愛しきものよ 

          byばちるど








   ・・・   ああ ・・・ よく眠っている な ・・・

古代守は すうすうと寝息をたてて眠る妻と娘を確認しほっとした。
やれやれ ― なんとかなったもんだ、と感心している自分自身が 可笑しくて。
彼はすこしばかり声を上げて笑ってしまった。
「 おっと・・・ これは失礼。 よ〜く眠ってください、俺の奥さんと俺のチビ。 」
こそっと呟き そう・・・っとベッドの側から離れようとして ―  ぺたん、と尻餅をついてしまった。
「 ・・・ ?  あ  あれ ・・・? 」
脚に力が入らない。  もしかして、<腰が抜けた> とはこんな感覚なのかもしれない。
こんなことは 初めてだ。
激しい戦闘の後、ふらつくほどの疲労に襲われたことは何度もあったが
実際に倒れたことはなかった。 
十分に身体は鍛えてある、と自負していたのだが・・・
今回は違った ― いや、心身ともにこんなに疲れたことは初めてだった。
「 へえ ・・・ 本当にこんなことってあるんだなあ・・・ 」
守は なんだか信じられない思いだった。
「 ともかく俺たち夫婦にとって人生で一番の大事業だった・・・ってわけか。 」
情けないはずなのに なんだか楽しい。 ふ・・・っと笑みまで浮かんできた。
「 ふふふ・・・だらしない親父だな。  娘に笑われるぞ。 」
 えい、と反動をつけてなんとか立ち上がり、 慎重に脚を踏みしめつつ寝所を出た。

「 ― あれ??  まだ夜なのか 」
宮殿の廊下には明かりが灯っていた。  窓の外の闇は深い。 
今は何時なのか、と時計を見て彼は驚愕した。
「 ― え。  一日 経っている・・・! そうか。 あれは昨日の夜だったのか! 」
彼ら夫婦が一生の大事業に関わっている間に この星はくるり、と一回自転していた。
「 あ ・・・ は ・・・ 丸一日かかったってわけか・・・ 
 いやあ ・・・ それにしても ・・・ 女性ってのは凄いもんだなあ・・・ 」
守は改めて深く深く吐息を吐き 星の瞬く空を見上げた。
「 いい星空だ。   お。そうだ そうだ・・・ アレを持ってこよう。 」
彼は一人、にんまりして宮殿の厨房へと降りていった。



前日の昼過ぎ頃から スターシアは緊張の面持ちだった。
いつになくそわそわと 無駄に赤ん坊用の産着を開いたり畳んだりしている。
「 スターシア? どうかしたのかい。 」
「 ・・・え ? 」
「 なんだか落ち着かないみたいだけど・・・? 」
「 守 ・・・ 多分 ・・・ 今夜みたい。 」
「 え!? 今夜みたいって その・・・ナンだ、アレが その? 」
「 ええ ・・・多分 生まれてくる気がするの。 」
「 えええっ???  あ! い 痛むのか?? 」
守は仰天して妻の側に跳んでいった。
「 大丈夫か?  座って・・・いや、横になったほうがいいか? 」
「 守 ・・・ 落ち着いて? まだ 大丈夫よ。 」
「 そ そうか??  でもともかく座ったほうがいい。 」
「 はい。 」
妻は素直に肘掛椅子に座った。
「 その・・・ まだ痛くないのかい? 気分が悪いとか・・・? 」
「 いいえ 大丈夫。  」
「 そうか ・・・ え でもどうして 今夜だ・・・ってわかるのかい。 」
守は妻の隣に座り、そっと彼女の背を撫でた。
「 あの ね。 赤ちゃんが ・・・ そう言っているの。  いえ そんな気がするのよ。 」
「 えええ  ??? あ 赤ん坊が か? 」
「 そうなの。  お腹の中で  もうすぐ! って言うのね。 」
「 ・・・ へええ・・・・  母親の君がそういうのなら ・・・そうなんだろうな。
 あ! それじゃ 俺はいろいろ準備してくるから。 君はここにいろ。
 もし次に痛みがきたらすぐに教えてくれよ。 」
「 はい。  この鈴を振るわね。 」
「 頼む。  じゃあ ・・・急ぐから。  じっとしていろよ! 」
彼はあたふたと居間を飛び出していった。


