小さな手 
                                       Byばちるど



 その朝、晴れ渡った空はその青さをますます濃くしていた。
時折吹き降りる寒風が さらに磨きをかけているのかもしれない。
新年明けて二日目の朝 ―
「 ・・・ お  さすがに冷えるな。 しかし うん・・・ いい天気だ ・・・ 」
守はリビングの窓を大きく開け放ち う・・・・ん・・・と盛大に伸びをした。
「 おはよう 守・・・・ あら 寒くないの? 」
背後から明るい声が 追いかけてきた。
「 ・・・・ お早う スターシア ・・・ うん ちょっと空気を入れ替えようと思ってさ。
 寒いけど・・・・ 空気が美味しいよ。 」
「 ・・・ あらほんとう・・・  いつもと ちょっと・・・違うわ ね?  」
スターシアも夫の横で深呼吸、 新しい年の透明な朝を楽しんでいる。
「 そうだね。 年末年始で生産活動も一応休止しているから・・・ 
 これが 本来の地球の朝 なんだろうなあ・・・ 」
「 そう ・・・  きれいねえ ・・・ 好きだわ、私。 この空気、本当に好きだわ ・・・ 」
「 お気に召して光栄です、陛下。 」
守は細君を引き寄せると す・・・っと小さなキスを盗んだ。
「 きゃ ・・・ もう〜〜 守ったら ・・・ 」
「 ふふふ・・・ しかし なあ  サーシアには寒いんじゃないか。  風もあるし・・・
 やっぱり 今日はやめておいたほうが・・・ なあ サーシア、寒くないかい。 」
彼はすぐ脇のクーファンにいる娘に話しかける。
「 ・・・だ〜あ ぷぷぷ ぷわ〜〜 」
「 あら このくらい大丈夫ですわ。 しっかり着せて暮れに編み上げたお包みで巻いて行きます。」
「 そうか ・・・ でも 君は寒くないかい。 」
「 私も大丈夫。  ・・・ふふふ・・・すごく温かくしてゆきますから。 」
「 わかった。 それじゃ ・・・ 俺はエア・カーの室温を上げておくよ。 」
「 あら 適温でいいの。  汗を掻いたらそれこそ風邪のモトでしょ。 」
「 はい ・・・ 奥さん 」
「 じゃ ・・・ ちょっとだけお待ちになってね、 すぐに仕度してきますから。 
 その間 サーシアをお願いね。 」
「 ああ。  おい、進たちは何時に来るんだっけ。 」
「 9時にはウチに来るってユキさんから連絡があったわ。 
 朝食は用意してあるから・・・ サーシアにも食べさせてくださる? 」
「 え・・・ 食べるって・・・ ミルクだろう? 」
「 それがね、昨日ね、私たちの食事を見て食べたそう〜な顔をしていたの。
 それで ご飯をつぶしてとろとろにしてちょっとだけスプーンにのせてあげたら ね。 」
「 食べた のかい。 」
「 ええ。  ぱく・・・って。  ご機嫌な顔だったわ。  」
「 ふうん ・・・ やはりかなり早いよなあ・・・ 」
「 ええ ・・・ イスカンダルの人間は地球人より成長が早いでしょ。
 それでも 少し早すぎるわ。 ・・・ 私や妹とも違うように思えるの。 」
「 う〜ん・・・ 俺には何とも判断がしかねるなあ。 まあ・・・元気で機嫌がいいのは安心だが 」
「 ええ そうね。  」
「 ま 今はとりあえず、俺がみているから、君は仕度をしてこい。 」
「 はい。 お願いしますね。 」
「 おう まかせておけ。  ほ〜ら サーシア? 朝御飯ですよ〜〜  」
「 ぱぱぱぷ〜〜〜う !  だあ〜〜 おと〜〜ま〜〜 」
サーシアは小さな手で父の頬をぱちゃぱちゃと叩く。
「 さあ おいで ・・・ いて! お〜 新年早々、美女の平手打ちをくらってしまったぞ〜  」
「 ぷぷぷ ぷわぁ〜〜う〜〜 」
「 そうか そうか〜〜 それじゃお父様と一緒に食べようなあ。 」
守はもう大にこにこで 娘を抱き上げダイニングに入っていった。



「 お粥は十分ご堪能になりましたか?  姫君? 」
「 うっきゅ〜〜  ぱぷぷぷぷ〜〜〜 」
「 畏まりました〜 ではお次にミルクなど いかがでしょう? 」
「 みゅりゅりゅりゅ〜〜  」
「 承知いたしました。  ・・・・ はい、ただいまお持ちいたします。 どうぞ。 」
「 ・・・ くちゅう〜〜〜  むぐ・・・んく・・・んく・・・・  」
「 お味はいかがで?  左様ですか、お褒めに預かり光栄です、姫君・・・ 」

