虹の彼方に  ― over the rainbow ―
                            byばちるど




「 ただいま。   ― うん? 」

     お ・・・?  この空気は ・・・

古代守は 我が家のドアを開けて、ふと顔をあげた。
空気が動いている ― いや 部屋の奥から清明な風が流れてきていた。
「 おかえりなさい 守 ・・! 」
その空気に乗って スターシアがぱたぱたと小走りに出てきた。
「 スターシア、 ただいま。 お〜っと ほら足元に注意しなくちゃ・・・ 」
「 大丈夫 ・・・ ねえ なんだか気持ちがいいので窓を開けたの。
 そうしたらとてもステキな風が入ってきて ・・・ もっと気分がよくなったのよ。 」
「 ほう・・・それはよかったな、奥さん。 」
「 うふふ ・・・ ねえ? 今晩は守の好きなネギとおとうふのお味噌汁をつくってみたの。
 けっこう美味しくできたと思うのよ? 」
「 へえ?? それは楽しみだなあ。  でも料理して大丈夫かい、気分は・・・ 」
「 う〜ん なにかねえ、もう大丈夫みたい。 赤ちゃんね、ここが気に入ったらしいわ。 」
スターシアは頬を染めつつ 自分のお腹を、すこしふっくらしてきたお腹をぽんぽん・・と軽く叩く。
「 そうか。 よかったなあ・・・ それで君も元気になってきた、というわけだな。 」
「 ええ。  それでね お料理をしてみたのだけれど・・・・ふふふ ・・・お腹 空いちゃった♪ 」
「 あは? そりゃいいや。 一緒に美味しい味噌汁で晩飯にしよう。 」
「 ええ・・・ 」
白い手がするり、と彼の首に絡まってくる ・・・ 守は愛妻を引き寄せ、軽くキスをした。 



地球にやってきてから やはり疲れと悪阻の時期が重なり、
スターシアは寝たり起きたりの生活だった。
守の心配は並大抵ではなかった。
一番心配な時期に 超多忙な仕事のため側にいてやれないのだ。
「 ・・・ おい、今日は休もうか? 心配だなあ・・・ 」
「 守 ・・・大丈夫よ。 こうして横になっていれば ・・・ 」
「 うん ・・・しかしなあ・・・ 」
「 ・・・ お昼からは千代さんも来てくださるから。 守はお仕事にいらして・・・ 」
スターシアは蒼白い顔で懸命に微笑むのだった。
「 くそ・・・! 防衛軍のクソったれめ〜〜  」
「 守 ・・・ 」
  ― ピンポーーン ・・・
「 お早うございます。  奥さん ・・・ ちょっと早いけどお邪魔しますよ〜 」
「「  千代さん !!! 」」
古代家のサポートをしてくれている大沢千代が 元気な顔でやってきた。
「 あら 守君? まだ居たの。 ほらほら〜〜 早く出かけないと遅刻ですよ! 
 遅刻厳禁!  訓練学校の時によ〜〜く叩き込んだはずですよ! 」
「 はい! ・・・ 千代さん、どうぞお願いします! 」
千代にぽん、と背中を叩かれ、守は彼女に深々とアタマを下げて出勤していった。
「 ― さあ 奥さん。  今日はね、いいものをお持ちしましたよ。 梅干です。 」
「 ・・・ うめ・・・ぼし?? 」
「 きっとお気に召しますよ。  気持ちがすっきりします。 」
「 まあ ・・・ ありがとうございます ・・・ 」