  古代守がこの青き星に新妻との甘ァ〜〜い生活を始めて数ヶ月後 ・・・・
ある朝 彼女は満面の笑みで夫の耳元で囁いた。
「 ? なに? なんだい。   ―   え。   ほ ホントか!?? 」
「 ええ。 さっき確実反応がでましたの。 」
「 本当に? 本当か!  ―  うわ〜〜〜〜〜♪♪ 」
「 きゃ・・・ もう〜〜〜 守ったら〜〜〜 」
守は愛妻を高々と抱き上げ 歓喜を爆発させた。
  そう  ― 守とスターシアは子供を授かったのだ。
「 最高だよ、スターシア!!  こんなことって ・・・ 信じられない・・・ 」
「 ふふふ ・・・私もよ、守。 でもね ちゃんとここにいるの。 わたし達の希望が・・・ 」
「 うん うん ・・・ ああ すごいよなあ〜 なんか奇跡だよ。 」
「 愛の奇跡ね。  地球とイスカンダルはこれでますます親しくなれるわ。 」
「 本当だな!  あは・・・あははは ・・・ 進のヤツも叔父さんだな〜 」
「 ふふふ・・・ 喜んでくださるかしら。 」
「 あったり前だろ。  アイツ、ハタチそこそこで オジサン だよ! 」
「 ・・・ いつかまた会いたいわ。 」
「 会えるさ、きっと。   ・・・ あ ・・・ 」
守は不意に言葉を途切らせた。
「 どうなさったの。 」
彼の顔からは笑みは全く消えていた。 スターシアは驚いて夫の顔を覗き込こむ。
「 守 ? 」
「 あ  うん・・・ こんなに幸せで ― いいのかなあって思ってな。 」
「 ・・・・・・ 」
「 俺は ― 部下を全て死なせてしまったヤツなんだ。 
 そんな俺が ・・・ 新しい命を迎える資格なんか ・・・あるのかな ・・・ 」
「 ― 守。 」
白い指がしっかりと守の手を握った。
「 ? 」
「 守。 ですから私達はなにがあってもこの命を育ててゆくのです。  一緒に・・・ 」
「 ― スターシア ・・・ ! 」
「 どんなことがあっても生きてこの子を護らなければ。 」
「 ああ そうだな。 うん ・・・ それが俺にできる真実の証だ。 
 ・・・ ありがとう スターシア!  愛しているよ! 」
彼はがばっと愛妻を抱き締めた。
「 ・・・ きゃ・・・・ もう〜〜 守ったら・・・ 赤ちゃんがびっくりするでしょう? 」
「 ははは ・・・ ごめん、って伝えておいてくれよ。 」
二人は晴れやかな笑みを交わした。

   イスカンダルの医療は地球とは比べ物いならないくらい進んでいた。
瀕死の守が助かったのもそのお蔭だし、多くの医療用のマシンが発達している。
スターシアの妊娠期間も 専用のマシンに任せておけばほぼ安心できた。
 ― しかし。
「 ・・・ 問題は出産だな。 」
「 ええ・・・ 私、妹が生まれたときのことは全く覚えていませんし・・・ 
 成長してからもこの星では新しい命の誕生はありませんでした・・・ 」
「 うん ・・・ 俺だってさ まったくの初体験だものなあ・・・
 こりゃ勉強するしかないな。 」
「 医学書は揃っています。 まだ時間はありますから・・・
 医療マシンも万全ですし。  」
「 ―  ん。  まあ 任せておけ。  君は元気な子供を産むことだけを考えろ。 」
「 ・・・ 守! 」
珍しくもスターシアが飛びついてきた。
「 お〜っと・・・ ほらほら・・・チビがびっくりするんだろ? 」
「 ふふふ・・・大丈夫。 お父様 ありがとう〜〜ってこの子も言ってますわ。 」
「 あ? そうかァ・・・ ふふふ  おとうさま か・・・ 」
「 そうよ。 私はお母様になるの。 」
二人はそのまま微笑みつつ抱き合っていた。

二人で医学書を紐解き、熱心に読み学習し ― なんとかなるか・・・と思えた。
大方の処置は医療用のマシンがやってくれる。
問題は 出産だったけれど、心配しても仕方ない、という気分になってきた。
「 う〜〜ん ・・・ 赤ん坊の世話はな、任せてくれ。
 進のヤツのオムツも替えたし、風呂にも入れてやっていたから。 」
「 まあ 頼もしいお父様ね。 よかったわねえ、赤ちゃん・・・ 」
妻はにこにこしてお腹を撫でている。
「 ただなあ。 俺もオフクロが進を抱いて退院してきてから、しか知らないんだ。 」
「 ・・・ 大丈夫ですわ、きっと。
 私の母も、イスカンダルや地球の、ううん、宇宙のたくさんのお母さんたちが
 無事に赤ちゃんを産んでいるのですもの。 」
「 それはそうだけど ね。  地球にもな 案ずるよりも産むが易し  という諺もある。 」
「 そう・・・ それじゃ 案ずる のはやめましょう? 
 わたしは赤ちゃんの着る物やお蒲団の準備をしますわ。 」
「 そうだね。 俺はそうだ、ベビー・ベットやゆりかごを作ってみるかな。 」
「 まあ アナタは本当に幸せねえ 赤ちゃん。  」

二人は不安を残しつつも わくわくして誕生を待った。

  そして 突然 < その日 > はやってきた ・・・!