「 ・・・ぷ・・・くくくくく・・・・  守ったら〜〜 」
突然 後ろから笑い声が飛んできた。
「 お〜や・・・ 姫君? どこかの不埒な輩が姫君のことを笑っておりますよ? 」
「 ・・・ んく・・・んく・・・んく・・・  」
当の姫君は夢中で哺乳瓶に吸い付いている。
「 そこな無礼者? 感謝したまえ。 姫君は気になさらない、とのことですよ?  」
守はサーシアと哺乳瓶を抱っこしたまま、振り返り  ・・・
「 ―  ・・・・ え。  」
「 うふふ・・・ 姫君の寛大なお心に感謝いたしますわ。 ― いかが?  」
「 ・・・スターシア・・・き 君  ・・・・ それ 一人で着た  のか? 」
「 ええ。  千代さんに教わって・・・ふふふ暮れからこっそり、一生懸命練習しました♪ 」
「 ・・・へ え・・・・・ だってすごく大変だ、って聞いたことがあるぞ?  」
「 あのね、これは簡単バージョンで、本来の形式とは違うのですって。
 だから私にもできました。  本当に温かいの・・・ どう? 」
スターシアはくるり、と一回りしてみせた。
「 ・・・ すご・・・く  似合ってるよ!  ものすごく・・・こう、しっくり・・・ 」
「 うふふふ・・・ ありがとう、守。  ニホンジンはお正月はやっぱり キモノ  なのでしょ? 」
「 あ  ああ ・・・・ 」
守はサーシアを抱いたまま 惚れ惚れと妻の晴れ着姿を眺めていた。

  ―  そう、女王陛下は 和服をお召しになっていたのだ。

「 これ、ね。 千代さんの娘さんのものなのですって。
 もうずっとタンスのコヤシだから使ってくださいな・・・って貸してくださったのよ。 」
「 ・・・ あんまり似合いすぎて ・・・ 何もいえない・・・! 」
「 まあ うふふふ・・・嬉しいわ。 」
「 だあ〜〜〜  おきゃ〜〜ま〜〜 ま〜〜 」
サーシアはやっと哺乳瓶から離れ、しきりと母に手を伸ばしている。
「 あらら ・・・ サーシア、ほらお口の周りが・・・ 」
スターシアは袂からハンカチを出すと するり、と娘の顔をぬぐった。
「 ・・・ すごいなあ〜〜 君 ・・・  なんかこう、板についているというか・・・ 」
「 うふふ・・・ ありがとうございます。  
 あら そろそろ進さんたちが見えるわね、守も着替えていらしたら。 」
「 ああ そうだな。  じゃ ・・・ サーシアを頼む。 」
「 はい。  ・・・ あら なあに? 」
守はしばし 娘を抱く妻の姿に目を細めていた。
「 うん ・・・ 眼福、ってこういうことを言うのだなあ、って思ってさ。 」
「 ・・・ がんぷく??  」
「 見てて嬉しいってことさ。  おっと・・・ それじゃ俺も仕度してくる。 」
「 はい。 新しいシャツも全部出しておきましたわ。 」
「 おそれいります、陛下。 」
守は もう一回、彼女の頬にキスを落とすと着替えに行った。



進とユキは時間通りにやってきた。
そして 案の定、義姉の晴れ着姿に感嘆の声を上げた。
「 すご〜〜いわあ〜〜〜 おねえさま〜〜〜  」
「 なんかものすごく似合ってる・・・  」
「 だろ?  俺もびっくりさ。 」
「 うふふふ・・・ 進さん、ユキさん、ありがとうございます。 」
「 さあ ・・・ それじゃ 出かけるかい。 」
「 うん、兄さん。  あ ・・・ サーシア用のバッグは俺が持ってゆくよ。 」
「 お花は ほら・・・これを用意しました。  」
「 おう、進 頼む。  ああ 綺麗だなあ・・・ありがとう、ユキ。 」
皆は地下の駐車場に下り、守が運転するエア・カーに乗り込んだ。
「 ユキ、君も晴れ着、着てみれば・・・ 」
「 だめだめ 古代君。 私、一人じゃ着られないし、着せてもらってもそれっきりよ。
 とてもおねえさまみたいに楽に動けないわ。 」
「 う〜ん ・・・ そうだよなあ・・・ 」
「 スターシア、動き難くないのかい。 その・・・裾でさ。 」
「 いいえ?  ・・・ わたしはずっとこういう裾のものを着ていましたもの。 」
  ・・・ ああ そうか ・・・ と地球人達は全員納得した。
そう、イスカンダルの女王・スターシアは いつだって踝も隠れる長く優美な裳裾を曳いていた・・・