   ― 夫や周囲の人々に支えられスターシアは少しづつ地球の生活に溶け込んでいった。



「 ・・・・ ごちそうさま。  ふ〜〜〜 美味かった・・・ 」
その日の夕食後、守は箸を置くと満足の溜息をもらした。
「 うふふ・・・ 私も美味しかった〜〜って思うわ。 」
「 本当に大変美味しかったです、奥さん♪ 」
「 お腹いっぱい食べちゃった。  なんだか元気が湧いてきたみたいよ? 」
「 よかったなあ〜 ・・・   あ そうだ そうだ・・・ 元気になってきたのなら
 今度の週末、ちょっとでかけてみないかい。 」
「 まあ嬉しいわ〜〜 公園とか久し振りに行ってみたいの。
 あ・・・ お店も。 お野菜や果物や ・・・ うふふ 季節のスウィーツも探したいわ♪ 」
「 おやおや・・・食べ物ばかりじゃないか。 」
「 あら! お花や景色だって見たいわよ。 」
「 はいはい、承知いたしました 陛下。 
是非御案内したいところがありますので ご一緒させてください。  」
「 もう〜〜 守ったら〜〜 ふふふ ・・・楽しみにしてます。 
 はい お茶。  ねえ・・・ これもいい香りねえ・・・ 」
「 ああ これはね、玄米茶と言うんだよ。  ・・・ うん 美味いなァ  淹れ方、上手だね。 」
守は お気に入りの湯呑をゆっくりとテーブルに戻した。
スターシアとお揃い、いわゆる夫婦茶碗というヤツなのだ。
「 袋に裏に書いてある通りにやってみたの。  ・・・ あら 美味しいわあ〜〜 」
「 ウン 味も香りも ・・・ ほっとするよ。 」
「 ステキね、こんなお茶があるのねえ・・・ いい香りだし・・・私、好きだわ、このお茶 」
スターシアは頬をほんのり染めて楽しそうだ。
  
    ・・・ よかった ・・・ やっと元気になったか・・・
    うん それなら是非あそこに連れて行かなくちゃな

守も細君の笑顔を眺め なによりも嬉しかった。



   ぽっこ ぽっこ ぽっこ  ・・・ びちゃ・・・!

「 きゃ〜〜♪  水溜りだわぁ〜  ふふふ・・・ 」
スターシアの赤いレイン・ブーツが 水溜りの中で ― 遊んでいる。
「 おいおい・・・ ほら 行くよ 奥さん? 」
「 あ〜ん ちょっと待って守。  ふふふ ・・・ あ こっちの水溜りも ・・・ えい! 」
  ― びしゃ・・・!   ハネが大きくあがった。
「 さあ行こうよ、 道草喰ってないで・・・ ほら! 」
守は細君の手を引いた。  彼女は渋々歩きだした。
「 ・・・ ウ〜ン・・・ 残念〜〜 」
「 いつまでも水の中にいたら冷えるだろう?  」
「 あら 平気よ。 ステキなこの赤い靴を履いていますもの。 」
スターシアは事の他、 長靴 が気に入ったらしい。

     へえ・・・? 普段は靴は好きじゃないって言ってるのにな・・・
     まあ いいか。  冷えたりしたら大変だからな

守は困った顔をしてみせつつも 彼女が可愛くてならない。
ユキが用意してくれたピンクのレインコートとお揃いの傘がよく似合っている。
「 うふふふ ・・・ 楽しいわねえ〜 あら? 雨 ・・・ 止んだかな〜 」
スターシアは傘を傾げて 空を見上げる。
  今は丁度梅雨時  ―  灰色の雲が厚くなったり薄くなったり ・・・ その合間に
そめそめと細かい雨が落ちてくる。
「 ねえ・・・ 地球にも雨期があるのね。 」
「 うん ・・・ ほら、濡れるぞ、 傘差しなさい。  もうちょっとだから・・・ 」
「 は〜い 」
スターシアはピンクの傘を担いで守の後を ぽっこ ぽっこ ぽっこ 赤い靴を鳴らしてついて来た。
 やがて 守は一軒の少しばかり古めかしいドアの前で足をとめた。
「 ― ほら  ここさ。 」
「 ??  ・・・ お家? 」
「 いや 店さ。  カフェといってね、美味しい飲み物を飲むところなんだ。 
 さあさあ ・・・ どうぞ、陛下。  」
「 ・・・・・ 」
   ― チリ −−−− ン ・・・
ドアベルが鳴り 香ばしい空気がふわ・・・っと流れてきた。




