星に想いを 
byばちるど




 ・・・・ きれい ねえ ・・・・


スターシアは思わず小さく吐息をついた。
見上げる空には満天の星 ― 
星の輝く空を眺めていると いつだって気持ちがゆったりとしてくる。
それがたとえ見慣れぬ星々であっても変わりはなかった。
はるか彼方からとどく、優しい光になぜかこころが安らぐのだった。
故郷でもいつも飽かず眺めていたものだ。
― 星々の瞬きは 孤独な女王の友達だった。
はるか彼方のこの地でも 同じ楽しみを味わえるのは本当に嬉しかった。
「 この星からの空もきれい ・・・  だからこんなステキなものを飾るのね。 」
カサ ・・・   スターシアはその小枝を手に翳してみる。
「 えっと ・・・ おりひめ  と ひこぼし だっかしら。 
 皆が二人のデートの成功を祈るのね ・・・ ステキ ・・・ 」
テラスから見上げる空に スターシアはうっとりしていた。



「 お早うございます〜 おくさん、 ほら ・・・ 今日はこんなもの、持ってきましたよ。 」
その朝 大沢千代はいつもの通りにこにこと元気な顔をみせた。
彼女は地球での生活に不慣れなスターシアをサポートしてくれる、所謂お手伝いさん、なのだ。
そして今は妊娠中の彼女になにくれとなく気遣ってもくれている。
「 お早うございます  千代さん。  
 まあ きれい。 なんの飾り物ですか?  これは植物の枝 ・・・・? 」
「 ええ ええ。  これはね 笹 といって。  七夕に飾る慣わしなんです。 」
「  ― たなばた ・・・? 」
「 ええ。 毎年 7月7日に皆で星を眺めて楽しむんですけどね ― 星祭、とも言うんです。 」
千代はてきぱきと家事を片付けつつ説明してくれた。 
「 ほしまつり ?  まあ ・・・ 」
スターシアは目を丸くして聞き入っていた。
  ・・・ カサリ ・・・  笹の枝についた短冊が揺れた。


「 ・・・ ええと ・・・ おりひめ と ひこぼし  は・・・っと? こちらの方角、だったわよね ・・・ 」
笹の枝を持ったまま 彼女は暮れなずむ空を見上げる。
見慣れぬ星座ばかりだった夜空も すこしづつ身近な光景になってきた。
この星の位置を頭にいれれば、故郷にいた頃から見知った星々を探し出すこともできる。
「 ・・・っと ・・・ あ あの星ね!  ・・・ ふうん、〇〇〇のことなんだわ 
 地球でステキな名前をもらったのね ・・・ 」
手元にはタブレット様の星座早見表まである。
スターシアは星を見上げつつ なにやら紙片に書き付けていた。
「 これを ・・・ こっちから見れば ― えっと ・・・  」
彼女はタブレットをくるっと回すと反対側の端を中心にして眺めている。
「 ・・・ あら・・・ 懐かしいわ ・・・ 宇宙はいつでもどこでも変わらないということね。 」
  ほう ・・・  スターシアはテラスで大きく吐息をついた。



「 これで捜してごらん? 」
彼女が星に熱中しているのを知り、守が<星座早見表>を持ってきてくれた。
「 なあに ・・・ ? 」
「 うん ・・・ この星の北半球から可視可能な星をピックアツプした一種のマップさ。
 大まかなものしか載ってないが ・・・ 判り易いだろう。 」
「 まあ ありがとう! 」
「 これでだいたいの星を覚えたら 自分で見つけた星をインプットできるんだ。
 つまり、自分だけの早見表が作れる。 学校用の教材だがなかなか面白いぞ。 」
「 あらステキ! 嬉しいわ・・・ ふふふ ・・・これで余計に夜が待ち遠しくなったわ。 」
「 余計に? 」
「 ええ。  ・・・ だって・・・ 夜になれば守がウチに居てくれるでしょ・・・ 」
「 スターシア  ・・・ 」
ほんのり頬を染めて微笑む妻が 守はたまらなく愛しい。
このごろやっと顔色もよくなってきた・・・ 悪阻の時期もそろそろ終わりなのかもしれない。
「 すまん ・・・ 淋しい思いばかりさせてしまうな。 」
「 大丈夫、守はしっかりお仕事、していらして?
 私 これを使って星を眺めていれば淋しくないわ。 」
「 スターシア ・・・ 」
守はしばらくじっと彼女を見つめていたが やがて静かに抱き寄せた。
「 ・・・ ありがとう ・・・!  」
なんでもない抱擁が スターシアにはとても嬉しかった。
   
    守 ・・・!  ああ ・・・ いい気持ち ・・・
    あなたの眼差しとこの温もりがあれば 
    私はどんな時だって 大丈夫・・・!