・・・ なんとか余裕があったのは まだ痛みの間隔が間遠な頃まで だった。
その後は ― 全てが怒涛のように押し寄せてきて スターシアも守も
本で得た知識など どこかへ吹っ飛んでしまった。
守にできることは 妻の汗をぬぐい、手を握って励まし。 
この星秘伝の薬草エキスを できるかぎり飲ませてやる ・・・ それだけだった。
「 スターシア ・・・ ほら これ・・・ 薬草エキスを凍らせておいたんだ。
 欠片を口に含んでいるといい ・・・ 」
「 守 ・・・・  あ  ありがとう ・・・ 」
苦痛に顔をゆがめつつ、彼女は氷片を口にし、気力を保つのだった。
夫婦ともに汗まみれになり、守もエキスの残りを飲み干し体力を補充した。

 ・・・・ どれほどの時が経っただろうか。
自分の手を握るスターシアの指に一層の力が加わった、と守が感じた次の瞬間 ― 
「  ―   あ ・・・! 」
一際高い声と共に新しい命が するり、と誕生した。




元気な産声を上げた我が娘に産湯を使わせ 疲労困憊の母親の処置も全て無事に済ませ・・・
守はそっと産室にしていた部屋を出た。
厨房に行こうとして、 ひとまず宮殿の中庭に出た。
「 はふ 〜〜〜〜 ・・・・・  」
外は満天の星空だった。

    ・・・ 俺の子供が 俺の娘が  生まれた 生まれたんだ 〜〜〜 !!

大声を上げて全世界に、いや全宇宙に叫び告げたい。
夏の夜風は心地好く、降るように輝く星々が守とスターシアの娘の誕生を祝福していた。
「 ・・・ お〜〜い ・・・ 進! お前の姪っこが生まれたぞ〜〜
 おやじ 〜〜 お袋!!  孫だよ。 古代家にやっと女の子が生まれたよ! 」
久し振りに故郷の言葉でおもいっきり叫んでみた。
「 ・・・ は ははは ・・・ こりゃどうしてもアレを持ってこよう。 うんうん 」
守はにんまりしつつ中庭から厨房へ そして一番奥にある蔵へと行った。
  そこには ― 夥しい酒類が保存してあった。


結婚後、二人で広い宮殿内を巡っている時だった。
守は 厨房の奥に別の小部屋があるのを発見した。
ドアを開けてみると ― 小暗いが通気は十分な中に棚があり瓶らしきものが多数貯蔵してある。
「 ・・・ ここは・・・ 酒蔵かい? 」
「 さかぐら? 」
「 うん。  酒を貯蔵しておく場所、のことさ。 」
「 さけ ・・・ という意味がよくわからないけれど・・・ これは醗酵飲料です。
 長い年月、こうして貯蔵しておくとよい味になるのですって。 」
「 え ・・・ 君は飲んだことはない? 」
「 ええ。 父や 時には母も口にしていましたけれど 私はそのチャンスはありませんでしたの。
 あ ・・・いえ 即位式の日に父が 祝杯だ、と少しだけ・・・ 」
「 ふうん ・・・ 君は飲むことを禁じられてたのかい。 」
「 いいえ 別に。 ただ ・・・ 子供にはあまり勧められない、と父母は私達に言ってました。 」
「 そうか。  俺が開けてみてもいいかな? 」
「 どうぞ どうぞ。  父や妹のフィアンセはよく飲んでいましたわ。 」
「 ふうん ・・・ じゃ これ ・・・ 開封してみよう。 」
「 あ・・・ 専用のグラスがありますから・・・ 上にもどりましょう? 」
「 うん。  あ これと これ・・・ も頂こう。  」
「 ふふふ・・・ 守ってば嬉しそうね。 」
「 そりゃな〜〜 イスカンダルには酒類はないのか、と少々残念だったんだ。
 うん ・・・ こりゃいい色をしているな ・・・ 」
守は手にした壜を目の高さに持ち上げ、 灯に透かしてみせた。
「 そうですね・・・ この飲料は空の色をしているものと 灯色のものがあります。 」
「 ほう〜〜 そりゃますます楽しみだな♪  君もどうだい 一杯〜〜 」
「 ・・・ 守 ・・・ 」
「 さあさあ それでは試飲会と行きますかな。 上に戻りましょう、陛下。 」
「 もう ・・・ でもちょっとワクワクしてきたわ。 」
二人はお互いの腰に腕を回しつつ 階上へ戻っていった。
その日から 二人の食卓に美酒が加った。