まだ春も終らない日、 雨宿りに入ったカフェ。  守は妻をその店につれていった。
「 ― いらっしゃい。  ・・・ おお これは・・・  」
「 こんにちは。  いつかはどうもありがとうございました、マスター。 」
「 いえいえ 私も同郷の方に会えてうれしかったですよ。  あ そちらは・・・? 」
「 ええ 家内です。  少し落ち着いてきたのでつれてきました。  」
「 やあ それは ・・・ いらっしゃい、奥さん。 」
「 あ・・・ こんにちは ・・・ 」
「 え〜と ・・・ カウンターでいいか。 さあ ここに座って・・・ 」
「 ええ。  あら?  ふぅ〜〜ん ・・・ いい香りね、守。 」
「 だろう?  ・・・あ。  今の君にはコーヒーはマズイ か・・・  」
「 ご主人。 大丈夫、ウチには妊婦さんやお子さん用にね、たんぽぽ・コーヒーがありますよ。  
 これこそ、合成じゃありません、ホンモノのたんぽぽを使っています。 」
「 へえ? それはいいなあ それじゃ・・・ 俺はブレンドでウチのには 
 そのたんぽぽ・コーヒーをおねがいします。 」
「 はい 少しお待ちを・・・ 」
マスターはにこにこしてカウンターの中にひっこんだ。
「 ・・・ 守・・・ ここ 気持ちがいいわねえ。 なんだかとても落ち着くわ。 」
「 だろう?  あ そうそう ・・・ こっちへ来てごらん? 」
「 なあに。   まあ 絵 ね。   え・・・? 」
守は あの絵の前にスターシアを案内した。

「 ―   ・・・・ こ  これ ・・・ !  」
スターシアは その絵の前で いや、 絵に釘付けになっていた。
「 うん  この絵、どうしても君にみせたくて ね。 」
「 ・・・ ここ ・・・  イ ・・? 」
守はこっそり口の前に指を当てた。
別に隠す必要もないが わざわざイスカンダルのスターシアであることを宣伝する必要もない。
ことに今は 静かに暮したい時期なのだ。
「 これはね ここのマスターのふるさとだそうだよ。  三浦半島のね。 」
「 まあ ・・・  え ・・・それじゃあ守と一緒ね? 」
「 そうなんだ、本当に偶然なんだけれど ・・・ 」
「 ・・・ ここが ・・・ 守の故郷 ・・・ 守が生まれ育った場所なのね 」
「 うん ・・・ 」
「 ・・・ そう ・・・ こんなにキレイな所だったのね ・・・ 」
「 いやァ 俺にはね、 どうもうその・・・ 君の故郷の景色にも見えるんだけどな。
 ほら・・・ あの・・・ ウチの窓から丘を見下ろしたとろころさ。 」
「 ・・・  ええ  ええ ・・・ そうね  そう ・・・・ 」
彼女の言葉がとぎれた。
守は きゅ・・・っとその白い手を握る。 ほっそりした指が柔らかく握り返す。

     ほら ・・・ イスカンダルの空が見えるよなあ ・・・

     そう そうね ・・・ ほら ・・・ あそこに虹が掛かるわ

心のうちの会話は 指先だけで十分に伝え合えるのだ。

「 お気に召しましたか?  ・・・・ どうぞ コーヒーもいい具合にはいりました。 」
「 マスター ・・・ いや、2人でこの絵に見入っていましたよ。 」
「 いやあ〜 嬉しいですな。 ・・・ ありがとうございます。  
 さ こちらは冷めないうちにどうぞ。 
 ご主人には 当店自慢のブレンド。  奥さんには たんぽぽ・コーヒー。 」
かちり、と清んだ音がして 2人の前に二組の茶器が置かれた。
「 お・・・ 相変わらずいい香りだなあ〜〜 ・・・ 」
「 ・・・ たんぽぽ・こーひー・・・  守、たんぽぽ って・・・?  」
「 あ ああ ・・・ 草の花なんだけど。 黄色の花で 」
「 はい、これですよ。 」
ずい、と素焼きの鉢が差し出された。 素朴な鉢に黄色い花を付けた草が何本か植わっている。
「 やあ・・・ これは ・・・ 」
「 雑草は強いですからね。  たんぽぽなんかは真っ先に再生して・・・ もうあちこちで自生
 してます。  それを採ってきてウチでは たんぽぽ・コーヒーに仕立てています。
 だいたいが春の花でね、もう季節は終わりに近いのですけど ・・・ 
 私は好きなので鉢植えにして楽しんでいますよ。  」
「 まあ ・・・ これがたんぽぽ ・・・・ キレイねえ・・・  このお花が飲み物になったのね。 」
「 そうなんだね。  ああ ほら・・・ 君は苦いモノは苦手なんだろ?
 お砂糖とミルク ・・・ たっぷり入れて・・・ 」
「 ええ  ありがとう、守。 」
「 それじゃ いただきます。 」
「 ― いただきます 」 
守は ゆっくりと、スターシアは幾分恐る恐るカップを口に運んだ。