星の海は そんな二人を静かに見守っていた。



その夜もスターシアは星座表のタブレットを持ち、テラスに佇んでいた。
「 う〜んと ・・・ それで・・・ああ これが <天の川> なのね。 」
復興途上の地球の夜空は まだまだ澄んでいて美しい。
「 川、って本当に星が流れを作っているみたい・・・ あの中、泳げそうねえ・・・
 水は冷たそう ・・・ うふふふ・・・でも気持ち良さそう・・・・ 」
見上げるスターシアの笑顔に満天の星空が微笑みを返す。  
「  ・・・? あら ・・・ 守 !  」
突然 彼女はなにもかも放り出して玄関に飛んで行った。

  ― カチャリ ・・・

チャイムが鳴る前に スターシアは玄関を開けた。
「 ― 守   お帰りなさい・・・! 」
「 ただいま ・・・ あは・・・本当にカンがいいんだね、奥さん。 」
「 うふふ・・・ 守のことはちゃんとわかるのよ。 」
「 恐れ入ります、陛下。 」
守はするり、と彼の愛妻を抱き寄せ軽くキスをする。
「 ・・・やあ 今日は顔色がいいね。 よかった・・・ 」
「 ええ。 今日は調子がいいみたい。 ・・・ 守・・・  」
スターシアは夫の胸に顔を埋めた。
「 ・・・ ごめん、もっと早い時間に帰宅できればいいんだが・・・  」
「 ううん、いいのよ。 千代さんも来てくださるし。  
 それにね・・・ふふふ 赤ちゃんも一緒だから淋しくないわ。 」
「 そっか。 う〜ん ・・・ なんだかちょっと妬けるなあ。 」
「 まあ  妬ける?? 」
「 だってなあ・・・ ずっと俺の奥さんを独占しているんだもの。 」
「 あら ・・・ 可笑しな方。 ご自分の子供にヤキモチ焼いてどうなさるの? 」
「 ・・・ ふふ〜ん ・・・ 俺の方が優先権あり、だ♪  」
守は愛妻を強く抱き締め もう一度キスをする。
「 ・・・ もう ・・・ 守ったら・・・ 」
二人はお互い身体に腕を回しリビングに入っていった。
守は彼女の笑顔を眩し気に眺めている。
少しづつ食欲ももどってきて、こけた頬が桜色になってきた。
彼女のふっくらしたお腹は 二人の微笑みの源だ。


「 守、お勤め、ご苦労様。   はい ― 」
着替えて手を洗ってきた彼の前に 妻はちりん・・・とグラスを置いた。
イグサのコースターの上でグラスは露を結び涼し気だ。
「 うん・・・?  お茶かな。 」
「 どうぞ 召し上がれ 」
「 ・・・ ・・・・ ? 」
妻の笑顔を見つつ 守はグラスを取り上げてぐっと傾けた。
「 ・・・ やあ これは。 ・・・麦茶 かい? 」
「 当たり♪  いかが? 」
「 いいねえ・・・ 懐かしい味だなあ。 そうだよ、地球の夏は 麦茶だったよ。 」
「 そうなの? ふふふ・・千代さんに教わってね、薬缶をつかって煮出してみたの。 」
「 薬缶! ああ〜〜 そっか! そうだった、そうだった!
 訓練学校の寮ではな 食堂にいつも薬缶いっぱい麦茶が用意してあって・・・
 ははは・・・酔い覚ましに薬缶の口から直接飲んだりして千代さんに怒鳴られたもんだ。 」
「 あらら・・・・ お行儀の悪い訓練生さんねえ。 」
「 いやあ〜〜 またこの味を楽しめるとはな。  うん・・・ うまい ! 」
守は咽喉を鳴らしてたちまちグラスを空にした。
「 あの〜奥さん? ウチでもずっと作ってくれると嬉しいのですが。 」
「 ・・・ 薬缶から直接飲まないでね? 」
「 はい。 もうしません。 」
「 よろしい。 では もう一杯どうぞ。 」
「 ありがとう! 君も飲めよ、これなら大丈夫なんだろう? 」
「 ええ。  頂きます。  ・・・ ああ 美味しい・・・ 」
二人は麦茶で乾杯し微笑みあった。
「 あら ごめんなさい、すぐにお夕食にするわね。 もう用意はできているのよ。 」
「 うん。 ああ 急がなくていいよ。 」
「 大丈夫。  すぐに出来てよ、待っていらしてね。 」
「  ― ああ。 」
スターシアはぱたぱたとキッチンに駆けていった。


