金の髪の下、身ごもった身体は満開の花 だった。
今は守の掌に余るほどに彼女の胸は豊かな実りをみせている。
大きくせり出したお腹には 二人の希望が元気に息づいているのだ。

    ―  ああ ・・・ 幸せだ ・・・!

守は後ろから深く妻を抱いたまま ゆっくりと畳に倒れこんだ。
「 愛してる ・・・ 言葉では言い尽くせないくらい・・・! 」
「 ・・・  守 ・・・  あ ああ ・・・・  」
「 大丈夫 やさしくするから ・・・ 」
「 ・・・ 待っていたの ・・・ 」
「 うん? ・・・ ふふふ ・・・ 」
  
   ―  ふぁさ ・・・・

スターシアは髪を纏めると 長い金の髪の裾を引き寄せ愛するヒトを髪の中に捕らえた・・・
二人は 黄金の海に溺れ共に高みへと昂りつめていった。



2011.2.21
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