「 それに ・・・ 」
「 うん? 」
「 ・・・ 私、今日が初めて御挨拶だから。 きちんとした恰好をしなくては ・・・ 」
「 あ  ・・・  ああ そうだったな。  うん・・・きっと喜ぶよ、親父もお袋も。 」
「 だと嬉しいのだけれど・・・ 」
「 ぷきゅう〜〜〜〜  おきゃ〜〜ま〜〜 ぷっきゅう〜〜 ! 」
「 うふふ・・・サーシアちゃんも保証してますよ、おねえさま。 」
「 だね。 あは・・・俺、母さんに怒られるかも・・・正月くらいきちんとした恰好をしなさい、って。 」
進はセーターにひっかけたトレーナーをひっぱり情けなさそうな顔をした。
「 だから! ちゃんと着替えたらって言ったのに・・・ 古代君ったら〜〜  」
ユキがこそ・・・っと言ってつんつん、進を突く。
守はそんな二人を バック・ミラー越しに笑ってみつつ、大きくカーブを切り車を停めた。
「 さて と ・・・ ここから先は歩きだな。  外気温は・・・と。 皆コート、着ておけ。 
 スターシア、サーシアを 」
「 はい、ちゃんとお包みでくるみましたわ。 」
「 よ〜し それじゃ  ― 出発だ。 」

古代兄弟はそれぞれの恋人を連れ 車から降り立った。


  
      ひゅううう  −−−−−−− ・・・・・!

寒風が なにもない大地を吹きぬけて行く。
いや、そこはなにもない、どころか夥しい数の人々が眠ってる。
整備された地にきちんと刈り込まれた低木が整然と並び 沢山の大きなモニュメントを護っていた。

守は広々とした丘に佇み 周囲を見渡しそして空を眺めた。
そこには かつて弟をすごした緑したたる半島の穏やかな空気はどこにもなかった。
空の色さえ ・・・ ちがってしまっている。
確かに緑は、ある。 明るい日の光も頬をなでる風も ある。
 だが そこに生命の賑わいはなかった。  ただ静寂だけが茫漠と広がっていた。

     ・・・ ここは ・・・ もう故郷じゃないのかもしれないな ・・・・
   
「 ・・・ 守 ? 」
「 ここは ・・・ 亡き人々の街 なんだな。 来て よかったのだろうか。 」
「 兄さん ・・・ 」
「 皆さん 歓迎してくださってますわ。 大勢の方が 喜んでいらっしゃるわ。 」
「 スターシア ・・・ 」
「 ええ 祖国の地に眠れるのは ・・・ 本当に幸せなことだと思いますもの。 」
「 スターシアさん ・・・ 」
進とユキの脳裏には かの星でながめた光景がはっきりと浮かんだ。
どこまでも どこまでも続く墓標だけの光景が ― 
あの星に眠っていた人々の魂は 何処へいったのだろう。

     ひゅるるる ・・・・

一陣の風がまた吹きぬけてゆく。
「 さ さあ・・・ こっちだ。  親父やお袋の名前があるところは。 」
「 うん。  あ ・・・スターシアさん、寒くないですか? 」
「 ありがとう、進さん。 大丈夫、 サーシアはストーブみたいに温かいの。 」
「 うふふ・・・ ピンクのお包みがお似合いね、サーシアちゃん♪ 」
ユキがサーシアの髪をなでている。
「 あ〜〜 ぷぅ〜〜  う〜きゅ〜〜 」
サーシアはご機嫌でユキにちっちゃな手を伸ばす。
ユキはちょん、と指先でその手を摘まんで握手した。
「 ぷぷぷ〜〜  う〜〜きゅ〜〜〜  ぷう〜 」
「 ふふふ ・・・ ユキ叔母様〜って言ってるつもりみたいよ? 」
「 あらあ〜〜 光栄だわ、サーシアちゃん〜 」
「 ちぇ〜  いいなあ。 俺はまだ呼んでもらえないんだぞ。 」
「 あら 古代君はあんまり会ってないからでしょう? 」
「 う〜ん ・・・ それはそうなんだけど さ・・・ 」
「 ぷにゅ〜〜  む〜む〜〜  ・・・・くちゅう〜〜  む〜む? 」
「 お♪  お呼びですか〜 サーシア姫〜〜 」
進がスターシアに抱かれた姪っ子を覗きこんだ。 
「 む〜む〜〜!  だぁ〜〜〜  」
サーシアが突然、小さな手を伸ばし進の髪を掴んだ。
「 いてッ! てててて〜〜  うわ〜〜 は 離してくれ〜〜 」
「 む〜む〜〜  む〜む〜♪ 」
「 あらら・・・ サーシア、だめよ、ほら・・・ 進叔父様が痛いって・・・ 」
「 む〜む〜♪  くちゅう〜〜 ぷぷぷ・・・ 」
サーシアはご機嫌ちゃんで進の髪をぎっちり握ったままだ。  ついに ・・・
「 ごめんなさいね、 進さん ・・・  じゃ お願いします。 」
「 進〜〜〜!! 落とすなよっ! おい、サーシア、進の髪を絶対に離すんじゃないぞ〜 ! 」
「 いてて・・・ 兄さん〜〜 そりゃないよ〜う ・・・ いて いてて・・ 」
進はピンクのお包みごとサーシアを抱いて兄と義姉の後についていった。


