星降る夜に
                           byめぼうき


  耳たぶが痛いわ・・。
  これって空気が冷たいせいね。

スターシアはコートの襟をかきあわせて空を見上げた。
冬の太陽が沈もうとしていた。西の空に星が一つ、ひときわ輝いていた。
彼女がかつて住んでいたイスカンダルのマザータウンでは、決して感じること
のなかった空気だ。

  ふふふ…
  地球で冬を迎えるのは何回目かしら?
  寒いけれど、わくわくするわね。
  あら、思ったより時間がかかってしまったわ。
  急がなくっちゃ。

スターシアは左腕に巻きつけた、今時珍しいアナログ時計を見て、足早に目
的の場所へと急いだ。


   チリン・・・・・

スターシアがその店のドアを手で押して中へ入ると、香ばしい珈琲の香りが彼
女の鼻をくすぐった。
「いらっしゃい」
店の奥のカウンターから店主の声が聞こえてきた。
「こんにちは。」
「今日はお一人ですか?」
「ええ。でもこちらで まも・・・主人と待ち合わせていますの。」
「それはそれは…」
店主はにこにこしながら、カウンター席に座ったスターシアの前に、水の入った
グラスと熱々のおしぼりを差し出した。
「ああ、おしぼりって温かくて気持ちがいいわ〜。外は一段と冷えてきましたから。」
「そうですね。このごろは陽が落ちるのも早いですし、ほら、もう外灯がついて
いますよ、こんな時間から。陽が落ちるとグンと寒くなりますね。」
そういって店主は窓の向こう側に目をやった。
薄暗くなった街の中を人々は足早に行き交っていた。
「しわす・・・でしたっけ?主人から教わりましたの。今は師も走るほど忙しい季
節だから 師走(しわす)と言うって聞きましたわ。みなさん忙しそうですわね。」
「ふははは・・・そうですねぇ。12月はさながら夏休み後半ってところです。」
「????」
「宿題を31日までに終わらせようと、みんな必死になるのに似ているんですよ。」
「??? すみません、よくわかりませんわ。夏休み?宿題?」
「ああ、そうでしたね・・・。奥さんはきちんとしていらっしゃるから、きっと〆切で
あせるということはないでしょう。夏休みも宿題も、今度ご主人に聞いてみて
ください。」
「ええ、そうしてみますわ。」
スターシア自身、生まれてこのかた、いわゆる地球の学生が過ごすような夏休
みとは縁のない生活を送ってきたし、一女の母とはいえ、その娘はハイスピー
ドで成長し、かつある意味優秀だったために、地球の夏休みにも、〆切に必死
になる宿題にも縁がなかったのだった。
今まで夫とは沢山話をしてきたつもりだったのに、まだまだ知らないことがあ
る、地球の生活文化は奥が深い、としみじみ思いながらスターシアは店主にた
んぽぽ珈琲を注文した。




「あの・・・○○を注文していた者ですが。」
ある老舗デパートのサービスカウンターで、古代守は伝票控えを受付係に差
し出した。
「古代様ですね、はい、届いております。」
係の女性はカウンター奥の棚から品物を取り出し
「こちらでこざいますね。」
と言って、守が注文していた品物を彼の目の前で広げて見せた。
「はい。間に合ってよかったです。」
「プレゼントにぴったりなお品ですね。」
品物は明らかに女性ものであったし、守がいかにもほっとしたように言ったの
で、というより店員はあることを察していたので、思わずそう守に言ってしまっ
た。
「ありがとう。妻に・・・と思いまして。」
「そうですか。ではお包みいたしますね。」
女性は品物を箱に詰め、白鳥をデザイン化したこのデパートのロゴマークの
入った華やかな包装紙で手際よく包んでいった。

