だいすき

「まぁ・・・」
スターシアは展望室の一角にあるソファに 訓練生の加藤四郎と娘のサーシアが仲良く居眠りしているのを見て微笑んだ。 ソファの回りには落書用のスケッチブックや色鉛筆 ぬいぐるみなどが散乱していた。 遊んでいるうちに疲れてしまったサーシアをソファで休ませているうちに 四郎自身も眠ってしまったといったところだろうか。

ここはイカルス天文台。そして何故か宇宙戦士訓練学校も併設されている一風変わった小惑星。 スターシアは娘と二人、この小さな小さな惑星で暮らしていた。 それはイスカンダルと地球のダブルであるサーシアのためを思ってのことだった。

「守、サーシアの成長が少し早い気がするの。どうやら私の・・・イスカンダルの血がこの子には 色濃く伝わっているようだわ。それにしても、私も妹も成人まで5年ほどだったのにこの子は・・・。」
ある日、スターシアは守にそう告げた。 イスカンダル人は地球時間の数年で地球人の十代後半相当にまで成長する。 しかし、娘のサーシアはそれとは少し違う成長速度のようだった。 生まれてから2ヶ月を過ぎようとしたころから急に成長のスピードが速くなったのだった。
「・・・・。このままココで育てても目立ちすぎてしまうな。」
残念なことに人はとかく自分と違うものを奇異な目で見がちだ。 そうではない人もいるのだがそれは少数だ。 しかしながら守とスターシアは自分の娘を地球人として育てていかなくてはならない。 守家族が地球で暮らしてゆく以上、そうするしか道はない。 異邦人であるスターシアを暖かく迎え入れてくれた地球のためにも。
守は色々と思案をした結果、一時的に家族が離れ離れになってしまうが スターシアとサーシアをイカルス天文台に送ることにした。 どうやっても自分は今の仕事のポジションを離れられそうになかった。 最愛のスターシアと愛娘と離れて暮らすことは守にとってこの上なく寂しいことではあったが これしか方法はないと守は考えた。
イカルス天文台
あそこならば地球から適度な距離があり 接触する人間も少ない。少ないが、宇宙戦士訓練学校も併設されているので それなりに人と接する機会もある。 サーシア自身のためにも、彼女を取り巻く人間の理解を得るためにも まずは小さな生活空間からスタートし、次第に大きな空間に移行し、最後は地球で暮らすことが出来るのが望ましいと 守は考えたのだった。 それにあるプロジェクトのために台長を努めるのは親友の真田だった。 そのことが妻子のイカルス暮らしの大きな安心材料の一つとなったのだが、 実際、そのプロジェクト関連で守は真田と緊密に連絡をとらなくてはならなかったし、 自分自身イカルスに出張することも出てくる。 イカルスは守にとって好都合の場所だった。 長官の許可は取った。オモテ向きは生まれた娘が地球の空気になじめず、成長が落ち着くまで イカルスで暮らすという理由になっていた(まったく間違った理由ではなかったが)。 本人達はそんなことは気にも留めていないのだが、 周囲の地球人達は恩あるイスカンダル王家の王女様のことと思い誰も何も言わなかった。 そして守はもう一つ用意周到に手を回し、訓練校の寮の寮母に大沢千代を据えた。 おもいっきり私情だったが、実際寮母のなり手はなかったし、千代が最適だと守は思っていた。 千代はかつて、守たちが訓練生だったころの寮母も務めていたことがあった。
「一度宇宙で暮らしてみたかったんですよ、奥さん。 それに台長が真田君で、厨房に幕の内君がいるなんてね。あの頃を思い出しますよ。 今度の訓練生はどんな子達かしらね。楽しみだわ。」
そういってニコニコと千代はスターシア親子と一緒にイカルスまでやってきた。