「 そうだったよな〜 あの時 初めてこの星の酒を味わったよ・・・・
 あれは ・・・ そうだなあ〜 ヴィンテージものの極上ワインってとこだな。 」
守は厨房から奥にある酒蔵に入ると 目的のモノを持って出た。


    トク トク トク ・・・・ トク トク ・・・

クリスタルにも似た硬質の光を放つ透明なグラスに 空色の液体が注がれる。
「 これこれ・・・ 奥の別の棚にあったしな〜 多分銘酒なだろうな。 」
守は星明りにグラスを翳してみた。
「 ・・・ う〜〜ん ・・・ 地球でいえばキュラソーみたいなものかな。  うん・・・いい香りだ。 」
では ― と 彼は襟を正し夜空を仰いだ。
「 ― 全宇宙に 感謝します。  俺たちに新しい命を与えてくれたことに ・・・! 」
彼は一口 空色の銘酒を含んだ。

    ・・・・  ああ  ・・・ これ は ・・・

心地好い刺激が咽喉からすっと胃に そして身体中にひろがってゆく。
「 これは いい酒だ ・・・!  うん、俺の娘の誕生を祝うのに相応しいぞ。 」
続けて グラスを傾けゆく。  ぽう・・・っと全身が温まってきた。
それは 酔い とは少しちがう感覚だった。  エネルギーの漲りを感じる、というところか。
守は 目を閉じ、じっとその感覚を味わう。

    なんだろう、この高揚感は ―  酒のせいではないな。
    酒は 俺の中にあったものを引き出す援けになっただけだ ・・・

    ・・・!  そうか。  これは  これが人の親になった悦びなのか!

単なる歓喜だけではない、ぐ・・・っと強い心棒が徹ったごとくな悦びなのだ。
「 俺は !  俺の娘の父親としてなにがあってもアイツを護る!
 娘のためならなんだってできる。 地をはいつくばっても生きて生きて生き抜き ・・・
 俺の娘を護るのだ ― ! 」
彼はもう一度 夜空にグラスを捧げた。
ふと ・・・ グラスを持つ手が赤く斑になっていることに気がついた。
思えば少々の疼痛もある。
守はグラスを置くと 我が手を改めて見つめた。
「 どこかでぶつけたか?   ・・・ あ !  そうか。  」
彼の手に残る赤い痕は ―  一昼夜 彼の励ましにぎっちりと握り返した妻の指の痕 !
「 これも 俺の娘が生まれた証の一つなんだ。  うん ・・・  」
ぽつり、と涙がひとしずく足元に落ちた。
「 は ・・・ ははは ・・・嬉しいときにも涙って出るのか〜〜 」
うんうん ・・・ 一人頷きつつ、彼は妻と娘が休む部屋へと戻っていった。



「 さあさあ ・・・ 陛下はこちらに。 王女殿下は ・・・ こちらです。 」
「 守 ・・・?  なあに。 」
「 まあ ここに座って。  あ クッションはこれでいいかい。 」
「 ええ 大丈夫よ。 」
「 よ〜し ・・・ ちょっと待っててくれよ。 」
「 ??? 」

娘が誕生して一週間がすぎた。
赤ん坊は元気一杯、スターシアも順調に回復し、守はひとまずほっと安堵していた。
そして その夜、妻と娘を祭壇のある部屋へと案内したのだ。
祭壇には 毎朝泉の水と季節にはイスカンダル・ブルーの花を捧げることになっている。
それは女王の大切な務めであり、義務なのだ。
スターシアが産褥にいる間は守が代わって務めていた。

彼はなにやら紙を捧げもつと 祭壇の前に置いた。
「 ・・・ 守? 」
「 うん。 これはね 地球の大切な習慣なんだ。 
 子供が生まれて七日目にその子の名前を披露するんだ。 」
「 名前 ・・・ あ !  これはイスカンダル語ね。   ―  サーシア ・・・! 」
その紙には 

          命名  サーシア    
   
                        と 日本語とイスカンダル語で記されていたのだ。

「 守 ・・・!  うれしいわ ・・・! 」
「 ふふふ ・・・ 俺たちの娘に一番相応しい名前だろう? 」
「 ええ ええ!!  ありがとう  ありがとう 守 ・・・ ! 」
二人は我が娘を間に しっかり抱き合った。

   こうして 古代守 と 女王スターシアの娘・サーシアが誕生したのだった。


 後書き

陛下のご出産の様子は   読者さまの場合   とは違うかもしれません。
当然です、なにしろ陛下は  < イスカンダル人 > なのですから ・・・ね♪


2012.5.4


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