    「 ・・・ ああ ・・・ 美味い なあ ・・・! 」

    「 ・・・ 美味しいわあ〜 ・・・ 」

2人は一緒に声をあげ 見つめあって微笑みあった。
「 気に入ったかい?  」
「 ええ とっても♪  甘くてほっこりして・・・ いい匂いがして・・・ 
 わたし、たんぽぽ・こーひー、大好き♪ 」
「 ほう?  なあ 一口、俺にも飲ませて。 」
「 いいわ。  でも一口だけよ?  」
「 ウン  ・・・・  ほう〜〜 これはイケるなあ〜 うん 美味い!
 たんぽぽが原料とは思えない。  本当のコーヒーの味がするなあ。 」
「 ご主人。 こちらもお気に召しましたか。 」
マスターがカウンターの中で笑っている。
「 ええ すごく。 だってこれこそ <天然のコーヒー> ですよね?
 おい もう一口 飲ませてくれ・・・ 」
守は細君のカップに手を伸ばす。
「 だ〜め。  あとは私と赤ちゃんが飲むの。 
 ねえ 赤ちゃん? お父様にはあげないわよね〜〜 」
スターシアはさっとカップを押さえてしまった。
「 ・・・う〜〜〜  連合軍には勝てない かあ・・・・ 」
「 ふふふふ・・・・ 守はご自分のをどうぞ。 」
「 ちぇ 〜〜 」
結局はイチャイチャしている2人に マスターも他のお客さんたちも微笑を送っている。
もしかしたら 何人かは彼女のことが <判った> かもしれない。
しかし あえて言いあげるヒトはいなかった。  
  ・・・ ほっこりした雰囲気が 店の中に満ちている。

「 気持ちのいいお店ですのね。  お花がいっぱい・・・ これがたんぽぽ、でしょう?
 あら あちらの大きな花瓶のお花は ・・?  」
スターシアはゆっくりと店内を見回している。
「 うん?  ああ あれは紫陽花だよ。 ちょうど今みたいな梅雨の時期に咲く花なんだ。 」
「 あじさい ・・・ キレイな色ね。  あ ・・・ こんな色の花 ・・・ 」
白い指が そうっと大きな花に触れている。
「 その花はね、色が変わるんですよ。  ここでは青っぽい色だけど。 」
マスターは花好きなのだろう、気軽に声を掛けてくれる。
「 色が?  まあ ・・・   ねえ 守・・・・? 」
「 うん  ・・・ あの花に似てるね。  西の・・・ 方に咲いてた  」
「 ええ ええ。  やっぱり花の色が変わったわね、覚えている?
 ・・・ あの花の名は <心変わり> という意味なの。 」
「 ほう・・?  この紫陽花もたしかそんな花言葉だったかもなあ・・・
 あ ・・・ 確か ウチの中庭にも咲いていたはずだ。  ほら フェンスに近い所だよ。
 帰ったら探してみよう。 」
「 ええ、楽しみ ・・・ こんなによく似た花があるなんて・・・ 」
スターシアは 花や葉に触れたり、マスターの水彩画を眺めたり していた。
「 ・・・ こんな歌 ありましたよねえ? 〜〜〜♪ 」
客の一人が やはり絵を見ていて低く歌い始めた。
「 ・・・あ  は  そんな感じですねえ。  このマスターの絵は ・・・ 」
「 いやあ とてもとても ・・・ でもやはり虹の向こうにはいい事があって欲しいですよ。 
 やっとこの星にも 虹が復活しましたから ・・・ 」
マスターはちらり、とスターシアを眺めたが 特になにも言わない。
「 ・・・ そうですね。 」
守も静かに相槌をうつだけだ。
  ちょっと古びた喫茶店に 穏やかな空気が満ち溢れ ・・・ ゆったりとした午後となった。