彼女の後姿を見送ると 守は夕刊を取り上げた。
ぱさり・・・ と何かが落ちた。

   ― お?  ・・・ ああ 星座表のタブレットか。
   この紙は ・・・ ふうん? チラシの裏になにか書き止めていたのかな  

守は紙を拾いちらり、と眺めた。
スターシアの筆跡で イスカンダル語でなにかメモしてあった。

「 守?  お食事できたわ。 」
「 ああ ありがとう。  スターシア、星空散歩は気に入ったかい。 」
守は手にした星座表のタブレットを示した。
「 え?  ええ・・・ とっても。  
 今晩はね、守が帰ってくるまで天の川で泳いでいたのよ。 」
「 へえ〜 いいなあ・・・ 今度は俺も仲間にいれてくれ。  
 そうだ、ここには天窓があるんだ。  ほら・・・リビングから空がみられるぞ。 」
「 まあ 素敵!  ・・・でも どこにあるの? 」
「 ふふふ ・・・ ちょっと待ってくれ。  あそこはな、非常用の避難口でもあるからな・・・
 普段はシャッターを開閉するようになっているんだ。 これだな・・・ 」
守は柱の脇にあるボタンを操作した。
「 ・・・ うん?  ヘンだな・・・開かないなあ・・・ 」
「 窓は ・・・ ああ あそこね? 真上に違う色の部分があるわ。 」
「 ああ。 しかし う〜ん ・・・ これは問題だな。 明日、真田に相談してみる。 」
「 まあ 真田さん お元気? しばらくお目にかかっていないわ。 」
「 ああ 元気だよ。  そうだ、ヤツに修理してもらおう。 」
「 え・・・でも そんな。 真田さんはお忙しいのでしょう? 」
「 ふふん ・・・ あの麦茶を振る舞ってやれば大喜びさ。
 それに君も知っているヤツのほうがいいだろう? 」
「 そうね。  ・・・じゃ お願いします。  薬缶にいっぱい麦茶をつくっておきます。
 そうだわ、お夕食、一緒にしましょう。 ね?  」
「 うん ・・・ でも 大丈夫か? 」
「 もう平気です。 ああ 嬉しいわ、お客様って久し振りですもの。 」
「 あんまり無理するなよ。 」
「 はい。  私のお料理、味わっていただけたらうれしいわ。 」
「 それじゃ 宜しくたのむ、 奥さん。 」
「 はい♪ 」
スターシアの笑顔を見て守もほっと安堵していた。



   
「 ― ただいま スターシア ・・・ 」
「 お邪魔します、スターシアさん 」
「 お帰りなさい 守!   ― いらっしゃいませ、 真田さん。 」

二日後の夕方、 古代家の玄関はは客人を迎え賑わっていた。
「 お久し振り・・・お元気そうですわね。 」
「 いやあ もう忙しくてね。  ・・・ ああ?  」
真田は玄関にたったまま まじまじとスターシアの顔を見つめている。
「 ・・・・あ あの・・・ なにか・・? 」
「 !  あ いや。失礼しました。  え〜と 古代、それで ・・・ 問題の窓はどこだ? 」
「 ああ  こっちだ。  多分 開閉軸のどこかがひっかかっているのだと思うが・・・ 」
「 非常用出口を兼ねているんだ、 すぐに直す。 」
「 あら ・・・ 先にお食事なさいません? 」
「 いやまずこちらを片付けますよ。  ああ ホコリが落ちますから別室に居てください。 」
「 ええ  ・・・・ 」
真田は上着を脱ぐと鞄の中から じゃらり、と工具の束を取り出した。
「 ・・・ あら 」
今度はスターシアが彼の手元をまじまじと見つめる番だった。
「 ? どうかしましたか? 」
「 ・・・ あ いえ ・・・ 」
「 なに、すぐに終わります。 そんな複雑な構造じゃない。 」
「 ほら これを使え。 」
「 おう すまんな。 」
真田は守が持ってきた脚立をするすると伸ばすと身軽に登っていった。