一行は 慰霊碑の一つの前で足を止めた。
「 ・・・ ここだ。  」
「 うん ・・・ 兄さん。 」
やっと手を離したサーシアを守が抱き、 スターシアたちは慰霊碑の周辺を清めた。
ユキがもってきた花束を捧げ、皆で黙祷する。
「 ・・・ 父さん 母さん。  お久し振りです。 」
守がしずかに口を開き 亡き両親に話かける。  彼はゆっくりと妻と娘を紹介した。
スターシアは夫から娘を抱き取り、慰霊碑へ一歩近寄った。
「 ―  おとうさま  おかあさま。  初めてお目にかかります、スターシアと申します。
 これは娘のサーシアです。  」
「 ・・・ ぷぷぷ?  だぁ〜〜〜 ぷきゅう〜〜 」
母の腕の中で サーシアは不思議そうな顔で慰霊碑を見つめている。
「 サーシア ・・・  お祖父さまとお祖母さまにご挨拶なさい。 」
「 ぷう〜〜?  だ〜あ〜〜〜  」
「 初孫だよ、父さん 母さん。  これからも見守ってやってください。 」
守は妻と並び共にサーシアを抱きあげた。
「 父さん 母さん。 それに 兄さんとスターシア・・・いや、 義姉さん。 
 聞いてください。  俺からも報告があります。 」
進がユキの肩を抱いて一歩前に出た。
「 ・・・ 古代君? 」
「 ユキも聞いてくれ。  俺たち ― ユキと俺・・・年内にきちんと式を挙げるよ。
 次はパトロール艇勤務なんだけど、11月の末に帰還予定だからもどったらすぐに。
 父さんたちの前で 誓うよ。  」
「 古代君 ・・・! 」
「 進。  よく言った。 親父もお袋も喜んでいるよ。 」
「 進さん、ユキさん。  おめでとう・・・!  
 ほうら サーシア?  ユキ叔母様は花嫁さんになります〜って。 」
「 う〜きゅ〜?  う〜きゅ ぷぷぷ〜〜〜♪ 」
サーシアがユキに向かってひらひら手を伸ばし笑っている。
「 ・・・  ありが・・・とう ・・ サーシアちゃん ・・・ 」
「 ユキ、新年早々泣くなってば。  」
「 だって・・・・ 古代君ったらいきなりあんなこと、言うんだもの ・・・ 」
「 い、いや かい?  その ・・・ ごめん、勝手に決めて 」
「 ううん ううん そんな イヤだなんて ・・・ 」
「 まあまあ ・・・ 進さん?  ユキさんは嬉しくて涙が零れちゃったの。 ね? 」
「 ・・・ おねえさま ・・・ 」
「 ― いい正月だな。  うん、 本当にいい正月だ・・・ なあ サーシア?  」
守はサーシアを 晴れ渡った空へと高く抱き上げた。
サーシアは父や母、そして進とユキへとちいさな両手をいっぱいに広げ ―  

     「 ・・・ ちゅき〜〜〜  だぁい ちゅきぃ〜〜〜〜よぉ〜〜  」

小さな笑顔が 家族皆をつつみ ― そしてこの大地に広がっていった。
この笑顔 この愛を護り 生きてゆく。  彼らは心から望んでいた。

   ― その年、 やがて降りかかる災厄を知る人はまだ誰もいない ・・・



  ******  ひとこと

二百年後の着物はセパレーツなんです  ・・・・ 多分★


2011.8.19

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