  ああ、ちょっと急がないとな・・・仕事が終わったのも定時を少し過ぎてか
  らだったし・・・スターシアが待ってる。

会計を済ませると守は足早にデパートを後にした。



「はぅ・・・」
包みを抱えて足早に去ってゆく守の後ろ姿を見ながら、先ほどのカウンターの
女性はため息をついていた。そんな彼女にもう一人の店員が声をかけてきた。
「どうしたの?」
「見た?」
「何を?」
「さっきの人。」
「ああ、あの人。一週間前にここへ寄った人よ。まだまだ戦争の影響で生産が
需要に追いついていないし、この時期だから余計に品薄状態でしょう。入荷待
ちになっちゃう人多いのよね〜。そっか、今日受け取りに来たのね。」
「うん。」
「あんたはいなかったね、あの日。あたしのシフトの日だったから、それにすっ
ごくかっこよかったから覚えてるの。」
「うんそう・・かっこよかった。すごく・・・・はぁ・・・素敵よねぇ」
「あの人確か、珍しい名前で・・・」
「さっきの人、古代さんっていうのよ。」
「あ・・・・!」
「そういうこと。」
守がこのデパートに立ち寄った30分ほど前、サービスカウンターはざわめい
ていた。ある金髪の一人の女性がやってきたためだった。
その女性は、先ほどの古代さんと同じように一週間ほど前にも現れて、品切
れになっていたあるものを注文していった。彼女はあまりにも自然に、ごくごく
当たり前のようにデパートにやって来たので、 あれ? とは思っても、そんな
はずはない と最初は皆彼女が誰なのか気がつかなかった。その時彼女が伝
票に「古代スターシア」と自分の名前を書いたことで、一気にサービスカウンタ
ー周辺の空気は好奇と緊張の入り混じったものへと変わった。
しかし、そこは老舗デパートの店員達。相手がどこの誰であろうとお客様には
変わりなく、そのお客様に不快な思いをさせてはならない と、誰一人として騒
ぎたてる者はいなかった。
その古代スターシアが再び注文した品物を受け取りにやって来たのだ。スター
シアが地球人と結婚していることは皆知ってはいたが、夫が誰なのかは一般
にはあまり知られていなかった。古代という苗字はそう多くはないし、というよ
り殆ど目にしない珍しい苗字であったから、先ほどの古代さんがその人なのだ
ということは容易に想像がついた。それに、その古代さんはさっき「妻に・・・」
とはっきりと言っていたから間違いはなかった。
「そっか〜彼が陛下のだんな様なんだ〜。」
「あんた、ここ一週間、なにかっていうと皆その話でもちきりだったよ。」
「え?そうだったの?」
「にぶいわねぇ〜〜」
「ひゃはは〜〜〜。」
「ご夫婦でお互いのプレゼントをウチの店で選んでくれたんだね。それもお互
い秘密でね。」
「はぅぅぅ〜〜〜〜」
「クリスマスらしいロマンチックね・・・・・。」
二人の店員はしばらく守の去った方向を、目をハートにして見つめていた。





  うふふ・・・・・守、喜んでくれるかしら・・・・

スターシアはカウンターの上にちょこんと置いた包みを見ながら一人にこにこ
とたんぽぽ珈琲をすすっていた。



    明日はイブだから仕事の後ちょっと出かけてみないか?
    君に是非みせたいものがあるんだ。

    あら、忙しいのではなくて?

    ははは〜。大丈夫さ。
    あの喫茶店で待ち合わせをしようよ。いいかな?

    ええ、いいわよ。



  守ったら昨日急にあんなこといい出すんだもの。
  お出かけは嬉しいけれど、どうしてイブだからお出かけなのかしらね。
  今だにあんまりよくわからないわ・・・。サーシアは加藤さんとお出かけす
  るって喜んでいたけれど。
  それにプレゼント・・・・。
  本当はおうちで渡そうと思っていたけれど、いいわよね。
  それにしても地球の人たちって贈り物をするのが本当にすきなのねぇ・・・。
  バレンタインデーの時もそう思ったけれど。
  クリスマスって宗教行事だって聞いていたけれど、日本ではイベント化し
  てしまって宗教色は薄くなってしまったって守が言っていたわね。
  ふふふ・・・でもなんだか楽しいわね。守早く来ないかなぁ・・・。

スターシアは残り少なくなった珈琲カップの中を見つめた。

  あ・・・!

