惑星中がその花で埋まってしまうのではないかと思うぐらい あたり一面、大地を覆うように小さな白い花が咲いていた。 風が吹くと花びらがわっと舞い上がり まるで故郷の地球に降る雪のようだと古代守は思った。 もっとも雪を見たのは守が子供の頃のことであって しかも彼が育った温暖な三浦地方では雪は年に一度降るか降らないか程度ではあったが。
「すごいな・・・・」
妻であるスターシアと二人、日課にしている宮殿周辺の散歩をしていた守は 目に入った光景に思わず感嘆の声をあげた。 今まで見慣れた緑の原は 今日になっていきなり可憐な白い花が一斉に咲いて、 昨日とはまるで別の表情を見せていた。
「この花は毎年今の時期になると一斉に咲くのよ。」
「へぇ・・・。桜のようだな。」
「サクラ??」
「ああ、この花のような草ではなくて木に咲く花なんだが、 やっぱり時期が来ると一斉に咲き始めるんだ。薄いピンク色で、 地球・・いや俺が育った日本ではポピュラーな花だよ。 こんな風に花びらが風で舞い上がるところなんか、桜を思い出すよ。」
「・・そう・・。」
風がサァっと吹いてスターシアの髪を巻き上げた。
白い花びらが舞う中、たおやかなスターシアはまるで花の化身のようだった。
そんな彼女を守はまぶしそうに見つめた。
スターシアは急に黙り込むと何事か想いをめぐらしていたがやがて顔を上げると儚げに微笑んだ。
「守・・もし・・」
いいかけたスターシアを思わず守は抱きしめた。
「守・・!」
「・・・もし・・の次に君が何を言うつもりなのか・・・わかるよ。 でも、俺は君の言うことはきかない。」
「守・・・でも・・」
「俺はどこにもいかないよ。この星で君と共に歩むと決めたんだ。 愛しているから。君を愛しているから決めたんだ。」
守はスターシアをますます強く抱きしめた。 それでもスターシアは何かを言いたげに口を開きかけたが 言葉にならなかった。 守の唇がスターシアの唇にそっと触れた。 守の暖かな想いがスターシアの中をゆったりと満たしていった。 ほうっとひとつため息をつくと、スターシアは守の胸に顔をうずめた。
「・・・ごめんなさい守。もう『もし』なんて言わないわ。」
ヤマトが地球へ向けてイスカンダルを発ってから一ヶ月あまり。 守は守で、 スターシアはスターシアで、 お互いいまだに今の生活は夢ではないのかと思うことがあった。
守は…生きのびて、いや、生かされてこのイスカンダルの地で最愛の人とめぐり合ったことに、
スターシアは…自分に舞い降りてきた大きな愛に 、
二人はお互いを思いやりながらもまだ戸惑っている部分があった。 けれどもそれも時間を重ねるうちに確かな繋がりに変ってゆくだろう。
「ところで、この白い花の名前はなんて言うんだい?」
野原一面の可憐な花を見渡して守がスターシアに訊ねた。
「イスカンダルの青、イスカンダル・ブルーと言うのよ。」
「へぇ・・・白い花なのにかい?」
「それはね・・・・」
「おっと・・失礼・・・」
守はスターシアの唇に小さな花びらが一枚くっついていることに気がついた。 彼は彼女の唇からそっと花びらをはずすと、 もう一度、今度は深く彼女に口付けた。









「きれい・・・・・」
散歩途中のスターシアは思わずその光景にみとれて足を止めた。

スターシアと守が住む官舎近くの小さな公園の中に あちこちに植えられた桜の木がまだまだ背は低いが見事な花をつけていた。 薄いピンク色のふわふわした波。 風がそよっと吹いて花びらがきらきらと舞った。 近所の子供がその花びらを追って きゃあきゃあ明るい声を上げていた。

ああ・・・・ あの星でも似たような季節があったわ。

スターシアは故郷でイスカンダル・ブルーが一斉に咲く季節を思い出した。

よく守と二人宮殿のまわりを散歩したわね。 こんな風に、桜のように、イスカンダル・ブルーも満開で…

懐かしさのあまり、スターシアの頬に一筋涙がこぼれ落ちた。 あれから色々なことがあった。 彼女は夫の守と二人、困難を乗り越えながら深い絆を築いてきた。 二人の根底にはお互いを思いやる愛情が流れ、 そしていつも前を向いて進んでいたので 彼女はずっと幸せだった。 そして今も。