スケッチブックを拾い上げて中をぱらぱらとめくってみたスターシアは ぷっと笑うと、この今の娘にしか描けない線を大切にしたい と思った。 今のサーシアは そう、地球人の6,7歳といったところだった。 さて、どうしたものか、四郎とサーシアは当分目覚めそうにない。 スターシアはいそいで医務室から毛布を借りてくるとそっと二人にかけた。 その気配を感じてか四郎がはっと目をさました。
「スターシアさん!」
シーっとスターシアは人さし指を口元にたてた。
「サーシアが眠っていますわ」
「あ・・・・。」
いつの間に自分も眠ってしまったんだろう。 四郎は少し恥ずかしくなって顔を赤くした。
「すみません、スターシアさん。」
声を小さくして四郎は言った。
「ふふふ、加藤さんもお疲れなんでしょう? いつも娘と遊んでくれてありがとうございます。」
「いえいえ、俺小さな子供と遊ぶの好きですから。 こっちこそいつもサーシアちゃんには癒されてます。 ありがとうございます。」
四郎は学校が休みのときや普段でも時間のあるときなどは よくサーシアの相手をしていた。 一番上の兄とは一回り歳が離れている四郎は 訓練校へやってくる前はその兄夫婦の子供としょっちゅう遊んでおり子供の扱いには慣れていた。 元来子供好きでもあるのだろう、そういった四郎の性質を見抜いたのかサーシアは四郎によく懐いていた。
くるくると表情を変えるサーシアの大きな鳶色の瞳が四郎は大好きだった。 その瞳を見ていると日ごろの疲れが吹き飛ぶ思いだった。 実際サーシアは面白い子供だったので(母親の口真似をして、○○ですわ と大人ぶって言ってみたり、 ジュースの入ったグラスを盛んに角度を変えて持ち替えているので何をしているのかと聞けば、 浮かんでいる氷に閉じ込められた小さな空気のつぶつぶがあまりにも美しいから、どうやったらもっと綺麗に見えるのか 照明にあてて一番よくみえる角度を探っていると真剣に答えが返ってきたり) 四郎はサーシアと遊んでいていつも時間を忘れるのだった。
「そうそう、この間、サーシアちゃんに 愛って何?って聞かれて俺ちょっと面食らいました。」
「まぁ、サーシアったら。」
「どうしてそんなことを聞くんだい?って聞いたら、千代さんがよく、サーシアちゃんのご両親は愛し合っているからねぇ と話をするらしいんです。」
「千代さん・・・・・・。」
スターシアは真っ赤になって下を向いてしまった。
「とりあえず、大好きな気持ち って話をしたんですが、わかったような分からないような顔をされてしまいました。 俺、あんまり上手く説明できなくて。」
「すみません、加藤さん。サーシアが難しい質問してしまって。」
「いや、難しいっていうか・・・まぁ・・女の子は歳のわりにはませてるっていいますし・・・・」
「マセテル???」
「あーーーーなんていうか・・」
四郎はやっぱりスターシアとサーシアは親子だとつくづく思った。

・・・・・ひっく・・・・うえ〜〜ん・・・

泣き声がしたのでスターシアと四郎はびっくりしてサーシアを見た。 目に涙をためてサーシアがソファからむっくりと起き上がった。
「どうしたのサーシア。」
「・・・・ひっく・・・・え〜〜ん」
スターシアの声かけに何も答えず、サーシアは四郎を見ると いきなり四郎に抱きついた。
「四郎おにいさまぁ〜〜。」
「え??」
「よかった」
さらにまきついてくるサーシアを四郎ははがしながら
「サーシアちゃん!」 と
少し大きな声で名前を呼んだ。 はっとしたサーシアは、目が覚めたようになってあたりをきょろきょろと見渡した。 そして安心したような表情になった。
「ここイカルスよね?」
サーシアが聞いてきた。
「そうだよ。」
「よかったぁ〜。私ね、さっきまで真っ暗で何にもないところにいたの。 それで怖かったの。おにいさまと遊んでいたはずだったのに、どうしてこんなところにいるのって。」
「ああ、それはね夢をみていたんだよきっと。」
「夢?」
「うん、遊んでいてね、サーシアちゃんが疲れたみたいだったからソファでやすもうかって言ったら、すぐに眠っちゃったんだよ。」
「そうですよ、私が通りかかったらあなたは加藤さんと二人ソファで眠っているところでしたよ。」
「お母様」
お母様がそう言うのだから私は本当に夢を見ていただけだったんだとサーシアは安心した。 見た夢は本当に怖かったから。 本当の夢でなくてよかった。 目覚めたときに四郎がそばにいて嬉しかった。
自分がどんなにおかしなことを言っても うんうん と笑顔で話を聞いてくれる四郎がサーシアは大好きだった。