「 あ〜 ・・・いい湯だった ・・・・ 」
ガシガシ髪を拭きつつ守がバスルームから戻ってきて 襖をあけた。 
最近 2人は和室を寝室にしている。
「 うふふ ・・・ お家のお風呂はとても気持ちがいいわよね。 」
「 うん、君も気に入ったんだね、スターシア。 」
「 ええ。 ゆっくりした気持ちになれるの。 赤ちゃんもきっと喜んでいるわ。 」
「 そうだな。   ・・・ あれ、蒲団、敷いてくれたのか?   おい 無理するな。 」
「 無理してないわ、大丈夫よ。 」
「 う〜ん ・・・ いや、俺がやるから。 いいね。 」
「 はい。  私ね、お蒲団って大好きなの。  ・・・ね、ちょっと似ていない?  」
スターシアは蒲団に触れほんのり笑った。
イスカンダルでは寝具はベッド仕様だったが 上に掛けていたものは日本の掛け布団と
よく似ていた。 中に植物繊維が入っていて、香ばしいにおいがしたものだ。
「 ・・・ ああ そうだなあ。  うん、 似てるな・・・
 ふわぁ〜〜 最高だなあ・・風呂上りにこうやって蒲団に引っ繰り返るのは さ。 」
ぼすん ・・・と守は蒲団にひっくりかえった。
「 うふふ ・・・ じゃ まねしちゃう♪ 」
スターシアもそっと彼の側に寄り添った。
「 う〜〜ん ・・・ ああ 今日はいい日・・・楽しい日だったな。 」
「 そうね。  あの絵 ・・・ 素敵な絵だったわね。 」
「 ウン ・・・ 俺な、あの絵、雨上がりの風景に見えるんだよ。 」
「 私も。  そしてね、遠くに虹がかかるのよ。」
「 そうだね〜  ・・・ 虹を見たヒトはイスカンダルに祝福されているしるし だったよね。 」
「 ええ   ねえ、守は虹の向こうには・・・ 守の故郷が見えるのね。 」
「 ・・・ きみも?  あの ・・・ 星が イスカンダルが見えるかい? 」
守は寄り添う妻を そっと抱き寄せた。
暖かい いい匂いの身体が ぴと・・っと守の胸に顔を埋めた。
「 ううん ―  わたしはね。  虹の下にいる守が 守の笑顔が見えるわ。  
 それが一番なの。 守がいれば ― なんにもいらない ・・・ 」
「 ― スターシア・・・ 」
2人はゆっくりと抱き合ったまま ― 微笑みそのまま深く口付けを交わした。

「 ・・・ そうだわ、 虹っていえば ・・・ ほら あの歌・・・ お店で他のヒトが歌っていたでしょ。
 虹の歌だ・・・ってマスターは言ってたけど ・・・ どういう意味なの? 」
「 虹の歌? ああ ・・・ この曲だろ? 」
守は低くく 一節を口ずさんだ。

   ―  Somewhere 〜〜〜  ♪ 

「 そう! そうよ、その歌。  ふうん? 守って歌が好き? 」
「 いや ・・・ これ お袋が好きでよく歌ってたんだ ・・・ 洗濯モノを干したりしながら ね
 だから自然に覚えてしまったよ。 」
「 まあ ・・・ おかあさまが・・・ 素敵な方ねえ・・・ 」
「 いつもにこにこしてたな。  親父も俺や進も お袋の笑顔にほっとしていたよ。」
「 ・・・ そう  ―  お会いしたかったわ ・・・ 
 私もおかあさまみたいな母親になりたいな ・・・ なれるかしら 」
「 その笑顔があれば大丈夫さ。 」
守はもう一度 愛妻にキスを降らせる。
「 うふ ・・・ もう〜〜 守ったら ・・・ 」
「 ふふふ ・・・ さあ もう休もうよ。  いい一日だったね。 」
「 ええ 本当に ・・・ 」