スターシアは何かを感じたように思わず顔をあげた。

   ちりん・・・・・

店のドアが開いて、見覚えのあるがっしりとした体格の男性が店の中に入って
きた。スターシアはその男性に向かって微笑んだ。
「守!」
古代守はスターシアの姿をみつけると、大股でカウンター席までやってきて彼
女の隣の椅子に座った。
「すまない、待ったかい?」
「ううん。私もここに着くのが少し遅くなってしまったの。」
「そうか?」
守は着ていたコートを脱ぐと椅子の背にかけ、店主にブレンドを注文した。
「遅くなってしまったのはな、これを受け取りにいっていたからなのさ。」
と言って守は抱えてきた包みをスターシアに差しだした。
「さぁ、奥さん。少し早いけれどクリスマスのプレゼントです。」
「まぁ!ありがとう。ではわたくしからも、少し早いですけれど、守にクリスマス
プレゼントがありますの。」
と言ってスターシアは小さな包みを守に差し出した。
「「あ!」」
二人はお互いに、お互いの包みを見て声をあげた。
「おんなじ包装紙ね。」
「はは・・・そうだね」
ふふふふ・・・・・
二人は顔を見合わせて静かに笑った。
「私も、これを受け取りに行っていて少し遅くなってしまったのよ。」
「そうだったのか。ありがとう。あけてもいいかい?」
「ええ、どうぞ。私もあけてもいいかしら?」
「どうぞ。」
二人はがさこそと包みをあけた。
「まぁ!」
「おっ!」
守からスターシアへの贈り物は、こっくりとしたワインレッドの暖かそうな大きな
ショールだった。
スターシアから守への贈り物は、こげ茶色の皮(といっても合成皮革だったが)
の手袋だった。
「ありがとう、守。これで寒い冬もぽっかぽかで過ごせるわ。」
にこにことショールを撫でて感触を楽しんでいるスターシアを守は目を細めて
見つめた。それから彼女からの贈り物をしげしげと眺めると、そっと手にはめ
てみた。ぴったりだった。
「あたたかいな・・・・。」
「守・・・守ったらずっとあの手袋を使っているんですもの。もうぼろぼろだった
から・・・。」
「うん・・・。あれは、あの手袋は、片方を君が大切に持っていてくれたものだっ
たから、その・・・。今までとても他のものを使う気になれなかったんだ。」
「ええ、守の気持ち、わかっていますわ。わたくしたちの思い出の手袋ですも
の。」
守はコートのポケットから件の手袋を取り出した。かなりあちこち擦り切れて、
みすぼらしい様子をしていた。そんな手袋を守はいとおしそうにそっと撫でた。
「あの時、俺たちは初めて離れ離れになったんだったな。」
「ええ、でも気持ちはいつも側にありましたわ。」
「そうだったな」
守はぼろぼろの手袋を大切に鞄にしまうと、スターシアの贈ってくれた新しい
手袋をはめた手でそっとスターシアのほっそりとした手をとった。
「ありがとう、この手袋、大切に使わせてもらうよ。」
二人はお互いを優しいまなざしで静かに見詰め合った。
「あの・・・ブレンド入りましたよ。」
にこにこしながら店主が守にコーヒーカップを差し出した。
守は気恥ずかしさから少し照れ笑いをすると、珈琲をすすった。
スターシアは真っ赤になってうつむいてしまった。
「夫婦仲よいことはいいことですよ。さぁ、これはお二人に私からささやかなクリ
スマスプレゼントです。」
と言って、店主は真っ白なクリームを巻いて粉砂糖と貴重なフランボワーズで
飾った小さなロールケーキの一切れずつをのせた皿を二人の前に置いた。
「まぁ、かわいい・・」
「ありがとうございます。」
二人はケーキを一口ほおばると
「「美味しい」」
と見事にハモった。
「嬉しいですね〜。作ったかいがあったというものです。これは常連さんへの私
からのプレゼントなんですよ。」
と店主は少し声を落として二人に言うと、ぱちぱちっと瞬きしてみせた。





「わぁ・・・・・・・素敵・・・・・・!」
公園全体が無数の星で埋まっていた。
「まるで・・・そう、天の川の中にいるみたい」
守とスターシアは街の中心部にある比較的大きな公園に来ていた。
小さなライトが沢山取り付けられた様々な形をした―樹木だったり、大きな星形
だったり、ゲートだったり―オブジェがいくつもいくつも並んでいて、公園は光
の渦の中に埋まっていた。
「こんな綺麗な場所に連れてきてくれてありがとう〜守♪」
プレゼントされたばかりのワインレッドのショールを羽織り、スターシアははしゃ
ぎにはしゃいでいた。
「ほら、そんなにはしゃいでいたら転ぶよ。」
「あら、大丈夫よ、あっ!」
何かにつまずいてスターシアの体がよろけた。
「ほら、みなさい」
守はスターシアの体を上手に受け止めた。
「守・・・」
「陛下、あぶないですよ、お慎みくださいませ。」
わざとおどけて守が言うと
「あら、わたくしにはりっぱなナイトがついておりますもの。」
とちょっと気取ってスターシアが答える。
ふふふふ・・・・
楽しくなって二人は笑った。


「公園が星の海ね・・・・イスカンダルを思い出したわ。」
「夜の海辺をよく二人して散歩したな」
「ええ・・・・・。遠いこの地で、こんな美しいものをあなたと今眺めているなん
て、とても不思議な気持ちよ・・・・・守」
「ん?」
「守・・・・ありがとう。」
幸せなの・・・・とスターシアはそっと守につぶやいた。
俺の方こそありがとう、と守もスターシアの耳元でささやいた。
守は静かにスターシアをショールごと抱き寄せた。
暖かな守の気持ちがスターシアの全身を覆った。
スターシアはうっとりとして夫の胸に自分の頭を預けた。



おしまい


2013.1.2

TOP

inserted by FC2 system