   ― 修理はすぐに終った。

「 よし。  古代、スイッチを入れてくれ。 」
「 了解。  ・・・ どうだ?  」
「 ん〜〜  正常に作動している。  そこからも見えるだろう? 」
「 ・・・ ああ、 ちゃんと見えるな。 今夜も綺麗な星空だ。 」
「 よ〜し、これで完了だ。 」
   カシャ ・・・  微かな音と共に真田は脚立から降りた。
「 ありがとう! 助かった。 」
「 いや これは軍の管理ミスだな。  あれはただの天窓じゃない。
 他の部屋も点検した方がいい。  」
「 そうだな。  いやあ・・・ スターシアが星に凝っていてな、天窓から見せようとして
 偶然不具合を発見したわけさ。 」
「 なんにせよ、よかったな。  ああ スターシアさん、終りました。 」
真田は少しだけ開いたドアに声をかけた。
「 あの ・・・ お茶をお持ちしましたわ。 」
「 あ すみません。  ・・・っと・・・古代、ちょっとバス・ルームを借りるぞ。
 手を洗わせてくれ。 」
「 ああ 構わんよ。  いいものがあるんだ、楽しみにしてろ。 」
「 ?? 」
楽しそうな守を見て、スターシアはにっこりし、真田は首を捻りつつバス・ルームに消えた。

「 ほら・・・ 窓、直ったぞ。  星が見える。 」
守はスターシアを手招きした。
「 さすが・・・あっと言う間ねえ、凄いわ。   まあ〜〜!!  」
スターシアは天窓の下に立ち窓を見上げ ― 歓声をあげた。
「 ステキ・・・!  お家の中で リビングに座っていて天の川が見られるのねえ・・・ 」
「 気に入ったかい。 」
「 ええ。  ますますこのお家が好きになったわ。   あら・・? これ・・・ 」
「 うん?  ・・・ ああ 真田の愛用の工具だ。
 アイツ、その一式をいつも持ち歩いているんだ。 それこそ肌身離さず な。
 美女の写真の一枚でも持っているほうがマシなんだが。 」
「 これ ・・・ イスカンダルのものですわ。 」
「 なんだって? 」
「 ほら・・・ ここに。 小さなマークが入っているでしょう? 
 イスカンダル製の機器には全てこのマークが刻印されています。 」
「 それはコスモ・クリーナーのパーツと一緒に入っていたものです、スターシアさん。 」
「 真田 ・・・ 」
真田は戻ってくると 愛用の工具を全部並べた。
「 コスモ・クリーナーの組み立てに使用した後もずっと使っています。 
 俺の手に馴染んでとても使い易いですからね。 」
「 そうなんですか・・・よかったわ。 ああ ・・・ ここでイスカンダルの工具を見るとは・・・ 」
いいですか?と断ってから スターシアはそっとひとつ手に取った。
はるか彼方の星で生まれたちっぽけな工具、でも今は彼女と同じ故郷を持つ稀少なものなのだ。
 
   イスカンダル ・・・ 今はもう ない、青い星 ・・・・

三人は 思い出の中に輝くその星へと想いを馳せる。
「 スターシアさん。 お気に召したらどうぞ。  いや・・・お返しします、ということかな。 」
真田は微笑んで工具の一つを差し出した。
「 ・・・ いえ ・・・ これはどうぞ真田さんがお持ちください。 」
「 スターシア?  せっかく真田が譲ってくれるのだから・・・ 」
「 守 ・・・ 私が持っていても何も役にたたないわ。 
 道具は使ってもらえるのが一番の幸せでしょう? 真田さんのお役に立てるのなら
 この工具たちはきっと喜んでいますわ。 」
「 そうですか。  ― これからも大切に使わせてもらいます。 」
真田はちょっとアタマを下げ、丁寧に工具を拭った。