    虹の彼方に ・・・ か。  虹は祝福のしるし  本当だよなあ
    こうして君が俺の腕の中にいるのだもの・・・

守は艶やかな金髪に 顔を埋め ― そのまま寝入ってしまった。



  ―  あ   れ ・・・?

ふ・・・っと目が覚めた。 守は習慣的に枕元の時計を見たが、まだ日付が変わってそんなに
経ってはいなかった。
「 ・・・ うん ・・・ ? 」
   隣が  いない。
眠りについていくらも経っていないはずだ。  トイレかな、とも思い彼はごそごそと寝返りをうつ。
伸ばした手には リネンの冷たい感触を覚えた。
「 ・・・ スターシア?   眠れないのかな 」
守は起き上がるとガウンを羽織った。
「 そうだ  ・・・ 地球に戻った夜も 確か起き出していたよなあ・・・ 」
初めてこの官舎に着いた夜、彼女は一人起き出してキッチンに居たことを思い出した。
「 ふふ  あの日はキッチンで夜明かししちまったっけ・・・ 」
なんだか随分昔みたいな気がしてしまった。
「 ・・・ 今夜もキッチンかな。  スターシア?   うん?」
  キッチンは 真っ暗・・・・ 誰もいない。
「 ・・・ あれ?  だってリビングも電気消えてたし ―   ???  」
守の 視界の隅にブルーのガウン姿が入った。  ・・・ 外! 庭だ。
「 !? スターシア!! 」
彼は玄関へ飛んでいった。


「 ― スターシア! どうしたんだ? 」
深夜の中庭の隅に 彼女の姿があった。  低木の茂みの前に屈みこんでいる。
「 ・・・ おい? 」
「 ?!  あら 守。  ああ びっくりした・・・ 」
くるり、と振り返ったその姿は夜目にも白く浮き上がってみえる。
「 びっくりしたのは俺の方だよ。 こんな時間に外に出たりして ・・・ 冷えてないだろうね? 」
「 大丈夫・・・ このガウンは暖かいもの・・・ 」
「 こんなトコロで何をしていたのかい。  これ・・・ 紫陽花、か・・・? 」
守は 前方の闇に目をこらす。
「 ね この花でしょう?   昼間見たのと同じね。 」
「 あ ああ そうだけど ・・・ この紫陽花がどうかしたのかい。  」
彼は細君の肩に腕を回し ゆっくり玄関へ戻ろうとした。
「 ・・・ 待っているの。 」
「 ?? 待って?   なにを ・・・?  」
「 だから ・・・ 色が、 花の色が変わるのを 待っていたの。 」
「 ― はい?? 」
「 ほら ・・・ イスカンダルの <心変わり> は 一日の間に花の色が変わったでしょう? 」
「 ・・・・ あ ああ そうだったな。 」
「 ずっと気になってて。 夜には違う色になるの? 」
「 あ は ・・・ 地球産はね、生えている土地によって花の色が変わるのさ。 」
「 あ ・・・ そうなの? 」
「 うん。 ごめん ちゃんと説明すればよかったな。 」
「 ・・・ ううん ・・・ 似たお花があるって知ってうれしかったわ。 」
「 この星も なかなか・・・良いと思いますが 陛下? 」
「 ふふふ ・・・ 私の幸せは虹のこっち側にあるの。  ・・・ 守 ・・・ 」
「 それは俺も同じさ。   ・・・ さあ  もう中に入ろうな。 」
「 ええ ・・・ 」
柔らかな身体が ぴと・・・っと寄り添ってきた。

       幸せは ここにある  

 ―  虹よりもずっと彼方から来た二人はちゃんと知っている。


2012.7.1

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