大好き・・・・・

サーシアはそうつぶやくと、行動にでた。
四郎は何が起こったのかわからなかった。
「まぁ・・」
何かやわらかなものが四郎の唇にふれた。
「さ、サーシアちゃん!!」
四郎は真っ赤になって叫んだ。
「だって四郎おにいさま、この間 愛って大好きな気持ちって教えてくれたでしょう? 千代さんが言っていたもの、お父様とお母様は愛し合っていらっしゃるからお口にキスをするのだって。」
「サーシア!」
今度はスターシアが真っ赤になる番だった。
「だから、四郎おにいさまは大好きだからキスをしたのよ。 それでいいのでしょう?お母様?おにいさま?」
四郎は少し頭痛がした。
「サーシア、そうですね間違ってはいないわ。でもね、お口にキスはもう少し、そうねぇ、あなたが大人になるまでよ〜ぅく考えて、 本当に大好きな人が現れたらその人に贈りなさい。その人と一緒だったら、どんな場所でも、 宇宙の果ての寂しいような場所へ行っても明るく生きてゆける、そう思える人と出会ったら贈りなさい。」
そこでスターシアは言葉を切ると、ちらりと四郎を見た。
「その人はもしかすると、四郎おにいさんではないかもしれませんね。」
「お母様、むずかしいわ。よくわからない。」
「そうねぇ、女の子のキスは大切になさいというコト。」
「挨拶のキスも?」
「いいえ、挨拶は別ですよ。」
「・・・・・。でもきっと大人になってもおにいさまのことは大好きだと思う。」
「そう?」
スターシアは娘のかわいらしい想いがほほえましかった。
「・・・わかった・・・!お母様は本当に大好きなお父様と出会ったからキスを贈ったの?」
「そうね。」
自分とは違う成長速度をたどるこの娘にはどんな未来が待っているのだろう。 イスカンダルの血を色濃く受け継いだこの娘は。 何か、この娘にしか出来ない運命が待っているのだろうか。 スターシアはふと不安になった。 けれども、まだぼぅっとした感じの四郎を見てスターシアは思い直した。 サーシアと四郎の心の波はいつも響きあい楽しい音楽を紡いでいた。 それはいつも二人を見ているスターシアにも伝わってきていた。

この二人は何か根っこのところでつながっている。

この先何があってもきっと娘と四郎は支えあってゆくのかもしれない 。
そうスターシアは予感し、少し安心した。



われに返った四郎は頭をふった。
今度からサーシアの質問には言葉を選ばないといけないなと四郎は反省した。 それにしても今ここに参謀がいなくてよかったと四郎は心底思った。 大人になってからも自分のことを好きだろうとサーシアが言ってくれたのは嬉しかったが、 でもサーシアはほんの子供で、四郎にとってはかわいい妹でしかなかった。 たぶんサーシアの方もほんの無邪気な気持ちからのあの行動だったのだろう。 それなのに、参謀に何か誤解されたらたまったものではなかった。

「加藤さん、今日はありがとうございました。 またこれに懲りずに娘と遊んでやってください。」
スターシア、サーシア、四郎の3人はソファ回りの片付けていたが それが終わるとスターシアが四郎に微笑みながら言った。
「いえ、こちらこそ。じゃあ、またねサーシアちゃん」
「・・・またね・・」
母親に諭されたからか、少し恥ずかしそうにしながらサーシアは四郎に手を振った。
「そうそう、夫にはこのこと黙っていますわ。彼は何しろ娘かわいいで仕方がないんですの。 困ったことに。」
「ははははは・・・」
四郎はスターシアの言葉に笑って返すしかなかった。


じゃあといって自分達の部屋へと戻る親子の後姿を四郎は見送った。 廊下の角を曲がったときにサーシアがちらりと振り返り 四郎に手を振った。今度はにっこりと。 その笑顔を四郎は美しいと思ってしまった。

どうかしてるな

四郎は ぱん っと両頬を自分の手で打って気合を入れた。
明日もまた厳しい訓練が待っている。



おしまい

2011.2.17

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