「 さあ ・・・ 飯にしよう。  あっと・・・ その前に、 な? 」
守はに・・・っとスターシアに笑いかけた。
「 はい。  お暑いところありがとうございました。  どうぞ? 」
 チリン ・・・  澄んだ音と一緒に彼女はグラスを置いた。
「 ありがとう、頂きます。 」
真田は グラスを持って一気に飲み干した。
「 ・・・ ん?  おお・・・ これは・・・ 」
「 ああ 懐かしいだろう?  千代さんの麦茶 さ。 」
「 うん うん! これ なあ・・・ 酔い覚ましに一番なんだ。 」
「 だよな!  夜中に こう・・・薬缶の口からぐぐ・・・っと 〜  」
「 そうそう! 夜気で薬缶が適当に冷えてて・・・美味いのなんのって・・
 いや〜〜 この味だ ・・・ うん・・・ 」
「 まあまあ 二人して何をやっていたのかしらねえ。 明日千代さんに聞いてみましょ。 」
「 え ・・・ いやあ〜 それは勘弁してくれ〜  」
「 ああ。 信用ガタ落ち確定だからなあ・・・ 」
「 まあ・・・ 」
三人は声を上げて笑った。
「 さあ ・・・ お食事にしましょう。 お口に合うと嬉しいのですけど・・・ 」
スターシアは夫と彼の親友をダイニングに誘った。
「 ありがとう、御馳走になります。  では・・・お礼に、と言ってはナンですが 」
「 え? 」
「 今晩は陛下のお国の言葉で過すことにしませんか。 」
真田は 見事にイスカンダル語に切り替えた。
「 真田 ・・・! 」
「 ・・・ まあ お上手ですのね。 」
「 読み書きはマスターしましたが、会話は苦手でしてね。
 可笑しなことを言ったら遠慮なく指摘してください。 」
「 スターシア、厳しくチェックしてやれ〜〜 」
「 ふふふ・・・では遠慮なく。 」
「 うわ・・・こりゃ口頭試問ですなあ。  」
  ― その夜、 古代家の食卓は温かい雰囲気につつまれていた。


食事が終ってからも話の種は尽きることがなく、居間で食後のお茶を楽しんだ。
守が 修理完了したばかりの天窓を見上げる。
「 ほら ・・・ よく見えるなあ 」
「 まあ ほんとう!  真田さん、ありがとうございました。 」
「 いや しかしスターシアさんが天文に興味があるとは知らなかったですよ。 」
「 好きなだけですわ。 星を見ているとほっとします。 」
「 早見表のタブレットで楽しんでいるらしいよ ほら・・・ 」
守はタブレットを真田に見せた。
「 ああ ・・・ これはなかなかよく出来た教材だからなあ・・・ 
 初等教育の現場でも評判がいいんだ。  ・・・・ うん? 」
真田は何気なくタブレットに視線を移したが 次の瞬間くぎ付けになっている。
「 ・・・ これは・・・!  」
「 うん? どうかしたのか。 」
「 いや ・・・ スターシアさん、これは ・・・貴女が書き込んだのですか。 」
「 ええ ・・・ ここからでも以前イスカンダルで見ていた星の一部はみえますから・・・ 」
「 いやあ〜〜 これは・・・  古代、お前の奥方は・・・すごいな! 」
「 ??? なんだ?? 」
「 この早見表・・・!  マゼラン星雲から・・・いや、イスカンダルから見た星座表になってるんだよ。 」
ほら!と真田は守にタブレットを差し出した。
「 ! なんだって ・・・? 」
守は改めてそれをまじまじと見つめた。
「 いろいろ書き込んでいるのは知ってたけど ・・・ スターシア、そうなのかい。 」
「 え?  ・・・ え ええ・・・ 中心点を変えてみたの。
 あら 真田さんも守も ・・・ そんなに見ないでくださいな・ 恥ずかしいわ。 
 それに星の位置はアヤシイです、手計算ですから ・・・・ 」
「 ・・・手 計算 ・・・? 端末を使って算出したのではないのですか?! 」
最早真田も守もあっけにとられ二の句が告げない。
「 あら 私、この星の端末はまだよく使えませんの。 検索くらい・・・ 」
「 計算って・・・ あ この紙かい。 」
守は置きっぱなしになっていたチラシを取り上げた。 
「 ええ。 ざっと計算しただけですから・・・正確な位置じゃないです。 」
「 ・・・ いや ・・・ これは・・・
 スターシアさん!   貴女を科学局にスカウトしたいくらいですよ! 」
「 真田 ・・・ この公式は 」
「 ああ。 これを手計算できるヤツ、科学局にだって何人もいない。
 そもそもこの公式をすらすら書き出すとはなあ・・・ いや感服しました、スターシアさん。 」
「 まあ、イヤですわ、ご冗談ばっかり・・・
 あ そうだわ、水蜜桃が冷えてますの。  ちょっとお待ちになって。 」
「 スターシア。  もうあまり動くなよ。 」
「 大丈夫・・・ ふふふ・・・私も食べたいのよ、守。 」
にっこり微笑むと女王陛下はぱたぱたキッチンに戻っていった。