「どうしたんだい?」
ふいに声がしたのでスターシアはびっくりして振り返った。
「守」
心配そうに守がスターシアの顔を覗き込んだ。
「泣いてたのか・・・。」
守はスターシアの頬を手で包むと、そっと指でスターシアの頬の涙をぬぐった。
「ふふ・・・・桜を見ていたら思い出したの、あの白い花を。あんまり懐かしくて。 私・・いつの間にか涙が出ていたのね。気がつかなかったわ。」
「そうか・・・・・。」
「ところで守、今日はお仕事は?早いのね。」
「ああ、今日は土曜日ですよ、奥さん。いい加減仕事を切り上げて帰ってきました。」
「いいの?」
「いいのさ」
「まぁ」
さぁーーっと風が吹いて花びらが舞い上がり スターシアの髪がなびいた。 降り注ぐ花びらの中、スターシアは上を見上げて うっとりと桜の花に見入っていた。

ああ・・・

守もはっきりと思い出した。 あのイスカンダルの白い花の季節を。

あの時、君はまるで花の化身のようで 俺にはとてもまぶしかったんだ。

その花の化身は、しっかりとした人として ずっと自分の傍に寄り添ってくれている。 どんな時も彼女との愛があったからこそ 守は幸せだった。 そして今も。

守はスターシアの唇に桜の花びらがくっついていることに気がついた。

あの時と同じだな

守は不思議な感覚を覚えながら
「おっと・・・失礼」
彼女の唇からそっと花びらをはずすと、すっと彼女に顔を寄せた。
「ダメよ・・!守」
スターシアは守から顔をそらせた。
「え??」
「だって人が見ているもの」
ほんのり赤くなってうつむいたスターシアが言った。

あの時と同じ・・・ではない・・か

守は苦笑した。
「そうだ」
守は気を取り直して、上着の内ポケットから小さな袋を取り出した。
「いいものを持ってきたんだ」
と言って守はスターシアに袋を差し出した。 袋に印刷されている文字を読んでスターシアは不思議そうな顔をした。
「イ・・・イ ス カ ン ダ ル そ う?」
「そう、イスカンダル草。」
「これは・・・。」
「イスカンダル・ブルーが園芸種として品種改良されるって話、前にしたろう?」
「ええ」
「それがいよいよ市販されることになったんだよ。それはその種。 今日種苗会社から連絡があって、仕事が終わった後にその会社の人に会ったんだ。 一般販売が始まる前に、真っ先に女王陛下にどうぞって。」
「まぁ」
「本当は名前の通り、青い花に改良したかったらしいんだが、どうしても無理で、 そうなると 青 という名前なのに白い花が咲くのは消費者が混乱するとい理由で  イスカンダル草 という商品名になったそうだよ。」
「嬉しい・・・」
スターシアは種の入った袋を大事そうに両手で胸に抱きしめた。 スターシアの綺麗な眼からほろほろと涙が溢れ出した。
「スターシア・・・」
守はそっとスターシアの肩を抱いた。 スターシアはひとしきり涙を流した後、守を見上げて言った。
「種苗会社の人にお礼を言いたいわ。お手紙がいいかしら、それとも・・・」
「君がしたい方法でいいと思うよ。あ、そうだ、そこの会社大きな植物園を持っているんだよ。 四季を通じていろんな花が咲いているらしいよ。一般公開されていて週末もやっているって聞いたから、 向こうに連絡入れて都合が会えば、明日そこへ行こう。そうしたらそこでお礼が言えるさ。」
「ありがとう。そうしてもらえると嬉しいわ。」
二人はゆっくりと自分達の家にむかって歩き出した。
「確か、あいているプランターがあったわね、さっそく帰ったら種を蒔くわ。」
「今蒔くと夏の終わりから秋にかけて花が咲くらしいよ。秋にまくと春に咲くって言ってたぞ。」
「そうなの。そうだわ、帰ってきたらサーシアにもさっそく話しましょう。」
「サーシアは出かけているのか?」
「デート」
「え?」
「うふふ・・・お友達とみんなでね。桜が咲いているでしょう、えーーっとそう、お花見って言っていたわよ、 ○○山公園で。守が出かけた後、大騒ぎしてお弁当作っていたわ。」
「なーんだ、そうか〜花見かぁ。まてよ、アイツもそのお友達の中にいるんじゃないだろうな」
「あいつ?」
「だから、あいつさ」
「守、誰のことなのかしら」
「スターシぁ〜〜〜〜」
普段は大きな一家の柱である守が、娘のこととなると まるで落ち着きがなくなってしまうところがなんともスターシアにはおかしかった。
「守、いつかあなたは言っていたわね、イスカンダル・ブルーが地球ではどこでも 見かける草花になるって。」
「ああ」
「本当にそうなるのね。あの時はそんな夢みたいなことって思っていたのだけれど・・」
「そう?俺は確信していたけどね〜」
「あら、そうなの?」
くす・・・二人は顔を見合わせて笑った。

二人が街のあちこちでイスカンダル草が咲いているのを見る日は そう遠くないうちにやってくる。

おしまい

2011.3.3
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ばちるどさんが素敵な後日話を書いてくださいました。コチラからどうぞ。

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