 

御馳走様、楽しかった こちらこそ・・・と上機嫌で挨拶を交わし、真田は古代家を辞去した。
守が 階下のエントランスまで送っていった。
「 いやあ  修理頼んだ上に遅くまで引きとめてすまん。 」
「 俺のほうこそ・・・ 楽しかったよ、ありがとう。 」
「 また来い。  あ ・・・イスカンダル語でありがとうな。 」
いや、俺も忘れんために・・・と真田は首を振った。
「 ― 印象が変わったな。 」
「 ?  」
「 陛下さ。  あんなにふんわりした温かい笑顔、初めてみた。 」
「 ・・・・・・ 」
初めて会った時は神々しいまでの笑顔だった。 
その次の時は ― 母星の消滅を目の当りにし、心労にそそけ立った顔をしていた・・・
  そして 今 彼女は。
「 大事にしろよ。 」
「 あったり前だ! 」
   ガシ ・・・!  二人は拳を突きあわせにんまりと笑った。



「 真田が美味かった・・・ってさ。   うん? それ、千代さんにもらったやつかい。 」
守が部屋に戻ると スターシアは笹の枝を翳しつつ天窓を見上げていた。
「 ええ。   ねえ 守 ・・・ 」
「 なんだい。 」
「 いつか イスカンダル・ブルーがこの星でもいっぱいに咲く日がくる、って言ったでしょう? 」
「 ああ。 あの花はきっと地球の風土に合う気がしてな。 」
「 そうよね。  真田さんの工具もこの星で役立っているし ・・・ 
 イスカンダルの思い出は残っているのね。 」
「 ・・・ スターシア ・・・ 」
守は彼女を抱きしめそのままソファに連れていった。
「 スターシア。  思い出だけじゃない、イスカンダルはちゃんとあるさ。 」
「 ・・・え ・・・ 」
「 君の、俺の心の中に な。 真田だって進だってしっかり覚えている。 」
「 ・・・ そう ね・・・ 」
「 君や俺や・・・あの星を覚えている人間の想いと一緒にイスカンダルは存在するんだ。 」
「 ええ ええ ・・・ そうね 」
「 それに ・・・ この子がいるだろ。 イスカンダルの後継者だ。 」
守はそっと妻のせり出してきたお腹に手を当てた。
「 ・・・ そう ね ・・・ ええ ええ  」
「 愛してる・・・言葉なんかじゃ伝えきれないくらい・・・! 
 二人でこの子にあの星のこと、話してやろう。  子守唄がわりさ。 」
「 ・・・ 守 ・・・・ 」
スターシアは守に身体を預けたまま 星空を見上げた。
「 ・・・ 私は守と一緒なら どこでだって幸せよ ・・・ 
 守を生きる場所が 私のイスカンダルだわ 」
「 スターシア・・・ 」
守は彼女を抱きなおすと ゆっくりと深く口付けをした。

  イスカンダルのスターシア ・・・  その名を知らない地球人はいない。
愛の女神、 救国の天使、とまで言われている・・・

「 ・・・だけど な。  こんなに可愛い女性 ( ひと ) だってことは 
 ふふん ・・・ 知っているのは俺だけさ。 」
守は一人にんまりし、愛妻と共に星空を見上げた。

  ―  今夜は星祭 ・・・ 愛の星達は巡りあったに違いない。



2011.8.3

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